「岸さんって絶対恭弥のこと好きだよね」
「ん? 好きやで」
放課後、誰もいなくなった教室。私の前で、修羅場が始まろうとしていた。
放課後になっていつものように日葵と帰ろうとした時、日葵が私と春乃を呼び止めて、何を話すのかと思えばこれ。いつかくると思っていたが早すぎる。春乃が何かおかしな行動をとったわけでもなく、むしろ普通にしていたと思うのになんでわかったんだろうか。氷室のことが好きな人にだけわかる何かがあったとか?
「恭弥にこのタイミングで近づいてくるっておかしいもん」
なるほどね。確かに、あいつは信じられないくらいクズでいつも織部くんが近くにいるから女の子は近づいてこない。そんな中春乃が近づいてきたから、氷室のことが好きに違いないって思ったんだろう。それ以外考えられないっていうところにあいつのヤバさがうかがえる。
「ん-、夏野さんって氷室くんの幼馴染やんな? やっぱ好きなん?」
「すっ、好きとかそういうのとはちょっと違うけど、えっと、なんていうかその」
「光莉。この可愛いのどうしたらええん?」
「何かしたら殺すわよ」
「ヤバ」
春乃を睨みつけると両手をあげて降参ポーズ。可愛いのは大いに同意するし私も日葵をいじくりまわしたいが、それをやってしまうと私が何をするかわからないので我慢する。クソ、こんなに日葵に想われてるあいつが羨ましい。あいつを殺せば私に対象が移り変わるんだろうか。今度やってみよう。
「確実に好きやん。別に隠すことなくない?」
「でも、岸さん恭弥のこと好きなんだよね? その、邪魔しちゃ悪いかなって」
「今日氷室くんに関するマウント取ってきといてよう言うわ」
「あれ酷かったわね。何人か察したんじゃない?」
「ひ、光莉! 私は恭弥のことが好きとかじゃなくて」
「もう隠す意味ないわよ。バレバレだし」
「恭弥って呼ぶときいっつも笑ってるもんな。わっかりやすいわぁ」
え、うそ。と自分のほっぺをむにむにしている日葵が可愛すぎて私は死んだ。
実際、クラスの何人かは気づいていてもおかしくない。日葵の恭弥に対する反応が他の男子に対する反応と比べて違いすぎる。まだ幼馴染だからって片付けられる範囲ではあるが、もう表情が恋する乙女だ。近くで見られたら誤魔化しきれない。
「なーなー。なんで氷室くんのこと好きなん?」
「え、あ、うー……」
「……」
「光莉、なんで手わきわきさせてるん?」
「恥ずかしがる日葵が可愛すぎて、ちょっと」
「ちょっとの先に続く言葉によっては通報せなあかんやけど」
「大丈夫よ。言わないから」
「通報案件なんかい」
やらなければ犯罪ではない。
いや、流石に可愛すぎる。恥ずかしがる日葵可愛い。HHK。恥ずかしがる日葵可愛い。氷室を想ってるってところが非常にムカつくが、日葵のこんな表情を見られるなら感謝してやらないこともない。
「なんか、こういうところが好きっていうのはあんまり思い浮かばないかも。気づいたら好きになってたっていうか、もちろんカッコいいし優しいしちょっぴりへたれなのが可愛いし、手先は器用なのに性格が不器用なところもすっごく好き」
「好きなところが湯水のように溢れ出とるやないか」
「今氷室ってどこにいたっけ?」
「光莉は羨ましすぎて氷室くん殺そうとすんなや」
だって。日葵に好き好きって言ってもらえるの羨ましすぎじゃない? 私が男だったらよだれをまき散らして襲い掛かっていた。私が女の子で美少女でよかった。私は礼儀正しく我慢強い可憐な美少女である。
それにしても、お互いがお互いのことを好きすぎる。最近マシになってきたが、氷室は日葵と話すときめちゃくちゃ緊張してるし、日葵は氷室と話しているときにやけすぎ。なんとか表情を保とうとして奇跡的に女神のような微笑みになっているが、あれはちょっと危ない。氷室に勘づかれたら即ゴールインしてしまう。私は一応協力しているが、極力日葵との時間を多く取りたいので付き合うのはまだにしてほしい。
「そんなに好きなんやったらもっとガンガンアプローチしたらええやん」
「岸さんはいいの? 私が恭弥のこと好きで、私がアプローチしたら自分に振り向いてくれないかもしれないのに」
「なんで? 相手を選ぶのは氷室くんで、誰が誰を好きになろうと勝手やろ?」
変なこと言うなぁ。と本当に不思議そうな顔をしている春乃がカッコよくて好き。
普通なら日葵に氷室が好きかどうか聞かず、自分勝手に氷室へアプローチしておけばいい。わざわざ日葵に発破をかけるようなことをせず、自分だけが得するように動いた方が氷室を手に入れられる可能性は高い。
それをしないから危ないんだ。何から何まで氷室好みすぎる。氷室好みの子が氷室へ積極的にアプローチする、この状況がどれだけヤバいかというと、どれくらいヤバいんだろう?
氷室からすれば、幼馴染補正のない日葵からアプローチを受けている、といったところだろうか。終わり終わり。耐えられるわけがない。
「あのね岸さん。恋は戦争だよ。仲良しこよしでなんとかなるものじゃないの!」
「武器だけ持って戦争参加してへんくせに何言うとんねん。氷室くんが白旗あげんのをただ待ってるだけやろ? ほんまに欲しいんやったら落としにいかな」
「だからそこよ。日葵に発破かける意味がわからないの。だって黙って春乃が氷室にアプローチした方が勝率高いじゃない」
「ん-、それはそうなんやけど。えーっと」
言い淀んで、春乃が日葵を見てから私を見る。何か困っているような目に、なんとなく察した。
これ、氷室が日葵のこと好きってことに気づいてる?
確かに、氷室はわかりやすい。日葵が氷室に対する扱いが他の男子と違うように、氷室も日葵に対する扱いが他の女子と違う。クズなところがほとんど出ない。つまり、氷室は日葵の前では『イケメンで運動神経がよくて頭もよくて料理もできて優しい、ちょっとえっちで悪ガキっぽい幼馴染』になる。
なんだその完璧な男。私にもくれ。
私の予想が当たっているなら、春乃は信じられないくらい性格が気持ちいい。自分が氷室のことを好きだから自分だけよければいいってわけじゃなく、氷室が日葵のことを好きかもしれないって思ったから、氷室の気持ちを優先して日葵に発破をかけているんだろう。私が惚れそう。
「まぁ横取りする形みたいになんのもなぁって思って。氷室くんを彼氏にしたいんなら、全力でぶつかって、恋敵全員本気でぶっ倒して私が氷室くんの隣に立ちたいねん。せやから、発破って言うより宣戦布告? になるんかな?」
「……光莉、どう思う?」
「百点満点氷室が好きな性格」
「だよねぇ……」
「お、そうなん? 嬉しい!」
カッコよくて気持ちのいい性格、見た目が美人、そしてちゃんと女の子。もう日葵がいなければすぐにゴールインしていただろう。あと織部くんもいなかったら。織部くんもなんだかんだで氷室の隣にいたがるし、氷室に彼女ができるってなったらちょっと抵抗しそう。氷室以外とは根本的に合わないからだとは思うけど。氷室に合うってことはつまり私とも合うってことになるが。
「あとさ、修学旅行一緒に回りたいって言うたやん? 私としては氷室くんとデートっぽいことしたいけど、女同士争ってせっかく楽しい修学旅行がぐちゃぐちゃになるのもいややし、そこは普通に友だちとして楽しも―って言おうかなって」
「あぁ、それなら大丈夫よ。私と織部くんがいたらなんとなく面白くなるから」
「そう! 私光莉に対しても焦る部分あるんだからね!」
「なにが?」
「光莉、なんかちょっときっかけがあったら恭弥のこと好きになりそうだもん!」
「えー? ないわよ」
氷室はイケメンでスタイルがよくて頭がよくて料理もできて運動神経もよくて、私と波長が合って気軽に話せていざという時は助けてくれる根っこの性格の良さがあって、クズみたいな発言しつつも一線は踏み越えずちゃんとした気遣いが見えて、一途で初心で純情で。
「……ないわよ?」
「はい確保」
「無実よ! そんなはずない! 私は氷室を好きになんかならない!」
「そう思おうとしてるだけちゃうん? 氷室くんって知れば知るほど好きになるタイプやし」
「スルメみたいに言ってんじゃないわよ!」
「ねぇ光莉。私に遠慮して気持ち隠してるとかじゃないよね?」
一旦冷静に考えてみる。あいつと付き合ったら楽しくて面白いことはまず間違いない。でも、あいつの隣にあいつの彼女として立っていることがどうしても想像できない。あいつの隣に立つなら、あいつの暴走を止めて、失礼なことを言われてぶん殴って、バカなことを言い合って笑い合う、そう、男女の親友みたいな関係が一番しっくりくる。あいつの彼女になるとすれば日葵が氷室から離れて行って、お互いいい年齢になって「結婚しねぇとなぁ」っていうあいつの言葉から「じゃあお互い独り身だし」とノリでそうなる以外思い浮かばない。
つまり、そんなことはありえない。日葵が氷室から離れていくことなんて絶対にないから。
「ほんとにないわよ。そりゃあいつのこと友だちとして好きだし、ドキッてすることもないわけじゃないけど、男と女なんてそんなもんでしょ? 親友以上にはならないわよ」
「んー、確かに、光莉と氷室くんって友だち! って感じやもんな。どっちかって言うたら千里の方が危ない気するわ」
「織部くん本当に可愛いもんね。織部くんが本気で恭弥が誰かと付き合うの嫌がったら、恭弥踏みとどまりそうだし」
「ありえる。あいつらおかしいのよ。付き合ってるって噂流れても仕方ないくらいに仲いいし」
なにより織部くんが性的すぎる。織部くんが女の子だったらもう日葵でも負けそうだ。織部くんが男を見せた時なんてまったく見たことないし、もしかしたらもうすでに氷室へ自分が女の子だってことを明かして、隠れて色んなことをしているかもしれない。
「……よく考えたら恭弥の周りって男の子より女の子の方が圧倒的に多いよね」
「織部くんがいるから他の男子避けてるんじゃない? ほら、織部くん女の子みたいだから色々いじられるじゃない。ネタの範疇を超えたしつこいいじりとかされそうだし、何より会話とかが大体二人で完成されるから他が必要ないのよ。私ならそうするわ」
「女の子もそんなにおらんちゃう? 私に夏野さんに光に、他誰かおるん?」
聖さんに、つづちゃんに、あと一応薫ちゃん。なるほど。
「まぁ氷室に好意寄せてるのはあんたたちだけだから安心しなさい」
「いつの間にか女の子増えてそうでこわい……」
「蹴散らしゃええねん」
春乃、ちょっと男らしすぎない?