【本編完結】ただ、幼馴染とえっちがしたい   作:とりがら016

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第2話 そして勘違いは加速した

 あれから数日経って。

 とりあえず下手に動いたら状況が悪化するだろうと、俺と千里はいつも通りすごし、誤解が解けるのを待っていた。いつものように二人で昼食をとり、二人で帰り、二人で遊び。いつもやっていたこれらを突然やめたら、こっちが意識しているみたいになるから逆に気にせずやってやろうと、今日この日を迎えた。

 

 俺と千里が見ているのは、学校内に張り出された掲示板。そこに毎日貼りだされる、新聞部の『光生(こうせい)新聞』。この高校の名前がつけられたこの新聞は、新聞部が「面白い」と思ったことを全校生徒にお届けするものであり、毎朝校門前で配られて、一部は掲示板に貼りだされる。

 

 その新聞には、『やっぱり付き合っていた! 二年A組の美男カップル!』というタイトルで、俺と千里が俺の家に入って行く写真が一面となっていた。

 

「……」

 

 千里が、俺を見てくる。「君がいつも通りにしようって言ったんだよね?」と目で訴えかけてくる。いや、違うんだ。普通さ、こういうのを貼りだす新聞部の方が問題じゃない?

 

「これで勘違いが全校に広まったね」

「あぁ千里。何か声に色がない気がするんだが、調子でも悪いのか?」

「かもね」

 

 千里が伸ばしてきた手をさっと避ける。今俺の首狙ってたよね?

 

「そういえば恭弥。──僕、君より少し足が遅いけど、君より体力あるんだよ?」

 

 言い終わる前に、俺は走り出していた。俺を殺して『俺と千里がカップル』という事実をなかったことにしようとしている、もはや俺を親友だとは思っちゃいない悪魔から逃げるために。ここが学校の廊下だなんていうことを無視して輝く明日のために全力疾走する。

 

「おい待て! どうすんだアレ! 完全に付き合ってるカップルのそれじゃないか! あんなお互い見つめ合って笑って家に入るところなんて、勘違いですなんて言えると思う!?」

「知らねぇよ! 文句ならあんなもんを記事にした新聞部に言え!」

「元々は恭弥があんなことするからこんなことが起きたんだろ!」

「過ぎたことを言っても仕方ない! これから二人でどうしていくかを考えよう!」

「そういうこと言うから勘違いが加速するんだろ! もういい! 君を殺して僕は一人で生きていく!」

「落ち着け! まずは落ち着いて立ち止まって深呼吸しろ! 廊下を走っちゃいけませんって習わなかったのか!」

「教室で親友を押し倒しちゃいけませんって習わなかったのか!」

「習わねぇよそんな性教育! 大体普通に考えりゃダメだってわかんだろ!」

「そう思ってるならなんでやったんだよ!」

「気が動転してたんだよ!」

 

 生徒の間をすり抜けて疾風となり駆けていく。途中先生に怒られた気もしたが、幸い今はホームルーム前だ。先生も自分のことで忙しくて俺たちのことを指導している場合じゃないだろう。ククク、やはり俺は賢い。

 

 無我夢中で走っていると、文化部の部室棟への連絡通路が見えた。マズい、この朝の時間に活動している部活なんてあるはずがない。このままいけば、俺は背後の悪魔によってズタズタに引き裂かれ、見るも無残なオブジェと化してしまう。オブジェとなった俺は日本最高峰の『美』として総理大臣の手元に置かれることだろう。

 

 そんな未来だけは避けなければならない。俺は自分のラッキーを信じて、文芸部のドアに手をかけ、押した。

 

 ガチャ、と音を立ててドアが開く。最高だ。俺は神に恵まれている。

 すぐに部室へ入って、内からカギを閉めた。これでやつは入ってこれない。千里、俺の勝ちだ。

 

「……氷室くん?」

「ん?」

 

 勝ち誇って汗を拭っていると、可愛らしい女の子の声が聞こえた。振り向くと、そこにはクラスメイトである朝日の姿が。あぁ、確か文芸部だっけ。部員も少ないしなんでそんなとこに入ったんだろう、って思ったことを覚えている。朝日が部室にいてくれたおかげで俺は助かったんだ。感謝してもしきれない。

 

 そんな俺の大恩人である朝日は、自分の体を隠しながら、恐怖を帯びた目で俺を見ていた。

 

「いきなり部室に入ってきて、カギを閉めてって、あの、嘘だよね?」

 

 ──マズい。もしかしたら朝日の目には俺が性犯罪者に映っている。そりゃそうだ。いきなり一人でいる部室に入ってきた男が、急いでカギを閉めたんだから。女性なら警戒して当たり前の出来事だ。

 

 これは一刻も早く誤解を解かないといけない。千里と喧嘩して追われて逃げてきた、それだけでいいんだ。その後ついでに千里と俺は付き合っていないということを言って、朝日からそれを広めてもらおう。俺賢すぎないか?

 

「いや、違うんだ──」

 

 完璧な計画を頭の中で立て、いざ実行しようとした時。部室のドアをドンドンと叩く音が聞こえた。

 

『おい恭弥! ここにいるんだろ! はは、僕を捨てて逃げる事なんて今まで一度もなかったのに、あんな情報が出てマズいと思ったら逃げるのか!』

「あんな情報が出て……? まさか、織部くんとは遊びで、次は女の子を手籠めにしようと……?」

「おい千里! 少し黙ってくれ! お前もこれ以上被害を増やしたくないだろ!」

 

 あんな情報が出てマズい(千里に殺される)と思ったら逃げるのかってことなのに、あんな情報が出てマズい(千里とは遊びだったのに本気にしやがって。俺は女の子が好きだってわからせる必要がある)と思ったら逃げるって勘違いされてる! しかも今回は俺しか損しない!

 

『何が黙れだ! こうなったら今まで僕に働いてきた数々の所業を謝ってもらうまで君を許さない!』

「ひどい、氷室くん、織部くんをおもちゃにしてたんだ」

「ウワー! ほんとに静かにしてくれ! このままじゃ俺が性犯罪者になっちまう!」

『僕を教室で押し倒した時から君は立派な性犯罪者だ!』

「やっぱり」

「どうしてこうなるんだ!!???」

 

 ドアを開ければ殺される。ドア越しに静かにさせる方法を考えろ。このままじゃ勘違いが加速して本気で俺が警察に連れて行かれる。

 いや、待て。俺と千里は親友なんだ。『ここに朝日がいる』ってことを千里にわからせれば、あいつは静かにしなきゃいけないってわかるんじゃないか? あいつはそれくらい理解できる頭脳がある。

 

 俺は、あいつを信じる。

 

「朝日、誤解なんだ! まずは話を聞いてくれ!」

「近寄らないで!」

『おい! そこに朝日さんがいるのか!? 何しようとしてるんだ! もう完全な性犯罪者じゃないか!』

 

 失敗したァ!! これをやるなら最初にやるべきだった! そうだよ、今朝日は俺が『性犯罪者』ってイメージしかないから聞く耳持たないだろ! しかも千里にも誤解されてるし! 味方ゼロになっちゃったじゃんか俺! 

 クソ、どうする。この場を切り抜ける最高の一手がどこかに転がっているはずだ。考えろ。俺の今まで過ごしてきた十数年、ここで散らせるわけにはいかないんだ。

 

 ──その時、天啓が降りた。千里と朝日、どちらの誤解も解ける最高の一手を。

 

「──俺は、日葵が好きなんだよ! お前も知ってるだろ千里!」

『知ってるけど、それとこれとは話が別……いや、そうか。恭弥が好きなのは夏野さんで、その純情だけは本物だから……』

 

 勘違いだね? 千里の言葉に、ガッツポーズ。

 

 結局、親友を信じる。それが俺にできる最高の一手だ。千里は頭がいい。答えに辿り着ける情報が散りばめられていれば、冷静に判断を下せる頭脳の持ち主だ。俺がここ数日、日葵の魅力について語ったことが功を奏した。

 

「さぁ、お前も一緒に勘違いを解いてくれ、千里!」

 

 親友を迎えるために、カギを開けてドアを開く。

 

 するとドアに体重を乗せていたのか、ドアが開いたことでバランスが崩れ、千里が倒れこんできた。咄嗟のことに反応できず、ただ千里に怪我をさせまいと華奢な体を抱きながら床へ倒れこんだ。

 

 密着する俺と千里。それを見ている朝日。

 

「……やっぱり、二人はそういう関係なんだね」

 

 悲しそうな顔をして去っていく朝日を、俺たち二人は呆然とした顔で見送った。

 

「「……違うんだー!!」」

 

 文化部部室棟に、男二人の叫び声がこだまする。

 

 そして俺たちは朝のホームルームに遅刻した。それによって、『あの二人、朝から……』と更に変な噂が拡大した。

 

 

 

 

 

 昼。俺たちはいつもの中庭で、二人仲良く肩を落として沈んでいた。ちら、と見ると、廊下の窓から俺たちを見る生徒の姿。

 

「……どうしよう」

「もう俺、千里でいい気がしてきた……」

「それだけはやめてよ……」

 

 食べ物が喉を通らない。華々しい高校生活二年目がスタートするはずだったのに、なんだこれは。日葵とえっちするっていうゴールがどんどん遠のいていくばかりか、俺はそのレースにすら参加させてもらえないじゃないか。

 非常にマズいどころの騒ぎじゃない。『日葵と恥ずかしくて話せない』んじゃなくて、『日葵が俺と話したくない』レベルまで落ちている。やだほんとにもう。泣きそうなんですけど?

 

「なぁ千里。お前ほんとに女の子じゃないんだよな?」

「女の子じゃないよ……僕も今、自分が女の子だったらなって思ってるよ……」

 

 普段冷静で常識人な千里もこのありさまである。いや、まぁ千里が女の子だったらこの勘違いも全部解決するからそう思うのも無理はないけど。

 

「なんか色々ごめんね……もう僕という存在がダメな気がしてきた……なんで僕こんな女顔なんだ……」

「おい千里、そりゃ違うって。これは全部俺が悪いことで、千里に責任なんて一切ない。すべては千里が女顔だから悪い」

「あれ? 今速攻で矛盾して僕に責任押し付けなかった?」

 

 千里がおかしなことを言うので、スマホをいじって「んなバカな」と笑って返す。俺が千里に責任を押し付ける? そんなこと今まであったか? 両手の指じゃ足りないくらいしかないぞ、そんなこと。

 

「お?」

 

 たまたま開いたスマホの画面に、一件の通知が届く。『文芸部部室にきてください』という簡素なメッセージの送り主は、俺たちが今朝勘違いを加速させた朝日。

 

「なんだ、告白かよ。モテる男は辛いな」

「僕にもきてるし、なんでこの状況でそんなポジティブなことが言えるの?」

 

 千里がスマホの画面を見せてくる。そこには、『ごめんね、文芸部の部室に来て欲しいんだけど、今大丈夫かな?』というメッセージが来ていた。おい、なんで俺にはあんなメッセージで、千里にはこんな親しそうなメッセージなんだ?

 

「あぁ、千里お前女の子だと思われてんじゃね? はは、だから砕けた感じのメッセージなんだな」

「ぶっ飛ばすぞ」

「ひぃ」

 

 殺意の衝動に駆られた千里とともに、文芸部の部室へ向かう。もしかして俺たちをはめようとしてるんじゃないのか? ドア開けた瞬間に下着姿の朝日がいて、大声出されて俺たち捕まるんじゃないのか? それで千里は女顔だから女の子だと勘違いされて、俺だけ捕まるんじゃないのか? なんてこった。俺は不幸の星の下に生まれたイケメンの王子様だ。

 

 そんなことを考えていると、文芸部部室前に辿り着いた。

 

「ヘビが出るか、(じゃ)が出るか」

「悪いことしか待ち受けてないじゃん」

 

 えへへ。と笑って誤魔化してドアを開ける。そこには当たり前だが朝日がいて、中央の長方形のテーブルにあるパイプ椅子に座って、本を読んでいた。

 

 黒いボブカットに、黄色いヘアピンがチャーミングな朝日は、日葵ほどじゃないが可愛い顔をしている。身長も小柄で、日葵ほどじゃないが男子に人気があると言われても素直に頷ける。あとおっぱいがおおきい。

 

 朝日は俺たちが入ってきたことに気づくと、本を閉じて俺たちを真っすぐな目で見つめながら、

 

「──二人って、付き合ってないよね?」

「「そうなんだよ!」」

 

 新たな味方との会話は、テンションが上がって無許可で朝日の手を握ってしまった俺と千里の謝罪から始まった。


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