「ただ、幼馴染とえっちがしたい。そう思い続けた人生だった」
え? という困惑が体育館中に広がっていく。この学校の生徒は、なんとなく春乃が言っていた好きな人っていうのが俺だってことがわかってたんだろう。だからこそ俺の第一声は困惑を生んだ。怒鳴られてもおかしくない。あの流れでまともなアンサーが返ってくるかと思いきや、ふざけたことを抜かしたんだから。
ただ、俺は大真面目だ。
「そう、思い続けてた。だから傷つけた。俺が肝心な一歩を踏み出さず、居心地のいい環境に甘えて、間違った選択ばかりしてた」
どこから間違えてたかなんて、そりゃもう随分前からだろう。日葵と話さなくなったその時から、俺は間違え続けた。
「もし間違えてたら俺はもうどうしようもないけど、さっきのはもう間違えるなよっていう激励に聞こえた」
そもそも、言い間違えで千里に告白みたいなことして、それが学校中に広まって身動きがとり辛くなって、ただそれがきっかけで光莉と知り合ってなんだかんだで日葵と話せるようになって。そう思えば間違いってのも案外捨てたもんじゃないなって思える。
それでも致命的な間違いってやつはあって、俺はそれをバンバンやってしまっていた。
だから今度は間違えない。こんなみんなが見てる前でなんて想像もしたことなかったけど、どうせ俺は有名人だから遅かれ早かれ知られることになる。それに今更、他人にどう思われようが気にしない。
「俺は日葵が好きだ。……返事は、今じゃなくていいから」
そして巻き起こる罵詈雑言の嵐。主にこの高校の男子生徒から。「今度こそ殺せ!!」「首を一回転させてやれ!!」「武器を持て!!」と色々聞こえてくる。そりゃそうだと思っても、やられるつもりはない。全員なぎ倒して日葵のところに戻って、それから答えを聞く。そうしなきゃ背中を押してくれたあいつらに顔向けできない。
「ちょっと待ったァ!!!」
そんな俺の覚悟をぶっ壊したのは、体育館中に響く聞きなれたメス声だった。
「千里?」
「さっきから黙って聞いてりゃ好き勝手言いやがって!! 君は僕と付き合ってるのに、まさかこんな堂々と浮気するなんて!!」
「いや、お前」
千里がステージに上がり、一度袖に引っ込んでからマイクを引っ張りだしてきた。笑顔を浮かべて俺を見る千里に困惑を隠せず言葉を発せないままでいると、千里がわざとらしく泣き崩れた。
「ひどい、僕とは遊びだったんだね……! 学校どころか、雑誌にも認められたカップルだったのに」
「……」
「お願い、捨てないで!」
何やってんだこいつ、ともはや呆れて見下ろしていると千里がいきなり抱き着いてきた。そして俺の耳に口を寄せて、俺以外に聞こえないようにそっと囁いてくる。
「ねぇ、恭弥」
「なんだよ」
「夏野さんと付き合ったらさ。一緒に遊ぶ時間減るじゃん」
「……」
「だから、最後に思いきりあそぼ?」
ほんっとにこいつは、サポートしたり無茶苦茶にしたりサポートしたり無茶苦茶にしたり、今そういうんじゃねぇってわかんねぇのかなぁわかるよなぁ!? マジでとんでもねぇメスだなこいつここまでくると引くわ!!
でも、千里の声が、すっげぇ寂しそうだったから。
「……っ、アー、あぁそうだよそうだよ!! お前とは100ッ、パァーセント遊びだ、遊び!! 俺との将来を期待してたんならご生憎!! いやァ楽しかったわお前との恋人ごっこ!! お前顔と体だけはいいからよォ、随分いい思いさせてもらったぜ!!」
千里を突き飛ばし、表情を凶悪な笑みに変える。あーもう薫が怖いし光莉が怖いし春乃が怖いし恭華が怖いし日葵が怖いしみんなが怖い。マジで責任取れよお前。ほんっとうに俺たち二人最低なことしてんだからな? わかってんのか? 俺と遊べなくなるのが寂しいからってやっていいことと悪いことあんだろうが!!
「ずっと好きな人がいたんだったら、なんで僕を恋人なんかにしたんだよ!!」
「お前とえっちがしたかったからだよ!!」
「え!? あの教室で言われたことって本心だったの!?」
「おい素に戻るなバカ!! お前からやり始めたんだろうが!!」
「あっ、ひどい!! 結局僕の体しか見てなかったんだ!! 体目当てだったんだ!!」
そこで、観客から笑いが起きた。その瞬間「あぁそういうことか」と納得する。
こいつ、俺に向かってたヘイトを『茶番だった』ことにして軽減するつもりなのか。そううまくはいかねぇと思うけど、こうして一緒に大怪我しにきてくれるって。
「あぁそうだよ!! お前はすこぶるいい匂いだし体ふにふにしてるし抱き心地めちゃくちゃいいし、俺に全幅の信頼を寄せて無防備になる姿がとてつもなくたまらなァい!! これで欲情すんなっていう方が無理な話だろうがふざけんな!! 俺を舐めてんのかぶっ飛ばすぞテメェ!!」
「ちょっ、待って、どっち!?」
「本心だ!!」
「本心かよ!! クソ、えぇと、いやどっちにしろふざけんなだわ!! 僕をそういう目で見るな!! まさか君が性欲でしか僕を見てなかったなんて思ってなかったよ!!」
「お前が、性的すぎるのが悪いんだろうがァアアアアアア!!!」
「マジで本心で言ってんの!? 客席の人も何頷いてんだよ!!」
だってそうだろ! お前ミスコンであんなことしておいて自分は性的じゃないって言うつもりか!? お前は性的なんだよ! なんでわかんねぇんだ!! 俺に話しかけるとき小首傾げて覗き込んできやがって!! それでメス扱いしたら怒る? ちゃんちゃらおかしいぜ!! お前はメスで、俺はオスで、お前はメスで俺はオスだ!!
「むしろ、俺はたぶらかされたんだ!! 純粋に日葵のことが好きだったのに、この魔性の悪魔に!! 同性だから触っても犯罪にならないし無防備だし!! なぁ、わかってくれるよなぁ!!? 信じてくれるよなァ!?」
「俺は信じるぞ!!」
「氷室は俺たち側だった!!」
「考えてみれば当然の話だった!!」
「なんで君の味方が増えてるんだよ、どう考えてもかわいそうなのは僕だろ!? それに同性でも触ったら犯罪だよ!!」
観客から次々に声が上がる。「織部がフリーなら合法が返ってくるぞ!!」「頑張れ氷室ー!!」「織部くん、私は味方だからね!!」「そんな女の敵、ボコボコにしちゃえー!!」と、主にバカな男が俺の味方をし、他全員が千里の味方になっている。俺の味方は頭おかしいやつばっかりだな、誇らしいぜ!!
「恭弥ー!!」
頭がおかしい味方のために次の攻撃を仕掛けようと口を開いた時、可愛らしい天使の声が俺の耳に届いた。
見れば、日葵が立ち上がって俺に向かって手を振っていた。その隣では薫と恭華が中指を立てており、光莉が手をボキボキと鳴らしていて、春乃と蓮が爆笑している。
「私!! 恭弥と付き合いたいから!! 恭弥のことが好きだから!! 頑張って!!」
「……!! お前ら喜べ!! 世界一可愛い味方ができたぞ!!」
「氷室を殺せ!!」
「塵一つ残すな!!」
「生まれてきたことを後悔させろ!!」
「なんでだよ!!」
「アハハ!! 無様だね恭弥!!」
「織部を犯せ!!」
「なんでだよ!!」
天使の声で翼を得たかと思いきや、嫉妬に狂った味方が俺の翼をもいできた。しかし頭のおかしい俺の元味方は千里を性的な目で見てるから、千里の敵であることに変わりはない!! それに、俺は日葵がいれば無敵になれる!! 日葵が応援してくれるなら俺は何度でも立ち上がれる!!
「なぁ、よく考えてみてくれ!! 俺のことが悪いと思ってるやつら!! 日葵がどういう子か知らないわけじゃないだろ!! 純粋でめちゃくちゃいい子で穢れを知らないパーフェクト天使!! そんな日葵が味方する俺が、悪いと思うのか!?」
「純粋でめちゃくちゃいい子で穢れを知らないから、恭弥みたいなやつに簡単に騙されるだろ!!」
「そうだ!! 夏野さんを守れ!!」
「悪を討てェ!!」
「これで完全に夏野さん以外君の敵になったね!! 僕の勝ちだ!!」
「千里、いいことを教えてやるよ。勝ちを確信した瞬間が、一番隙ができるってな!!」
「なっ、どんな作戦が」
「いいこと教えただけだ。策はない」
「みんな!! 恭弥を殺せ!!」
雄たけびを上げながらステージへ乗り込んできた化け物から逃げ出して、袖から外に飛び出す。しかし出た先に俺を待ち構えていたやつらがいた。
ブチギレている薫、恭華、光莉。爆笑している春乃と蓮。そして、日葵。
「兄貴。色々終わったら話があります」
「あ、はい」
薫はもう人を見る目をしていなかった。これ千里もあとで怒られるだろ。死んだなあいつ。そして俺も。
「恭弥。私はお前と似た容姿をしてるんだが、それについてどう思う?」
「それはマジでごめん。親を怨め」
「このクズ!」
あぁそうか。俺の顔をぼんやりと覚えてる人がいたら、恭華が俺だと勘違いする人もでてくるかもしれないのか。これはすぐに俺には可愛い双子の妹がいてめちゃくちゃいい子だってことを周知する必要があるな。
「ま、そこんとこは俺に任せてくれよ恭弥!! 恭華ちゃんをあぶねー目には遭わせねぇから!!」
「お前アレを見てもまだ俺に話しかけてくれるのか……?」
「親友っしょ? つめてーこと言うなよ!」
「ありがとう……恭華はやらんけど……」
「つめてーこと言うなよ!」
いいやつが過ぎないかこいつ? 俺が邪悪から守ってやらねぇと。あ、俺が邪悪か。じゃあ死ぬか俺。
「恭弥。あんたのせいで春乃が爆笑しすぎて喋れなくなってるんだけど、責任とってくれる?」
「面白くてごめん」
「やっ、ほ、ほんまになっ! アハハ!! あかんわ、なんやねんこいつ!」
「地味にひどくねぇかその言葉」
正直二人からはぶん殴られる覚悟してたから、何もしてこないのは意外だった。まぁ今俺追われてるから直接やらなくてもって思ったのかもしれないな。
あ、そうだ俺今追われてんじゃん!
「やべぇ俺このままここにいたら殺される!」
「だから私たちがいるんでしょ。なんとかしといてあげるから」
「お二人さんはお二人さんでごゆっくり」
え、と困惑する暇もなく俺の手を日葵が握る。
「みんな、お願い!」
日葵のお願いに、みんなは腕を突き上げることで応えた。かっこよすぎておしっこちびるかと思ったわ。実際ちびった。それは嘘。
日葵に手を引かれて校舎を走る。ミスターコンが開かれていたからか校舎内に人はあまりおらず、人とぶつかることなくある教室に飛び込んだ。
2-A、俺たちの教室。
「なんで俺たちの教室?」
「灯台下暗しってやつ! まさか自分のクラスに逃げてるとは思わないでしょ!」
自身満々の日葵が可愛いから「そんなことないぞ」という言葉は飲み込んで「流石日葵だな」と褒めておいた。誇らし気に胸を張る日葵がさらに可愛い。
しかし、胸を張っていた日葵は突然何かを思い出したかのように目をきょろきょろと泳がせて、指をもじもじさせながら俯いた。
「えっと、それで、その、お返事、あれでよかったかな」
「アー、返事、返事ね? あぁうん、あっ、うん」
「……なんで、私あんな……勢いで言っちゃったんだろ」
「いや、嬉しかったから!! あの瞬間マジで嬉しすぎて死ぬと思ったから!!」
「え!? 大丈夫!?」
「は? 可愛いな」
「え、あ、ありがと……」
なんでくだらない冗談にここまで本気のリアクションできるんだ。可愛すぎるだろ。他のやつが同じ事したら「くだらねぇこと言うな」ってぶん殴るのに、日葵はただただ可愛い。可愛すぎて死にそうだ。もしかして俺の殺し方を心得てるのか?
「ん、んー、やっぱりあれじゃ納得できないから、ちゃんと言うね!」
「待て! それなら俺もちゃんとやり直す!」
そっちの方が日葵も返事しやすいだろうし、俺もちゃんとした告白をしておきたい。将来子どもに「どういう風に付き合ったの?」って聞かれてあの状況を説明するわけにはいかない。
「よし、行くぞ」
「はっ、はい!」
日葵を正面から見つめると、日葵も見つめ返してくれる。顔は真っ赤で、目はうるんでいるように見えた。どこからどう見ても可愛い。好き。俺は日葵を愛するために生まれてきたのかもしれない。
息を大きく吸い込んで、もはや祭りをやってるんじゃないかっていうくらいうるさい鼓動を落ち着かせる。ここで決めなきゃ男じゃない。俺は男、氷室恭弥だ。
覚悟は、決まった。
「俺はただ、日葵とえっちがしたいんだ!!!!!」
「えっ!? あっ、よろしくお願いします!!!!!」
何かを致命的に間違えた。そんな気がした。