【本編完結】ただ、幼馴染とえっちがしたい   作:とりがら016

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第54話 離れ

「さてさてさて! 次は薫ちゃん、だね!」

 

 色んな恥ずかしさを誤魔化す様に大声を出し、薫を盾にする日葵。あんな素敵なプレゼントくれたんだから恥ずかしがらなくてもいいのに。まったく、可愛いやつめ。え、まって、可愛すぎない? 軽々しく『可愛いやつめ』って言えないくらい可愛くない? しかも可愛いのが可愛いのを盾にしている。可愛いが掛け合わさって可愛いの二乗。

 

「んぇ、えー……別にもう、よくない? ほら、日葵ねーさんのプレゼントでクライマックスって感じしたし」

「光莉はどうかわからないけど、恭弥は薫ちゃんからのプレゼントの方が嬉しいに決まってるよ!」

 

 悩みどころね。他の誰かと薫を比べるなら間違いなく薫だと即答するが、日葵と薫を比べると……は? 究極の選択か? 俺がどちらかを選んだその時、どちらかが悲しむって考えたら自惚れすぎだ死ね俺。まだ日葵がそうだと決まったわけじゃない。

 

「……兄貴って、私のこと好きじゃん」

「おう。好きだし愛してるし一生大事にするぞ」

「キモ」

 

 俺の愛が二文字で片付けられてしまった。キモってお前。こうも愛情表現はっきりしてる兄貴なんて、日本のどこを探しても俺くらいしかいないぞ? もっと有難がってくれ。

 

「プレゼント何がいいかなーって考えたんだけど……兄貴、過保護だし、私に男の子の影があるとめちゃくちゃキレるし」

「そりゃそうだろ。どこの誰とも知らん男に薫はやれないからな」

「僕相手でもキレるクセに……」

 

 だってお前男だけどメスじゃん。どこの誰とも知ってるけどメスだし。千里が男の中の男だったら俺も黙っていたが、メスなら黙っちゃいない。将来千里と薫が結婚して子どもが生まれた時に、その子どもが友だちに「お前んち、なんで母ちゃん二人いるの?」って言われかねない。それは面白い。

 

「だからね、兄貴には安心してもらいたくて。正直、私も兄貴離れしなきゃと思ってたし」

「千里。兄貴離れっていう言葉の意味を教えてくれ」

「君から薫ちゃんが離れる」

 

 そんなことがあっていいのか? 俺から薫が離れる? もしかして、高校生になったら家を出て寮で暮らすとかか? ふざけんな。それじゃあ俺の知らないところで薫が俺の知らない男と話して、薫が危ない目に遭うかもしれねぇじゃねぇか。そんなことがあっていいはずがない。

 

「俺を捨てるのか……?」

「最後まで聞いて。で、志望校決めたんだ。ちゃんと考えて、ちゃんと決めた。聞いてくれる?」

「朝日。俺の鼓膜をぶちやぶってくれ」

「任せなさい」

「光莉ー。おいでー」

「わんわん!」

「今躊躇なく氷室くんの鼓膜破ろうとしとったよな……」

 

 手のひらで俺の耳を思い切り叩こうとした朝日は、日葵に呼ばれて攻撃を中断する。びっくりした。まさか本当に鼓膜破られそうになるとは思わなかった。普通躊躇しない? 躊躇するっていうかそもそも破ろうとしなくない? なんであいつやる気満々で俺の鼓膜破ろうとしてんだよ。さては俺が日葵から祭りに誘われたことをまだ根に持ってるな?

 

「私ね」

「千里。ハンカチ貸してくれ」

「もう拭いてるよ」

 

 涙が出た時のためにハンカチを借りようとしたが、どうやら俺はもう泣いていたらしい。なんかやけに千里が俺に近づいてハンカチを俺の目元に当ててくるなーって思ったらそういうことだったのか。なんで気づかなかったんだ俺?

 

 そうやってふざけて話を逸らそうとしたが、薫は俺をまっすぐ見て目を逸らそうともしない。……妹の成長を見るのも、立派なプレゼントかと覚悟して、「あ、私のハンカチ返しなもごもご」と空気を読まずに口をはさんできた朝日が日葵に口を塞がれて視界の端に消えていくのを見送ってから、薫の言葉を待つ。

 

 緊張した、薫の重い口からゆっくりとそれが告げられる。

 

「──兄貴と、同じ高校に行こうかなって」

「んだよ俺から離れるとか言っといて俺のこと大好きじゃんいやーそうだよな薫って俺のこと大好きだし俺も薫のこと大好きだし俺から離れるわけがないっていうかにくいな薫これもサプライズだったのか騙されたぜ俺寂しくて泣いちゃったじゃんでも可愛い妹のやることだから何でも許」

「そこまでだ恭弥。流石に気持ち悪すぎる」

 

 薫への想いを吐き出すだけの機械になっていた俺のスイッチを千里が切った。あんな普通に考えれば気持ち悪いと思われるであろう言葉をつらつら並べても、ここにいる人間全員が引いた様子を見せず、俺から一歩距離をとった。普通に引かれてんじゃねぇか。

 

 ただ、薫だけは呆れたように笑い、言葉を続ける。

 

「でもね、同じ高校に行くのは別に兄貴と一緒のところがいいからとかじゃなくて、ちゃんと見てほしいの。妹じゃない私を、兄貴がいなくてもちゃんとできるんだっていう私を」

「え、やだ。そんなの俺が認めたら薫が俺から離れていくじゃん」

「そのために同じ高校に行くって言ってるんじゃん」

「だってそれはつまり薫が俺から離れていくってことだろ?」

「うん。だからちゃんと見てて」

「でもそれ俺が認めたら薫が俺から離れていくじゃん」

「そのために同じ高校に行くって、何回も同じこと言わせないで!」

「同じこと何回も言う薫も可愛くね?」

「うん、可愛い」

「俺の妹に色目使いやがったな」

「理不尽だ!」

 

 千里を屍にしてから、薫に向き直る。あーあ、千里に可愛いって言われて照れちゃって。お前もしかして千里と一緒にいたいからくるんじゃないだろうな? 俺から離れるためってのはカモフラージュじゃないよな? もしそうだったら泣くぞ俺。すでに兄貴離れしてるじゃん。悲しいじゃん。

 

「いや、思ったんだけどさ。兄貴離れしなくてもよくね? 仲良しこよしでよくね?」

「だってこのままじゃ私彼氏もできないじゃん」

「一生作らないでほしい」

「いや。だって子ども欲しいもん」

「薫ちゃんに、子ども……」

「日葵! 大丈夫!?」

 

 今までなんとか耐えていた日葵が膝から崩れ落ちた。薫が俺から離れていくってことは、日葵からも離れていくってこと……にはならないけど、薫の口から「彼氏がほしい」「子ども欲しい」と聞いてショックを受けたんだろう。日葵も俺と同じくらい薫が大事だし、ずっと子どもだと思ってたからな。

 

 それが、嫌なんだろう。もしかしたら今まで俺が薫から遠ざけていた男の子の中に好きな男の子がいたのかもしれない。それだったらめちゃくちゃ悪役じゃん俺。でも妹のために悪になるってカッコよくね? 悪い? そう。

 

「それに、兄貴も妹離れしないとね。兄貴にもし彼女ができて、兄貴が彼女より私を優先しちゃったら即破局するかもしんないし。ね? 日葵ねーさん」

「うぇえ!? わた、私!? ど、どーだろ。私は薫ちゃんのこと知ってるし、薫ちゃんのことも大好きだから、そんなことにはならないと思うけど……」

「あれ、今薫ちゃんそういう話してたのか? てっきり夏野さんに客観的な意見を求めたと思ったんだけど」

 

 ところで客観的ってなんだ? と首を傾げているバカは本当にバカだ。お前誰もがつつこうとしなかったところを無遠慮につつきやがって。

 薫は、俺にもし彼女ができてっていう言い方しかしてない。でも日葵はもし自分が俺の彼女だったらっていう仮定で喋ってしまった。井原が触れなきゃさらっと流すことができたのに、井原のせいで日葵が顔を真っ赤にして、朝日が違う感情から顔を真っ赤にして俺を睨みつけている。死んだか、俺。

 

「ふふ。日葵ねーさんなら心配なさそーだけど、他の人がどうかはわかんないし。お互いの将来のために離れた方がいいかなって」

 

 いやまて。それなら俺と日葵が付き合えば薫は俺から離れる必要がないってことだ。……それを今ここで言う度胸はまったくないが、つまりそういうこと。俺は将来的にそうなりたいって思ってるし、だから薫は俺から離れる必要が……。

 あぁでも、薫も彼氏欲しいんだもんな。薫が、俺から離れて貰わないと困るんだ。

 

「それにね。兄貴が今まで過保護だったおかげで、私にもちゃんと好きな人できたし。私、兄貴に安心してもらえる自信あるよ」

「日葵、武器を持て」

「わかってる。行くんだね?」

「仕方ないわね。私も付き合うわ」

「なんでみんな殺意に溢れた目で僕を見てるの? ……岸さん助けて!」

「無理やなぁ」

「見捨てるにしては早すぎるでしょ」

 

 薫を奪われたくない俺と日葵、個人的に千里を殺したい朝日、そんな激ヤバ集団に勝てないと判断した岸、今から殺される千里。薫の好きな人が千里だって決まったわけじゃないが、十中八九そうだろう。そうじゃなきゃどっちみち許さない。千里ならまだ許せるかな? ってラインなのに。もちろん井原だったら即殺す。

 

「ふふ。それとね、みんなみたいに立派な誕生日プレゼントにはならないかもしれないけど、ケーキも作ったんだ。多分兄貴好みの味になってるから、朝日さんには申し訳ないけど」

「は? 妹系美少女の手作りケーキ? 氷室。私あんたの友だちでよかったわ」

「妙な友情の感じ方してんじゃねぇよ」

「ねぇねぇ薫ちゃん。一瞬だけ氷室と付き合うから、今後ずっと私のこと光莉ねーさんって呼んでくれない?」

「光莉?」

「冗談はあかんなぁ」

「氷室。私の棺桶に薫ちゃんのケーキ入れておいて」

「全部食うけど……」

「私は一生あんたを許さない」

 

 自滅しただけなのに逆恨みされてしまった。おとなしくしときゃいいのに、俺と同じで余計なこと言って窮地に陥るアホだ。それは千里にも当てはまるから、クズはもはやそういう運命なのかもしれない。

 

 正座して覚悟を決めた朝日から視線を外し、「そういえば」と薫を見る。

 

「朝日へのプレゼントはケーキ以外に用意してんの?」

「うん。これ」

 

 言って、薫は何の変哲もないUSBメモリを取り出す。USBって、卒業記念みたいだな。まぁあんまり会ったこともないし、趣味もあんまりわからないから無難と言えば無難か。流石俺の妹。

 

「小さい頃の日葵ねーさんの写真が入ってます」

「流石氷室の妹!! ありがとー!!」

 

 流石俺の妹。


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