二人三脚障害物競走がスタートし、阿鼻叫喚ともいえる地獄が幕を開けた。
基本的に、二人三脚は同性同士で組むものであり、女の子同士ならまだ見ていられるけど男同士はまぁひどい。二人で網をくぐるときに絡み合い、スプーンに乗せたピンポン玉を運ぶときはお互いの手を握り合い、吊されたパンはどちらかが行くかとタイミングを間違えてお互い顔をぶつける始末。
故に、男同士で競技を終えた者の表情は、地獄を経験したものになっていた。
「僕らが組んでなくてよかったね……」
「多分あれとは別の意味でな」
しかもあの大勢の前での告白の後だから余計にタチが悪くなっていたと思う。
なんだかんだしていると、俺たちの番が近づいてきていた。恭華が緊張し、千里は飄々とし、日葵も緊張し、光莉は興奮している。春乃はいつも通りに見えるけど、少しだけ動きがぎこちないようにも見えた。
……うん。
「おいお前ら。この競技は同じクラスで協力する、って言ってたよな」
「うん。それがどうかしたの?」
「! ふっ、私はすべてを理解したわ」
流石俺の同類とも言うべきか、光莉は「任せてくれ相棒」とでも言いたげな目を俺に向け、高らかに宣言する。
「つまり、協力なんて関係なく勝負して、誰かが勝ったら私が日葵を好きにできるってことね?」
「後ろの方が果てしなく不正解だアホバカボケ」
「罵倒はどれか一つにしなさい」
協力関係なく勝負までは流石だと思ってたのに……。いや、後ろの方も流石光莉と言えば流石光莉と言えなくもないが、俺が思っていた流石とは違うから落第。今度薫に「光莉さん、きらい」って言わせるとんでもない罰ゲームをくらわせようと思う。
「んー、勝負っていうのはいいけど、どうせ恭弥のことだからそれだけじゃないんでしょ?」
「流石千里だな。ズバリ、一番最初にゴールした組は、最後にゴールした組になんでも言うことを聞かせることができる!」
「……!!」
「日葵とのペア解消するか悩んどるな……」
「うん、千里とはペアだし、恭弥は兄だからえっちなのはないな」
「そうか! 恭華と千里ならめちゃくちゃおいしそうじゃない!」
「きょ、恭弥……」
えっちなことが苦手な恭華がそれがなさそうだと安心していると、光莉が容赦なくその凶刃を突きつけた。たまらず恭華が俺の方に近づいて助けを求めようとするが、千里とつながっているためこけそうになり、「おっと」と普段メス過ぎるのによりにもよってこんなところで男らしさを発揮した千里に受け止められた。
結果、恭華は戦闘不能になった。
「これであとは恭弥を殺せば勝利は確定ね」
「ま、待って光莉! あとは普通に勝とう? ね?」
「春乃。このまま一位になっても恭華は妹だし千里は普段から好きにしてるし、俺勝っても旨味なくねぇか?」
「私はいっぱい可愛がりたいからあるけどなぁ」
「恭華さん! 起きて! 起きてくれないと僕がおいしくいただかれちゃう!」
「起きてほしいなら離れてやれ」
密着してる限り恥ずかしくて起きれないから、そいつ。本当になんでそんな初心に育ったんだろうか。俺もそこそこ初心な自覚はあるけど、あそこまでじゃない。さっきは田舎で育ったからって勝手に納得したが、あの両親の血が流れていて、なおかつあの祖父母に育てられてここまで初心に育つわけがない。もしや、父さんが浮気を……?
いや、どっちにしろ父さんの血が入ってりゃめちゃくちゃになるはずだし、突然変異だろ。
「う、うぅ……恭弥、助けてくれ。このまま千里と密着してあんなことやこんなことがあったら、薫に嫌われる」
「薫はそのあたりちゃんとわかってくれるって。むしろ恭華のこと心配してんじゃねぇかな」
言って、薫の方を見る。少し離れた位置から俺たちを見ている薫の目は、大変面白くなさそうだった。
「まぁかわいいから大丈夫だろ」
「待って! 私はお姉ちゃんでいたいんだ! 恋敵として妹の前に君臨したくないんだ!」
「でも織部くん一途だから大丈夫だよ。織部くんが薫ちゃんを安心させてあげればいいんだから」
「甘いわね日葵。恭華は氷室家の遺伝子なのよ」
「千里特効ってことやな……」
「散々な言われようだけど、僕も危険だと思ってる」
「おいお前、俺から妹を根こそぎかっさらってくつもりか?」
もしかして氷室家の遺伝子が優秀だということを理解して俺に接触を……? 違うな、俺から話しかけに行ってたわ。しかもなんか最初の方邪険に扱われた記憶あるわ。なんだよ妹が持ってかれるの俺のせいじゃん。
そんなバカな話をしているうちに、俺たちの番がきた。いっせーのーでで立ち上がり、俺たちはすたすたと、千里と恭華はぎこちなく、日葵と光莉は「いっちにーいっちにー」というかけ声でスタートラインまで移動する。光莉の顔がとんでもなくだらしなくなっているのは見ない方がいいというか周りの人間に見せない方がいいかもしれない。もうなんか人じゃない。
「ふっ、僕はわかってるよ。最後に勝つのは僕たちだってことが」
「あん? 言ってくれんじゃねぇか。おい光莉。まずは千里をぶっ潰すぞ。恭華には怪我させんなよ」
「難しいオーダーね。了解」
「おい千里、私から離れろ。私まで殺される」
「僕の味方はどこだ?」
「ははは、冗談だよ」
言いながら、千里の首に手を伸ばしていた光莉を目で制す。よく考えたら恭華の隣で殺人事件はしゃれにならない。なんでよく考えないとわかんないんだ?
しかし気になる。千里は意味もない言葉を発さない。つまり、何か本当に勝てる理由があっての発言に違いない。でも、俺と春乃が運動能力で言えば一番で、日葵と光莉は息がぴったりだ。光莉が何か粗相をしない限りひとつのミスもなく走りきることができるだろう。
ただ、千里と恭華は息がぴったり……じゃないってわけでもないが、それでも過ごした時間が短い。それに恭華はいくら千里がメスだとはいえ男の子が苦手だ。普通に考えれば一番不利。
「よく考えてみなよ。恭弥、君は恭華さんを危険な目に遭わせたくないから僕らを攻撃できない。そして朝日さんはあとで報復が怖いから攻撃できない。夏野さんが攻撃をよしとするとは思えない。そして、僕はそのあたり一切の躊躇がない!」
「ふーん」
「もらったよ、この勝負!」
『では準備はよろしいでしょうか! 位置について、よーい!』
勝ち誇った表情の千里に適当に返事して、姿勢を低くする。春乃と目を合わせ、同時に頷いた。
『ドン!』
「じゃ、千里お先」
「今度から滑稽大魔神って呼ぶわね」
「えっと、ごめんね」
「実力で勝ってるなら邪魔するまでもないやろ、滑稽大魔神」
「……あー!! 待って!! クソ、行くよ恭華さん!! うさぎとかめだって最後に勝つのはかめだったんだ!!」
「え、ち、近い……!」
「この野郎!! かわいいぜ!!」
背後で大盛り上がりしている千里・恭華ペアを放置して、全力疾走とはいかないまでも7割くらいの速度で走る。俺は合わせやすい速さで走ってるだけで、あとは春乃が合わせてくれる。なんでも、「ちょっと横目で筋肉の動き見たら合わせられる」らしい。それを聞いてから俺は春乃のことを化け物と呼んでいる。
「千里があんなポンコツやらかすの珍しいなぁ」
「薫に怒られたの気にしてたんじゃねぇの?」
「あー。あの借り物競走の時の? 好きな人やったら、私連れてってくれてもよかったんちゃう?」
「おい! 動揺しちゃうだろ!! その手の話やめろ!!」
「にひひ、すみませーん」
もはやあまり前を見ず、お互いの顔を見ながら言葉をぶつけ合い、トラックを疾走する。 ほどなくして、最初の障害物が見えた。それはシンプルな平均台。走者の数に合わせて設置された三台の平均台の一番左、インコースにあるそれに横向きになって乗る。
「傍目から見たらおもろない? 今の光景」
「途端にすげぇ恥ずかしくなってきたんだけど」
「――まって、待って光莉!!」
「うぉおおおおおおおお!!!!」
コースの後ろから聞こえてきた声に、二人で首を傾げて振り返る。
そこには、紐の位置をずらして日葵を抱え、全力疾走してくる光莉がいた。
「恥ずかしい!! 恥ずかしいから!!」
「舌噛んじゃうからしーってしなさい!! あっ、おしっこじゃないわよ!!!??」
「おいテメェ光莉!! 二人三脚のルール破った上に日葵を辱めるたぁどういうことだ!!」
「むしろ恥ずかしいのは光莉の方やと思うけど……」
「うるさいわね!! 勝負と聞いたら負けるわけにはいかないのよ!!」
光莉はそのまま跳躍し、平均台の中央へ着地する。そのまま二人三脚など知ったことかと日葵を抱えたまま全力疾走で平均台を渡りきり、再び地面に足をつけてから俺たちの方へ振り返った。
「そしてここでルールの変更を宣言するわ! 一位になった組が、他の組になんでも言うことを聞かせる!! フハハハハ!! 今から羞恥心に耐える練習をしておくことね!!」
「おい待て光莉ー!!」
あいつ、日葵を抱えてハイになってやがる!! 今羞恥心に耐える練習が必要なのはあいつなのに!! なんだグラウンドで「おしっこ」とか「フハハハハ」とか。現在進行形の黒歴史じゃねぇか。
「クソ、春乃! 俺たちもすぐに行くぞ!」
「……なぁ、恭弥くん」
平均台を渡り終えたところで、春乃が呟くように俺の名前を呼んだ。振り向くと、春乃がいたずらっぽく笑ってぐっと体を寄せてきた。
「さっきより速く走ったらすぐに追いつける。せやから、遠慮せんと全力疾走して。すぐに合わせるから」
「……それしかねぇか」
「うん。そんじゃ行くで。位置について、よーいドン!」
俺と春乃とでは足の長さが違う、筋肉量が違う、骨格も違う。ただ、春乃は数度足をもつらせながらも、すぐに合わせてみせた。光莉のそれとは違い、二人三脚をしながらも一人で走っているような感覚に襲われる。
「相性ええんかもな、私ら!」
「かもな!」
全力疾走する俺たちの耳に、後ろから「待って-!!」という声が聞こえてきた。無視した。