【本編完結】ただ、幼馴染とえっちがしたい   作:とりがら016

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第39話 テクニシャン

「ところで何か甘い香りがするのは私たちのせい?」

「千里」

「あそこで春乃にいじくりまわされてる?」

「千里」

「この中にいる誰よりも明らかにメスな?」

「千里」

「私よりもブサイクな?」

「オメーのがブサイク」

 

 気づいたら仰向けに倒れて天井を見上げていた。一体何が起きたんだ?

 

 日葵たちが部屋に入ってきてすぐ、岸が「なんやあの性的な生き物」と言って千里に襲い掛かり、メスだと言われつつも風呂上がりの女の子との触れあいに文句があろうはずもない千里はそれを受け入れ、千里のベッドの上でいちゃいちゃしている。ベッドの上でいちゃいちゃと言ったらなにかいやらしく聞こえるが、別に千里が撫で繰り回されてるだけだ。

 

 十分いやらしくね?

 

「恭弥、大丈夫?」

「おう。今のは俺が悪かったしな」

「自覚あるなら控えなさい」

「控えられるなら控えてんだよ」

 

 のそりと起き上がり、俺のベッドに座っている朝日へ吐き捨てるように言葉をぶつける。何お前俺のベッドに断りもなく座ってんだよ。俺のベッドに座っていいのは日葵と千里と岸だけだぞ? つまりお前以外。お前は床に這い蹲って埃でも舐めてろ。

 

「つか日葵。なんでずっと立ってんだ? 適当に俺のベッドに座れよ」

「さりげなく自分のベッドに誘導してんじゃないわよスケベ。私が座ってあげてるんだからいいでしょ?」

「座らせていただいてありがとうございますと言え」

「あら、女の子のぬくもりはおきらい?」

「すきです!!」

「正体を現したわね。日葵、こいつは性犯罪者だから織部くんのベッドに座りなさい」

「あっちはあっちで……」

 

 千里のベッドの上では、「あ、だめ、岸さん! これ以上やられると僕は本当にメスになる!」「ええやん別に。気持ちええやろ?」といやらしいことが行われている。普通に撫でてるだけなのに千里があぁなるなんて、岸は恐ろしいやつだ。

 

 そんなベッドに座るなんて誰でも嫌だろう。自分にもいやらしいことをされるんじゃないかって不安になる。だから朝日も俺のベッドに座って……よく見たら座ってねぇじゃねぇか。空気椅子してやがる。そんなに俺のベッドに座るのが嫌か?

 

「助けて恭弥ぁ」

「この際立派なメスにしてもらえ」

「じゃあ私たちは私たちで暑い夜を過ごしましょ、日葵」

「光莉が怖いから、恭弥間に入って」

「え、やだよ。あいつ絶対性犯罪者じゃん」

 

 言いながら、日葵の言うことに逆らえない俺は朝日の隣に座る。俺を睨みつけてくる朝日を無視していると、恐る恐る日葵が俺の隣に座ってきた。

 

「いっ」

「い?」

「胃袋の上の春」

 

 あまりにもいい匂いがしてきたから思わず「いい匂い!!!!!」って叫びそうになったところを、なんとか誤魔化す。危ない。『い』から始まる俺の中の単語のボキャブラリーが豊富でよかったぜ。何か失敗した気がするが、絶対に気のせいだろう。俺の人生に失敗はない。

 

「ふぅ、堪能した堪能した」

「おかえり春乃。ところであそこでビクビクしてる織部くんに心当たりは?」

「さぁ? どうしたんやろ千里」

「あんたも知らないのね。ところで私の後ろに回り込んでる理由を教えてもらえる?」

「わかった」

「あ、やっぱり」

 

 いいぃぃぃぃぃぃ!! と叫びながら、朝日の姿が視界の端から消え失せる。俺の後ろで甘い声と暴れる音が聞こえるが、気づかないフリをしておこう。どうせ朝日が岸にもみくちゃにされているだけだ。めっちゃくちゃえっちだろうが、隣に日葵がいる状況で見れるはずがない。俺がいやらしい人間だと思われてしまう。

 

 そういや俺、さっき女の子のぬくもりが「すきです」って言ってなかった?

 

「ごめんね。きた途端に騒がしくして」

「いいよいいよ。千里は岸に弄り回されて悦んでるし。ちなみに千里が悦んでたことは薫に報告しようと思う」

「薫ちゃんのことだから、『男の子だし仕方ないでしょ』って言うよ」

「確かに。めっちゃくちゃ大人びてるしなあいつ」

 

 だから時々見える子どもっぽさが可愛いんだ。今でも子どもっぽさが見えると頭をなでなでして「死ね」って言われている。死ね?

 

「でも、織部くんが薫ちゃんのこと好きだなんてびっくりしちゃった」

「なんとなく気づいてたけどなぁ。あーいやだ。千里が俺の実家に挨拶に来る日がくるかと思うと震えが止まんねぇよ」

「その時は私も一緒にいてあげるね。恭弥だけだと暴走しそうだし」

「いや、どうせ日葵も薫が離れていくの嫌がって泣きつくだろ」

「そんなことないもん!」

 

 多分そんなことあるぞ。日葵は薫のこと溺愛してるし、薫を見かけたら両手をつないでぴょんぴょん跳ねるくらいに大好きだ。可愛すぎかよ。

 きっと千里が「娘さん、妹さんを僕にください」と親父と俺に挨拶しにきた時、その場に日葵がいたら「薫ちゃんは私のだもん!」って暴れる。薫も薫で「日葵ねーさん」って唯一「ねーさん」って日葵のことを呼ぶくらいだから、その暴走を見て薫も嬉しくなって、結果「娘さん、妹さん、義妹さんを僕にください」ってなる。あれ? 俺と日葵結婚してね?

 

「ある。だって日葵、薫のことめちゃくちゃ好きだろ?」

「好き」

 

 俺のことが? と聞き返そうと開きかけた口をぐっと閉じて、言葉を飲み込んでから別の言葉を吐きだす。

 

「だから目に浮かぶんだよ。千里が挨拶しに来た時、薫に抱きつきながら恨めしそうに千里を睨む日葵の姿が」

「……しちゃうかも」

「そうなると千里が可愛そうだからやめてくれ。多分うちの母さんしか千里の味方にならない」

「ん-、でもそうなると恭弥は織部くんと薫ちゃんの味方になるでしょ?」

「は? 俺が薫を千里にやるとでも?」

「だって、恭弥と織部くんは親友だし、恭弥は薫ちゃんのことが大切だから。きっと、口ではどんなこと言ってても、二人がちゃんと付き合ってるなら、恭弥は二人の味方するよ」

 

 微笑む日葵から目を逸らし、指先で頬を掻く。クソ、やりづらい。俺は普段クズとしか会話してないから、純度100%の天使との会話がすごくやりづらい。浄化される。俺のクズが浄化されて俺も天使になっちまう。なんだよこの笑顔、みんなを幸せにするリーサルウェポンじゃねぇか。俺は一度ならず二度も死んだ。

 

「うん、そう考えると私は無理だなぁ。薫ちゃんが私から離れていっちゃうみたいで、なんか寂しいもん」

「そりゃねぇって。薫は日葵のことが一番好きだから、薫と千里が結婚しても……薫と千里が結婚!!?」

「いいこと言おうとしたのに、僕への怒りに脳を支配されてる愚か者がいるね」

「あ、織部くん。大丈夫?」

「うん。なんてことはないよ」

 

 お前服はだけて顔めっちゃ赤くてえっちだぞ。というのはやめておいてやろう。こいつも女の子の前ではカッコつけたいんだ。どんだけカッコつけても可愛いだけって言うのも更にやめておいてやろう。

 

「ひどい目に遭った」

「ふふ。でも羨ましいなぁ。春乃、私にだけやってくれないんだよね」

「え? やってもええの?」

「えっと、やってほしいかどうかは別として、なんか仲よさそうでいいなーって思って」

「お、かわええこと言うやんか、この!」

「わ!」

 

 俺の背後からひょっこり顔をだした岸が、日葵に飛びついて日葵を撫でまわす。ただ、それは千里にやったようないやらしい手つきではなく、慈しむかのような、優しく、ただただ幸せになれるような手つきでふんわりと撫でまわしていた。

 

「お。日葵めっちゃええ匂いするなぁ。肌も綺麗やし、ほんまに同じ人間?」

「そんなこと言ったら春乃もだよ? くっついてるとじんわりあったかくなってくるし、安心するなぁ」

「せやろ。本気出したら光莉みたいになれるで?」

「……遠慮しとく」

 

 後ろから日葵を撫でる岸に日葵が寄りかかり、自分を撫でる岸の手に自分の手を重ねながら岸を見上げる日葵。可愛すぎてどうにかなりそうだったが、そういえば朝日はどうなったんだろうと朝日が見えているであろう千里を見ると、千里は首を横に振った。

 

「見ない方がいい。ちょっと刺激的すぎる」

「息すら聞こえねぇんだけど、もしかして死んだ?」

「快楽に支配されて死んだかもね。今度供養してあげよう」

「生きてるわよ……っ! 春乃、まさかあんたがこんなテクニシャンだなんて思わなかったわ……。日葵から離れなさい。日葵をビクつかせるのは私よ。あ、日葵は私が守るわ」

「隠しきれへん欲望が顔を覗かせてるな。日葵は渡さんで」

「あ、氷室。服装整えるから振り向くんじゃないわよ」

「はいはい。別にお前の乱れた姿なんて全然見たくねぇよ」

「はぁ!? 私の乱れた姿を見たくない男なんてこの世に存在するの!!!??」

「僕は見たいよ」

「メスは黙ってなさい」

 

 しゅん、と千里が落ち込んでしまった。いかん。千里がメス扱いされることに対しての耐性が低下している。これじゃ徐々にメスを受け入れてしまう可能性がある。千里はメスだけどメスじゃないって言い張るところがメスなのに、受け入れてしまうと結果的にメス要素が薄れてしまう。そんなの千里じゃない!

 

「おい朝日なんてこと言うんだ。千里はこう見えて男らしいところあるんだぜ?」

「言ってみなさいよ」

「日葵、岸。何か思いつくか?」

「私らに振った時点で思いつかへんって言うてるようなもんやで」

「もう、またそんなこと言って。織部くんもちゃんと男の子らしいところあるよ?」

「じゃあ教えてよ夏野さん」

「……えっと、戸籍上は」

 

 千里が俺たちに背を向けた。時折体を震わせているのは、どう考えても泣いているからだろう。

 

「あーあ。千里が声を押し殺して泣いちゃった」

「日葵。謝っときなさい」

「一番常識人な日葵からのそれは一番きついからなぁ」

「ご、ごめんね織部くん! 違うの、思いつかなかっただけなの!」

「何が違うんだよ! 夏野さんにまでメスって言われるなんて、僕にはもうオスとしての価値がないんだ!」

「お前には薫がいるだろ? はぁ!? テメェ俺の薫に手ぇ出そうとしてんじゃねぇよ!」

「セルフでキレてんじゃないわよ」

「感情が忙しい人やなぁ」

 

 だって千里が俺の薫を……! こうなったら薫に千里の泣き顔を送ってやろうとスマホを取り出すと、ちょうど薫からメッセージが届いた。なになに? 『もうそろそろ寝るね。おやすみなさい』。しばらく待つと、二頭身にデフォルメされた可愛らしい柴犬が布団に入っているスタンプが送られてきた。

 

 みんなに見せた。みんなほっこりした。


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