【本編完結】ただ、幼馴染とえっちがしたい 作:とりがら016
「やっぱり怪しいと思う」
「何が?」
放課後、教室、二人きり。私が節操も何もない獣であればよだれをまき散らすであろうこのシチュエーションで、日葵はじとっとした可愛すぎる目で私を睨んでいた。なんでこんな可愛いんだろう。比べるものじゃないってことはわかっているが、日葵と私を比べたら私なんて可愛げのかけらもない。すぐに手が出るし、あのクソにセクハラされたところで可愛らしい反応一つできない。
まぁ、あのクソはクソだが、嫌がる相手にセクハラするようなやつじゃないってわかってるからで、本当に気安い友だち……友だちって感じがするからっていうのもあるけど。
「恭弥のこと好きでしょ」
「だから違うっての。どこをどう見てそう思うのよ」
このお姫様はあのクソのことが好きすぎて、あのクソに近づく女の子全員が敵に見えるらしい。あのクソに話しかける女の子がいるといつも睨んでいるからこれは間違いない。親友である私ですらこうして疑う始末。普通ならめんどくさいなと突っぱねるところだが、可愛いから許しちゃう。
でも日葵が知らない女の子ならともかく、私は親友。私の性格もわかってるはずで、私の態度を見ればあのクソのことを好きじゃないっていうのはわかるはずだ。私も日葵が誰のことが好きで、誰のことが苦手かっていうのはなんとなくわかるし。
「いつも目で追ってる。恭弥と話すとき楽しそう。他の男の子と話すときの三倍笑ってる」
「確かに他の男子と比べたら仲いいかもしれないけど、たまたま気が合うだけよ。好きとかそんなのないって」
日葵が私のことを見てくれてた??? 嬉しすぎる。嬉しすぎて明日あのクソには優しくしようかなって少し考えて、やっぱりやめとこうってなるくらいに穏やかな気持ちになれた。
ただ、少し注意するべきかな。いつも目で追ってるのは、万が一織部くんとそういう雰囲気になったとき助けに入れるようにだし、楽しそうなのはあいつも私も気を遣わないからで、男子ではあのクソと織部くんだけが素で話せる相手だからで、そうなると笑顔が多くなるのも当然。
だけど、そうか。周りから見たらそう見えるのも無理はないかもしれない。反吐が出るわ。
「あのね、一応言っておくけど、私はあいつと付き合うくらいなら日葵と付き合うわよ。それくらい私は日葵が好きなの!」
いつまでも疑われるのは嫌だから、はっきり言っておく。今日葵に言ったのは、『男をとるくらいなら日葵との友情をとる』という意味だ。つまり、『もし仮に好きだったとしても、日葵が好きな相手なら自分は身を引く』という意味でもある。
「……へへ、そっかぁ。そっかー」
私の言葉を聞いて、へにゃりと笑った日葵は嬉しそうに私の手を握ってきた。可愛すぎる。
これで私があのクソのことを好きだって疑われる心配も、疑われてもいちいち言われる心配もないだろう。私は、日葵の味方なんだから。
「つまりね。日葵が可愛かったってこと」
「なるほどな。悪いな。一瞬でも疑って」
「いいのよ別に。日葵は可愛いんだから」
「えっと、待って二人とも。朝日さんは夏野さんが可愛いって連呼してただけだよね? 何を伝えたの? 何が伝わったの?」
部室について朝日から聞いたのは、『日葵が可愛い』ということ。これ以上わかりやすい説明はないのに、千里は何を困惑しているんだろうか。
「あのな、つまり日葵は可愛いだろ?」
「うん、夏野さん可愛いよね」
「そういうことだよ」
「恭弥。君って夏野さんの名前を使えばなんだって解決すると思ってない?」
当たり前だろ。日葵の名前を出せば全人類がひれ伏し、その可愛さと美しさに目を焼かれ、結果平和な世が訪れる。日葵はこの世の頂点であり、答えだ。説明に日葵の名前が入っていた以上、納得しない道理がない。
「織部くんって結構頭よくないのね」
「そう言ってやるな朝日。千里は結局凡人の域を出ないんだよ」
「『日葵』が理解できないなんて、かわいそう……」
「君たちはもしかして概念のことが好きなの?」
何言ってんだこいつ。俺たちは日葵のことが好きに決まってるだろ? まったく、理解の遅いやつだ。こんなやつと親友だったのか? 俺は。
常識人すぎて誇らしいな。
「ってか新聞部やりすぎだろ。もし本当に付き合ってたとしても付き合ってなかったとしても、こんな形でバラすのは趣味が悪すぎる」
「そうだね。去年まではもうちょっと節度を守ってた気がするんだけど……」
「そういえばそうね。今年になってからなんかなりふり構わないっていうか……」
千里と目を合わせて頷き合い、立ち上がる。やはり考えていることは一緒だったようだ。
これ以上新聞部に何かされて、取り返しのつかないことになったらダメだ。いつか戦わなきゃいけない相手だった。そいつらが向こうから喧嘩を売ってきた。ここで黙ってちゃあ、男が廃るってもんだ。
「あんたたち、どこ行くの?」
「新聞部に行ってこようかと思ってね」
「なんで今更? あんたたちの記事が出た時は、おとなしくしてたのに」
「──男が戦う時は、いつだって女の為だって決まってんだ」
「は? ダサ」
「お前には心がないのか?」
ま、頑張って。と言って手をひらひら振る朝日を部室に残し、新聞部のところへ向かう。
……ついてこないのかな? 朝日、俺に協力してくれるって言ってたのに。まぁ、今日記事を出されたばっかで乗り込むところを誰かに見られたら、あることないこと噂されるってのもあるか。
「しっかし、多分今回のって俺らのせいだよなぁ」
「恭弥もそう思う?」
自分たちの記事が出た時は黙っていて、日葵たちが記事にされた瞬間戦いに行くのは俺たちのせいだからってのもある。考えすぎかもしれないが、二年A組である俺たちを狙って、新聞部が二年A組に張っていた可能性がある。だからこそ日葵たちは新聞部の餌食となった。
そう考えてしまうと、戦わずにはいられない。なんてカッコつけてるが、一番は『これ、また俺たちの記事書かれるんじゃね?』と不安になったからである。男が戦う時は、いつだって女の為だって言ったが、それも結局巡り巡って自分の為だ。騙されたな、朝日め。
ただ、千里は本気で責任を感じて新聞部に行こうとしているんだろう。こいつは俺と違って、根っこからの善人だ。時々腹黒さを見せちゃいるが、それはおふざけの範囲。俺は千里がいいやつだってことを知っている。
「新聞部が二年A組に張ってるって思ったんでしょ? また僕たちが記事にされたらたまったもんじゃないからね」
「俺の信頼を返せ」
こいつ俺とほとんど一緒の思考じゃねぇか。なんなの? 俺ってウイルスかなんかなの? 千里って一年の時は純粋でノリがいいだけの可愛い男の子だったのに。どうしてこうなってしまったんだ。俺は千里の親に謝った方がいいのか? あとお姉さんにも謝った方がいいのか? 何回か会ったことあるけど美人だったよな。もしかして俺とのラブストーリーが始まるんじゃないのか?
「ついたね、新聞部」
「朝活動してる文科系の部活ってここくらいだもんな」
俺が文芸部部室に逃げ出したあの時、もちろん新聞部も選択肢に浮かんだが、ここに逃げ込むのはネタを提供するようなもんだ。いや、逃げ込まなくてもネタ提供してるんだけども。
「開けるぞ」
「どうぞ」
ドアノブに手をかけ、ゆっくりドアを開く。
中は、壁一面に写真、メモが貼りつけられており、中央には小学校の時に班で給食を食べる時のように向かい合わせにくっつけられた机が置かれていた。隅のテーブルの上には何台ものカメラ、その反対側の隅にはプリンターが三台。
そして、窓側に大きなデスクが一つあり、そこに一人の首からカメラをぶら下げた女子生徒が座っていた。中にいたのは、その女子生徒一人だけ。
その女子生徒は俺たちに気づいた瞬間、小走りで俺たちに駆け寄ってきた。
藍色のカチューシャで前髪が目にかからないようにして、同色のメガネをかけている。スカートから伸びる脚は黒いタイツで覆われており、おとなしい印象を受けるが、
「噂のお二人が新聞部に!? まさか情報のご提供ですか! 私、興奮します!」
鼻息荒く詰め寄ってきたことで、その印象は一瞬で崩壊した。
「あ、申し遅れました! 私は新聞部部長、一年の
「一年で部長? すごいんだな、つづちゃん」
「はい! 新聞部では、一番情熱のある者が部長になれるのです! さ、お座りください!」
ぱたぱたと走り回って椅子を二つ並べて、その対面に一つ椅子を用意する。流されるままに俺と千里は並んで座った後、つづちゃんが対面にある椅子に座った。
「さて、お二人の馴れ初めについてお伺いしてもよろしいでしょうか!」
メモ帳とペンを取り出して、可愛らしい目を見開き興奮した様子で俺たちに聞くつづちゃん。
しかしこのまま流されていてはダメだ。俺たちの目的を思い出せ。
そう、俺たちは戦いに来たんだ。
「あれは一年の春、入学式の頃だったな」
「……え? 話すの?」
「別に減るもんじゃないからいいだろ。つづちゃん可愛いし」
「そういえば君、年下にものすごく甘かったね……普通につづちゃんって呼んでるし」
そう、俺には中学三年の妹がいる。妹というのは可愛いもので、散々「クソ」だと罵られても可愛いことこの上ない。妹を可愛がりすぎた俺は、その影響で年下に激甘になってしまった。近所の子どもを集めて遊ぶおじいちゃんがごとく。
だから、ちょっと教えてあげてもいいかなと思ったのである。ほら、キラキラした目して可愛いじゃん。
「……僕たちは一年の時も同じクラスだったんだ」
「それでこそ千里だ」
うんうんと頷く俺に、微笑む千里。やはり親友はこうじゃないといけない。
「つづちゃん、千里を見てどう思う?」
「可愛らしいお顔だと思います! お身体も華奢で女の子みたいで!」
「そう、女の子みたいなんだ。そんなやつを見過ごす俺じゃない。俺は入学式のあの日、『男装趣味か?』って言ったんだ」
「まったくデリカシーないよね。モテない人の特徴だよ」
「ってあの日同じことを言われた。それが最初の会話だな」
今でも覚えている。入学式が終わって自分たちの教室に入り、諸々終わった後。クラス全員の自己紹介の時に千里を目に付けた俺は、速攻で千里のところに飛んで行ったんだ。『こんな女の子みたいなやつは、絶対面白いやつに違いない』ってな。
「でも、バカにしたわけじゃなかった。本心から女の子みたいだとか、可愛いとか言ってきてね。今までは初対面でそうやってバカにされてきたから、正面から本心で褒められると……正直、ちょっと嬉しかったな」
照れて笑う千里にこっちまで恥ずかしくなり、二人揃って顔を赤くさせているとつづちゃんがカメラで俺たちを撮った。
「美しかったものですから、ごめんなさい」
「美しい、か。いや、それなら仕方ない。実際俺たちは美しい」
「存分に撮っていいよ。それくらいで気を悪くなんてしないから」
「ありがとうございます! やっぱりお似合いのカップルですね!」
「あぁ。俺たちはお似合いだな」
「ちょっと照れるけどね」
照れ臭いながらも笑い合っていたその時、新聞部のドアがものすごい勢いで開かれ、俺たちは一斉にそちらを見た。
そこには肩で息をしている、とても怒った様子の朝日。朝日は大股で俺たちの前に立つと、大きく息を吸い込んだ。
「──なに協力しちゃってんのよ!!!!!!」
声の衝撃で俺たちは椅子ごと後ろに倒れる。実際はそんな衝撃はなかったが、めちゃくちゃ怒ってたからおっかなくて少しでも距離をとりたかった。
そんな願い空しく、朝日は俺と千里の胸倉を掴んで引き寄せる。
「正直『男が戦う時は、いつだって女の為だって決まってんだ』って言ったときちょっとカッコいいって思ったのに、様子見に来たらちっちゃくて可愛い後輩の女の子にネタ提供してんじゃないわよ! やっぱあんたら女の子らしい子が好きなんじゃない! これだから男ってやつは、男ってやつは!!!」
そのまま俺たちを前後に揺らし、本音と怒りをぶちまけてきた。揺れる脳で「おち、お、おちつけ!」と声を絞り出すが、朝日は聞く耳持たず俺たちの脳を揺らして殺そうとしている。いや、違うんだ。途中から忘れてたけど最初は戦おうとしてたんだって!
「……修羅場? 三角関係? いや、四角関係!」
「み、みろ朝日! お前の後ろで、勘違いしたつづちゃんが新たな記事を捏造しようとしてる!」
「つづちゃんってなによ! すっかり仲良くなったみたいで、楽しそうね! 楽しそうね!!」
「落ち着くんだ朝日さん! 完全に目が覚めた! というより僕は恭弥に付き合わされただけで、僕も被害者なんだ!」
「おい汚ぇぞ千里! お前も最後ノリノリで『ちょっと照れるけどね』って言ってただろうが!」
「はぁ!? ちゃんと耳ついてんのかこのイケメン!」
「言ったなこの美男子!」
「褒めるか喧嘩するかどっちかにしなさいよ!」
朝日は俺たちを勢いよく床に叩き落し、腰に手を当てて俺たちを見下ろした。女性にいじめられて悦ぶ趣味の人であればたまらない光景だろうが、俺たちにとっては恐怖でしかない。クソ、こんなに怒るとは思ってなかった。やっぱりこいつも新聞部に対してブチギレてたんだ。だからこんなに怒ってるんだ。
「で、あの記事書いたのも、こいつらの記事書いたのもあんた?」
「? はい! 読んでくださったんですか?」
「読んでくださったんですか、じゃないわよ! 人の付き合い面白おかしくでっち上げて、私たちの被害考えたことある!? こいつらならまだしも、私たちは本当に付き合ってないのよ!」
「おいお前何自分だけ助かろうとしてんだ! 俺たちも付き合ってねぇよ!」
「説得力ないのよ! 頬赤く染めて見つめ合うって普通の男友だちがやると思う!?」
「──自分の普通を、人に押し付けてんじゃねぇ!」
「説教っぽく言えば押し切れると思ってんじゃないわよ! そういうところにあんたのクソみたいな性格が表れてんの!」
「朝日さんは僕と同じくらい恭弥を理解してるかもしれない」
ほんとだよな。今説教っぽく言ってうやむやにしようとしたのに、まさかそれを言い当てられるとは。でも朝日もいけないと思うんだよ。自分たちだけ助かろうとするなんて、俺たちも本当に付き合ってないのに。
「……ごめんなさい。私、その一瞬一瞬で一番面白いって思ったものを、みなさんに届けずにはいられなくて」
「そりゃ仕方ないよな。面白いって思ったんだもんな。でもダメだぞ? あの記事で傷ついた人がいるんだから。もうこんなことしないって約束できるかな?」
「でもでも、絶対に面白いと思うんです。特に氷室さんと織部さん!」
「面白いかぁー。仕方ないなぁー」
「織部くん。氷室の両親に謝っておいて」
「殺すのはやめときなよ」
今俺がつづちゃんと話している裏で俺の命のやり取りが行われていた気がするんだが、気のせいだろうか。
俺も考え無しにつづちゃんにデレデレしてるわけじゃない。つづちゃんと仲良くなれば、俺たちの記事を訂正してもらうことだってできるかもしれないんだ。つづちゃんが可愛いっていうのが一番の理由だが、打算があるのも間違いない。
「んー、でも幸い、朝日たちは取り返しつくんだよな」
「なにがよ。あんたたちみたいなことになる可能性だってあるじゃない」
「俺が付き合ってないって言ったら信じられない。信頼度が低いから。逆に、日葵か朝日が付き合ってないって言ったら信じてもらえる。信頼度が高いから」
「朝日さん。恭弥自身にこんなこと言わせないでよ。恭弥って結構メンタル弱いんだから」
「ごめん」
謝られてもそれはそれで心にくる。
でも、そうか。自分で言ってて気づいたが、俺たちはもう取り返しのつかないところまできている。新聞で『俺たちが付き合ってたっていうのは間違いだった』って出しても、俺が新聞部を脅したっていう風にしかとらえられないだろう。俺は悪い方向には信頼度が高い。
それなら、だ。
「つづちゃん。俺たちならネタにしていいから、朝日たちの記事は訂正してくれないか? 俺たちも朝日たちも本当に付き合ってないけど、せめて朝日たちだけは」
「……でも、いいんですか? その、氷室さんたちにも悪いこと、しちゃってますし」
「俺たちが一番面白いと思ったんだろ?」
つづちゃんに目線を合わせるため、膝を少し曲げて前かがみになる。
つづちゃんは不安そうな目で俺を見ていた。この子だって、悪いことをしたって自覚はある。ただ、『面白いものを届けたい』っていう純粋な想いであんなことをしちゃっただけなんだ。そこに悪意は一切ない。
俺はそういうやつ大好きだからな。
「なら思う存分ネタにしてくれ。大丈夫、今更周りに何言われたって気にしねぇよ」
「朝日さん。こうやってたまにカッコいいから、僕は親友をやめられないんだ」
「……氷室が壊れちゃった」
「朝日さん。実は君、この中で一番性格悪いよね?」
次の日、新聞には日葵と朝日が付き合っている、ということの訂正があった。やっぱりいい子じゃねぇかと千里と笑い合いながら、いつものように文芸部の部室へ入る。
そこには朝日とつづちゃんがいた。「密着取材です!」らしい。
は?