優秀な脳をフル回転させろ、俺! 『好きな人』ってなんだ? どういう視点から見て『好き』ってことなんだ? 何もここには『恋愛的な意味』なんて書いていない。そりゃあ世間一般的に『好きな人』って言ったら恋愛的な意味だって捉えるだろうが、そう捉えない人だっている。俺がそうだったってだけの話にすればいいんだ。幸い今日は薫もきている。そうと決まれば薫を……。
いや、待て! ゴールした時にお題を確認されて、『好きな人』って発表されて、恋愛的な『好き』だって勘違いされたら? 全力で弁明できる自信はあるが、万が一のこともある。その万が一が起きた時、薫に変な目を向けられてしまう! それはダメだ。妹を守る兄として、危険な目には遭わせられない!
それなら誰にするか。優秀な俺は既に答えを弾き出している。そう、薫がいるってことは父さんも母さんもいる。そして、父さんなら勘違いなんてされない! 母さんなら若いしもしかしたら勘違いされる可能性もあるけど、父さんならないだろ。『好きな人』で父親連れてくる? って思われたとしても、恋愛的な意味で『好きな人』を連れてくるのが恥ずかしいから父親を連れてきたって解釈されるだろうからな!
俺の崇高な頭脳による計算が完了し、父さんのところへ走り出す。他のやつらも難題に引っかかっているのか、最初に動き出したのは俺だった。
俺の家族は観覧スペースの最前線にいて、走ってくる俺を見てぶんぶん手を振ってくれる。もちろん薫は振ってくれない。むしろ自分の両側で勢い良く手を振る両親を鬱陶しそうにしている。かわいい。
「どうした恭弥! まさか、『この世で一番尊敬しているダンディすぎる人』というお題が出たのか!?」
「いえ、『この世で一番尊敬しているビューティーすぎる人』っていうお題が出たのよね!」
「そのお題なら二人のところにこないと思うよ」
薫の言葉に深く頷くと、両親揃って「嘘だろ……?」と驚愕に目を見開いていた。いやだってダンディであってビューティーではあっても尊敬してるかっていうと……まぁ俺みたいなのを育ててくれるっていうのは尊敬に値するかもしれない。あと薫をこの世に産み落としたこと。
「そんなことより、父さん!」
このまま両親に付き合っていると焼肉が遠ざかって行ってしまう。バカは早めに抑えつけて連れて行くに限る! 父さんを呼ぶと、流石と言うべきか「俺が必要なんだな?」とキメ顔で頷いてくれた。
『ちなみに、好きな人とか気になっている人とかお題にありますが、それは恋愛的な意味ですので!』
「役立たずが。俺の視界から消えろ」
「なんで俺は罵倒されたんだ?」
「役立たずだからじゃない?」
「兄貴の引いたお題が『好きな人』だからなんじゃない?」
薫の可愛らしい目が俺を射抜く。まるですべてを見透かされているかのような視線に、俺はたまらず「はひぃん」と声を漏らしてしまった。セクシーすぎてごめんなさい。
「大方、『好きな人』で本当に好きな人を連れて行くのが恥ずかしいっていうか色々あるから、自分の中で散々言い訳してお父さん連れて行こうとしたんでしょ?」
「大正解。なんだ、俺のこと理解しすぎじゃん。俺のこと愛しすぎだろ」
「なんだ、薫は恭弥のことを愛してるのか」
「それじゃあ薫を連れていきなさい、恭弥。女の子に恥かかせちゃだめよ」
「あんたらが両親だと恥だから薫のために両親をやめてくれ」
「いやん! 寂しい! そんなこと言わないでん!」
「少なくともお父さんはやめさせるわ」
「頼んだ」
野太い声でくねくねしながらクソキショいことを言いだした父さん、いや、もう知らない男の人。なんでこんな化け物が薫の近くにいるんだ? 殺そうかな。
っていうかこんなことしてる場合じゃない。結局バカどもに時間取られてんじゃねぇか。クソ、どうする? 『恋愛的な意味で』って言われちまった以上、恋愛的な意味で好きな人を連れていくしかねぇじゃねぇか!
思わず頭を抱えて悩んでいると、俺の肩に手を置かれる。見ると、父さん……いや、もう知らない男の人。
「恭弥。何を悩んでるんだ?」
「もう知らない男の人……」
「『好きな人』なんだろ? 選択肢は一つじゃないか」
もう知らない男に人の言葉にはっとする。そうだ、何悩んでたんだ俺。『好きな人』なんて、最初から一人しかいなかった。悩んでたのがバカらしいくらい決まりきったことだった。
もう知らない男の人に決意表明の意味を込めて頷くと、もう知らない男の人はにっと笑って俺と同じように頷いた。
「ありがとう、もう知らない男の人! 行ってくる!」
「おう、行ってこい! あと俺はいつ絶縁されたんだ!」
「さっきだよ」
「さっきね」
さっきだぞ、と心の中で答えながら自分のクラスへ全力疾走する。何人かは俺に気づき、「氷室がきたぞ! 殺せ!」「待て、殺すのは焼肉を食ってからだ!」「いや、焼肉を食う直前だ!」「よし!」となぜか俺を殺す算段をつけられていた。俺いつの間にそんな恨み買ってたの?
そんな有象無象はどうでもいい。俺は『好きな人』目掛けて一直線に走り抜け、ぽかんとしている『好きな人』の手を取り、有無を言わさず走り出した。
そして、ゴールテープを切る。体育祭の実行委員が近づいてきてお題を確認し、俺の『好きな人』を見て満足そうに頷いた。
『2-A氷室恭弥さんのお題は好きな人! 連れてきたのは同じく2-A織部千里さん! 文句なしのゴールインです!』
「やったぜ千里!!」
「君本当にいい加減にしろよ?」
握った手を思い切り振り払われ、下から睨みつけられる。ただ可愛いだけだから何も怖くないので頭をぽんぽんすると「まぁ、いいけどさ」と折れてくれた。チョロいメスだぜ、ほんとによ。
「でも、いいの? 新聞で書かれてるだけだったのに、恭弥自身がこんなことしちゃったらもう言い訳できないよ」
「いいよ、別に。つかワリィな、逃げ道になってもらってよ」
「親友でしょ。いちいち謝んない」
「そうか、ありがとな」
「ん」
小さく頷いて微笑む千里。お前コラ、マジで好きになるぞテメェ。可愛いが過ぎるんだよバカが。わかってんのか? お前がそんなんだから付き合ってないっていう言い訳が通用しねぇんだぞ? 今まで歪めた性癖の数覚えてんのか。覚えてねぇだろうな。ちなみに俺のクラスはもう手遅れだ。
『さて、ここでお二人にインタビューしてみましょう! 体育祭のアツい雰囲気もいいですが、別の意味でアツい雰囲気も欲しいことでしょうし!』
「逃げるぞ千里!」
「ダメだ、囲まれてる!」
にじり寄ってきた実行委員から逃げ出そうとするが、既に俺たちは囲まれていた。どこからこんなに出てきたんだとか他のやつらはまだゴールしないのかとか色々思うところはあるが、どちらにせよ俺たちを逃がしてはくれないらしい。
千里とアイコンタクトをとり、なんとか切り抜けようと頷き合う。ごめんな千里、俺が連れてきたばっかりに。何? 僕こそこんな女顔でごめんね? お前は女顔ってだけじゃねぇんだよもうちょっと自分を理解しろバカ。
『さて、氷室さんに質問です! 織部さんのどこが好きなんですか!』
「普通にめちゃくちゃ可愛いところ、でもずっと可愛いんじゃなくてちゃんと男らしいところもあってそこがカッコいいところ、いつも周りを見てくれるところ、実は一番頼りになるところ、俺と一緒にいてくれるところ、俺と一緒に笑ってくれるところ、うん。ほとんど全部だな」
「……きょ、恭弥」
「悪い。ほんとに好きなところがあるから言っちまった」
あたりから沸き起こる黄色い声援。俺も言いながら「やっちまってるなぁ」って思ってたけど、それ以上にここは誤魔化したくないって思った。いつも助けてもらってるのに、そういえばこうやって千里に対して思ってること言ってなかったなと思って。
『では、織部さん! 同じ質問よろしいですか!』
「……えっと、カッコいいところと、面白いところと、普段はクズなのに一線はちゃんと守ってて、気遣いもちゃんとできて、しかもそれがさりげないところ、僕のこと女だメスだって言ってくるけど、誰より僕を男扱いしてくれるところ、や、僕男なんだけど。あと初心なところ、危ないことから身を挺して守ってくれるところ……僕も、ほとんど全部かな」
「おい千里、お前まで」
「お返し」
べっ、と舌を少し出してしてやったり顔の千里。そして沸き起こる黄色い声援。もはや今からキスするのかっていうくらいの盛り上がりようだった。
そして俺たちは内心「どうしよう」と焦りに焦っている。そうなんだよ、俺たちこういうのノリでやっちゃうけど後先なんて考えてないんだよ。ただなんか面白そうだからやっただけなんだよ!
『まさに相思相愛ですね! ちなみに、新聞情報ではお付き合いされているとのことですが、どちらから告白したんですか!』
言われて、思い返してみる。4月、教室、二人きり。……なんか俺、えっちしたいって言った気がするな。
「まぁ俺になんのか」
「まず付き合ってるっていうのを否定しないと」
「なんだ、嫌なのか? みんなの前で言うのが」
「そ、そりゃあ、うん。だって、普通じゃないし」
千里の心が手に取るようにわかる。「やっちゃった!!!」って思ってるはずだ。俺も思ってる。「やっちゃった!!!」って思ってるとは思えないほど、頬ピンクにして指もじもじ絡ませながら目を逸らしてって完璧に可愛いけど、これでも千里は演技してるんだ。役者だろ?
──ここで、唐突に思いつく。千里も同じ考えに至ったようで、同じタイミングで目が合った。
今、この場面。全員から注目されてるこの場面。もしかしたら、今が別れるチャンスなんじゃないか?
俺が日葵と付き合うには、どうしたって千里との関係が障害になる。だからどこかで解決しておかないといけない。それが今なんじゃないか?
千里と目を合わせて頷き合う。俺から始まったことなんだ、俺から切り出そう。任せろ!
意を決し、別れの言葉を告げようとしたその時、それは現れた。
「──恭弥、それでこそ男だ!!」
砂塵を巻き上げて、もう知らない男の人が俺の前に立つ。暑苦しく号泣しながら俺の肩に手を置いてきやがる不審者に俺と千里の冷たい視線が注がれた。
「この公衆の面前で想いを伝えあう姿、感動した!」
「いや」
「千里くん、普通じゃないなんて言うな! 確かに、世間一般から見れば普通じゃないかもしれない! でも、他でもない君自身が、君の『普通』を否定するな!!」
ダボハゲの言葉に、数名を除いたこの場にいる全員が湧き上がる。なぁ千里、どうしたらいいと思う? 何? 結婚しよう? アリ。