【本編完結】ただ、幼馴染とえっちがしたい 作:とりがら016
校区内にある大型デパート『ルミナス』。私はそこに修学旅行で着る服を買いに一人で訪れていた。新しい服を着て行って日葵に「可愛い!」と言ってもらうためである。
それがいけなかった。
「ねぇ、いいっしょ? 一緒に遊ぼうよ」
「可愛いのに一人はもったいないって。な?」
私に絡む性欲で行動するバカ二人。髪も染めていかにもチャラい猿。
ナンパ。ナンパである。こんな進化した現代に古典的なナンパをしてくるやつがいるのかと感心するくらいのナンパである。普段なら嬉しい、それこそあのクズや織部くんに言われても嬉しい「可愛い」という言葉は不躾な目で見てくる猿に言われても気持ち悪いだけだ。あのクズもそうだけど、おっぱい見すぎじゃない?
がちゃがちゃ騒いでいる猿の声を右から左へ流しながら、どうしようかと考え込む。見るからに知能指数が低そうで、話も通じそうにない。IQの差が大きいと会話ができないらしく、大天才である私とこの猿どもで会話が通じないのは自明の理。さっき「結構です」ときっぱり断ったのにも関わらず、私がどこかに行こうとすると道を塞いでくる。
殴り倒すのもありだが、それで変な恨みを持たれてストーカーになったら怖い。私だって女の子だから、正面からやれば勝てる自信はあっても付きまとわれるのは怖いのだ。
こんな時少女漫画なら、未来の彼氏が颯爽と現れて助けてくれるものだが、現実は非情。絡まれている私を見ても知らないフリをする有象無象があちらこちら。どうやら人類は発展とともに人情を失ったらしい。
困ったな、と猿どもから視線を外して助けてくれる人がいないかと探していた時、近くで私を見てめんどくさそうにしている見知った顔を見つけた。
氷室恭弥。たった今私に存在が気づかれたことを察して、あろうことか逃げ出そうとしているクズの中のクズ。
「あ、氷室じゃない!!!!!」
猿どもの鼓膜を潰すかの如く、逃がすまいと氷室を呼ぶ。しかしあいつはクズなので、「俺は氷室じゃないですよ?」みたいな顔をして去っていこうとした。ほんとにクズねあいつ。
そんな氷室は、私の目線の先にいる氷室に気づき、「フラれたの? 可哀そうに」と更にエンジンがかかってしまった。あのクズを頼ったのが間違いだった。織部くんだったらまだ可能性があったのに。
「……氷室―」
「愛しの氷室くんは俺たちを怖がって逃げていきました」
「っつーわけで、俺たちと一緒に遊ぼうぜ?」
ぞわ、と鳥肌が立つ。私の腕を掴もうと猿の手が伸びてきた。もう仕方ない。周りの目もあるが、ぶっ飛ばしてふん縛って警察呼んで突き出そう。
そう決意して拳に力を籠めた私の肩を、強引に引き寄せる手。
「いやーははは。あの、ははは」
私を胸に抱いた氷室は、「やっちまった俺。殺されんじゃね?」と考えていそうなほど冷や汗を流し、へらへら笑っている。こういう時少女漫画なら「俺のなんで、触らないでくれますか」くらい言うだろうに。
「ちょっと、助けにくるの遅いわよ」
「朝日なら一人でどうにかできるって思ってたんだよ。決してめんどくさかったわけじゃねぇぞ」
「はいはい。怖かったのね。自分より強そうなおにーさんが怖かったのね」
「正解」
正解。
「あー、ってわけでお兄さん方。お兄さん方にはもっといい女の子がお似合いなので、引き下がってくれませんかね?」
「私いい女でしょ。ぶっ飛ばすわよ」
「は? いい女ってのは日葵や薫のことを言うんだよ。クズは口閉じて空気だけ吸って正義に脅えながら生きてろ」
「あら、それならあんたもクズだから私たちお似合いってことね」
「俺はイケメンな上に超性格いいだろうが」
「さっき逃げようとしてたの見逃してないわよ」
「クズ同士仲良くしよう」
猿を放置して二人で話していると、いつの間にか猿は消えていた。もしかして呆れてどこかへ行ってしまったのだろうか。氷室らしい撃退方法である。ただいつも通り話しているだけで撃退できてしまうなんて、やっぱり氷室はおかしい。
ここで、私は今の状況のものすごさに気づいた。多くの目があるデパートで、氷室に抱き寄せられて、氷室の胸に顔を寄せる私。
「……」
「……お前、もしかして俺にときめいてる?」
「ただ恥ずかしいだけよ。さっさと離しなさい」
「俺だいぶ前に肩から手離してるけど」
ほんとうだ。私の肩に氷室の手がない。つまり私は自分の意思で氷室にすり寄ってるように見えるってこと?
周りを見る。おばちゃんたちがあらあらうふふと私たちを見ていた。
そっと氷室の胸に手を添えて、体を離す。これでも助けてもらったんだ。照れ隠しに殴り飛ばすのは流石にダメだろう。
「お前ずっとそうしてると素直に可愛いのにな。クズなのが本当に残念だ」
「あんたって時々普通に褒めてくるわよね。あわよくばを狙ってるの?」
「日葵よりいい女になって出直してこい。俺は日葵以外見えないけどな」
「出直す意味ないじゃない」
顔が熱い。日葵がここにいなくてよかった。こんなところを見られてたら「光莉、やっぱり」と暗い声で言われて、必死に弁明しなきゃならなかった。織部くんに見られても勘違いはしないだろうが、「朝日さん。あれ、朝日さん? 朝日さん朝日さん」とニヤニヤしながら核心に触れずいじってくるに違いない。知り合いがいなくてよかった。
「んで、どこ行くんだ?」
「え?」
「え? って、何か買いに来たんだろ?」
「そうだけど、なんであんたに言わなきゃいけないの?」
「ついてくって言ってんだよ。またさっきみたいなことあったらめんどくせぇだろ? 俺は見た目がいいから、男除けに使わせてやるって言ってんだ。泣いて喜べ」
織部くんが言っていた、「恭弥はずるいんだ」っていう意味、めちゃくちゃ分かった気がする。なんだかんだ根はいいやつってこと知ってるからあんまりギャップはないけど、これがもし氷室のことをあまり知らない子がやられたらイチコロだろう。顔はいいから。
「日葵に見られても知らないわよ?」
「あ、そうか。もし日葵がいたら勘違いされても困るな。よし、一人で行ってくれ」
氷室を殴り飛ばし、引きずって連れて行った。
校区内にある大型デパート『ルミナス』。僕はそこに修学旅行で着る服を買いに一人できていた。
恭弥を誘ったところ、「俺は日葵を誘って買い物に行きたいと思う」と言って断られ、どうせ誘えずに一人できてるんだろうと恭弥を探しにきているのだが、少し困ったことが起きた。
「っべ、めっちゃ可愛いじゃん。一緒に遊ばね?」
「いいとこでいいことしようぜ、な?」
ナンパ。ナンパである。
なんで僕なんだよ。こういうのって夏野さんとか朝日さんとかの役回りじゃないの? そこを僕か恭弥が助けに入るってやつじゃないの? なんで僕なんだよ。なんで僕なんだよ!!
取り乱した。落ち着こう。ここは冷静に、僕は男ですと言えば引き下がるはずだ。
「あの、僕男なんです」
「嘘つくなって。こんな可愛いのに男の子なはずないだろ?」
「仮に男の子でも君くらい可愛かったらオッケーっしょ」
オッケーじゃねぇよ。
これは本当に困った。朝日さんみたいな腕っぷしは僕にはないし、まさかここで下半身を晒して男を証明するわけにもいかない。第一僕が男でもオッケーって言っているド変態がいるから逆効果になりかねない。なんで可愛いんだよ僕。ふざけんな。
にしても、高校に入ってナンパされるのは初めてかもしれない。遊びに行くときは大体恭弥と一緒だったからナンパ除けになったし。それが一人で行った瞬間にこれだ。僕なんで女顔なんだ。悔しい。恭弥になりたい。
周りは誰も助けてくれない。見て見ぬふりをする恭弥みたいな……けふんけふん。クズばっかり。クソ、僕どう見てもか弱いだろ。誰か助けてよ。
「てか何でそんな性的なの君? 襲われても文句言えねぇよ?」
非常に気持ちが悪い。誰が性的だよこの猿。僕は普通に生きてるだけだ。ちょっと普通の男の子より柔らかくていい匂いがするって言われてめちゃくちゃ女顔なだけなんだ。
めちゃくちゃ性的じゃねぇか。
「……うぅ」
「ばっ、なに泣かしてんだお前!」
「いや、そういうつもりじゃないんだって! ご、ごめんね? 言い過ぎだったよな」
本当に悲しくなったことを利用して、泣き真似を発動する。こう見えて僕は演技派だ。流石に泣いている僕を無視する人はいないだろう。
ほら、遠くから走ってきて猿から僕を庇うように立ってくれたカッコいい人が……。
「織部くんに何してるんですか!」
やべ、夏野さんじゃん。息切らしてるじゃん。遠くから僕を見つけて駆けつけてくれた感じじゃん。
情けなくなってきた。なんで僕女の子に助けてもらってるの? なんで僕が助ける側じゃないの? 神様は残酷だ。僕をいじめて楽しんでるんだ。
「ち、違うんだよ! なんかこれは、不幸な事故っつーか」
「事故でもなんでも、女の子……女の子を泣かせちゃダメです!」
おい夏野さん。僕を女の子ってことにしないでほしい。
「ナンパするならもっと誠実に、優しくしてください。そうすれば女の子も応えてくれますから」
「え、じゃあ俺たちと遊んでください!」
「お断りです! いこ、織部くん」
「はぃ……」
かっっっこいい……。
僕の手を引いて前を歩く夏野さんがとてつもなく綺麗に見えた。いや、元から綺麗で可愛い人だからそれは当然なんだけど、さっきの行動がカッコよすぎて二倍くらい綺麗に見えた。恭弥が女神だって言うのも頷ける。
しばらく歩くと夏野さんは手を離して、深い息を吐いた。
「怖かったぁ……。ごめんね織部くん。女の子って言っちゃったり、急に手掴んだりして」
「や、いいよ。むしろありがとう。久しぶりにナンパされたから困ってたんだ」
「そ? お節介じゃないならよかった!」
恭弥とは確実に釣り合わない。人間ができすぎている。親友がフラれる未来を考えるととてつもなく悲しい。今度会ったら慰めてあげよう。
「……んーと、ね。織部くん。ちょっとお願いごとしてもいい?」
「助けてもらったんだから僕にできることならなんでも言ってよ」
「ありがと。……別に、深い意味はないんだけどね。恭弥ってどんな格好が好きなのかなぁって、よかったら、一緒に服見てくれると嬉しいなぁ、とか」
もじもじして、ちらちら僕を見る夏野さん。その頬は可愛らしくピンク色に染まっていて、まさに恋する乙女。
なるほど、勝ち戦か。恭弥を慰めるのはなしにしよう。
「うん、いいよ。夏野さんとデートなんて、恭弥には悪い気もするけどね」
「きょ、恭弥は関係ないよ? うん、ほんとに」
わたわたと手を振って否定する夏野さん。確定だ。これは確実に恭弥のことが好きだ。
綺麗だった夏野さんは恭弥のことを想った瞬間に可愛くなり、それがどこか面白くてくすくす笑ってしまう。
不満気に僕をじとっと睨んでくる夏野さんに「ごめんごめん」と謝って、二人並んで歩きだした。