体育祭が終わり、日曜日。本来なら明日から学校だと憂鬱な気分になるところを、体育祭分の代休が月曜日に充てられるため今日と明日で二連休を味わえる。俺としては学校に行けば日葵に会えるし憂鬱でもなんでもないんだけど、まぁ、その、ね? 休みの日でも連絡すれば会えるからなんてことないんだよね!
なんてことを思いつつ、今日会うのは日葵じゃない。焼肉から帰ろうとした時、春乃が俺にこっそり近づいてきて「なーなー。明日家行ってもええ?」と言われたもんだから何も考えずにOKしてしまった。何をするのかまったく聞かされず、相手が俺のことを好きな子だからか妙にドキドキしたまま今日を迎えてしまった俺は、とりあえず両親に春乃がくることを伝えると妙な含み笑いをしながら家から出て行った。あの両親、俺と女の子=セックスだと思ってる節あるよな。あんな大人ばっかりなら少子高齢化ももう少しなんとかなるだろうに。
「あ、あの、恭弥。私も出て行った方がいいか?」
「出てかなくていい。そういうことするわけじゃねぇし」
恭華も両親の悪い影響を受けて家から出て行こうとするし。……あの両親、恭華に悪影響だからしばらく帰ってこなくていいのにな。薫はもう慣れてるから今更悪い影響は受けない、むしろもう受けきったみたいなところがあるけど。
「しっかし何しにくるんだろうな。勉強とかなら事前に言っておいてもいいだろうし」
「日葵ねーさんのこととか? でもそれなら千里ちゃんがいないのおかしいか」
「千里はあれでかなり気が遣えるやつだから、光莉のフォローをしてるのかもな」
兄妹でリビングに集まり、のほほんとした時間を過ごす。恭華の言っていることもありえない話ではなく、なんとなく千里は俺の知らないところで光莉と色々やってそうな気がするんだよな。いやらしい意味じゃなくて。
光莉が俺たちのことを名前で呼び始めた時も確かそうだ。千里は何か知ってそうだったし、今回も何かフォローしてそうな気もする。
それを面白くないと感じるのが、我らがプリティーシスター薫だった。
「……そういうところが千里ちゃんのいいところだけど、もうちょっと私に構ってくれてもいいと思う」
「それなら私が代わりに構ってやろうじゃないか!!! さぁ思う存分いちゃいちゃしよう!!」
「なんなら三人でお風呂に入っちゃう!!!?? うふふ!!」
「兄貴とはきもいからいや」
「ふぅ。気持ちがいいぜ」
「いい医者を探しておくか……」
いい医者だと? 俺の頭がおかしいとでも言いたいのだろうか。俺はただ妹からの罵倒に酔いしれていただけなのに。どうせ恭華も薫から「きもい」って言われたら「ひぐぅ!!」って言って気持ちよくなるに決まってる。……いや、恭華は普通に傷つくな。薫は俺なら言っても大丈夫だから罵倒してるみたいなところもあるし。
それはそれとして、薫に寂しい思いをさせている千里をどうやって殺そうかと恭華と二人で相談しているとチャイムが鳴った。玄関に出ようと立ち上がろうとした俺を制し、薫が小走りで玄関へと出迎えに行く。
「なんか薫って春乃のこと好きなんだよな」
「むしろ春乃のことを嫌う人間なんているか?」
「いねぇけど、そういうことじゃなくて」
「恭弥くんが私のこと好きやからちゃう?」
「否定できないからやめてくんない? そういうこと言うの」
俺と恭華の会話に割り込んできた不届きものは、俺の言葉を受けて「否定できひんかー」と嬉しそうに笑っていた。薫は春乃の腰に手を回して軽く抱き着いており、それを見た恭華が血涙を流したのは言うまでもない。
「す、薫。お姉ちゃんは私だぞ? 春乃はお姉ちゃんじゃないんだぞ?」
「私、春乃さんいっちばん常識あって安心するから好きなの」
「お、嬉しいこと言うてくれるやん?」
春乃が薫の頭をくしゃっと撫でると、薫は目を細めて気持ちよさそうに受け入れた。俺が撫でようとすると「触るな、ゴミ」って言ってくるのにえらい違いだ。そのあたりはいくら家族とはいえ異性だからっていう理由で納得してるが、こうも見せつけられては面白くない。どうやら恭華も同じことを思ったらしく、俺たちは立ち上がってじりじりと薫に詰め寄った。
「はぁ、はぁ。今私たちが可愛がってあげるからな」
「い、いい子いい子してあげる」
「どうしよう春乃さん。ちゃんと怖い」
「今おとなしくさせるからちょっと待っててな」
いつの間にか俺と恭華は腕を後ろに回されて布で縛られ、正座させられていた。あまりの手際に一瞬「ありがとうございます」と言いかけたが寸でのところで踏みとどまり、代わりに艶めかしくリップ音を鳴らすと恭華に容赦なく頭突きをくらわされた。
「薫ちゃん苦労してるんやな……」
「私の周りに異常者しか集まらないの、どうにかならないかな……」
「薫が可愛すぎて、みんなどうにかなっちまうのさ」
「私たちがおかしいのは薫のせいなんだぞ?」
「光莉さん」
「今化け物の話はしてないだろ」
俺と恭華は薫の家族、そして千里も薫と関わりがあり、日葵も小さい頃から知っている。もしかして薫と関わったらおかしくなってしまうのではという理論は光莉という存在によって打ち砕かれた。あれはもう最初から取返しつかなかったし論外だ論外。
「まぁ薫が魅力的過ぎるって話はいつものことだから置いといて、今日は何しに来たんだ? 春乃」
「んー? 別になんにも?」
俺と恭華が首を傾げたのを見て、薫は小さくため息を吐いた。そして「やっぱりわかってないんだ」と少し責めるような視線を俺に向けてくる。
「ハハ、どうやら恭弥はかなり鈍感らしいな」
「お前もわかってねぇんだろ」
「薫の視線は恭弥に向けられてたから私は関係ない」
「ほんと、兄貴は女の子のことわかってない」
「おい、どうやら私は女の子じゃないらしい」
「安心しろ。お前は俺と双子だ」
「納得したけど、慰めにはなってないな」
俺と似てるってそんなに人生において汚点になるの? 言っとくけど俺が悪いんじゃないんだからな。代々続いてきた氷室家の遺伝子が悪いんだ。俺のこの性格も氷室家の血を色濃く受け継いできたからに他ならない。
じゃあ薫はどうなの? って話になるかと思うが、薫は氷室家の突然変異だ。同じ話として考えないでほしい。
「女の子のことわかってないって言うけど、俺は童貞だぞ?」
「Q.E.Dやないか」
「どっ、薫の前で童貞とか言うな!!」
「兄貴。恭華ねーさんの前でそんな言葉使わないで」
「あれ? もしかして性教育に関して一番遅れてるって思われてるのか、私」
「ド処女だしな」
ブチギレた恭華は俺を突き飛ばし、俺の腹を座布団代わりにして座った。これが肉親じゃなかったらご褒美だと喜んでいたところだが、肉親からのこれはただ単に苦痛……いや、悪くないな。妹がじゃれてきてるって思ったら可愛くてよし。
「薫も乗っていいぞ」
答えはパンチだった。光莉のように容赦のないものではなく軽く小突く程度の可愛いそれに頬を緩ませていると、俺を覗き込んでくる影、春乃が優しく微笑むと、俺の耳にそっと顔を寄せてきた。
「私も乗ってええ?」
「ぶほぉおおお!! お願いします!!」
「うるさいオスだな」
よっぽど俺が気持ち悪かったのか、恭華が俺の股間を踏み潰した。瞬間俺は声にならない悲鳴を上げ床をのたうち回り、最終的にうつ伏せになって腰を高く突き上げたとてつもなく情けない体勢に落ち着いてしまう。薫のあきれたため息と春乃のけらけらと楽し気な笑い声を耳にしながら、俺はめそめそと涙を流した。
「恭華は女の子の気持ちも男の子の気持ちもわからないんだ……ここがどれだけ大事な場所かわかってないんだ……」
「使う相手がいないのに大事なのか?」
「春乃、拘束解いてくれ。こいつは今言っちゃならねぇことを言いやがった」
「別に、私相手に使ってくれてもええで?」
「ふん、命拾いしたな。春乃が激烈えっち真拳の使い手だったことに感謝しろ」
「春乃さん。妹二人がいる前で兄貴誘惑しないで」
「はーい」
「まったく、春乃の冗談はタチが悪い。さ、恭華、薫。出ていけ」
「あまりにも性に忠実すぎるだろ」
だ、だって春乃が私相手に使っていいってものすごくえっちなこと言うから……。なんか誰にでもそういうこと言うわけじゃないってわかってても心配になるな。多分俺が何もしないってわかってるから大胆な言葉使ってるんだと思うけど、あまりにもいやらしすぎる。そんなことしなくたって春乃は十分魅力的な女の子なのに。
「ってかあれじゃん。結局春乃がうちにきた理由なんなんだよ」
「んー、ほんまに用事はないんやけど、理由って言うたらあれやな」
言って、春乃は少し恥ずかしそうに頬を赤く染めてにひひと笑った。
「せっかく日葵と光莉が喧嘩してくれてるんやから、その間に恭弥くん独り占めできるなーって思って」
「……なんか、らしくないな。春乃なら真っ先に仲直りするよう動くもんだと思ってたけど」
「あれは当人同士の問題やしなぁ。かなりこじれそうやったらそらなんとかしたいって思うけど、よう考えたら光莉の自業自得やし」
やっぱりそこに行きつくよな。日葵は今まで何回も怒ってよかったのに全部許してくれてたんだから。日葵も意地を張ってるところがあるかもしれないが、むしろそれが光莉にとっていい薬になるかもしれない。
……仲直りした瞬間タガが外れて余計ひどくなる未来も見えるけど、気のせいだろ。
「せやから、今のうちに恭弥くんといっぱい仲良ししよーって思って!」
「さて薫。私たちは邪魔らしいから二人でどこかに出かけようか」
「あ、お気遣いなく! 恭弥くんの家族ならいくらでも仲良くしたいし、むしろ一緒におってほしいな」
「あ、好きです」
「もう落ちたか……」
立ち上がって薫を連れてどこかへ行こうとした恭華が春乃の毒牙にかかり、告白。もちろん「ごめんなー。私恭弥くんが好きやから」とフラれていた。おい軽率に好きっていうのやめろって何回も言ってるだろ悪女め。
「でもなんもやることないってわけやないんやで? 私と恭弥くんがおるんやから、考えなあかんことあるやろ?」
「……あ」
「あぁ、命令か」
逃げ出そうとした恭華が春乃に捕まり、がっしりと抱きしめて拘束される。
そう、命令。体育祭の二人三脚障害物競争で一位になった組が、他の組になんでも言うことを聞かせることができるそれに、俺と春乃は見事一位に輝いた。
「別に、今でもいいわけだもんな?」
「せやなぁ。みんなより先に、恭華の分考えてもええなぁ」
「ゆ、ゆるして」
「あきらめよう。恭華ねーさん」