「なーなー氷室くん。これ、どういう状況?」
「どういう状況って」
体操服姿の二人。扉が閉まっている、明かりのついていない体育倉庫。びくともしない扉。
「……エロ漫画?」
「思っても言うなや」
よくあると思ったんだもんと拗ねる俺は岸に頭を叩かれた。
経緯を説明しよう。
男女合同、体育館で体育を行い、バスケを男女混合でチームを組んでやっていた。ただ俺と岸の運動能力が桁違いだったため大顰蹙を買い、片付けを押し付けられた。今更そんなことで怒らない俺は激昂しつつ岸とゼッケン、バスケットボールなどを片付け、体育倉庫の隅の方でボールを片付けていたら突如扉が閉まり、まぁ誰かのいたずらだろと気にすることなく片付けを終え、扉を開けようとしたらまったく開かない。
これは誰かがエロ漫画みたいな展開にしようとしてるとしか思えない。
「うーん、今が夏ってのが最悪だな。汗で服が透けちまうかもしれねぇ」
「……光莉が相手やったら絶対凝視するやろうに、ちゃんと目ぇ逸らしてくれるんやな」
「いや、そりゃあ」
胸の起伏ないし。と言いかけて、そういうことじゃないと首を振る。
「岸相手にそんな不誠実な対応できないだろ」
「……ふーん。なんで?」
面白いものを見つけた、と言葉に感情を乗せて岸がじりじり迫ってくる。クソ、朝日なら恥ずかしがって沈黙してくれるのに! 今思えばあいつ一番扱いやすいぞ。ちょろくて心配だ。は? ちょろくて乙女でおっぱい大きい女の子? あいつステータス高すぎだろ。
「なんでって」
「私が、氷室くんのこと好きやから?」
「ぇい!?」
え、今ここで言うの? もっとほら、ムードとか……もしかして今ここで俺のモノを貰おうとしてる!? やばい、俺の初めてが奪われる! 俺の初めては日葵のために守り抜こうって決めてたのに! クソ、それでも収まらない。落ち着け俺の男の部分。お前は日葵相手にしか反応しないはずだ。
そんなことないわ。朝日にも岸にも千里にも反応してたわ。
「ハハハ! や、今のは告白とかちゃうよ。事実確認? みたいな」
「あ、そうなの。びっくりした。生でいいのかなって思っちゃったぜ」
「飛躍しすぎやろ脳内ドピンクお花畑が。ムードってもん考えろドサンピン」
「お前ほんとに俺のこと好きなの?」
ドサンピンって言われたの初めてなんだけど。ひどい罵倒じゃね? 俺のこと好きなら出てこない罵倒じゃね? つまり岸が俺のこと好きっていうのは嘘? 俺をからかってる? ひどい。俺の純情を弄びやがったな。
「まぁ別に私はええけどなって何服脱いでんねん」
「え? 脱いでねぇけど」
「無意識で性行為の準備しとんちゃうぞ」
自分の体を触ってみると地肌の感触。右手には体操服と肌着。「いや、暑かったしな?」と言いわけしながらそそくさと脱いだものをまた着て、深呼吸して気持ちを落ち着かせる。
落ち着け、俺。二人きり、暗がり、暑さ。その相乗効果でやられるな。俺には日葵がいる。俺には日葵がいる。俺には千里もいる。何言ってんだ俺千里はいらない。やっぱりいる。
「氷室くん、別に脱いでてもええで? 暑いやろし」
「いや、俺の肉体なんて美しすぎるだろ?」
「いや別に、え? 『見てて気持ちいもんじゃないだろ?』に対する答え準備しとったんやけど」
「客観的に見ていい体してるからな、俺」
「普通は謙遜するねんで」
「俺が普通に見えるか?」
「ごめん」
「よし」
まぁ流石に女の子の前で裸になるような最低な真似はしないけどな。さっき最低な真似したような気もするけど気のせいだろう。もししていたとしてもそれは俺じゃない俺で今の俺は俺である俺だ。
は?
「でもそんなに離れんでもええんちゃう?」
「声の距離的に真後ろに岸がいる気がするんだけど、気のせい?」
「真後ろにおるで」
「メリーさんかお前。離れろ」
「えー、せっかく二人きりやのに」
岸の手が俺の手をそっと取り、俺の耳に顔を近づけた。
「な、あかん?」
弾かれたように動き出し、俺は中央にある積み重ねられたマットの上にダイブ。体勢を整えてから正座し、上半身を纏う衣服を脱ぎさった。
「──致そう」
「なんや紆余曲折を経て、武士みたいに覚悟決めとる……」
よいしょ、と俺の前に軽く腰かけた岸を見て、はっと我に返る。危ない。気が動転して武士の一面が出た。久しぶりに出たな、武士の一面。これが生まれて初めてだ。久しぶりじゃねぇじゃねぇか。
マットに腰かけて足をぷらぷらさせながら、岸は俺を見る。汗をかいているからか、ぴたりと顔に貼り付いた髪を色っぽくかきあげて、ふわりと笑った。
「なんもせんから大丈夫やで。ちゃんとした告白は、もっとちゃんとするし」
「な、何もしないのか……」
「ちょっと残念がってるやん」
「そんなことないし! あ、ごめん。女の子に失礼なこと言った。本当はそんなことなくもない」
「……そか」
短く言って、岸は前を向く。耳が少し赤くなっている岸にこっちも恥ずかしくなり、岸から目を逸らそうとした時、自然と岸の体に目が行く。
気を遣って見ていなかったが当然と言えば当然、肌着を身に着けているから大丈夫かと思いきやちょっと透けて黒いの見えてるじゃねぇかごめんなさい。
「え、どうしたん?」
「びびぶぶば」
いやらしい光景から目を逸らすために慌ててマットに顔を押し付け、不思議そうな岸に「気にするな」と返す。これは岸が自分で気づいて隠してもらうしかない。男の俺から指摘したら恥ずかしいだろうから、それがベストだろう。ていうか黒ってあなた、セクシーオブセクシーじゃありませんか?
そういえば俺、朝日の下の下着も見たことあったんだっけ。朝日は下で岸は上。どうせなら逆の方が……一体俺は何を考えてるんだ? 普段ならこんなこと考えないはずなのに。それは嘘。多分考える。
「クソ、うっかりいやらしい雰囲気になりそうだぜ……」
「気ぃ遣わんでくれるんは嬉しいけど、女の子と二人きりであんまそういうこと言わん方がええで」
「誰のせいだと思ってんの?」
「そーいうこと考えてまう自分のせいちゃう?」
「ひぎぃ」
返す言葉もございません。俺は今岸に敗北した。そうだよ、こういうのって大体男が悪いんだから。男が猿なのが悪いんだ。男が我慢したらどうにかなる話なのに、誘惑してきたからとかわけのわからないこと言って自分を正当化しようとするクズなんだ、男ってのは。
でもでも岸さん。下着透けさせるのはえっちすぎるでしょ。俺じゃなきゃいきり立って襲いかかってたぞ。多分千里と井原はしないだろうけど。
「あー、岸。今更だけどスマホとかないよな?」
「持ってきてへーん。まぁせやけど、そのうち助けにきてくれるやろ」
「今六時間目で、あとはホームルームだけ。俺たちがいないってなったらあいつらが捜しに来てくれるからな」
「多分日葵だけちゃうかな。きてくれんの」
「あのクズ二人は面白そうだから放置しそう」
「ちなみに氷室くんが外におる状況で、千里と光莉が閉じ込められとったら?」
「笑う」
「だけ?」
「だけ」
じゃあ日葵しかけえへんやろな。と断定した岸に首を傾げて、少ししてから俺のクズとしての意見を聞いたんだということに気づく。嘘だろ。クズとしての俺を信頼したってこと? つまり俺がクズだって思ってるってこと? 大正解。岸は賢い。100点。
「あ、せや。誰がきてくれるか勝負せえへん? 私が勝ったら次の土日のどっちかでデートってことで」
「日葵だけだろ」
「勝負にならへんやん」
「じゃあ多分あの三人がきてくれるだろ。クズ二人は放置したいだろうけど、日葵に嫌われたくない朝日とじゃあついていこうっていう千里で」
「言われたみたらそうやな……ほな私は大穴で光莉だけ!」
「一番ないだろ。あの乳がでかいだけのクズが俺たちを助けに? ははは」
『聞こえてるわよ』
「岸、助けてくれ」
「助けを求める相手一瞬で変わってもうたな」
だってほんとに朝日がくるとは思わないだろ! ってかなんでこいついっつも俺が悪口言ったタイミングでくるんだよ! 俺を制裁するために生まれてきたんじゃねぇの? そんなに俺と一緒にいたいの? 可愛いやつめ。ほんとは俺のことが好きなんだろ。ちなみにこれを言うと確実に息の根を止められるので調子に乗らないでおこう。
っていうか俺さらりと俺に得のない勝負させられてなかった? 気のせい?
「光莉ー。ちなみに一人?」
『一人だけど、なんで?』
「うそだろ」
「よっしゃ、私の勝ち」
は? 朝日が一人? なんで? お前だけがきたせいで俺負けちゃったんだけど。何きてんだよ。くるにしても日葵と千里連れて来いよ役立たずが。そんなんだから胸ばっかでかくなって身長伸びねぇんだよ。
『なんでもいいけど開けるわよ』
「あ、ちょっと待って。私上透けてるから、上着みたいなんあったらほしいな」
『持ってきてるわよ。私は世界一気が利く女なんだから』
「流石光莉!」
おいちょっと待て。岸、今上透けてるからって言わなかったか? 気づいてたのかテメェ。気づいてて俺の前で無防備晒してやがったのか。こっち見て片目閉じて舌ぺろって出してんじゃねぇよ可愛いなお前許す。
ガチャガチャと鍵を動かす音が聞こえ、扉が開く。扉の向こうには当たり前だが朝日がいて、扉が開いた瞬間岸に向かって上着を投げ渡した。
「ありがと!」
「まったく、氷室と一緒にいて上が透けるなんて考えられないわ。絶対襲われてぐちゃぐちゃにされるじゃない」
「俺が返り討ちに遭ってな」
「……そ、そうね」
「?」
「お」
何かおかしい朝日の様子に目を光らせた岸が、ぴゅーと飛んで行って朝日に抱き着く。
「どしたんどしたん? 今明らかに自分が襲われることしか考えてなくて、返り討ちの選択肢思い浮かんでないみたいな『そ、そうね』やったけど」
「わー! 何全部言ってんのよこの、汗臭……くない!? あんなとこにいたのに!」
「わ、そう? なんや照れるなぁ」
「私のが恥ずかしいのよ! この!」
ふむ、そうか。
「つまり朝日はたまってるってことか?」
「へし折ってあげるわ」
後日千里に聞いてみると、俺はあの後朝日に引きずられながら帰ってきたらしい。目を覚ました時千里に着替えさせてもらってる時だから、勘違いしてビンタしちゃったことは謝ろう。
でも千里、「普通逆じゃない?」ってお前そろそろ危ないぞ。