「ゴールデンウィーク?」
「そ、再来週にあるでしょ? せっかくの休みなんだから、日葵と予定立てて遊びなさいよ」
朝日に協力してもらうことになってから、俺たちは朝の時間早めにきて文芸部室に集まり、作戦会議という名の雑談に興じることが日課になっていた。「他の部員はこねぇの?」と聞くと、「ほとんど幽霊部員だし」と悲しい答えが返ってきた。文芸部が活動していると聞いたことはなかったから驚きもしなかったが、こいつはなんで文芸部に入ったんだろう。本を読んでるところとかよく見かけるけど、単純に好きなんだろうか。
「いい考えだね。今のままだと文化祭で恭弥が夏野さんに断られてみじめになる未来しか見えないし」
「まだわかんねぇだろうが!」
「本当にそう思ってる?」
「あぁ。俺は基本的に嘘つきだからな」
「つまり思ってないってことだね」
まったく思ってない。だって今のところ昔仲が良かったっていう接点しかないし、俺に向けられた言葉だってあの日の「ごめんね」が高校生活で初めてだったんだ。そんな俺が日葵に告白してオッケーもらえてえっちできるって? 冗談だろ。俺はポジティブだが、現実を見れるクールな男である。
でもちょっと可能性あるんじゃない? 俺、昔日葵と相当仲良かったし。歳重ねるにつれて自然と疎遠になっただけで、日葵も俺とえっちしたいと思ってるかもしれない。いや、俺は日葵とえっちがしたい!
「でもよく考えてみてくれ。まったく日葵と会話してない俺が、どうやって遊びに誘うんだ? 自慢じゃないが、俺はへたれなんだ。その辺りよく考えて、慎んで発言してほしい」
「みっともないことを堂々と恥ずかしげもなく言うんじゃないわよ」
「は? 俺みたいなイケメンがへたれってむしろ可愛いだろうが。ぶっ飛ばすぞ」
「ごめんね朝日さん。恭弥にはどうやら教養が足りていないらしい」
「いいわよ織部くん。氷室は顔がいいだけのバカってわかってるから」
「はは、よせよ。照れるな」
「ごめんね朝日さん。恭弥は自分に都合のいいことだけを抽出して聞き取るクセがあるんだ」
「いいわよ織部くん。氷室はバカだってわかってるから」
「俺のいいとこゼロにすんじゃねぇよ」
まだ顔がいいって言ってくれたから許してやったが、俺をただのバカだって言うんなら我慢ならない。俺はイケメンで、その上性格がクソで頭もそこそこいい女子からモテたことのない完璧な男だ。あれ? 今俺無意識のうちにいいとこと悪いとこのクソミルフィーユ作ってなかった?
「でも、氷室が日葵を誘えないならどうしましょっか」
「あと最近気になってるんだけど、なんで俺は呼び捨てで、千里はくんづけなんだ?」
親近感がわいてむしろいいなんてことはない。俺は基本的に器の小さい人間で、おざなりにされているのをビンビンに感じ取っている。被害妄想だということなかれ、俺に話しかける時と千里に話しかける時、朝日の声のトーンは千里に話しかける時の方が少し高い。つまり俺は、遠回しに「お前は眼中にない」って言われてるんだ。
こんなことを許していいのか?
「え、その……織部くん、可愛いじゃない? だから、くんづけが抜けないっていうか、別に氷室は気安い関係だなって思うからで、悪い意味はないのよ?」
「やっぱいいやつだなァ朝日は! そうだよ、俺たち友だちだもんな!」
「朝日さん。どうやら僕は君に対する評価を改めなきゃいけないみたいだ」
「ご、ごめん! 織部くん!」
いいんだよ、どうせ僕は女顔なんだから、あはは。と千里が壊れ始めた。哀れ千里。いくらお前が女顔にコンプレックスを抱えていようと、お前は可愛い。多分彼女にしたいランキングを開催したらトップ5に名を連ねるくらい可愛い。
「さて、女顔はほっといて作戦を考えようか」
「あんたほんとろくでなしね」
「千里をこんな風にしたのはどこのどいつだ?」
「知らないわよ」
こいつとは気が合うかもしれない。さっきごめんって謝っておいてさらっと「知らないわよ」と言ってのけるこのメンタル。俺と同じろくでなしの匂いがする。
「勇気だして誘ってみたら? 案外頷いてくれるかもしれないわよ?」
「断られたら俺はその場で首を掻き切って苦しみながら死ぬ」
「日葵にトラウマを植え付けるのはやめなさい」
「その前に俺の自殺を止めなさい」
どうやら朝日の中では俺よりも日葵の方が大事らしい。ひどい、友だちなのに。俺は朝日のこと信じてたのに。
「千里はいつだって俺を優先してくれるよな?」
「当然だよ。君が自殺するくらいなら、今までの恨みを込めて僕が殺す」
「ほら見てみろ朝日。俺と千里はすばらしい絆で結ばれてるってのに、お前は俺の命をないがしろにしやがって」
「織部くん、私よりひどいわよ? ちゃんと理解できてる?」
朝日が心配そうな目で俺を気遣ってくる。千里が朝日よりひどいなんて、そんなばかな。こいつは常識人だ。朝日みたいな俺と同類のろくでなしよりひどいなんてそんなことがあるはずない。俺が今まで千里にやってきた所業を考えれば、千里が俺を殺したいなんて当然のことだからな。
あれ? 俺殺されるようなことはしてなくね?
「現実的なのは、朝日さんが夏野さんを誘って、偶然を装って僕らが合流するって形かな」
「でも日葵はあんたたちが付き合ってるって思ってるのよ? 逆効果じゃない?」
「日葵からは『俺と千里がデートしてる』ってなるわけか。地獄だな」
容易に想像できる。千里と一緒にいる俺が偶然を装って日葵と出会い、日葵に気を遣われて「ごめんね?」と言われている姿が。俺何回日葵に謝らせれば気が済むんだ?
「それなら氷室だけ私たちのところにきて合流したらいいんじゃない?」
「俺は千里のサポートがないと喋れる自信がない」
「そんな面白そうな現場、僕が行っちゃだめな理由がわからない」
「なんなのあんたら……」
千里の『面白そう』っていう言葉が気になるが、こいつは俺と一緒にいてくれたら絶対にサポートしてくれる。時々クソが垣間見えるが、こいつは友だち想いで本当にいいやつなんだ。あと女顔なんだ。
ただ、どう考えても街中でバッタリは『俺と千里がデートしている』現場にしか見えない。俺は千里と遊びたいし、千里も俺と遊びたい、むしろ俺で遊びたいと思っているはずだが、その現場を日葵に見られたら一発アウト。
なにこの問題、難しすぎる。すぐさま義務教育に取り入れるべきだ。俺が何も思いつかないのは、この問題を義務教育に取り入れなかった日本の教育が悪い。つまり俺はまったく、何一つ悪くない。
「……デートしてるって思われてもいいんじゃない?」
「まさか織部くん」
「おい千里。悪いが俺は日葵一筋で」
「僕が恭弥のこと好きになったみたいな反応やめてくれない? 誰がこんな肥溜めみたいに汚い性格のやつなんか」
「お前はもっと俺と親友だってことを自覚した方がいい」
親友に肥溜めって表現使うって聞いたことあるか? そりゃ俺自身も人に自慢できるような性格じゃないって思ってるが、肥溜めは言いすぎだろ。肥はいいが勝手に溜めるな。
本当に嫌そうな顔をした千里はなぜか俺を軽くビンタした後、指を立てて作戦を説明し始める。
「つまり、僕たちと朝日さんたちが一緒にいなきゃならない状況を作り出すんだ。例えば満員のファミレスで相席とか、相席じゃなくても近くの席なら会話したっておかしな話じゃない。最初は朝日さんから、もしくは僕から会話を始めて、一緒に遊ぶ流れにすればいいんだ」
「へー。織部くんって氷室と違って頭回るんだね」
「おい。朝日は俺と千里をわざわざ比べる理由を、千里は俺をビンタした理由を教えてもらおうか」
「「ムカつくから」」
「よし」
理由のない暴言や暴力は許せないが、理由があるならいい。その理由がちゃんとしていれば何も言うことはない。いやまて、ちゃんとしてたか? 俺はなんとなく許してしまっていないか? それは二人のためにならない。二人が間違ったことをしたら止めてやる、ちゃんと叱ってやる。それが友だちってもんじゃないのか?
でも朝日は可愛いし、千里は親友だし可愛いし、許してやろう。俺は寛大な心の持ち主である。
「それじゃ私は日葵を誘うから、詳細決まったら連絡するわね。織部くんに」
「うん、ありがとう。いつでも僕に送ってね」
「実はお前ら俺のこと嫌いだな?」
二人は返事をせず仲良く部室から出て行った。あーあ。泣いちゃうもんね。俺高校二年生にもなって、一人で泣いちゃうもんね。
私、朝日光莉には親友がいる。
夏野日葵。可愛い名前に可愛い容姿に可愛い性格。まさにこの世の可愛いの頂点に立つ、可愛い女の子で、恵まれた容姿にクソな性格にクソな性格にクソな性格のクソの頂点に立つ、クソみたいな男の幼馴染だ。
高校一年生の時からずっと一緒で、日葵と一番仲のいい友だちは私だという自負もある。
そんな世界一可愛い日葵と友だちである世界一恵まれている私は、とてつもなくめんどくさい状況に置かれていた。
「私、いつになったら恭弥と話せるのかなぁ」
──めんどくさい幼馴染同士をくっつけるキューピッド。どうやら私は神にそのめんどくさい役割に任命されてしまったようだ。
私たちの通う光生高校は屋上が開放されていて、私と日葵はいつも屋上で昼食をとる。なぜ屋上かといえば、中庭でクソと織部くんがいつも昼食を食べているからであり、それが見えるから日葵が屋上以外で昼食を食べたがらないのだ。
「だーかーら。日葵から話しかければ尻尾振って喜んでくれるわよ」
「でも恭弥、織部くんと付き合ってるもん!」
そして、勉強が少し苦手なこの子は、それ以外だと更にポンコツになり下がる。それがまた可愛くて可愛くてたまらないのだが、今回の場合においてはそのポンコツがはちゃめちゃにめんどくさい。
日葵は氷室……クソのことが好きだ。好きなのに、全然話しかけない。その理由も『おおきくなって恭弥がカッコよくなって緊張しちゃうから』なんていう「天使か?」と思ってしまうほど、いや天使だった。日葵は天使。となると私はキューピッドなんておこがましい。私は戦場を駆ける泥まみれの弓兵がお似合いだろう。
そしてクソも日葵のことが好き。両想いなのにお互い話しかけない。そしてクソは織部くんと付き合っているという噂が広まる始末。この前日葵に「確かめてきてくれない?」と言われて私が二人と話し、「付き合ってないみたいよ」と言っても「恭弥は隠したいに決まってるもんね……」とひとつも信用してくれなかった。でも可愛いから許す。
そんなこんなで私はクソと織部くんに協力し、日葵にも協力するというややこしめんどくさい状況に置かれている。なぜ人の青春の手助けをしなければならないのだろうか。私の青春はどこに行った。今春よ? 春。青い春と書いて青春で今は春真っ盛りなのに、私の青春はどこにも転がっていなかった。むしろ私が日葵とクソの青春を転がしている。
「だからそれも勘違いだって」
「でもいつも一緒にいるし、いつも一緒に帰ってるし、いつも一緒に遊んでるし」
「男友だちなら普通じゃない?」
「恭弥が織部くんの肩を掴んで『俺はお前とえっちがしたいんだよ!』って言ったのも、恭弥が織部くんを押し倒してたのも全部普通なの?」
「訂正。あいつらはおかしいけど、付き合ってないの」
「うぅ……こうなったら私も光莉と付き合ってるってことにして、恭弥の気を引こうかな」
「え、いいの?」
「え?」
めちゃくちゃ咳払いして誤魔化して、「なんでもないわ」とクールに決めておいた。危ない。あの二人と朝一緒にいるせいで、アホがうつってきてる。まさか私がここまで欲望に忠実になるとは思わなかった。ひどい疫病だ、あの二人。
「そんなバカなこと言わないの。それより、ゴールデンウィーク一緒に遊ばない? あのバカと仲良くなるための作戦会議もかねて、ぱーっと遊びましょ」
「うん、いいね! ……それより、光莉?」
「なに?」
「光莉って、恭弥のこと『バカ』っていうくらい仲がよくなったの?」
日葵は、私が朝二人と話していることを知っている。それは私が「情報収集してきてあげる」と言っているからで、日葵も快く「お願いね!」と言っていたはずだった。
それなのになぜだろうか、この殺気。私があのクソと仲良くなったとおぞましい勘違いを原動力に、世界一仲良しである私に殺気を向けてきている。
「まさか恭弥のこと好きとかじゃないよね?」
「誰があんなバカのことを! 織部くんならまだしも」
「またバカって言った! 光莉がバカって言うのは仲いい子に対してだけって知ってるよ!」
「待って! 私は日葵一筋だから! 落ち着いて!」
可愛らしく怒り始めた日葵から逃げ出して、その途中。
あれ、これあのクソと似たようなことしてない? と思ってしまった私は、絶望に打ちひしがれて床に倒れ、あのクソに『殺す』というメッセージを送った。次の日殺した。