【本編完結】ただ、幼馴染とえっちがしたい 作:とりがら016
「地図じゃ二階は外来部門と人工透析って書いてたけど……」
「なるほどなぁ。こら厳しいわ」
フロア的には、診察の順番を待つためにクッションが敷かれた長椅子が並べられ、診察受付、そして複数の診察室があるといったなんの変哲もない作り。エントランス同様クッションが破けて綿がはみ出ていたり真っ二つに折れていたりするが、構造的におかしなところはどこにもない。
ただおかしなところがあるとすれば、その長椅子に人の形をした何かが俯きながら座っているというところだろうか。
数は5。男性が3人に女性が2人。その全員の血色は悪く、肌の色は黒に近い灰色。明らかに参加者じゃない。千里を追っていたやつらよりはマシだろうが、どう見ても化け物。
「俯いてるってことは、視界では判断しないってことか?」
「大きい音は出さん方がええかもな」
「ったく、朝日が心ここにあらずでよかったぜ。起きてたら絶対叫んでた」
「えっ!? なによあの化け物!! 絶対バレたら追いかけられるじゃない!! 退散よ、退散!!」
「ほらな?」
「最悪のタイミングで起きたな。うちの日葵は起きてもびくびく震えるだけの可愛い子やっていうのに」
ほんとに交換してくれ。マジで。しおらしくなって可愛くなったと思ったらこれだよ。乳がでかい化け物寄せマシーンになっちゃったよ。
朝日が大声を出したことで、案の定化け物たちが俺たちの方を一斉に見る。首だけを素早くぐるんと動かす不気味な動きで睨まれた瞬間、朝日が大声を出しそうになるのを必死に手で口を抑えて阻止する。うわ、唇やわらかっ。
「もむもむ」
「あ、だめ。俺の手を唇でもむもむしないで……」
「キモいで。ほんでどうする? まだ動いてきてないけど、一歩踏み出した瞬間襲われる気するんやけど」
「しばらく待とう。また俯いたら、今度はゆっくり静かに動いて、診察室に入るんだ」
「診察室に化け物がおったら?」
「即逃げる」
結局それしかない。『この中に化け物がいるかもしれない』『この先に化け物がいるかもしれない』なんて考えていたら、どこにも行けない。だったら『いたらすぐ逃げる』っていう心構えをしてどんどん進んでいった方が全然いい。
「朝日。怖いなら目ぇ閉じて背中に顔くっつけとけ」
「うん。ありがと」
「おい、どうなってんだ? 朝日が可愛いぞ」
「光莉。もうそろそろ自分の足で歩いたほうがいいと思うよ?」
「氷室の背中、楽だし居心地いいからいや」
「私の背中のが居心地ええで?」
「そしたら氷室が日葵を背負うことになるじゃない。こんな獣に日葵を背負わせるなんて考えられないわ」
「そんな獣に背負われてるのが自分だってわかってんのか?」
「化け物に襲われるくらいなら、氷室に犯された方がマシだもの」
お前そういうこと言うなよ。ほんとそういうこと言うなよ。おっぱい触らせてあげるとかいくらでも見ていいとかさぁ。男を誘惑するようなこと言うんじゃねぇよ。お前見た目めちゃくちゃいいんだから、男は誰だって反応しちまうだろうが。犯すぞコラ。
「氷室くん……」
「恭弥……」
「待って。今の俺悪く無くね? 朝日が勝手に言っただけじゃん。それに俺が朝日を襲おうとしても返り討ちにされるだけだし」
「あら、あらあらあら。襲おうとする気持ちはあるってわけ?」
「調子乗ってんじゃねぇぞゴミ。あそこでバカみてぇに項垂れてる患者の一員にしてやろうか?」
「絞め殺すわよ」
「ふっ、俺は気づいたんだ。俺を殺すってことはつまり、お前を運んでくれるやつがいなくなるってこと! つまり俺はお前に対して強気に出ることができる! はーっはっはっはっは!!」
ダン! と統率のとれた足音が5つ聞こえた。歩く音というよりは、力強く立ち上がる音。立ち上がる音。それが5つ。そしてこれが聞こえる前に、俺は大きな声で笑っていた。
項垂れていた化け物の方を見る。全員が立ち上がって、暗闇で光る目を俺たちに向けていた。「ひっ」と小さく悲鳴を漏らした朝日が俺の背中に顔をひっつけて、日葵は可愛らしくぎゅっと目を閉じて岸の背中に顔をひっつける。
もはや日葵と朝日の保護者と化した俺と岸は顔を見合わせ、「あはは」と笑いあった。
「……氷室くんのあほ!」
「ごめんなさい!」
5体の化け物が走り出すと同時に、俺たちも走り出す。
向かう先は三階。千里は上へ上へと上がっていくはずだから、下に戻っても仕方ない。二階はもう無理だ。千里がいるなら全部千里に任せよう。頼むぞ千里。死んでくれるなよ。
「岸すごっ! 人一人背負っててそのスピードかよ!」
「氷室くんに言われたないわ! それよりどうすんねんこれから!」
「三階近くの部屋に逃げ込む! 見たところ部屋には鍵がついてるから、中から鍵閉めりゃ逃げきれんだろ!」
猛スピードで階段を駆け上がり、踊り場を出てすぐの部屋を開けて中に入る。全員が入ったのを確認してから扉を閉めて、きちんと鍵を閉めた。しばらくしてから扉がバンバン! と勢いよく叩かれ、日葵と朝日がぶるぶる震えている。かわいい。
開かないとわかると、化け物どもは扉を叩くのをやめて去っていった。足音的にまた二階へ戻っていったんだろう。っていうか二階専用の化け物とかじゃないんだな。普通に三階まで追ってきやがった。……ってことは千里はあの化け物の軍勢をずっと引き連れてきてるってこと? 死んだな。
「ふぅ。作戦通りだ。俺が天才すぎて痺れる」
「……氷室くん氷室くん」
「どうした?」
扉の方を向きながらうんうん頷いている俺の肩を叩く岸。振り向くと、岸が部屋の中を指しているのでその先を見た。
「三階って何があったっけ?」
「……救命救急センターと、手術室」
ここは、手術室なんだろう。手術台らしきものがあり、その手術台は何かはわからないが赤い何かがぶちまけられている。なんだろうなあれ。あはは。
その他には知識のない俺には何かわからない物々しい機械に、手術で使うであろう器具類。そして、壁にかけられた巨大なモニター。
「……残り患者?」
「21名。おまけに階層ごとの人数も書いてるな」
巨大なモニターには、一番上に『残り患者21名』と黒いバックに明るい緑の文字で表示されており、同じ配色で簡易地図とともに、階層ごとの人数も記載されている。
俺たちがいる三階は4名。つまり俺たちだけ。二階は2名。四階に7名、五階、六階に3名、七階に2名。……1名がないってことは、千里は他の誰かと行動してるってことか? いやらしいことされてないよな?
「詳しい位置わからへんのはあれやけど、休憩エリアっぽいなここ」
「鍵もついてるし、化け物からのヘイト分散させようと思ったら人が多いところ行った方がいいしな」
「ナチュラルに他の人を囮にしようとしてるわね。この人でなし」
「お前は守ってやるって言ってんだよ」
「え、ドキーン」
「光莉、余裕そうだね。恭弥の背中から降りようか」
「助けて恭弥くん。日葵がいじめるの……」
「うわ、名前呼びの違和感すごくてキショ」
首に爪を立てられた。危ないぞおい。ここで大怪我させて俺を手術台に乗せる気か? あとくっついてくるのはやめてくれ。柔らかくて誘惑に負けてしまう。もう暴力だろこれ。
しかし、朝日が恭弥くん、か。うん。日葵がいなきゃ好きになるところだった。こいつ見た目いいし性格はクズ。やっぱ好きになることなんてねぇわ。ただでけぇ肉ついてるだけのクズじゃねぇか。
よし。ただのでけぇ肉なら押し当てられてても問題ないよな?
「確かこの上はナースステーションと病室だけやんな? 三階バーッて見ていく?」
「そうだな。なんか探索必要そうなところ……あれ、確か三階って院長室みたいなのなかったっけ?」
救命救急センターと手術室と同じ階に院長室って趣味悪いし、絶対何かあるじゃんって思ったことを覚えている。片手だけで地図を開くと、確かに三階には院長室が存在した。
「見るならここだろうな。俺たちをあのモニターで『患者』って表現してる以上、何かあっても不思議じゃねぇ」
「うん。私もそう思う、けど……二人とも、疲れてへん?」
「背負ってもらってるのに疲れてるなんて言えないよ。二人は?」
「私は疲れたわ!!」
「私は大丈夫!」
「俺も大丈夫。朝日は疲れてるらしいからここに置いていく」
「うそうそ! ねぇ氷室、あんたってカッコいいわね。どう? キスしない?」
「は? ウンコ飲めっつったらテメェ飲めんのかよ」
「私とウンコを同列にしたあんたを私は許しはしない」
朝日が俺の背中から離れて、一瞬で俺を抱え上げて手術台に放り投げる。そのまま俺にまたがって両手で拳を握り、にっこり微笑んだ。
「これより殺しを始めます」
「うそ」
俺の顔面目掛けて拳が振り下ろされる。それを超人的な反射神経によって避け、手術台が軋む音に冷や汗を流しながら朝日に待ったをかける。
「おい朝日! 俺がいなくなったらお前は終わりだぞ!」
「あんたは殺してもしなないようなやつだから大丈夫よ。死になさい」
「待って!」
俺の顔面目掛けて拳が振り下ろされ続ける。なんとか避けられる速度だからよけ続けることができるが、なんでこいつ俺の顔面だけ執拗に狙ってくるんだ。俺のビューティフェイスに嫉妬したか? ふっ。カッコいいってのは罪だぜ。あともうそろそろほんとやめてほしい。さっきまでにっこり笑ってたのに今無表情だし。本気で殺す気じゃん。
「はーい。もうやめよな光莉。特殊なセックスしてるようにしか見えへんから」
「特殊なセックスは日葵としかしないわ」
「絶対しないよ」
「え!? しないの!!!?????」
床に手をついて落ち込む朝日。お前男の子が好きって言ってたろ。なんで日葵とセックスしたがってんだよ。しかも特殊なやつ。マジで油断ならねぇ。
少し乱れた呼吸を整えながら落ち込む朝日を見下ろしていると、ふわりと俺のいる手術台の隣に日葵が立った。もしや俺はもう死んでいて天使が迎えに来てくれたのかと思ってしまうくらいの天使ぶりに目を奪われていると、その天使は俺の耳にそっと囁く。
「光莉が疲れたって言って恭弥の背中から離れたのはね、そうしないと恭弥が休まないからだと思うよ」
「……マジ?」
「ふふ。自分勝手に見えて、ほんとはみんなのこと気にしてるんだよ?」
言って、日葵は柔らかく女神の笑みを俺に向けた。俺は溶けた。