恭弥に介抱してもらったり、恭弥を連れまわしたり、一緒に写真を撮ってもらったりしてると時間があっという間に過ぎていった。もう空は赤くなっていて、ちらほらと他のお客さんが帰っている姿も見える。
「もう結構な時間だなぁ。どうする? 日葵」
私の方を見て小さく首を傾げる恭弥がカッコよくて可愛くて、つい目を逸らしながら「えっと」ととりあえず言葉を絞り出してから考える。
できればもうずっと一緒にいたいし帰りたくないっていうのが本音だけど、そんなことを言って困らせるのもいやだから、次で最後、くらいがちょうどいいのかな。
自分で『次が最後』なんて考えたくせにチクリとして、私の中で『最後と言えば』の観覧車を指した。
「観覧車、乗ろ?」
「……おう、いいぞ」
恭弥の目を見て言うと、恭弥が少し目を逸らして答えてくれた。むふふ。恭弥が今日ずっと私を見て照れてくれてるのがものすごくうれしくてにやけちゃいそうになる。大丈夫かな、うっかりにやけて「変な女だな」って思われてないかな。
でも、仕方ない。好きな男の子に『女の子』として意識してもらうことが、私にとってはすごく嬉しいことだから。……この格好はちょっと恥ずかしいけど、恭弥に意識してもらえたならこれくらいの羞恥心なんてことはない。恭弥の目が胸元にきてると逃げ出したいくらい恥ずかしいけど……も、もしこれ以上の関係になればそれ以上があるし。
「日葵、その、なんだ。ありがとな。今日付き合ってくれて」
「んーん。恭弥に連れてきてもらったんだし、それなら私がありがとうだよ」
前を見ながら話す恭弥の横顔を見れるのは、今日だけは私の特権だ。そう思うと恭弥は私のものっていう感じがして少し気分がいい。……いつもは織部くんが隣にいるし、みんなの前で恭弥のことじーっと見てると変に思われるからあんまり見れないし。
ほんとに、織部くんと恭弥は仲が良すぎると思う。危険な感じがする。織部くんが可愛いからそう思うのかもしれないけど、多分織部くんがちゃんと男の子らしくても危険だと思ってたはず。だって、恭弥も織部くんもお互いのこと想いすぎっていうか、悪いことじゃないんだけど『女の子が踏み込めないところ』でいっつも仲良くしてる二人に嫉妬しちゃうというか。
あと、恭弥なら同性同士の恋愛に偏見とかなさそうっていうのも危険だって思う要素の一つでもある。
……聞いてみようかな? 織部くんのこと好きなの? って。
「おい日葵、ついたぞ」
「あっ、ごめん!」
恭弥に声をかけられて意識が現実に移る。気づけば、恭弥と係員さんに見られていて、それが恥ずかしくて俯いてもう一度「ごめんなさい……」と謝った。
そのまま係員さんに案内されてゴンドラに対面で座り、扉が閉められる。ゆっくりと地面から離れていく感覚に身を任せながら、恭弥を見た。
……え、恥ずかしい。真正面からの恭弥恥ずかしい! や、違う、恭弥が恥ずかしいんじゃなくて、恭弥の真正面にいるのが恥ずかしい! な、何か変なところないかな? 二人きりになりたいからって観覧車に乗ったけど、こんなに恥ずかしいなんて思わなかった!
そこで私は閃いた! 真正面が恥ずかしいなら、隣に行けばいいんだ!
「きょ、恭弥。隣に、しゅわってもいい、でしょうか……」
ウワー! 死ぬほど緊張して噛んじゃった! 変に敬語使っちゃったし! なんなのしゅわってもって! 石鹸? ボディソープのCM? つまり私は今から恭弥の隣で体を洗うってこと??? ハレンチここに極まれり……!
や、ちょっと落ち着こう。大丈夫。噛むことなんてよくあることだし、恭弥はそんなこと気にしない。私が失敗してもいつも優しく見守ってくれるし。
それにしてもあんまり反応ないな、と思って恭弥をちら、と見てみた。
顔が真っ赤だった。
え、かわいい。うれしい。私が隣に座っても何も思わないかなーって思ってたのに、ちゃんと恥ずかしがってくれるんだ。まだ座ってないけど、そっか。うん。
「待って」
意を決して立ち上がろうとすると、恭弥が手で制してきた。
「立ち上がると危ないから、俺が参ります」
言って、恭弥が立ち上がって私の隣にすっと腰を下ろす。
や、やさしい、うれしい、すき! 「参ります」って私に引っ張られたのかな? 隣に座っても私の方全然見てないし、ちゃんと照れてくれてるのかな? うわだめだ体があつい。恭弥が隣に座ってくれるっていうのに座る位置ずらさなかったから右半身が恭弥にすごい密着してるしなんかいい匂いするしなんか体がっしりしてるっていうか、ボブカートの時も思ったけどすっごく安心するっていうか、いや安心以上にドキドキするんだけどなんていうかその。
すごい、幸せ。
「……」
「……」
どうしよう、言葉が何も出てこない。いっぱい話したいけど、それ以上にくっついてるのが幸せだから、これ以上は何もいらないんじゃないかなって思っちゃう。今までが今までだったし、全然喋らなかった頃に比べたらこれ以上は望みすぎかな?
恭弥は今どんな顔してるのかな、と思って恭弥を見てみた。
「……」
「……」
恭弥と、目が合った。夕焼けなんかじゃ誤魔化せないくらい顔が赤くて、それが可愛くて、でもやっぱりかっこいい。好き。
……手とか、繋いでみようかな。それは大胆? でももうこんなにくっついてるんだから、繋いでもいいと思う。うん。大丈夫。恭弥なら受け入れてくれるはず。だ、だって手を繋ぐだけだし? 今日ずっと繋いでたし? だから、
「……日葵」
「はいっ!」
恭弥の声が近くてびっくりして、つい大きな声を出してしまう。でも恭弥は優しく微笑んでくれた。
え、これもしかしてもしかする? 夕焼けに照らされて、観覧車で、二人きりで。いやでもそんなまさか。これ以上の幸せなんてあっちゃいけないと思う。もっとゆっくり段階を踏んでといいますか……。
「日葵、ちょっと前見てもらっていいか?」
「め、目を閉じるとかではなく」
「おう、前だ」
うっかり口をすべらして「やっちゃった!」って思ったけど、恭弥は気づいてないみたい。よかった。キスのおねだりしてるって気づかれたらもう扉開けて逃げようかと思ってた。
恭弥に言われた通り前を見る。そういえば、ほとんど下を見るか恭弥を見るかしかしてなかったから景色もろくに見ていなかった。でも、それならなんで前?
その答えはすぐにわかった。前を見ると、私たちより一つ後ろのゴンドラの窓に張り付いてこっちを見ている、光莉と織部くんが視界に飛び込んできた。
「ぁ……」
二人に見られていることがすごく恥ずかしくて、向かい側に座ろうと立ち上がった時、急に立ち上がったのとずっと緊張していたからか足がもつれてバランスを崩した。
こけちゃう! と思って反射的に目を瞑る。でも、くると思っていた衝撃はこなかった。私の体に触れたのは鉄の感触じゃなくて。
「大丈夫か、日葵」
「……はい」
すぐ目の前に、恭弥の胸がある。私の背中に、恭弥の手が回されている。っていうことは、これは、その、恭弥に、抱きしめてもらってるってこと?
「……」
恭弥の心臓が、ばくばく音を立てている。これは、どっちなんだろう。私が怪我しそうだったからか、私を、抱きしめてるからか。
抱きしめてるからだったら嬉しいなと思いながら、バランスを崩したことを言い訳にして下につくまで恭弥に抱きしめてもらった。
「光莉!!!」
「違うのよ。えっと、たまたま、そうたまたま! なんか道で倒れてるおばあさんを助けたらここのペアチケットもらって、行かないのも悪いなぁって思って」
「え! 大丈夫だったの? おばあさん」
「おいおい。可愛いかよ」
観覧車から降りると、日葵が光莉のところへ一直線。そのまま顔を真っ赤にしながら文句を言っていたが、どう考えても嘘な光莉の言葉を真正面から信じてしまった。やっぱ純粋だよ日葵。
「お疲れ、恭弥」
「千里」
光莉が日葵を抱きしめてすりすりしているところを羨ましいなと見ていると、メスが話しかけてた。俺の隣に立ってちょこんと小首を傾げて、覗き込むようにして俺を見ている。こいつ、無自覚でこれやってんのか?
「ごめんね、邪魔しちゃって」
「いや、心配してきてくれたってのはわかってるからな。俺も千里が薫とデートってなったらついてくし」
「それはほっといてよ」
「それはついてくだろ」
千里ほどの男なら心配はいらないだろうけど、一応だ。いくら千里を信頼しているといっても薫は可愛い妹なんだ。デートくらいついて行かせてほしい。「ついてこないで」って冷たい目で言われる未来が見えるが、それでも俺はついていく。ふっ、俺の愛を受け止め切れる、かな?
「にしたって窓に張り付くのはねぇだろ」
「あはは。まぁ、僕もあそこまでしようと思ってなかったし、流石に観覧車に乗るのはやめておこうって言ったんだけどね」
「?」
千里がそこで言葉を切って、日葵とじゃれ合っている光莉に目を向けた。なんだ、おっぱいの話か? 確かにあそこにはでかいおっぱいと見えそうなおっぱいがあって大変目の保養になるが……つか何日葵のこと視界に入れてんだ殺すぞコラ。
「朝日さんがね。『私たちがいることに気づく、っていうのがもしもの時の逃げ道になった方がいいでしょ』って言って、引っ張って行かれたんだ」
「……そうか、光莉が」
「その反応を見る限り、正解だった?」
「千里と光莉が俺に対してやることなら、大体正解だろ」
「ふふ、そっか」
なんとなく気恥ずかしくなって、日葵と光莉に「帰るぞ」と声をかけた。日葵は「あ、ごめんね?」と申し訳なさそうにしゅんとして、光莉は「あんた、ご飯奢りなさいよ、ご飯。ぶん殴られたいの?」となぜか脅迫してきた。
なので財布から札を取り出して黙らせてやった。結局は『財』なんだよな。