「さて、朝日。なぜ俺たちが付き合っていないという真実に辿り着いたか、教えてもらおうじゃないか」
「何で偉そうなの? 恭弥」
許可なく手を握ってしまったことを謝罪して、朝日の対面に二人で腰掛ける。
いやぁ、朝日は天才に違いない。よく俺と千里が付き合っていないとわかってくれたな。やっぱりいるところにはいるんだ、俺と同じ天才ってやつが。
「えっとね、今日の朝氷室くんが日葵のこと好きって言ったでしょ?」
「あぁ言ったな。ちなみに日葵には言ってないよな?」
「言うわけないじゃない。新聞部じゃあるまいし」
「評判悪いね、新聞部」
新聞部の発行する光生新聞は結構な人気だが、一部の生徒からは嫌われている。それは、俺たちの事例と同じような、『実際にあった出来事に憶測を脚色しておもしろおかしく仕立てあげる』という手法を好ましく思わないからであり、朝日もその素晴らしい精神の持ち主だったようだ。
「正直、新聞見てやっぱりそうなんだって思っちゃったけど」
「腐ってんのかお前の目は」
「恭弥! 相手は女の子だよ」
「男の子相手でもダメだと思うけど……」
千里が俺に毒されているところが垣間見えたところで、どこか居心地悪そうにしている朝日が遠慮がちに口を開く。
「で、ね。あの時は焦って勘違いしちゃってたけど、よくよく思い返したら、織部くんは氷室くんが日葵のこと好きって言ったときに、全然怒ってなかったから。ふつう、カップルの片方が別の人のことが好きって言ったら怒るかな、って思って」
「つまり俺のファインプレーってわけだ」
「いや、僕のファインプレーでしょ」
「ここは二人のファインプレーってことで」
「仕方ないな。僕らは親友だからね」
「本当に付き合ってないんだよね?」
おうとも、と言いながらがっちり千里と手を合わせる。
やはりあの時の俺の判断は間違いじゃなかった。親友を信じてよかった。流石俺の竹馬の友である。伊達に女顔じゃない。
「勘違いが解けてよかった。マジで気が気じゃないんだよ、ここ最近。歩いてるだけで周りから変な目で見られるしよ」
「ほんとに。この前なんて先輩の男子に『うまくやれよ』って肩撫でられたし。彼氏に何か嫌なことされたら相談に乗るって言ってくれたけど」
「織部くん、気を付けてね。その先輩、多分いやらしい目で織部くんのこと見てるから」
千里が一瞬生命活動を停止して、それから俺を見て、朝日を見て、テーブルに突っ伏した。
「あぁ、それで朝日に頼みがあるんだ」
「え? 織部くんすごい勢いでおでこテーブルにぶつけたけど……」
「よくあるんだよ。こいつ、可愛い顔してるからそっちの趣味の男に狙われて、でもその時はそれに気づかなくて、後から気づいて自分の顔を呪うってやつ」
こいつはそっち系の趣味の人に狙われるために生まれてきたのかと言うほど狙われる。警戒心がないのかと千里に言ったことがあるが、「信じたくないんだ」と悲しそうに言われたら俺も黙るしかない。なんなら俺もそっち系の人だと現在進行形で全校生徒に勘違いされてるし。
あれ? 俺もしかして千里を狙ってるそっち系の人から、(命を)狙われてるんじゃね?
辿り着いた憶測に絶望し、千里と同じようにテーブルに突っ伏した。痛みで忘れられるかと思ったが、俺の優秀な頭脳に絶望的な憶測がこびりついて離れない。
「それで、頼みなんだが」
「そのまま話すんだ……」
「俺たちが付き合ってるっていう勘違いを解くのを手伝ってくれないか。手伝ってくれるなら、マッサージに洗濯、一緒にデート親に挨拶結婚なんでもするから!」
「バカ! 君には夏野さんがいるだろう!」
「背に腹は代えられないだろ!」
「あの、私と結婚することを犠牲だって捉えるのやめてくれない?」
突っ伏しながら言い合う俺たちに、朝日の冷たい声が突き刺さる。朝日なのに冷たいとは、矛盾している。俺面白い。おもしろポイント二点。
でも確かに今のは失礼だった。女の子に対してなんてことを言ってしまったんだと後悔の念に駆られながら、頭を上げてもう一度下げて誠意を示す。
「ごめん、いくら日葵の方が完璧に女の子として魅力的だからって言いすぎた」
「人って簡単に死ねるらしいんだけど、知ってる?」
「おい千里、どうやら俺は簡単に殺されるらしい」
「謝った方がいいと思うよ」
「お前は見えないのか。朝日にビビり散らしてすでに土下座をかましている俺の潔さが」
美人ほど怒るとはよく言ったもので、千里の殺気よりも冷たく鋭い殺気を浴びせられた俺は目にもとまらぬ速さで土下座した。地面に頭をこすりつけ、なんとか許しを請おうと必死である。
そこで俺は、テーブルを挟んでるから土下座なんて見えやしないということに気づいた。なんてこった。やりぞんだクソ。俺が頭を下げる事なんて滅多にないんだぞ?
「織部くん、もしかしなくても今広まってる勘違いの原因って氷室くん?」
「このろくでなしと人でなしと僕を比較して、どっちが原因になりそうなのか考えてみてほしい」
「氷室くんが原因なんだね」
「おい、即答はないだろ即答は」
せめて少しは考えて欲しい。俺も客観的に見て俺が原因だとは思うが、少しくらい俺に気を遣って考えるふりくらいしてくれてもいいだろう。なんて思ったが、俺の朝日に働いた失礼の数々を考えれば当然の結果だった。
俺は客観的に自分を見れる人間。すばらしいと思わないか?
「それで、勘違い解くのを手伝ってほしいんだっけ」
「そう! ごめんな、千里が変なこと言って脱線させまくって」
ものすごい勢いで千里に足を踏まれた。痛すぎて死ぬかと思って俺は一度死んだ。
「ひ、氷室くん? どうしたの、いきなりびくびく体を震わせて……」
「恭弥は釣り上げられた魚のモノマネが得意なんだ。ぜひ見てあげてほしい」
「千里、爪が割れた。確実に爪が割れた」
「それで、どうかな? 協力してくれる?」
無視しやがったこの野郎。人の足の爪割っておいて素知らぬ顔しやがって。そりゃ俺が千里に何もかもを押し付けたっていう極悪非道のドチクショウを働いたことは事実だが……事実だからそりゃ千里も怒るか。俺の足の爪を割るくらいですむなら優しいもんだろう。
「いいよ。織部くんがかわいそうだし」
「ありがとう!」
「俺はかわいそうじゃないの?」
どうやら朝日の俺に対する評価は地に落ちたようである。地に落ちるような評価があったかどうかも甚だ疑問だが、むしろここからは上がることしかないと思ったらやる気も出てくるってもんだ。俺は素でクソだと千里に常々言われてるから、上げては落とす未来がなんとなく見えるが。
「つっても、どうやって勘違いを解くか……正直俺もう手遅れだと思ってるんだよな」
全校生徒に広まっている時点でもう詰んでいるようなものである。これは高校生活を捨てて、大学生になってから日葵とえっちするしかない。間違えた。勘違いを自然消滅させるしかない。
「朝日さんの誤解が解けた理由を考えたら、それが一番なんだろうけど……」
「流石に氷室くんと言えど、全校生徒の前で日葵に告白は無理だもんね」
「流石にっていう枕詞が気になるけど、無理だな。俺にそんな度胸があったら今頃俺と日葵は仲良しこよし、二人で一つになってる」
「ふーん。キモ」
俺は涙した。朝日は女の子から『キモ』と言われた男のダメージを理解していないんだ。ほらみろ、珍しく千里が俺を撫でて慰めてくれている。ありがとう千里。俺、強く生きるよ。
「ん? じゃあもう勘違いはそのままにして、なんとか氷室くんが日葵と付き合ったら、自然と勘違いもなくなるんじゃない?」
「んー、なるほど、ハードルは高いが……」
少し考えてみる。勘違いをそのままに、俺が日葵と距離を縮めて付き合った未来を。
「ダメだ。勘違いをそのままにしてたら、『あいつ、男を捨てて女と付き合いやがった。とんでもなく残虐なクソ野郎だ』って思われて、結果千里が慰められてちやほやされる未来しか見えない。そんなのは我慢ならん」
「恭弥、君が我慢ならないのは君が残虐なクソ野郎って思われること? それとも僕がちやほやされること?」
「千里ほど俺のことを理解してるやつなら後者だって思うだろうが、これが後者なんだよな」
手の甲で頬を殴られた。軽い力だったからそこまでダメージはないが、痛いことに変わりはない。すぐ手出すなよ、嫌われるぞ?
よくよく考えれば千里に手を出させるようなことをさせるのは俺しかいないので、千里が嫌われることはなかった。忌々しい。
「ならどうしよっか……今更付き合ってないんですー、って言っても信じてもらえそうにないもんね」
「僕と恭弥だから、何かよくないことが起きて勘違いが加速するとしか思えない」
「奇遇だな、俺もだ。やっぱり親友だな」
「こんな友情の確認の仕方嫌なんだけど」
「奇遇だな、俺もだ」
友情っていうのはもっと熱い場面で感じられるものなのに、なんだこの傷のなめ合いみたいな友情の確認方法は。俺たちらしいと言えば俺たちらしいが、陥っている状況を考えるとたまったもんじゃない。俺と千里が付き合ってるっていう事実……事実じゃない。勘違いがいつ保護者の耳に届くかと思うと、気が気じゃない。新聞が貼りだされて俺たちに先生からのアクションがなにもないってことは、先生も信じてるってことだし。
「もうこの際、付き合ってることを認めてどっちかが振ったら?」
「俺たちもう終わりにしよう」
「ひどい、僕とは遊びだったんだね……?」
「見ろ、こうなる」
「いや、理解できないんだけど?」
「つまり、俺と千里は基本ノリがいいから、なんか面白そうだなって思ったらそういう方向にもっていってしまう」
「我慢しなさいよ!」
キツい口調で朝日がお叱りになられたので、千里と揃って頭を下げた。同時に、キツい口調がなんとなく素っぽい感じがして、頭を上げてみると恥ずかしそうに手を口で押えながら誤魔化すように咳払いする朝日の姿があった。
「そっちのが素なのか?」
「わ、忘れて。ほら、キツい口調ってあんまり男の子は好きじゃないでしょ?」
恥ずかしそうな朝日に、俺と千里は顔を見合わせる。
「そんなことないと思うよ?」
「自分らしくが一番だろ。着飾らない自分が一番魅力的って相場は決まってんだよ。ほら俺を見ろ」
「ごめんね。恭弥の言ったことは人によるけど、朝日さんの場合は素敵だと思うよ」
「どういうことだコラ」
「君がクソって言ってるんだよ」
人のことを地球上でもっとも汚いカタカナ二文字で片付けるってどういう教育受けてるんだこいつ? むしろ俺が悪い教育を受けてきたのか? まったく、反省しろよな俺の歴代担任。俺をクソに育てやがって。
朝日はしばらく考えた後、意を決したように自分の頬を叩いた。
「ん、よし。なら素でいくわ。ありがとう」
「はは、いいよ金なんて」
「お金の話したつもり一切ないんだけど?」
声のトーンが一つ下がり、凛とした声色に変わった朝日。うん、やっぱりこっちの方がいい。飾らない感じがして俺は好きだ。もちろん一番好きなのは日葵だ。あれ? 日葵に比べたら大したことなくね?
まぁ、日葵に比べたら大したことはないが、素を出しても男子には大人気だろう。証拠に、千里も余裕そうな表情で「そっちの方が素敵だよ」と言って朝日を照れさせている。余裕そうじゃねぇか。
「話がそれたわ。えっと、結局どうしよっか。二人が付き合ってるっていう勘違いを解くためには……」
「自分を飾らないこと」
「恭弥?」
そして、今朝日が俺たちに素を見せてくれたことで、俺は気づいた。自分を飾らない、それが一番だと。
「周りになんて言われようと、俺たちは付き合ってないって言い張り続ける。そんで、十月にある文化祭。有志で立てるステージで、俺は日葵に告白する」
「そうすればみんなも、『あれ、付き合ってないっていうのホントじゃね?』って思ってくれるってことだね」
「でも、大丈夫なの? 別に文化祭で告白しなくても……」
「俺は日葵が好きだから、その気持ちは飾らない」
おぉ、と千里が感心したような声を出した。朝日も目を丸くして俺を見て、俺の純情にあてられたのか頬を少し赤く染めている。
「だから二人とも、その日まで、俺が文化祭で日葵に告白して、日葵とえっちするその日まで協力してくれないか?」
「「えっちする?」」
「あ」
間違えたんです! 間違えてないけど間違えたんです! という俺の悲鳴もむなしく、二人の手によって俺はボコボコにされてしまった。そしてそのまま放置され、俺は午後の授業に遅れることとなる。
なんか俺、遅刻してばっかじゃね?