体育祭当日。
「校長が大勝したらしいから、一番成績優秀だったクラスに高級焼肉を奢ってくれるらしい」
先生からこの言葉を聞いた時、初めて『一つになる』感覚を知った。クラスみんなと目を合わせずとも一つ頷き、必ずや成し遂げようと心に誓う。
「ちなみに、一人前いくらのところですか」
「2000から3000」
「光莉」
光莉を呼ぶと、金属バットをこれでもかと詰め込んだ籠を一瞬で運び込んできて、そのうちの一本を手に取りスイング。いっそ暴力的ともいえる風切り音の後に、光莉は口からよだれを垂らしながら言った。
「武器の準備はできてるわ」
「千里」
千里は体操着のジャージをはだけさせて目薬をポケットにぶち込んで、セットした髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜて言った。
「誰かの地位を落とすなら任せて」
「ふっ、お前ら見ておけ! 俺の頭脳とこの二人の武器があれば、勝利に『約束された』という枕詞がつく!」
「光莉、だめだよ?」
「はーい!」
「千里。私は薫の姉だ。これがどういうことかわかるか?」
「へへ、靴でも舐めましょうか姉御」
「頭脳だけになってもうたな……」
俺の後ろに控えていたはずの二人が、早くも弱点をつかれてリタイアしてしまった。おのれ! 相手が日葵と恭華だから強く出れねぇじゃねぇか! 幼馴染と妹が俺の敵に回るとは、運命ってのは残酷だぜ。
だが、今の俺にはまだ手がある。
「?」
俺の肩に手を置いて慰めてくれていた春乃を見ると、首を傾げることで返された。まだこいつは自分の力を理解できていないようだな。
そう。小細工に頼らずとも、運動能力だけで俺たちは優秀な成績を収めることができる。春乃がその筆頭であり、俺もその一部。"だからこそ"汚い手は使わないという刷り込みが無意識レベルで発生する! 今日葵と恭華が汚い手を止めたことで、それは確実なものとなった! ここまでが俺の作戦だ!!
「よし春乃。お前の力を見せてやれ! 全力を出せば軽々と俺たちが優秀な成績を収めることができる!」
「うん。頑張る。せやから」
春乃が俺の正面に移動して、じっと俺を見つめてきた。なんだこいつ美人だなと腹立たしくなり俺も見つめ返してやると、綺麗な指先で鼻をちょん、と押される。
「恭弥くんも頑張ってな? で、ちゃんと戦ってみんなで焼肉いこ?」
「……仕方ねぇなぁ!」
「おーい岸さん! ダニ! 開会式始まるよ!」
「おいコラメス。俺のことダニって呼びやがったな?」
「あとでちゅーしてあげるから許して。ね?」
「こっちこい」
「ワー!! 待って!! 腕掴むな!! 冗談だろうが!! 岸さん助けて! このままじゃ僕の唇が奪われる!! 高級焼肉より先においしく頂かれる!!」
「よかったやん」
「よくねぇだろうが!!!!!!???」
というわけで、体育祭が始まった。
『第一競技は2年生競技、玉入れです! 2-Aと2-Bはグラウンドへ移動してください!』
「準備運動みたいなもんか」
「でも、ちょっと見た目違うね」
待機場所からグラウンドへ出ると、そこには背負えるようになっている籠が約20個と、あちこちへ散りばめられている玉があった。玉入れと聞くと普通はお互いに籠が用意されていて、どちらがその籠に多く玉を入れられるか、っていう競技だと思うんだけどどうやら違うらしい。
『先攻は2-Bです! A組は二人一組のペアになって片方が籠を背負い、籠を背負った人をもう片方がおんぶしてください! そして、B組から逃げてください! 終了の笛がなった時点で攻撃終了! 籠を下ろし、玉の数を数えます! その後攻守を入れ替え、最終的に玉を多く入れた方の勝利となります! それでは作戦タイムどうぞ!』
「恭弥くん。組も?」
説明が終わると同時、春乃が俺の手を握った。少しドキッとしてしまい更に目を逸らし、童貞丸出しの反応をしてしまった俺はなんとか取り繕おうと「み、みんなはどう思いますかね?」と震えた声で周りに確認する。ダメだこれ「どうもはじめまして童貞です」ってみんなに言ってるようなもんじゃねぇか。
「え、えぇ!? は、春乃が、恭弥と!? え、えっと、えーっと」
「いんじゃね? 高級焼肉食うなら、運動能力高いやつらが組んだ方がいいだろ!」
なんとか妨害しようとした日葵を遮った井原の邪気のない笑みが炸裂する。日葵はそのまま尻すぼみに声が小さくなっていって、それをチャンスだと思ったのか光莉が「私におっぱいを押し当てる気はない?」とドストレートに声をかけにいった。
その言葉に反応したのがうちのクラスの
「朝日さん!! 俺が背負ってあげますよ!!」
「いやいや朝日さん!! わちきがおぶって差し上げやしょう!!」
「いやいやいやいや朝日さん!! 某の背に身を預ける気はありやせんか!!」
「は? 死ね」
「「「どひゃー!! 好きだー!!」」」
『背負う』『おっぱい』という二つのワードから光莉を導き出した名も知らぬバカ三人に、女子全員から冷ややかな視線が向けられる。あ、いや、違った。日葵だけ「わぁ。光莉すごいモテてる……」ってちょっとほっぺ赤くしてる。バカ可愛い。
「ふっ、欲望丸出しでみっともねぇな春乃。俺たちはそんなこと気にする必要ねぇから、どっちが籠背負う?」
「んー、どっちがええかなぁ。ちなみになんでそんなこと気にする必要ないかって聞いてもええ?」
「失言だったって言って許してくれんのか?」
「ふーん」
「?」
じとっと俺を睨んだ春乃が俺の背後に周る。まさか、首を絞めるために……? さようならみんな。俺はここで逃げる選択肢もあるけど、女の子の尊厳を踏みにじった俺は制裁を受けるべきだ。いやでもほら、仕方なくね? 光莉はおっぱい大きい=男子が夢中になるが成り立つなら、男が夢中にならない=春乃はおっぱい小さいが成り立つだろ。同様に確からしいだろ。
首を絞められるならと、今のうちに酸素のありがたみを覚えておくことにした。息を思い切り吸って、吐く。この当たり前のようにできる行動が、まさか愛しく思える日がくるなんて、な。
しかし、俺が思っていたようなことは起きなかった。首に回されると思っていた腕は肩から胸に回され、春乃の顔がすぐ隣に。そして、いつも『ない』って言っているものが、背中にあたって『ある』んだと認識させられる。
「なぁ、ほんまに気にする必要ないん?」
ぼそっ、と囁かれて体から力が抜ける。力が抜けてへたり込んでしまうかと思いきや、春乃が俺をぐっと引き寄せたことによりへたり込むことはなかった。代わりにより密着した。ヤバイ。めっちゃ女の子じゃん春乃。いや、女の子だとはわかってたけど、ほら、確かにいつも可愛いし綺麗だけど、イケメンの方が目立つから。
春乃の腕が俺の胸を撫でて、ゆっくり下へと向かっていく。
「気にしてへんようには、見えへんけど?」
その瞬間。
春乃が俺から離れ、それと同時に横からドロップキックをお見舞いされた。もうトラックにはねられたんじゃないかっていうくらい勢いよく吹き飛んで、置かれていた籠へと華麗にシュートされた俺は、こんな目に遭わせてくれやがったカスをぶち殺すべく立ち上がる。
「おい、誰だ俺をボールみてぇに籠へシュートしやがったのは!! 競技はまだ始まってねぇんだぞ!! ちなみに始まってたとしてもダメだ!!」
籠から這い出て誰がやったんだと怒り狂う。位置的にありえるのは誰かなんて俺ならその理解に時間はかからない。ふっ、天才である俺を敵に回すなんざ愚の骨頂! 俺の優秀過ぎる頭脳がフル回転し、瞬時に答えを弾き出した。位置関係的に、今俺を睨みつけている恭華以外ありえない!!
「……」
「おい恭華。いくら妹だからってやっていいことと悪いことがあるぞ」
「ふ」
「ふ?」
「ふ、ふしだら!!」
顔を真っ赤にして恭華が叫び、落ちていた玉を拾って俺に投げてきた。目を閉じてがむしゃらに投げたからか俺に直撃せず、近くにあった籠にその玉が収まり、玉の行方を見ている間に恭華がぴゃーと走って逃げていった。
「……恭弥くん。なにあれ可愛すぎん?」
「俺の妹だぜ。どうだ、羨ましいだろ?」
「恭弥くんと結婚したら私の妹にもなるってことやろ?」
「ちなみに僕は薫ちゃんと結婚するから、僕も弟になるよ」
「おとなしくしてると思ったら、最悪のタイミングで出てくんなやカス」
「ひどくない?」