「さて、井原。俺はお前に言いたいことがある」
「やべ、告白的な? ドキドキしてきたんだけど!」
オラクルに突撃し、入ってすぐに見かけた井原を近くの公園へ連れ出して話し合いの体勢に入ると、俺の妹に告白したばかりだというのにいつもと変わらない調子で答える井原。こいつに限って冗談で好きとか言わないとは思うけど、告白した女の子の兄を相手にするにしてはいつも通りすぎないか? もしや好きって言うのは日常茶飯事だったりする?
……日常茶飯事でもおかしくないな。こいつ思ったことはすぐ口にするタイプだし。いいやつでバカすぎていい人止まりだったから今までそういう話がなかっただけで、女の子相手に好き好き言いまくっている可能性がある。もしそうだとしたら、恭華みたいな純粋培養液で育てられた箱入りどころか試験管入り娘は多大なショックを受けることだろう。
だからこそ、兄である俺は井原が恭華を傷つけないように教育する必要がある。
「まず、恭華に好きって言ったのは本当か?」
「ほんとだぜ! だって好きだもんよ」
「……それに関しては、まぁ。恭華相手なら正解みたいなところもあるからまぁよしとしよう」
もしかしてあいつ、私のこと好きなのか? なんて恭華が考え始めたら、恥ずかしくなって逃げだして、一生話せなくなるみたいなこともありえる。だから真正面から好意を伝えるのは間違いじゃない。そうすれば恭華は真正面から答えようとするし、なんなら意識もする。きっと今頃家で薫に「ど、どうしよう、どうしよう!?」って情けなく相談に乗ってもらっているに違いない。
「昨日俺の許可貰いに来た割には行動早いなとかそういうことも別に思ってないし、許可貰いに来るならもうちょっと俺に気を遣ってアプローチしろよとかも全然思ってない」
「実は気にしてね?」
「気にしてるに決まってんだろ!! 正しい行動を正しいと認めるのと、感情で認めるのは別の話なんだよ!!」
「じゃあどうしたら納得してもらえるんだ?」
「……いや、昨日の段階でそのあたりは口出さないようにしようって決めたから納得させてもらわなくてもいい。お前と恭華のペースがあるだろうしな」
薫は中学生だし、絶対に守ってやらないといけないけど、恭華は同い年で井原も同い年。なら口を出しすぎるのはあまりよくないというか、出しすぎると恭華にも井原にも失礼だろう。だから、お節介を焼くのはこれで最後だ。ただし恭華と井原から相談された場合を除き、更に俺がどうしても気になった場合は除く。
「ただな、お前は思ったことすぐ口にしちゃうだろ? 可愛いとか好きとか綺麗とかそういうの全部。まずそういうのは恭華の前では我慢すること」
「え!? 言っちゃダメなのか!? 変な話だなぁ。あんな可愛いのに」
「あぁ、恭華に対してはいい。あれだよ、他の女の子に対してとか」
「あー、それは流石にバカでもわかるぜ。俺がそういうやつだってわかってても不安にさせちゃうもんな。大丈夫だって! 俺バカだけど、人を傷つけるタイプのバカじゃねんだわ! 『そういう人間』だってのを盾にするつもりはまったくナッシングトゥザフューチャー!」
……これもう俺が首突っ込む必要なくねぇか? どう考えたっていい未来にしか行かないだろ。むしろもう恭華のことをよろしくお願いしますって言いたくなってる。喉どころか舌まで出たわ。舌がもう「き」って言ってた。正直さっきまで「恭華の内面知らないのにいきなり好きってどういうことですか?」って思ってたけど、これからだよな。これからお互いに知っていけばいいんだ。
「あ、つーかさ。俺ら将来的にブラザーになるんじゃん? だったらそろそろ俺のこと名前で呼んでくれてもよくね?」
「お前が恭華と結婚したとしても井原だろ? 呼び方変える必要ねぇじゃん」
「いや、ほら! 仲良くなった証みてぇな? なんか寂しいんだよ! 恭弥って仲いい人のこと下の名前で呼ぶからさー」
「……じゃあこれからは蓮って呼ぶか」
「!! へへ、おう! よろしくな恭弥!!」
この日、俺は初めて千里以外の男にきゅんときてしまった。
「薫を人生の先輩と見込んで相談に乗ってほしいことがある」
「人生の先輩は恭華ねーさんだと思うけど……」
兄貴が家の前まで帰ってきていたのに恭華ねーさんを置いてどこかに行ったかと思えば、「ただいま」の次にやけに真剣な表情で言ってきた恭華ねーさんに冷静に返す。なんかほっぺ赤くして手をぎゅっと握ってすごく可愛い感じになってるし、私を先輩だって言うなら多分恋愛とかそういう方面の相談だと思う。っていうことは兄貴は恭華ねーさんの相手を見定めにいったとかそんなところかな?
……千里ちゃんみたいに殺されてないといいけど。
「あれだ。その……情けないお姉ちゃんだって笑わないで聞いてくれるか?」
「もちろん。それに、恭華ねーさんは情けなくないよ。確かにちょっとぽんこつなところはあるけど、私にとっていいお姉ちゃんだもん」
「私はこんないい妹に相談するのか……!!」
ちゃんとフォローしたはずが、恭華ねーさんの中で何か葛藤が生まれてしまったらしい。あれかな、『いいお姉ちゃんでいるためにはもっと頼れるようにならないといけないから、相談なんてしてる場合じゃない』とか?
「ん-ん。いっつも守ってもらってばっかりだから、頼ってもらえるのってすごく嬉しいよ」
「こんないい妹はやはり嫁にやるべきじゃないな。明日も千里を殺すことにしよう」
「できれば好きな人の殺害予告は別でしてほしいけど……」
「私が言うのもなんだが、別でやればいいってわけでもないと思うぞ」
「それはほんとにそう」
というかやっぱり今日も殺されたんだ。さっき電話がかかってきて『しばらく再起不能だから、ちょっと家にいくの遅れるね』って言われたからそうだろうなって思ってたけど、お互い懲りないなぁと思う。
話がそれ始めているのに気付いたのか、恭華ねーさんがはっとしてまたもじもじし始めた。このまま待ってると兄貴が帰ってきてお父さんとお母さんが帰ってきてかなりややこしい事態になりそうだから私から聞こうかなー、と思い始めるのと同時に恭華ねーさんが話し出す。
「えっと、あの、男の子から好きって言われたらどうしたらいいと思う……?」
「もっと詳しく聞かせてくれる?」
男の子から、告白。恭華ねーさんは美人だし可愛いしいい子だからそりゃ好きになる男の子はいくらでもいると思ってたけど、兄貴がいるから高校のうちは浮いた話なんてないと思ってた。相手によっては今兄貴の手によって浮いた話が沈められるかもしれないけど、妹としては恭華ねーさんの恋愛事情がかなり気になる。
前のめりになって恭華ねーさんの言葉を待っていると、もしょもしょと詳しく教えてくれた。
「その、井原って知ってるだろ?」
「うん。兄貴の友だちの人だよね?」
「そう。その、井原から好きって言われたんだ」
井原さん。兄貴の友だちで、よく一緒にいるってわけでもないはずだけどやけに兄貴からの評価が高い人。何回か話に聞いたことはある中で、悪い印象を受けたことなんて一度もなかった。そもそも、兄貴が男の人の話を私にするって時点でとんでもないことだから、そんな兄貴が私に話してくれた井原さんは相当いい人なんだと思う。
つまり、浮いた話が沈められるようなこともなさそう。
「それで、連絡先交換しちゃって。なんか、こういう時どうしたらいいかわからなくて。井原は悪い奴じゃないって知ってるけど、いざ好きって言われるとなんて返せばいいのかなとか、そもそも明日どんな顔して会えばいいのかなとか」
「恭華ねーさんかわいい」
「私は今まじめな話をしてるんだ!」
だから可愛いって言ってるのに。でも機嫌を損ねちゃったらいけないから「ごめんね」と一言謝っておく。
私の感情は置いておいて、なるほど。確かに恭華ねーさんからすれば難しいどころの騒ぎじゃない。もともとそういう経験が一切ない上にそれに対する耐性もまったくないから、本当にどうすればいいのかわからないんだろう。ほとんど話にしか聞いたことないけど、井原さんなら絶対連絡してくれると思うし、恭華ねーさんが恥ずかしがってるからって連絡を返さないっていうのも申し訳ない。
何より、『兄貴が認めた人』をここで手放すのはかなり痛い。あの過保護で愛情深い兄貴を正面から突破できる人なんて、それこそ井原さんか千里ちゃんくらいだろうから。
「連絡はきてみないとどうすればいいのかっていうのははっきりとわからないけど、ん-。恭華ねーさんはどうしたいの?」
でも結局のところ、いくら兄貴が認めようが大事なのは恭華ねーさんがどうしたいかだと思う。恭華ねーさんにその気がないのに煽っても仕方ないし、相手にも失礼だから。
「えっと、わ、私は」
私が聞くと、恭華ねーさんはたっぷりもじもじした後、俯きながら言った。
「仲良くは、したい。す、好きって言ってもらったのは、純粋に嬉しかったから」
「……」
私のお姉ちゃんが可愛すぎる。これはなんとしてでも井原さんに恭華ねーさんをもらってもらわないと。井原さんがいい人だっていうのが前提だけど、それは兄貴が認めてるからクリアしてるって言ってもいいし。
この瞬間、私は恭華ねーさんの恋愛を全力で応援しようと心に決めた。きっと恭華ねーさんのことだから「は、初めて付き合った人とは結婚しないといけないんだろう!?」って大慌てする未来も見えるし、恭華ねーさんのケアをしつつ井原さんとも連絡をとって「恭華ねーさんはそういう人なんです」ってさりげなくアピールしておかないと。
「仲良くしたいなら、いつも通りにしてあげて。困っちゃったらいつでも兄貴か私を頼ってくれていいし、井原さんに泣かされちゃったら私たちがこら! って言いに行くから」
「い、いつも通り……私のいつも通りってなんだ!?」
「恋愛関係にとっても初心で、どうしたらいいかわかんないって焦ってるのもいつも通りの恭華ねーさんだから、そのままでいいよ。きっと井原さんも、どうしようって恭華ねーさんが悩んでくれてるってわかってくれると思うから」
「そ、そうっ!?」
恭華ねーさんが返事をしようとしたタイミングで、恭華ねーさんのスマホが鳴る。恭華ねーさんが慌ててスマホを取り出すと、わかりやすく顔を真っ赤にして私を見てきた。
「井原さんから?」
「で、電話じゃないのが救いだけど……な、なんてきたんだろうか」
「一緒に見ていい?」
小さく頷いた恭華ねーさんと一緒にスマホを覗き込むと、そこには。
公園のベンチで肩を組み合い、井原さんを見て仕方なさそうに笑う兄貴と、楽しそうに笑う井原さんの写真が『恭弥が下の名前で呼んでくれた記念! 恭華ちゃんにもあげる!』というメッセージとともに送られてきていた。
「……もしや、恭弥と近づくための道具にされた?」
「落ち着いて」
恋愛経験がないとそういう変な勘違いもしてしまうらしい。勘違い、勘違いじゃない、よね?