ついに、この日がやってきた。
『文化祭ということでテンションが上がる気持ちもわかります。ですが外部からも人がやってくる以上、光生の学生の名に恥じぬ行動を心掛けるようにしてください』
文化祭、当日。朝早くから登校し、外部に門を開く前に体育館に集められ、校長からの開催の挨拶を聞いている。周りを見れば期待と興奮を抑えきれないのか、校長の話を右から左へと受け流し、そわそわしている生徒がほとんどだった。
それは友だちと全力で楽しむとか、彼氏彼女と甘酸っぱい時を過ごすとか、この機会に彼氏彼女を作ろうとか、いろんな思いがあるだろう。
『つまり……今日という日を後悔しないように、全力で楽しむように!! 何かあったら全部責任取るから、青春しろよお前らァアアア!!!』
そんな若人の青春を全力で応援するのが、うちの学校だ。
10月29日。校長の宣言と生徒の歓声で、光生高校の文化祭が始まった。
うちの高校の文化祭は忙しい。
午前中にミスコンがあって午後にミスターコンがあって、それぞれの空き時間に有志のステージおよびクラス制作の劇や映画などがある。もちろん店なども出しているため、きちんと計画しなければ見たいものを見れないテーマパークのような装いだ。
だからこそうちのクラスは時間がとられる劇ではなく映画を選択し、開催の挨拶が終わった瞬間青春を謳歌するために飛び出した。……校長はあぁ言ってたけど、問題起こすとしたら確実にうちのクラスだよな。
「さて、どうすっか。恭華は照れながら蓮とどっか行ったし、できれば遭遇したくないな」
「恭華さんと井原くんの邪魔したくないってこと?」
「いや、恭華と蓮がデートしてる姿を見たら何をするかわからん」
「井原くんが相手やったら緊張はあっても変なことはなんもないんちゃう?」
「無駄よ春乃。こいつの妹に対する愛に理屈なんて通じないんだから。私が日葵を愛するようにね!」
「ありがと光莉!」
「それにしても、私と日葵の結婚式のために随分な数の方がご来場いただいてるわね」
「違うぞ」
「もっと愛情込めて否定しなさい」
そして俺たちも例に漏れず校内を練り歩いている。全校生徒にも外部にもどの時間にどこで何をやっているかをまとめられたガイドが配られているため、それとにらめっこしながら行きたいところを探している。結婚を除くと光莉の言った通り随分な数の人がきていて、すでにどこの店も繁盛している様子だった。
「ん? おや? 日葵、『ラブラブ度チェック! ラブラブな二人には景品も用意していますの店』っていうのがあるわよ!」
「うちの学力が疑われるような店名やな」
「でも二人って言ってるし、一人あぶれちゃうよ?」
「いいのよ。こいつらは私と日葵がラブラブを証明しているところを立って見させるから」
「せめて座らせろ」
「まぁまぁ。せっかくだからみんなで楽しめるところに行こうよ」
「千里のミスコンとか?」
「殺すぞ」
笑顔で殺意を向けられた俺は全力で視線を逸らし、「なにがあったかなぁー!」とルンルン気分を装ってガイドに目を滑らせる。やはり触れてはいけないところだったらしい。いやでもさ、ミスコンと言いつつカッコいい人が出てくるみたいなことあるじゃん? そういう枠でいけば……無理だな。千里はあまりにも可愛すぎる。他の女の子を抑えて優勝するまである。恭華は可愛いし美人だけど緊張しすぎてなんのアピールもできずに票が入らないってのが想像できるし。
「なんで僕がミスコンに……やるからにはちゃんとやるけどさ」
「薫ちゃんも身にいくって言ってたよ! 頑張って織部くん!」
「あんた可愛いんだから自信持ちなさいよ」
「ありがとう夏野さん。あと僕別に可愛さに自信がないから気が進まないわけじゃないからね? 男だから気が進まないだけだからね?」
「まぁかわええのはかわええしな」
千里本人はめちゃくちゃ嫌だろうけど、俺たちはめちゃくちゃ期待している。だって千里がミスコンに出るんだろ? こいつ空気壊すようなことはしないからちゃんとアピールするはずだし、つまりいじる要素が増えるってことだ。つづちゃんにも撮った写真高値で買い取るって約束してるし、弱みを握れるといっても過言じゃない。
「正直優勝できるだろ。ヨユーヨユー」
「……じゃあ恭弥。僕が優勝できたら今度一緒にどこか行こうよ」
「別に優勝しなくても行くっての」
「ナチュラルにいちゃつくのやめなさい」
光莉に軽く叩かれて、そういえばと周りを見る。さっきからやけに視線を感じるなと思ったら、俺たちが美男美女だからってわけじゃなくて俺と千里に原因があったのか。さっきのやり取りした時視線の色が濃くなった気がしたし、なんなら入り口に『我が校が誇るベストカップル』って俺と千里が貼りだされてたし。いい加減にしろよあの後輩。
「……そういえば恭弥と織部くん、みんなから勘違いされたままなんだよね」
「私は時々勘違いじゃないんじゃないかって疑ってるけど」
「千里があまりにもメスすぎるっていうの差し引いても相当やもんなぁ」
「はーやだやだ。すぐそうやって人と人をくっつけようとしちゃってさ!」
「そう? 僕は悪い気しないけど」
え? と聞き返す前に、千里は「あそこ行こうよ」と何事もなかったかのように笑って『罰ゲーム式人生ゲーム』という看板を指した。あまりにも可愛い笑顔で地獄の香りがする看板を指すその手腕、流石俺の親友だぜ。
まぁ外部からも人がくるし、そこまでひどい罰ゲームはないだろうという結論に至って、俺たちは『罰ゲーム式人生ゲーム』を開いている教室へ入った。
ちゃんと『光生生徒コース』と『外部のお客様コース』が用意されていた。しかもちゃんと地獄だった。
「薫、こっちだこっち。父さんと母さんはあっちだあっち」
「あ、いた」
「恭弥が指してる方を見たら『独房』って書かれてたんだが、気のせいか?」
「あそこでいちゃいちゃしとけってことじゃない? いきましょう」
「しょうがないなぁ」
悪は去った。ちなみに『独房』はあまりにも行き過ぎた行為をしたやつらを閉じ込める地獄のような場所である。なんでも中にはロメリアさんがいるらしい。こわ……。
薫は最初勉強したいから文化祭にはこないと言っていたが、千里がミスコンに出ると聞いてその時間だけは行くと心変わりし、今日葵と光莉と春乃に可愛がられている。薫が可愛がられてる姿って生きていくのに必要な栄養素のうちの一つだよな。わかる。
ミスコンの開催場所は体育館。すでに多くの人が集まっており、用意されている席はすべて埋まっていて、立ち見の人も大勢いる。俺たちは時間管理が完璧なため、ちゃっかり座れているがそれでもいい席とは言い難い。多分今いい席に座ってるのは、どの店にもいかずここでずっと開催を待っていたミスコンガチ勢だろう。
「兄貴、恭華ねーさん大丈夫かな」
「いくら緊張してても可愛いものは可愛いし、見苦しいことにはならないから大丈夫だろ」
「それに、ちゃんと井原くんも見に来てくれてるしね!」
「よし」
「殺意あふれてるわよ。しまっときなさい」
むしろ蓮が見に来てたらダメだろ。自分のこと好きって言ってくれた人の姿見つけたら、恭華ならぐしゃぐしゃに崩れて一文字ずつしか喋れないポンコツになる未来が目に見えている。
……ただ、ちょっと気になったのが『恭華から恋愛相談を受けていた』日葵が『蓮が見に来ている』っていうのを言ったことだ。もしかして恭華が蓮の気持ちに、今ここで答えるとかそういうの? ははは。ないだろ。もしそんなことがあったら俺は泣く自信がある。
「順番って出てたっけ」
「千里が最初で、恭華が最後やな。完全にネタ枠として千里置いてるやん」
「はぁ、わかってないわね。千里はガチなのに」
「ほんとに。千里ちゃん最初に置いちゃったらあとの人たちがかわいそう」
「ねぇねぇ恭弥。薫ちゃんって織部くんのその、可愛いところが好きなのかな」
「好きな人に対して厄介になるってのは氷室家の遺伝子が証明してるから、今のはそういうことだろ」
「恭弥、好きな人いるの?」
「アッ! もう始まるみたいですよ!」
日葵からの質問を完璧に誤魔化して、幕が開き始めたステージへ目を向ける。視界の端に映った不満げな表情の日葵に申し訳なさが一瞬でマックスになるが、幕が上がったステージに立つ千里を見て申し訳なさが疑問に塗りつぶされた。
ステージの上に立つ千里は、首から下すべてを黒い布で覆い隠していた。隙間から伸ばした手にはマイクが握られており、そこから聞きなれたメスの声、キメに行くときの「よく聞けば男って言えないこともないかな?」というトーンの声が体育館に静かに響き渡った。
『入口に貼りだされてたあれを見た人は知ってると思うけど、織部千里です。男です。そしてこれはミスコンです』
「お怒り表明してるじゃん」
「でもあれ外向けね。『ぷんぷん』って感じ」
「ちゃんとミスコンっぽく可愛らしく怒ってるやん」
「流石千里ちゃん」
「織部くんかわいい……」
千里が喋り始めると同時、そこら中から恐らく俺たちのクラスの連中が「織部ー!! 結婚してくれ!!」「俺たちに合法を感じさせてくれ!!」と歓声を上げる。うちの学校の品性が疑われるからやめてくれ。
『いたずら好きな子にエントリーさせられて、今この場に立ってます。正直どうしようかなーって思いました。ほら、あるじゃないですか。ミスコンって言いつつ、かっこいいことして票集めて優勝するみたいな』
「それは無理だろ」
「それは無理ね」
「それは無理やな」
「や、やめてあげよ?」
「日葵ねーさん。仕方ないよ、無理なの」
「薫ちゃんまで……」
まるで『僕でもそれができる』みたいな口ぶりに日葵以外の全員から否定の声があがる。どうあがいてもメスが目立つからカッコいいに振り切るのは無理なんだよな。そりゃ確かに千里にもカッコいいところあるけど、それで優勝できるかどうかって言われるとそうじゃない気もする。千里は男だから、カッコいいでアピールしてもって思われるだろうし。
そして、それがわかっていない千里じゃない。やるからには全力、後先考えずに面白い方へ。そんなやつだから俺の親友を名乗ってるんだ。
『でも』
言葉を短く切って、千里が体を覆っていた布を取っ払う。
布の下にあったのは、青と白を基調にした可愛らしい色の衣装だった。流石にスカートではないがパンツの丈は短く、衣装にふわふわとした可愛らしいフリルが飾られていて、「あの子アイドルだよ」と言われてもすぐに信じてしまうような、ふわふわした優しい可愛さがそこにあった。
『これはミスコンだから! ──かわいい僕が、見たいよね?』
千里の声の色が、変わる。辛うじて男と判断できる声から、媚に媚びたメス声に。耳から脳を直接犯し、体を溶かしてくるいっそ凶悪とも言っていいそれに。
『トップバッターだから、全力で盛り上げるよ! みんながついてこられないくらいに暴れまわっちゃうから、覚悟してね!』
そして流れ始めた曲に乗せて、千里が優しく、しかし激しく歌声を乗せる。曲調がポップでありながら、その歌詞は決して叶わない恋を綴ったもの。深読みした人たちが「もしかして男だからってことを気にして……」「恋に性別は関係ないぞ!」と的外れな声援を送り始めた。多分、それも狙ってのことだろうけど。
「あれが俺の親友か。誇らしいな」
「ちょっと待って。私負けてない? 確実に私より可愛くない?」
「光莉。それで言うたら私ミスターコンにでるんやけど」
「……え、織部くんあんなに可愛かったの? え?」
「兄貴。悪い虫つかないようにしてね。私も頑張るから」
「おう」
愛しの妹に短く返事して、俺を見つけた千里のウィンクにぐっと親指を立てた。