「……」
「……」
「おい」
「恭華ねーさん、似合ってるよ」
「薫、ありがとう。でも私は笑いを堪えているクソ兄貴と春乃が許せないんだ」
家のリビング。俺、恭華、薫、春乃。誰かが増えたわけでも誰かが減ったわけでもないが、ある一点が死ぬほど変化している。
そう、恭華がフリッフリのメイド服を着て恥ずかしそうに俺たちを睨みつけていること。
メイド服と言ってもえっちなご奉仕をしそうなミニ丈のものではなく、クラシックなロング丈のメイド服。お屋敷のメイドさんが着ていそうなそれを持ってきたのは春乃であり、廊下に隠していたのかにやにやしながらそれを披露したときの恭華の絶望に染まった表情は忘れられない。
「や、ごめんやん! でも恭華ってあんま私服でスカートとか履かんやろ? せやから可愛らしい恰好見てみたいなーって思って」
「だったら普通の服装でいいだろ! なんでメイド服なんだ!」
「そりゃお前、罰ゲームだもんよ」
「せやで。せっかくなんでも言うこと聞いてくれるんやから、普段やったら絶対着てくれへんもんチョイスせな。むしろおとなしめなやつにしたんをありがたく思ってほしいわ」
「辱められてありがたく思えるかばか!」
顔を真っ赤にしていきり立つ恭華に、俺と春乃は爆笑で返した。別に似合ってないから笑っているとかではなく、めちゃくちゃ似合ってるからむしろ笑えてくるみたいなアレだ。そういえば恭華は向こうにいるとき巫女装束だったし、案外コスプレ的な衣装が似合うのかもしれない。
まぁ俺の双子だし、見た目がいいからなんでも似合って当然なところはあるけどね?
「もういいだろ、着替える!」
「せっかくやし外出てみよか」
リビングから出ていこうとした恭華の手を掴み、春乃がにっこり笑う。言われたことが理解できないのか恭華は数秒固まった後、助けを求めるように俺と薫に視線を送った。
「井原のとこバイト募集してねぇかな?」
当然俺が味方するはずもなく、行先を決定する。こういう場面で俺に助けを求めてくるって恭華はほんとに可愛いなぁ。氷室家のくせに氷室家の人間に良心を期待するなんて、よっぽど大事に育てられたんだろう。愚か者め。
ただ、薫は死ぬほど優しい。愛情表現だとわかっているが俺には冷たいのに、恭華には目いっぱい甘えるし、部屋に来て「恭華ねーさん、一緒に寝よ」とまで言ってくる始末。もちろん俺は対象外であり、勝ち誇った恭華の顔に恨みを込めながら寝るのが日常茶飯事。だからこそ、その恨みを晴らすためにこの罰ゲームはただでは終わらせない。
恭華の視線を受けた薫は春乃と俺を一瞥した後、「うーん」と可愛らしく考え込んでから俺の方に寄ってきた。
「私ケーキ食べたいな」
「薫……!!?」
「お、ノリええやん薫ちゃん!」
結構、意外だった。薫は恭華の味方をするとばかり思っていた。もしかしたら同性の姉に対してのいたずら心なのかもしれない。ことあるごとに「ねー、恭華ねーさんが可愛いんだよ」と俺に恭華がいかに可愛いかを力説してくるくらいだから、薫が恭華の敵になったのは恭華の可愛いところがもっと見たいから、だろうか。
「え……ほんとに? このかっこで外で歩くの?」
薫まで敵に回った事実に恭華は絶望顔を披露し、それを見た薫はご満悦の様子。
……あんまり見たことがないな、薫のこういう表情。つまりあれか、薫のこの表情を引き出すためには俺もメイド服を着ればいいってことかな!!?
「違うよ」
どうやら違うらしい。通販サイトでメイド服を買おうとした手を薫にがしりと掴まれてものすごい勢いで首を横に振られた。俺も似合うと思うんだけどな……。
「ほんまにいくでー」
「いや、だって! お前らはいいのか! メイド服着た女と一緒に歩くんだぞ! 恥ずかしくないのか!」
「恭華ねーさんちゃんと恥ずかしがるでしょ? だから罰ゲームか何かで着てるんだなーって思ってくれるだろうから、別に」
「俺が周りの目を気にすると思うのか?」
「そーそー。それに可愛い子と歩くのに恥ずかしいことなんてある?」
「……や、でも」
まだもじもじしている恭華の背を押し、「さー出発!!」と元気に宣言した春乃に続き、俺と薫も後に続く。恥ずかしがっている割には恭華はそこまで抵抗せず、春乃に押されるがままになっている。
「……なぁ薫」
「なに?」
「もしかして恭華って、いじめられるのが好きだったりすんのか?」
「ん-、どうだろうね。恥ずかしいより楽しいが勝ってるとか? 恭華ねーさんも女の子だし、可愛い恰好するのが楽しいんじゃない?」
「そういうもんか」
「そういうもんだよ。だめだめですね」
敬語を使った薫が可愛すぎて一目散に家を飛び出しウィンドミルを披露したところ、割と本気で止められた。アスファルトでやってて痛かったから助かる。
大人気のケーキ屋、『オラクル』。井原家が経営している店であり値段も高いが、仲良くなればなんでもサービスしてくれる素晴らしいお店。
「は、早く買って帰ろう、な?」
「せっかくやし中で食べて行こか」
「鬼!! もうやだ! みんな変な目で見てくるもん!」
「恭華ねーさんが可愛いからだよ」
「あと俺がカッコいいからだな」
キメ顔の俺をスルーして三人がオラクルへと入っていく。春乃と薫はともかく、恭華さっきまで入るの嫌がってただろ。羞恥心より俺に構う方が嫌なのか? まったく、可愛い妹め。
むなしくなった心を誤魔化すようにスキップしながら入店する。井原がいたら面白いなと思って店内を見渡すが、残念ながら井原はいないらしくバイトらしき店員さんときゃーきゃー騒ぎなら春乃と恭華と薫がケーキを選んでいるところだった。
「あ、恭弥くん。先席行っといて! あとで持っていくわ!」
「ん、悪いな」
恭華が店員さんから「すごく似合ってますねー! めちゃくちゃ綺麗! うちで働きませんか!?」と勧誘を受けたり「今度一緒に遊びません? 服見に行きましょう!」とナンパされたりしている姦しい話声を背に席へと向かう。なんか、あれだな。なんとなく肩身狭いな。
せっかくならと外から見える窓際の席に座る。ここなら「あ、メイドさんがケーキ食べてる!」と外を歩く人が興味を持ってオラクルに入ってくれることだろう。友だちの店だから集客のことも考えてるんだ、俺は。うわ、びっくりした! 偉すぎて一瞬総理大臣になったかと思った!
「……むなしいな」
「お兄さん、今一人?」
窓の外を眺めて呟くと、対面に誰かが座った。見ると、人懐っこい笑みを浮かべて俺に手を振る井原。
「あれ、今日いないんじゃねぇの?」
「今日手伝いの日じゃないから、奥にいたんだよ。でも恭弥がいたから会いにきちまった! つーわけでご一緒してもいいっすか?」
「おう。ちょうど俺もお前を探してたしな」
「相思相愛じゃん! ヤバ!」
ちゅっ! と投げキッスをしてくる井原に笑いながら、「気分が悪いな」と冗談を返す。「ひでー!」とまったく気にした様子もなく井原が笑っていると、ほどなくしてケーキをトレーに乗せた春乃たちがやってきた。
「あれ? 井原くんやん」
「あれ? 岸ちゃんじゃん! 薫ちゃんもこんにちはー! 後ろにいるのは恭華ちゃん?」
「こんにちは、井原さん」
「……」
恭華は春乃と薫の背に隠れて出てこようとしない。クラスメイトの井原に見られるのはかなり恥ずかしいんだろう。しかしそれを許す春乃ではなく、テーブルの上にトレーを置くと容赦なく恭華を前へと引っ張り出した。
「じゃん! どや井原くん! めっちゃかわええやろ?」
「ちょっ、春乃! 悪魔め! 一族郎党根絶やしにしてやる!」
「こわ」
ついにブチギレた恭華が春乃に掴みかかろうとするが、恭華はいい子なので店の中で暴れることはしない。振り上げた腕をゆっくり下ろし、代わりに恨みの念を込めて春乃を睨むが、春乃は俺の隣に腰を下ろして「さ、ケーキ食べよか!」とガンスルー。涙目になった恭華を薫が慰める姿を見ながら、そこでふと違和感を覚えた。
井原が反応を示さない。どうせ「お、めっちゃ可愛いじゃん! メイドって感じ!」みたいな反応すると思ってたのに。不思議に思って井原を見てみると。
井原は目を丸くして、恭華を見ながら頬が少し赤くなっていた。
……あぁ、まぁそうか。俺にとっちゃ双子の妹だけど、井原にとっちゃ綺麗なクラスメイトだもんな。そりゃあその反応をしても無理はない。
「……おい井原、なんか反応してくれ。無反応は流石に泣くぞ、私も」
「……あ、ワリィ。その、なんつーか」
恭華も気になったのか、それとも怒りの矛先を向ける場所がわからなくなったのか。井原に言葉をぶつけるとやっと井原が口を開いた。
「めっちゃ可愛くて見惚れてた! いつも綺麗だし可愛いしって思ってたけど、今は超がつくほどって感じだな!」
いつものように明るい笑顔で、まったく邪気のない言葉で打ち返す。
さて、これによって何が起きるか。恭華は道中すれ違う人の視線に晒されながら歩いてきたが、直接的な言葉は受けていなかった。さっき店員さんに可愛いとか言われていたが、あれは同性からの言葉。そして今は異性からの言葉。しかも同級生。極めつけに、恭華は異性関係が最大の弱点であり、そういうことにまったく慣れていない。
結果、顔を真っ赤にして硬直し、空気を漏らすだけのメイド服を着た置物が出来上がった。
「恭華ねーさん」
「……」
「恭華ねーさん」
「……」
最愛の妹である薫の声にも反応せず、時が止まったかのように硬直する恭華を見て春乃は爆笑、するのではなく店の中だからと口を手で押さえて必死に笑いを堪えていた。
「……? あれ、なんか気に障るようなこと言っちまったならごめん! でもマジで似合ってる!」
「ふっ、そ、そろそろやめたって。恭華めちゃめちゃ恥ずかしがってるから」
「? なんで恥ずかしいんだ? すげぇ可愛いのに」
春乃がテーブルに突っ伏した。ぴくぴくと痙攣していることから、よっぽど恭華を無意識に攻撃する井原がツボに入ったらしい。ちょくちょく思うけど春乃っていじめるの好きだよな。俺もいじめてくれないかな?
「……ぁ」
「あ、動いた」
俺がどうすれば春乃にいじめてもらえるか天才的な頭脳をフル回転させ始めたところで、ようやく恭華が音を漏らす。視線の先には井原がいて、どうやら井原に何かを伝えたいらしい。なんだこの初めて意味のある言葉をしゃべりそうな赤ちゃんを見守るみたいな状況。
「えと」
恭華はもじもじして井原を見て、それから少し視線を逸らした。
「……ありがとう」
「? どういたしまして!」
思わず俺もテーブルに突っ伏して笑いを堪える。純粋すぎる恭華と何もわかっていなさそうな井原にツボを刺激された。
「ぶっ、くく、ちゃんとお礼言えて偉いねぇ恭華ちゃん! 流石俺の妹だね!」
「今クラス全体に『恭弥にメイド服を着せられて辱められてる』って送った」
「恭華ねーさん。それどう覆ろうと恭華ねーさんがメイド服着たって事実が広まると思うんだけど」
恭華が崩れ落ちた。なんでこういう自滅癖も似ちまったんだろうな。