【本編完結】ただ、幼馴染とえっちがしたい   作:とりがら016

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第43話 ヒーロー参上!

「おかしない?」

「何が?」

 

 俺の予想をもとに千里のところへ向かっていると、周りを見渡していた岸がそっと呟いた。何がおかしいんだろうか。朝日の頭が?

 

「いや、もう10人近く参加者減ってるのに、私ら一回も化け物に会ってへんやん?」

「運がいいってことじゃないの?」

「ん-。もしかしたら、誰かがめっちゃ引き付けてるとかあるんちゃうかなーって」

「好都合じゃない。その間にさっさと鍵取って脱出しましょう」

「おい朝日。もしかして千里を置いていくわけじゃないよな?」

「もし、そうだって言ったら?」

 

 俺は朝日をそっと下ろして歩き始めた。岸も俺に続いて歩き始め、日葵は置いて行かれる朝日を気にしてちょこちょこ後ろを振り向いている。

 

「ごめんなさい! 謝るから置いて行かないで! 怖いの! ほんとに歩けないの!」

「自らのクソを反省したか?」

「した! だから連れてって! 連れてってくれたらおっぱいでもなんでも触らせてあげるから!」

「いいかお前ら。俺はおっぱいにつられたわけじゃない。朝日に反省の色が見えたから連れて行くんだ」

「ふぅん」

「へぇ」

 

 日葵と岸が冷たい視線を俺に浴びせかける。化け物より怖い。俺の背中で「あー、安心する……」と言いながらぎゅっと俺にしがみついている朝日が一番怖くないってどういう状況だこれ。あと朝日、お前無防備すぎるぞ。いくら朝日に対して何も反応しない俺だからといって、そんな体押し付けられたら反応するものも反応するぞ。男は狼だぞ。

 いやしかし、ここで変なことを考えてしまっては朝日の信頼を裏切ることになる。だから背中にあたる柔らかい感触を楽しんで目いっぱい変なことを考えよう。

 

 朝日の信頼? それって男の性欲よりも大事なことなんですか?

 

「千里のおったとこって、確か診察室がめっちゃあったとこやんな?」

「おう。その近くに女子トイレがあるから、多分そこに千里がいる」

「や、そうやなくて。なんか診察室って化け物おるイメージあるなぁって」

「うっ、やめてよ春乃。怖いこと考えないようにしてたのに」

「私が守ったるから安心し」

 

 いちゃいちゃしている日葵と岸に、俺は血涙を流した。俺の肩から顔を出して「氷室は私を守ってくれるのよね? 素敵よ」と言っているドチクショウを無視して、誰にもバレないようにしゃくりあげる。早く帰ってきてくれ千里。お前がいないと俺はものすごく悲しい。

 

『──っ!!』

 

 そんな俺の願いが通じたのか、遠くで千里の声が聞こえた。何を言っているのかはわからなかったが、俺が聞き間違えるはずがない。

 あの耳から脳を溶かすようなメスの声は、間違いなく千里だ。

 

「正面十字路通路の右側辺りから千里の声が聞こえた!」

「うわ、キショキショセンサー発動してるじゃない。キモ」

「尻撫でるぞクソアマ」

「いいわよ?」

「え?」

「ほら、遠慮しないで。ほらほら」

「え、あ、う……」

「実は純情な氷室くんたぶらかすのは後、いや後でもやったらあかんけど、今は千里や!」

「光莉。あとで話があるから」

「ひぇ」

 

 俺をいじめて楽しんでいた朝日が日葵と岸から怒られ、顔を真っ白にして俺の背中に顔を引っ込める。俺を盾にしてんじゃねぇよこのゴミ。俺の純情を弄びやがって。お前いつか本気で触るからな? 覚悟しとけよ。俺も返り討ちにあう覚悟しとくから。

 

 どこに化け物がいるかわからないので、慎重に進んでいく。もしかしたら角から突然出てくるかもしれない。そうなったらおしまいだ。朝日を背負っている俺と日葵と手をつないでる岸の機動力なんて知れたもの。きっとどちらかが……いや、日葵を助ける精神マックスの俺と朝日がやられてしまうだろう。朝日も今は怖がっているが、日葵が危なくなったら絶対に助ける。こいつの日葵に対しての想いだけは信頼できる。

 

『──や、恭弥ぁ!!』

「ち、千里が襲われてる!?」

「なんやて!? 確かに、アレは必死に彼氏の名前を叫ぶメスの鳴き声!」

「ちょっと! 早く動きなさい氷室! 織部くんのいやらしいシーンを見逃しちゃうでしょ!」

「もっと危機感持ってよみんな! ……あれ、待って」

「どしたん日葵?」

「なんか、すごい足音聞こえない?」

 

 日葵の言葉に、全員一斉に静かになって耳を澄ます。すると、聞こえてきた。今俺たちが向かおうとしていた、千里の声が聞こえてきた方向から、無数の足音が。

 

 直後。俺たちの前を千里が横切った。一瞬見えたその表情は必死で、確実に何かから逃げている。あの千里を見て足音の正体が何かわからないほど俺たちはバカじゃない。

 

 千里が俺たちに気づかず駆け抜けていった後、千里を追うようにして十数の化け物が俺たちの前を横切った。四肢を地面にはりつけて高速で動かす化け物、腕が不自然に膨張している化け物、内臓が見えるんじゃないかと思うほど深い傷を負っている、真っ黒な体色の化け物。バラエティーに富んだ化け物が千里を追って、俺たちの前から消えていった。

 

「……千里には犠牲になってもらおう」

「あれ、どうすりゃええんやろなぁ……」

 

 俺が決断し、岸が対処法に迷っている中、日葵と朝日は気絶しそうなほど震えていた。

 

 

 

 

 

 僕が、何をしたっていうんだ。

 

 シャッターが下りて腕がぼこぼこした化け物に襲われて、必死にその巨体を潜り抜けて女子トイレに逃げ隠れたら、まさかの個室すべてから化け物が登場。化け物を寄せるまいと必死に悲鳴を押し殺して逃げ出すと、逃げた先にも化け物。なんだこれ。ドタバタコメディ主人公かよ。

 

 何かさっき恭弥たちがいたような気がしたけど、もう戻れない。なぜなら僕の後ろにはもう何体かわからないくらいの化け物がいる。百鬼夜行だ。僕は化け物の長になれるかもしれない。ははは。化け物の力で日本を統一でもしようかな?

 

「面白くねぇよチクショウ! 助けて恭弥! 夏野さん! 朝日さん! 岸さん! もうメスでもなんでもいいから、僕がヒロインでいいから僕をヒーローみたいに助けて!!」

「ヒーロー参上!」

 

 え、と間抜けに呟く僕の横を誰かが走り抜け、その誰かが手に持っていたお札を通路の床に貼りつけた。

 すると、僕を追ってきていた化け物たちが一斉に足を止める。なんでだ。あのお札を嫌がってる?

 

「お札の効力は3分間! その間ここを化け物が通ることはできねぇらしい! 織部が化け物引き付けてくれてたおかげで、いーいアイテム見つけたぜ!」

 

 その誰かは振り向いて、人懐っこい笑みを浮かべた。

 

「さ、今からこの井原蓮のことをヒーローと呼んでくれ!」

「井原くん!!」

「ヒーローって呼んでくれないの!?」

 

 追われている僕のもとへ颯爽と駆けつけたのは恭弥でもなく夏野さんでもなく朝日さんでもなく岸さんでもなく。バカだけど底抜けに優しいみんなからの人気者、井原くんだった。

 

 井原くんはちら、と化け物を確認すると、僕の手を取って走り出す。正面には階段が見えるから、恐らく二階に上がるんだろう。

 

「え、井原くん?」

「わり。ほんとなら氷室のところに連れて行ってやりたいけど、どこにいるかわかんねぇ氷室を探すのはちっと非効率! だから」

 

 僕の手を引きながら井原くんは振り向いて、にかっと笑った。

 

「氷室を探す前にさっきみたいなアイテム見つけて、氷室の危ないところに駆けつけるヒーローになろうぜ!」

「……はい!」

 

 僕が本当のメスなら井原くんに惚れていたところだった。めちゃくちゃ危なかった。

 

 

 

 

 

「もし逃げ切ってるなら、千里は間違いなく二階に上がる」

 

 千里が走っていた方向には行かず、俺たちは迂回して二階への階段を目指していた。階段は二か所あり、東側と西側。千里が走っていった方向は西側で、今俺たちが向かっているのは東側。幸いと言うべきか、化け物のほとんどは千里を追っているだろうから、今東側は手薄のはず。

 

「なんで二階に?」

「化け物の体力がどうかは知らねぇけど、千里の体力は結構お化けだ。体の効率的な動かし方を知ってる。だから、差をつけるなら階段を使うのが一番なんだ」

 

 千里の体力がお化けということは俺の体力もお化けということになるが、それは置いておいて。

 千里は元々足が速い。それこそあんなむちゃくちゃな体した化け物なんてすぐに撒けるくらい足が速い。それでも撒けていないってことは、化け物が全力疾走しているからだろう。全力疾走していない千里と全力疾走の化け物。差をつけるなら、その体力をすぐに消耗させるのが一番だ。

 

「で、千里の反対側の階段から行く理由は安全だから。正直もう千里と会える気はしてない」

「はっきり言うなぁ」

「めっちゃくちゃ広いんだよこの病院。お互いの位置がわかってるならまだしも、お互いの位置もわからず闇雲に探すと化け物の餌食だ」

「大声出すのは?」

「それこそ化け物の餌食だろ。絶対逃げ切れる策があるなら別だけど」

「ところで二人がまだ現世に帰ってきてないんやけど」

「よっぽど怖かったんだろ。そっとしとこう」

 

 俺の背中に朝日、岸の背中に日葵。千里を追っていた化け物を見た後日葵の腰が抜け、日葵も岸におんぶされている。朝日は言わずもがなで、二人とも恐怖によって言葉を失い、ただ背負われるだけの人形と化してしまった。

 

「でも、ろくに一階探索せんと二階に上がるってことは、千里と合流すんのを諦めてないってことやろ?」

「……ンアー、うん、まぁ。親友だし」

「かわええなぁ」

「いや、だってさ。いくらクズって言われても、あんな目に遭ってる親友ほっとくほどクズじゃねぇよ。絶対諦めた方がいいってわかってても、そんなお利口さんな回答で見捨てるなんて親友じゃねぇ」

「うわ、カッコええ。もしかして化け物?」

「化け物とのすり替わりを心配するほど変なこと言ったか?」

 

 失礼なやつめ。俺は取り返しのつく状況ならいくらでも見捨てるが、取り返しのつかない状況なら絶対に見捨てない。俺のこれからの人生に千里がいないなんて考えられないからな。ちなみにこれは親友としてであって、特別な感情があるわけじゃない。

 

「ほんじゃ、二階で千里見つけよか!」

「俺なんだかんだ言って最上階まで見つかんない気してるんだよ」

「私も」

 

 ははは、とやけくそになって笑いながら、俺と岸は二階への階段を上っていった。


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