【本編完結】ただ、幼馴染とえっちがしたい 作:とりがら016
「さて、千里のアホが死んだことだし、鍵探してさっさと脱出するか」
「あんたさっき織部くんが死んですごいキレてなかった?」
人は前を向ける生き物なんだ。
周りに注意しながらエントランスに向かう。その間もちょくちょく放送が入り、既に参加者は32人にまで数を減らしていた。早すぎない?
「こうなると、俺たち以外の参加者にも協力してもらうことも考えないとな」
「いやよ。どうせ死ぬならいい思いしてから死んでやるって襲われるに決まってるじゃない」
「あー。確かに、それだと日葵と岸が危ないな」
「私を除外した理由を教えてもらおうじゃない」
「魅力」
首を絞められた。まずい。このままじゃ化け物より先に朝日に殺されるかもしれない。いや、朝日は化け物みたいなもんだからどうせ一緒か。それなら知らない化け物より知ってる化け物に殺される方がいい。
そんなわけない。殺されるのはいやだ。
「や、光莉は氷室くんが背負ってるから安全ってことちゃうん? もしもの時は逃げれるやろ?」
「ふふん。情けないね光莉。平気そうな顔して、自分の足で歩けないほど怖いなんて」「日葵もぶるぶる震えながら春乃に手を握ってもらってるじゃない」
「む。こ、これは春乃が怖いって言ってたから!」
「うん、ありがとうな日葵」
「おい朝日。これ以上つっつくと岸のイケメンが発揮されるだけだからやめろ。俺がみじめになる」
「……わ、私を背負ってくれてるからあんたも十分イケメンよ」
朝日がフォローに回るくらいだから相当なんだろう。俺と岸の差ってやつは。
今、俺は朝日をおんぶして移動している。背中に当たる柔らかい感触がもうそれはほんとうにありがとうございますと言ったところだが、朝日との距離が近いということはそれすなわち死の距離と近いということを意味しており、背中に当たる感触を楽しむ余裕なんて全然ある。男の性欲は時に死の恐怖を凌駕する。
しっかし、まさかここまで怖がるとは思っていなかった。『歩けない……』なんて朝日の口から出るとは。こいついっつもこうだったら可愛いのに。日葵には負けるどころか比べるっていうステージにすら上がることができないけど。
クソ、なんで俺が日葵と手を繋げないんだ? それもこれも朝日が悪い。朝日が俺に腕を伸ばして「おんぶ」なんて言うから、いつもの朝日とのギャップがありすぎて可愛くておんぶしてしまった。「仕方ねぇな」って付き合う五秒前の男女みたいなやり取りしちまった。実際にはこの後ろの女は黄泉への片道切符をたたき売りしてくるとんでもない悪魔だが。
「お、そろそろエントランスっぽいな」
「よし氷室、止まりなさい。春乃、日葵を置いて一人で偵察しに行って」
「ようその状態で偉そうに指示できるなぁ。日葵、ちょっと待っててな?」
「うん。早く帰ってきてね?」
「大丈夫。心配することなんてなんもないよ」
心の中で号泣している俺の頭を、朝日がよしよしと撫でてくれる。お前が優しくしてくるんじゃねぇ。本気で情けないだろ。それを狙ってやってきてるんだろうけども。
岸が日葵と手を離し、一人でエントランスを見に行く。壁に張り付いてエントランスを覗き込み、鋭くカッコいい目つきでエントランスを一通り眺めてから、柔和な笑顔を浮かべて戻ってきた。
「オッケー。人影もなんもなし。足音も聞こえへんかったから、おるとしてもどっかに隠れてるとかやな」
「は? 隠れてそうな場所もその足で探してきなさいよ」
「おろすぞお前」
「ごめん……」
きゅ、と俺に回している腕に少し力が入る。
「なぁ日葵、岸。朝日が可愛いぞ」
「光莉は元々すっごく可愛いよ?」
「ほんまは誰よりも乙女やしなぁ。普段があれやから、ギャップってやつ?」
ずっとしおらしくしてたら死ぬほど男が寄ってくるだろうに。まぁずっとしおらしい朝日なんて朝日じゃないから、それをやってたら絶対止める。こいつは口からクソ吐いてるくらいがちょうどいいんだ。
それにしても本当に朝日がかわいい。今もエントランスに入るってなったら未知の領域が怖いのか、俺の背中に顔をくっつけて見ないようにしてるし。なぜか日葵と岸が「ふーん」って俺を見てるのが怖いし。そういや岸って俺のこと好きなんだっけ。そりゃ面白くねぇわ。
エントランスは待合室のように長椅子が並べられ、その何個かは真っ二つに折れたり、クッションが破けて中身が飛び出ていたり、赤黒い何かが付着していたりと不気味な雰囲気を醸し出している。床何て何かが這いずり回ったような跡があるし、それが見えるように廊下よりも照明を明るくしているところが腹立つ。
「館内地図どこやろ?」
「でっかいボードがあると思ったんだが、そうじゃないみたいだな」
背中で震える朝日をあやしながらエントランス内を探し回る。もしかしたらここに鍵があるかもしれないから、念入りに。
「……氷室と春乃はなんで怖くないの? 頭おかしいんじゃない?」
「怖くないわけちゃうけど、怖がってるだけやったら守るもんも守られへんやろ?」
「ちょっと待って。俺もカッコいい怖くない理由を考える」
「理由もなく怖くないんだね……。それもすごいけど」
岸め、先に答えてるんじゃねぇよ。どこまで俺を情けなくすれば気が済むんだ? もしかして俺の立場をゴミクズにするのが目的なのか? 残念だったな。俺に立場なんてものは存在しない。
「お」
「ん? なんか見つけたん?」
「地図っぽいの。てか地図だなこれ」
「わ、恭弥お手柄!」
「氷室。私が見つけたってことにしなさい」
「視界塞がっててどうやって見つけるんだよ」
受付の方で地図を見つけた、と言うと、日葵がてててーと可愛らしく駆け寄ってきた。岸を引っ張って駆け寄ってくるその可愛らしい姿に死にかけつつ、朝日を支えていて両手が使えないためなんとか片手で地図を開く。
「ご丁寧にゲートの場所まで書いてくれてるな」
「いち、にー、さん……うわ、8階もあるやん。全部探すの大変やでこれ」
「えー、運よくすぐ見つからないかな……」
「大丈夫よ日葵。私が守ってあげるから」
「背負われてるお前が何言っても説得力なんてねぇんだよ」
どういうつもりなんだこいつ。俺に背負われて守ってあげるって、現時点で一番守られてるのお前だからな?
でも「いざという時は囮にして」ということかもしれない。元々そうするつもりだったが、朝日が自分からそういうなら絶対にそうしてあげよう。俺は優しいやつである。
「まずは千里が、その、うーん。はちゃめちゃになったとこ行く?」
「少なくとも無事ではないだろうな。ちなみに千里のとこ行くのは反対だ」
「え、織部くん助けに行かないの?」
「確実にその周囲に化け物がいるからでしょ?」
「朝日の言う通り、千里は化け物に襲われた。ってことはその周囲に化け物がいる可能性が高い。だから、千里がいたとこってよりも千里が行きそうなとこに行った方がいい」
「そんなん言うても千里は地図ないんやで? 行きたいとこ行かれへんやん」
「何言ってんだ? 千里が地図を持ってたら行きそうな場所、地図を持ってなかったら行きそうな場所くらいわかるだろ」
なんせ俺たちは親友だからな。そう言って迷わず歩き出すと、後ろで日葵と岸が「ほんまに付き合ってないんやんな?」「うん、その、はず……」と会話を交わしている。え? 親友ならそれくらいわかるものなんじゃないの?
「朝日も日葵が同じ状況になってたら行きそうな場所わかるよな?」
「当たり前じゃない。まったく、親友の力を舐めすぎなのよ」
だよな。よかった。朝日が同意したってことはおかしいってことだ。自分がおかしいってことに気づけてよかった。
千里が行きそうな場所。千里の状況と性格を考える。千里はとんでもない化け物に襲われ、逃げ回っているはずだ。ただ、千里がたたいたずらに逃げ回るとは思えない。これからも逃げ回ることを考えれば、全力でずっと逃げることはせず、ある程度距離を離せばどこかに隠れるはずだ。それも、出口が一か所じゃないところに。
なんていうやつは千里検定一級に落ちます。確かに千里の行動パターンを考えればその可能性もなくはないが、俺くらい千里を理解していると別の回答を導き出せる。
「で、結局どこなん? 千里がおりそうな場所って」
「決まってるだろ」
千里は気が動転したらポンコツになる俺と朝日と違って、ある程度は冷静でいられる。そしてあいつは性格が悪い。これは善悪で見てってわけじゃなく、捻くれている。『まさかそんなところに』ってところに行く。なぜなら、これはリアルすぎるゲームみたいなもので、結局相手をしているのは人間だ。つまり、虚をつける相手なんだ。
「一切の逃げ道がない場所。それでいて入りにくい場所。すなわち!」
女子トイレ! あいつの性格、性欲を考えればそこしかない。
意気揚々と言い放った俺に、女の子三人からの冷たい視線が向けられた。お前のせいだぞ千里。