「うっ、うぅぅううぅぅぅぅぅぅううううう」
「その、元気出せよ。な? 日葵も明日になったら許してくれるって。ほら肉食えよ肉」
「ほらあーんして光莉。おいしい?」
号泣しながら春乃からあーんしてもらい、肉を噛みしめる光莉。一番成績が優秀とはいかなかったものの、先生に「俺たちも頑張りました!! 焼肉行きたいです!!」と言うと、「もう予約してるし、親御さんに許可はとってある。行くぞ」と薄く微笑みながら一言。多分あれでうちのクラスの女の子は何人か先生に惚れたと思う。
光莉はそんな余裕なかっただろうし、生憎俺もクラスの集まりを作ってほしくなくて余計な事すんなって思ったくらいだけど。
なぜなら、今日葵と光莉は喧嘩している。そして日葵は薫から仲直りしてと言われても跳ねのけた。このことから今までで一番頑固になっていると言ってもいい。だから、焼肉に来ても一緒のテーブルに座ることはなく、他のクラスメイトと一緒に焼肉を楽しんでいる。恭華がなんとかしようと日葵の近くにいるが、他のやつらに話しかけられてあたふたしているばかりだ。可愛いなあいつほんと。
「でも、なんでだろうね。今までの関係考えれば今回のことでそんなに怒るかな? って思っちゃうんだけど」
言いながら、千里は光莉の背中をぽんぽんと優しく叩いて慰める。流石にこの状態の光莉にセクハラしようなどとは思わないらしく、先ほどから慰めの言葉を投げかけている。
「ん-、どうだろうな。今まで許してきたからこそかもしれねぇし。そろそろ反省しろって時に光莉がふざけたから怒ってるとか」
「ふざけてないもん……」
「怒ってる相手に『すきすき、ちゅっちゅっ』はふざけとるやろ」
「私の日葵に対する気持ちが偽りだって言うの!!!??」
「すきすき、ちゅっちゅっ」
「どうしたの春乃? ディープキスなら受けて立つわよ」
『怒ってる相手にすきすき、ちゅっちゅっがふざけている』ということをわからせるために光莉へ「すきすき、ちゅっちゅっ」と言った春乃だったが、光莉が一般人の感性から逸脱していたためその作戦は失敗に終わった。春乃は信じられないと目を丸くしている。
なんかこれ見たらむしろ反省するのにいい機会なんじゃないかと思ってしまう。光莉が号泣しまくってるからかわいそうに見えるけど、因果応報っていうか自業自得っていうか。むしろ今までよく許してもらってたよなぁ。
……なんだろう。どうにかしてやろうっていう気がなくなってきてしまった。
「うぅ、うぅううう、ウー!!! ウー!!!」
「警報みたいな泣き声すな」
ふざけられるくらいには平気そうだし。春乃もなんとなくそう思い始めてきたのか光莉を甘やかすことをやめたが、千里だけは変わらず慰め続けている。
「おい千里。あんまりやりすぎると調子乗るからやめとけよ」
「ん-。いや、大丈夫だよ。こうやってふざけてるけど、めちゃくちゃ傷ついてるだろうから」
「……もしかして薫にフラれたから光莉を狙ってんのか?」
「違うよ。ただ、恭弥から口をきいてもらえなくなったらって考えたら、僕でもこうなるなって思って」
「春乃、俺はどう思えばいい?」
「嬉しいとこなんちゃう?」
「むしろ申し訳ねぇよ。そんなに依存させちまってたのかって」
え、千里俺と話せなくなったら号泣するの? 確かに親友だけど、そこまで思ってくれてたのか。やだ、うれしい! でも大丈夫なのか? なんか千里に俺以外の友だちができるビジョンの一切がかき消されたような気がするんだけど。あ、井原は別。
もしかしたら千里の俺への依存もどうにかするべきかもしれない。もし俺が日葵と付き合うってなった時に、「僕と遊ぶ時間が減るから、いやだ!」って言われたらすぐに千里を突っぱねられる自信ないし。他でもない俺自身が千里に依存してるような気がするから、ちょっと距離とるか?
……いや、無理だな。ちょっと距離とるか? って思うくらいで距離とれるような関係じゃないし。あれ、もしかして俺千里のことが好きなんじゃね?
「うぅ、千里ぉ。私の味方はあんただけよ……」
「よしよし。でも夏野さんなんであんなに怒ってるんだろうね。や、怒るのは当然なんだけど、今までを見てるから不思議っていうか」
「だよなぁ。さっき光莉が謝りに行ってもふんっ! ってされたし」
「目の前で光莉が泣き始めた時は流石に動揺しとったけどな」
もう「ご、ごめんね!」って寸前まで出かかってたしな。それくらい光莉は絶望に染まった顔で号泣していた。捨てられたみたいな顔をした後目尻に涙をいっぱいためて、「ごめっ、ごめん、ごめんなさい……」って言って泣き始めたからな。今までで一番可哀そうな人間を見たぞ俺は。
「せっかく、恭弥が私と日葵にセックスさせてくれるところだったのに……」
「ちなみに言うけど嘘だぞ」
「そうよね……今の私は日葵に触れる権利ないわよね……」
「セックスを『触れる』っていう生易しい表現で誤魔化しとんちゃうぞ」
……これは、重症だ。てっきり「嘘だぞ」って言った瞬間殺されると思ってたのに、まさか引き下がって自虐するとは。事態は思ってたより深刻かもしれない。
俺としては、日葵のことだから『一回怒っちゃったからどこで許せばいいかわからない』んだと思う。日葵は全然怒ったことがない。大体のことは笑って許してくれるし、『もう!』って言うだけで済むし。でも今回はちゃんと怒ってしまったから、引き際を考えているんだと思う。だから、怒ってはいるだろうけど絶対に許さないとかそんなことはないだろうし、むしろ。
「なぁ光莉。落ち着いて聞いてくれよ」
「お餅の敷布団ってこと?」
「餅ついて敷いてくれって言ってねぇよ。クソくだらねぇな」
しょうもないカスみたいなギャグを情けで拾ってやりつつ、俯いている光莉の顔を上げさせて目を合わせる。
逸らされた。
「おい。俺の顔がブスすぎて見てらんねぇってことかテメェ。上等じゃねぇか」
「ご、ごめん。その、照れちゃうから」
「千里。このまんまの方がええんちゃう?」
「僕も真剣にそのことを考えてた」
俺も一瞬考えてたけど、日葵と仲良くしてる光莉が本来の光莉だから、このままっていうのはありえない。しおらしい光莉がめちゃくちゃ可愛くて魅力的でもって帰りたいっていう気持ちもわかるが、ここは一旦落ち着こう。俺が落ち着けって言ったのになんで俺が落ち着いてんだ?
「仕切りなおすぞ。光莉、多分日葵も光莉と仲直りしたいって思ってると思うぞ」
「なんであんたにそんなことがわかるのよ」
「だって幼馴染だし」
「私は日葵の親友よ!」
「だったら俺は日葵の幼馴染だ!」
「だったら私は日葵の親友よ!」
「お互い違う武器ないんか? せめて同じ武器なら使い方変えろや」
「もう平気なんじゃない? 朝日さん」
ちょっと調子は戻ってきたような気もする。でもこいつはふとした拍子に「でも私は日葵から口きいてもらえないから……終わりだぁ……」って言いそうだし。
「でも私は日葵から口きいてもらえないから……終わりだぁ……」
「俺の中の光莉の解像度高すぎだろ」
「えっち」
「もう一回言ってもらっていいか? あっ、違うんだ!! 今のは違うんだ!!」
「私も言うたろか?」
「座して待ちます」
「僕も」
千里と並んで正座して待っていると、額に紙を貼り付けられた。はがして見てみると『バカとアホ』という文字。神と神みたいで気分がいい。
しかし俺たちが騙されたことに変わりはない。俺は千里とともに立ち上がり、燃え上がる怒りを春乃と光莉にぶつけた。
「おい!! 俺たちに『えっち』って言ってくれる約束だったろうが!!」
「僕と恭弥は楽しみにしてたんだぞ!! 耳元で『えっち、へんたーい』って囁いてくれるのを!!」
「千里。ちなみにお前が囁いてくれてもいいんだぞ。今の感じで」
焼きたての肉を数枚口の中に放り込まれ、口の中の皮膚が全部はがれた。責任を取って千里とは濃厚なキスをしたいと思う。濃厚なキスをしながら時々口を話して耳元にそっと寄せて「きもちいい?」って聞いてもらうんだ! ぐふふ。
「そんなに言うてもらいたいん? そういうんてシチュエーションが大事なんちゃう?」
「じゃあ『えっち』って言われる一番いいシチュエーションは何か選手権しようぜ」
「任せなさい」
「僕のためにあるような選手権だね」
「言う側だろ、お前は」
「死にてぇのか?」
千里から殺意があふれ始めたので、迷いなく土下座を披露して薫が家で言っていた千里の好きなところをこっそり耳打ちすると、「むふーっ」とご満悦な様子で俺を許してくれた。許せ、薫。俺の命が助かるなら、「千里ちゃんに言わないでね」と言っていた情報を放出しても構わないだろう?
「まずは私からね。『日葵と二人きりで、優しいキスを数回してるときにそっと胸に手を伸ばした瞬間、日葵が漏らす「あっ……もう、えっち」』」
「ほんまに反省しとるんか?」
「反省の意味を知らない可能性があるね」
「ただ失意の底から復帰してくるだけの破壊力はあるな」
これを言いたいがために失意の底から復帰してきたのかと思うと末恐ろしい。やはり光莉を構成するのは日葵への想いがほとんどだというのは間違いないみたいだ。
「ほな次私! 『前かがみになった時ふと胸が見えて、それに気づいた私から言われる囁くような「えっち」』」
「見えないものを見ようとしないでしょ」
「天体観測始めそうだな」
「あれは見ようとするんでしょ」
「それもそうか」
「それは私の胸に興味ないってことでええん?」
襟を指でくいっとした瞬間、俺と千里の視線が春乃に注がれる。その瞬間春乃がにんまりと笑い、俺と千里は降伏宣言。同時に幸福宣言。そういやないないって言ってたけど今日あるって気づかされたばっかじゃん。……まぁ、前かがみになった時に見えるほどかって言われると、どうだろう。あはは。
「じゃあ次は僕かな。『抱き合ってるときに興奮してるのがばれて、薫ちゃんが微笑みながら言う「えっち」』」
「しゅぽぽー!!!」
「兄貴の前で妹の妄想ぶちまけるってどんな神経してんだ?」
「それで大興奮してる変態をスルーすんのもおかしいと思うんやけど」
光莉は今に始まったことじゃないし、今は好きにさせておいた方が日葵のこと考えなくて済むだろうから。
っていうか、なんか生々しいんだよな。むしろ実体験な気がしてならない。妙に熱がこもってたし、俺がいない間に二人で一緒いる機会結構あったし。それ以上の行為はないにしても、その程度の行為ならあってもおかしくない。
聞いてみた方が早いか。
「なぁ千里。それって実体験?」
「い、いや? 違うよ?」
「別に怒らねぇよ。薫も受け入れてたんだろうしな」
「なーんだ。うん、そうだよ。薫ちゃんがぎゅってしたいって言ってくれてね。えへへ」
指をパチン、と鳴らすと、俺の隣に日葵と恭華が現れる。千里の表情が絶望に染まった。
「らしい」
「許せないね。薫ちゃんはまだ中学生なのに。私の妹なのに」
「再確認するが、千里は薫に汚いものを押し付けたってことだよな?」
「待って! 不可抗力だ!! そっ、それにそれ以上の行為はしてないし!!」
「でも年上ならそうなっちまう可能性があることは全部避けるべきじゃねぇの?」
「ははは。殺せ」
俺に逃げ道を塞がれた千里は殺された。