第XX1話 親子恋愛相談室
大きくなったら~と結婚する! なんていうセリフはありふれたものであり、それはパパであったりママであったり、あるいはお姉ちゃんであったりお兄ちゃんであったり。身近な年上の異性を指して結婚するなんて口にして、数年後『それはちょっと無理だな』と理解できた頃に周りからそのことについていじられて恥ずかしくなる、なんていうのはお決まりのパターンだ。
ただ、少しここで待ったをかけたい。『それはちょっと無理だな』を後押しするのは、周りなんじゃないか? 本人からしてみれば本気の好きっていう気持ちを周りがからかって、『これはおかしいことなんだ』と解釈してしまって恥ずかしくなる。それは遠回しな気持ちの否定なんじゃないかと俺は思う。
「うーん、光莉とどうやったらセックスできるかか……」
「結婚な、結婚」
そういう意味では、うちの父さんはかなり気持ちを理解してくれる方だろう。理解しすぎなところもあるけど。今も高校一年生の息子が「どうやったら光莉さんと結婚できると思う?」って聞いたのに、永遠の愛を誓いあう儀式が性行為にすり替えられたし。まだ性欲にまみれてんのかよこのおっさん。
俺の想い人、朝日光莉さん。俺が小さい頃から遊んでくれるお姉さんで、母さんの親友であり父さんの親友でもある。性欲にまみれた父さんじゃなくても惹き寄せられてしまうほどの立派なお胸をお持ちであり、パワフルで面白い素敵な女性。
ただ、年齢差はそこそこある。けど待ってほしい。小さい頃からめちゃくちゃ可愛くておっぱいの大きい人にいっぱい面倒見てもらって死ぬほど可愛がってもらって、パーソナルスペースなんて知ったことかとべたべたされたらそりゃ好きになるじゃん? ものの見事に性癖ぶっ壊されたね、アレは。もう俺の性癖『光莉さん』だもん。
だからこそ、光莉さんには少年の性癖を歪めた責任を取ってもらうしかない。
「光莉は押しに弱いけど、いいやつだからなぁ。年齢差のこと考えて、夕弥にはもっと若くていい子がいるって思いそうなんだよなぁ」
「んなもん関係ねぇってこの前本人にいったけど、それでも無理だった」
「男らしすぎだろお前。本当に俺の息子か?」
「情けない理由で事実確認するな」
光莉さんには小学生の頃からアプローチをかけている。最初の方は「えへへぇ、ありがとね!! 私も好きよ!!」なんてデレデレしながら答えてくれたものだったが途中から俺が『ガチ』であると察した光莉さんは「え、あの、その、え? ほんとに?」と年齢の割に(これは失礼)可愛らしい反応をした後、「や、確かに好きだけど、ね? その、お姉ちゃんと夕弥は年齢がね?」といつも決まった断りをぶつけてくる。
ちなみに偶然それを聞いていた父さんは「お姉ちゃんって年じゃねぇだろ、ガハハ!!」と言った直後光莉さんに殺されていた。そういうとこだぞ。
「んー、光莉と結婚する方法かぁ。正直押して押して押して、それでも押せばなんとかいけなくもなさそうだけどなぁ」
「いやさ、光莉さんって俺のこと息子か弟か、そんな風にしか見てないと思うんだよ。そりゃ押せば結婚はしてくれそうだけど、なんかそれだと男女って感じじゃなくね?」
「じゃあ金稼げ。金稼いでデート誘って、本気だってことを知ってもらえ。あとは光莉がお前のこと男として意識するかしないかじゃねぇの」
父さんは男らしいかと思えば男らしくなかったり、男らしくないかと思えば男らしかったりする。なんか変な魅力あるんだよな、この人。見た目もいいから女子生徒にも人気だし、そのせいで母さんが嫉妬してるし。ほんとやめてくんねぇかないくつになってもいちゃいちゃすんの。身内からするとウザくて仕方ねぇんだよカスが。
「にしても、母さんもそうだけど父さんって全然やめとけとか言わないよな」
「は? なんでんなこと言う必要あんだよ。好きになったもんは仕方ないだろ」
「普通は年齢差がどうとか世間体がどうとかで止めたりするじゃん」
「年齢差とか世間体とかで止まんの?」
「止まらねぇけど」
「じゃあ止めねぇよ。くだらねぇこと言いやがってぶちのめすぞガキ」
今とんでもない暴言を言われた気がしたけど気のせいだろうか。いや、気のせいに違いない。俺の気持ちを知って肯定して応援してくれているこんないい父さんがまさか俺に対して「ぶちのめすぞガキ」なんて言うはずがない。だって息子だし。他人の子に対しても言わないのに息子に対してなんて余計言わないようなセリフだぞ。正気かこのジジイ。
しかし俺は父さんがいつだって正気で本気だっていうことを知っている。信じられないことに。なんでこんな社会不適合者がうちの高校教師なんだ。日本の教育はどうなってんだ?
「まぁ、お前が光莉のこと好きって想ってる限りはできる限りのことはするよ」
「できる限りのことはするって言うやつほど信用できねぇんだよな」
「わかるー」
適当に返事しながら立ち上がった父さんを見て、俺も椅子を引いて立ち上がった、そんな時だった。
俺たちのいる生徒指導室のドアが開かれ、そこから二人の男女が顔を覗かせる。その二人は、俺と父さんがよく知っている二人だった。
「お、やっぱここにおった」
「相変わらず私物化してんのな! 何? また恋愛相談系?」
「おう。相変わらずうちの息子が光莉相手に拗らせててな」
「恭弥くんが学生の頃よりマシやろ」
「それ、言えテキーラショットガン!」
春乃さんに蓮さん。二人は父さんと母さんの高校の同級生らしく、奇跡的にこの高校に赴任している。同級生三人が同じ高校で教師をやるなんて奇跡的だなと思いつつ、教師の数が少なくなってきているからありえる話ではあるのかと日本の未来を憂うことも忘れない。俺は日本の未来を背負って立つ男だからな。ふっ。
岸春乃さん。「恭弥くんに価値感バグらされた!」と爆笑して結婚できず、バリバリ社会で羽ばたいてから「なんかおもろそうやし」と教職に就いたフットワーク激軽の美人さん。父さんは「なんか知らん間にいなくなったと思ったら養子連れて帰ってきたし、気が付いたら同じ職場だった」と恐怖体験が如く語っていた。
井原蓮さん。父さんの双子の妹である恭華おば……恭華姉さんの旦那さんであり、感性が学生の頃からまったく変わらない、そこにいるだけで周囲が明るくなったかのように思えてしまうムードメーカー。生徒を怒っている回数よりも一緒になって怒られてる回数の方が圧倒的に多く、「宿題ってやる意味なくね? ねぇよな!」と言って生徒を盛り上げる姿がよく見られる。
「つかもしかして探してたのか?」
「完全下校時刻やからな。二人とも、ほっといたらずっとここおるやん」
「あ、もうそんな時間か」
「すみません春乃さん、蓮さん。愛っていうのはいくら語っても足りなくて」
「え? 夕弥、恭弥に愛伝えてたってこと?」
「恐ろしいこと言うんじゃねぇよテメェ!!」
蓮さんに父さんが掴みかかると、「冗談だって冗談! いや、でも冗談じゃなかったとしても別によくね? 親子で愛伝えんのって悪いことなくね?」「確かに」と二人であほな会話を繰り広げていた。父さんは若い頃に比べて結構落ち着いたらしいが、やっぱり光莉さんとか蓮さんとか春乃さんと一緒にいるときはすごい学生っぽくなる。女子生徒から見ればそれが『カワイイ』らしいが、俺から見ればみっともない大人が更にみっともなくなったようにしか見えない。
「にしても、なんで夕弥は春乃さんのこと好きにならんかったん?」
「アッ、出たな! 年下をむやみにからかって楽しもうとする魔性の女!」
「めっちゃ人聞き悪いこと言うやん。せやなくてふつーに疑問。光莉を好きになるなら、私も好きになっておかしくないんちゃうかなーって」
「どうだと思う、蓮」
「母性につられるってのはしゃーねー話じゃね?」
「恭弥くん? 蓮?」
「「やっべ!!」」
『母性』が何を指すかわからない春乃さんではなく、バカ男二人に殺気を放つとバカ男二人は生徒指導室を飛び出して逃げて行った。まぁ春乃さんも冗談で殺気を放ってるから、いつものノリみたいなやつだろう。ところで冗談で殺気を放つってなんだ?
春乃さんは走り去っていったバカ二人に「ほんま、アホが」と吐き捨てて、俺を見てにっこり微笑む。なんでこんな優しい笑顔できる人があんなに鋭い殺気を放てるんだって疑問に思わなくもないけど、うちの父さんのデリカシーを考えれば自然なことだなと納得した。女の敵だしな、父さん。
「ほな帰ろか。言うても私まだ帰らへんけど、学校出るまでは送るで」
「校内デートってことですか?」
「あ、そんなこと言うんやったら今度光莉に『夕弥とデートした』って言うとこ」
「許してください」
「土下座までせんでも……」
小さい頃から知ってる人だからとつい冗談を言ってしまった。光莉さんに俺が不誠実な人間だと思われたくないから、春乃さんは『土下座まで』なんて言ったがこれは土下座をするべきである。絶対やってほしくないって思ってるなら最大限誠意を見せなければ。
父さんのような人でなしではない春乃さんは「嘘やん嘘。そんなん言わへんよ」と幼子をあやすかのごとく優しい口調で俺に言って、両手を俺の両脇に差し込んでひょいと持ち上げ立たされる。
「春乃さん美人なんですから、俺以外の男子生徒にこんなことしちゃだめですよ」
「ほーん? 私まだ美人で通るんや?」
「? もちろん。父さんにも聞いてみたらどうです?」
「その場合身内に修羅が生まれることになるけどええの?」
「ダメですけど……」
冗談と軽口を投げ合いながら玄関ホールまで向かう。生徒指導室で父さんと話していた時は意識していなかったが、窓の外に見える空は赤く、ついでにグラウンドで父さんと蓮さんがけんけんぱをして遊んでいるのが見えた。何してんだあの人たち。
「楽しいのかアレ……」
「気ぃ合う人とやったら、大体なんでも楽しく感じるもんちゃうかな」
そういうもんですか、そういうもんです。特に中身のない言葉を交わすと、いつの間にか学校の出口がすぐそこまでにきていた。
「じゃ、帰ります」
「うん、色々頑張りや。応援してる」
「春乃さんから応援されるなんて、ファンのやつらから殺されるな……」
「やっぱ親子やん」
「?」
にひひ、と少女のように笑う春乃さんに首を傾げ、「もしかしてけんけんぱの『ぱ』って甘えじゃね!!!!???」というバカな言葉を聞きながら学校を出て、すぐにスマホを取り出す。
「愛しのマイハニー。あ、間違えた。光莉さん、今から帰るんで、待っててくださいね」
『はいはい。あのバカは?』
「蓮さんとけんけんぱしてました」
『けんけんぱの『ぱ』って甘えよね』
「俺もそう思います」
類は友を呼ぶというのは本当らしい。あまり知りたくなかった事実に驚愕しながらとりあえず肯定を返すと、電話の向こうの光莉さんが満足そうに頷いたのがわかった。