「実際さ、千里のどこが好きなんだ?」
「っ!?」
水曜、夜。
今までノリで千里を殺害してきたが、そろそろ聞いてもいいんじゃないかと思って薫の部屋を訪れて単刀直入に聞いてみると、薫は面白いくらい顔を真っ赤にしてベッドの隅へ逃げていった。
は? かわゆ。
「す、好きなんて言ったっけ?」
「いや、見りゃわかるだろ」
「兄貴に言われたくないんだけど……」
え? 俺はポーカーフェイスが得意だからわかりにくい人間として有名なんだけど……。ほら、千里がいっつも隣にいるからわかりやすいって思われてるだけで、俺の考えてることを正しく理解できる千里がおかしいんだよ。俺はめちゃくちゃわかりにくい人間……わかりにくい人間って付き合いにくくね? じゃあ普通の人間ってことにしよう。俺は普通。
「俺としてはさ。千里は信頼してるし、もちろん薫だって信頼してる。だからその、なんだ。二人きりで会ったとしても滅多なことはしないって思ってるんだが、一瞬の気の迷いで過ちをおかしちまうのが人間だ。つまり俺は千里と薫がセックスしないかが心配なんだよ」
「この世に妹に対してセックスって言葉吐く兄貴、兄貴くらいだよ」
「え、うそ。勲章もの?」
「誇らないで」
なんでだ。オンリーワンなんて勲章ものだろ。ってなるとさっきのは訂正しないとな。俺は普通じゃなくて特別なんだ。ふふ。人間はいつだって自分のことを特別だと思い込んで生きて、いつか自分が特別じゃないと気づくものだが、俺は特別だったってわけだ。気分がいいぜ。
「……別に、兄貴が心配してるようなことはしないよ。千里ちゃんがどうかはわかんないけど、そんな場合じゃないし。私は普通に勉強教えてもらうつもり」
薫は恥ずかしさを誤魔化すためか、枕を抱きながら俺から目を逸らして答えた。こんなに可愛い女の子を前にして、男が我慢できるとでも思ってんのか? 甘い。どうやら俺は薫を甘やかしすぎたらしい。ここは俺が男がどんな生き物かを教えなきゃいけないらしい。
「薫。男は絶対に信じちゃダメだぞ。一生を添い遂げる覚悟ができるんなら、そいつのために人生捧げていいって思えるんなら信じてもいい。ただ、男は性欲に生きる生き物だ。相手に好意があるってわかってるなら、倫理観投げ捨てて獣になっちまうんだよ」
「でも千里ちゃん、絶対手は出してこないよ」
「俺もそう思う」
「うん。だって、性欲振りかざしてるのも、それが唯一『自分が男だ』っていう証明になるから縋ってるだけだもん」
思わず、目を見開いた。俺はわかりにくい人間だと思っていたが、存外わかりやすい人間だったらしい。表情を取り繕う暇もなく驚きを前面に出し、ぽつりと「わかってたのか」と呟いた。
どうりで、千里がセクハラした報告を薫にしてもあんまり気にしないはずだ。ちょっとは不機嫌になっても、薫はすぐに千里を許していた。薫のことだから千里は自分のものじゃないって自分を律してるのかと思っていたが、それがわかっていたなら納得だ。
「今はさ。兄貴たちがネタにしてるけど、千里ちゃんにとって自分が女の子みたいってことはすごいコンプレックスだもん。仲いい人たち以外から女の子扱いされるとすっごい不機嫌になるし」
「薫、千里のことよく見てるんだなぁ」
「だって。兄貴が、初めて胸を張って『親友だ』って言った人だから」
今度は、薫は俺の目を見ながら言った。
「千里ちゃんのどこが好きって聞いたよね。私、千里ちゃんが、兄貴のことが好きだから好きなの」
「……もしかして薫って俺のことめちゃくちゃ好き?」
「うん。家族だもん」
体中の水分が涙となって溢れ出した。うそでしょ。俺クズなのによく愛想つかさずに妹やってくれてるなーって思ってたけど俺のこと家族として愛してくれてるなんて。俺は今日死んでもいい。今ノリで日葵に『薫が俺のこと好きって言ってくれた』ってメッセージ送っちゃったし。普段から積極的にメッセージ送れよ俺。そんなんだからヘタレって言われんだぞ。
「なんかね、これ兄貴に言うの恥ずかしいんだけど、ほら。私って兄貴と違って普通じゃん」
「俺も普通だけどな」
「ほざくな」
ほざくな?
「でもね、理想があるの。過ごすなら、楽しい毎日がいい。くだらないことで笑い合って、くだらないことで笑わせて、どんなにクズでも誰かを想いやれる、そんな人と一緒にいたいなって」
「……あぁ、確かに。それなら千里はぴったりだな」
「でしょ? だって、兄貴の親友なんだもん。それに、兄貴の親友と付き合っても、もし結婚しても。それなら、私のことが大好きな兄貴がもし私に会いたくなったら会いやすいだろうし」
「……薫ー!!」
薫に飛びついて抱きしめて、頭を思い切り撫でまわした。なんだこの愛しすぎる妹は。ほんとに妹か? 日本全国の妹ってやつは「は? きも」とか「死ね」とか平気で言ってくるんじゃないのか? それなのにうちの妹はめちゃくちゃ兄貴想いでめちゃくちゃ可愛い。俺の妹は世界一。偉すぎるから総理大臣にしてあげてくれ。
「ちょ、抱き着くな!」
「ははは! 俺のことが好きなんだろ? 照れるな照れるな!」
「それとこれとは話が別──」
「おい、ちょっとうるさいぞ。近所迷惑を──」
じゃれあう俺と薫のもとへ、父さんがやってきた。
ベッドの上にいる俺たち。乱れる服装、抵抗する薫。
「母さん! かあさーん!!」
「おい待て! これは勘違いで」
「子どもができるかもしれん! 今日は一階で何も知らないフリをしておこう!」
「勘違いしたなら止めろや!! 兄妹でガキをサクセスしようとしてんのを認めようとしてんじゃねぇ!!」
「おいおい。愛の前では性別も血縁も関係ない。そして俺は今日何も見なかった。いつか、お前の口から話してくれるのを待つことにするよ」
「だからちげぇって!! 父親として間違ってるぞあんた!!」
「カメラ持ってきたわよ」
「でかした母さん!」
「なんで夫婦揃って間違ってんだよ!! どっちかが間違ったら片方が正すのが夫婦なんじゃねぇのか!!」
「なるほど、お前らはそうありたいってことだな」
「イカレてんのかテメェら!! そこに正座しろ、俺が親ってのがどういうもんか教えてやる!!」
「今から結婚するってことね?」
「母さん。印鑑を」
「薫。これからは俺が育てていくからな」
「黙ってみてたけど、殺人だけはやめて」
あと、十分育ててもらってるから。という可愛らしい薫の言葉に、両親と俺は三人揃って薫に抱きついた。
「薫ちゃんに、告白しようと思う」
「そうですか……」
「ほんとに興味なさそうな反応はやめてほしい」
水曜、帰宅後。
あらかじめ織部くんから『話がある』と言われていた私は、ちょうど二人の家の中間くらいにある公園で織部くんと二人きりでベンチに座っていた。まさか私が可愛すぎて告白してくるんじゃないかと思っていたが、まったく違った。告白ってところまでは一緒だからまったくってわけじゃないんだろうけど。
「それ、私に言う必要ある?」
「いや、薫ちゃんと僕が付き合うってことはさ。僕が恭弥から離れることが多くなるってことなんだ。最近、実際そうだったでしょ?」
「へぇ、それで?」
「頼まなくてもいいだろうけど、朝日さんには恭弥の隣にいてほしいなって思って」
これは、あの日私が『氷室の隣にいられるのは私しかいない』って言ったことをからかってきてるんだろうか、と思ったけど、織部くんの雰囲気がからかってくるときの雰囲気とは違う。時々、稀に、極稀に見せる真面目なときの織部くん。その真面目な姿を見せる時は、大体氷室関係っていうのはやっぱり二人の仲を疑ってしまう。
「別に、薫ちゃんと付き合ったからってあんたと氷室が親友だっていうことは変わらないじゃない」
「恭弥はきっと、薫ちゃんより自分を優先されたら怒るだろうから」
確かに。「俺から薫を奪っておいて、薫じゃなく俺を優先するだと……?」ってブチギレて織部くんの命が終わる未来が見える。多分そうなると日葵も直接手を下すだろう。薫ちゃんのことになると、氷室と日葵は恐ろしいくらい気持ちが一つになるから。忌々しい。
「だからって私に全世界クズ決定戦チャンピオンを押し付けないでくれる?」
「まぁまぁ、落ち着いて聞いてよ銀メダリスト」
「勝手に準優勝させてんじゃないわよ」
まったく、私は銅メダリストでしょうに。ちなみに織部くんが銀。もしかしたら氷室と二人で金メダルをもらっているかもしれない。
「正直、僕が薫ちゃんに対して積極的にアプローチできるようになったのは朝日さんのおかげなんだ」
「は? なにかした覚えないけど」
「朝日さんはさ。夏野さんの気持ち知ってるでしょ? だけど恭弥から離れることは絶対ないし、恭弥が一人になってたら絶対に駆けつけてくれる。朝日さんはさ、例え自分が夏野さんから恨まれようとも、自分が正しいと思ったら、友だちが傷ついてるって思ったら駆けつけられる、そんな素敵な人なんだ」
「……」
「こうして褒めると照れるのも、可愛らしくてポイント高いよね」
「べらべら喋んな。メスクサいのよ」
「うそ」
自分の手のひらに息をあてて口臭チェックした織部くんは、「そもそもメスくさいってなんだ?」と首を傾げていた。織部くんが首を傾げると可愛いからやめてほしい。私が可愛く映らない。
「っていうか、私の幸せも考えなさいよ。もし私に素敵な王子様が現れたら、平気で氷室を見捨てるわよ?」
「え? 朝日さんって恭弥のことが好きじゃないの?」
「は? 何ふざけたこと言ってんの?」
「え、だってさ」
気づいてない? 朝日さん、最近夏野さんを目で追うより、恭弥を目で追うことの方が多いよ。
「……?」
言われたことを理解できなかった。それは私の頭が壊滅的に悪いからじゃなくて、ただ単純に自覚がないというか、そんなはずがないって思ったから。
「気づいてなかったんだ。まぁ、なんとなく理由はわかるけどね」
「ちょっと」
「君たちは、人を好きになったら、その根っこまで好きになる。だから、無意識に人への好意に蓋をするんだ。朝日さんは夏野さんが大好きなのに恭弥のところに駆けつけられたのも、『自分はそうならない』って自分を誤魔化してたからだったのか。どっちにしろ朝日さんは駆けつけたと思うけど」
「まって」
「好意に蓋っていうのは
「やめて!!」
声を張り上げると、織部くんは眉尻を下げて「ごめん、言い過ぎた」と言ってハンカチを渡してきた。それを見て、自分が泣いていることに初めて気づく。
それを受け取らずに、あいつから返してもらったオレンジのハンカチで自分の涙を抑えた。
あいつのことなんて、好きじゃない。友だちとしては好きだけど、恋愛的な意味で何てもっての外。あいつは顔と頭と運動神経がいいだけで、クズで、一緒に居て心地いいだけで。
小さい頃からずっと、日葵のことが大好きなクソバカ野郎なんだから。
「……勝てっこないじゃない」
「うん」
「どっちもよ。日葵の中にはいつだってあいつがいるし、あいつの中にはいつだって日葵がいる。こんなの、挑む方がバカじゃない」
「うん」
「春乃が羨ましいって思った。あの二人の間に入って自分の気持ちをぶつけるその姿が、すっごく綺麗に見えた。カッコいいなって思った」
「うん」
「だから『恋愛感情が一切ない』なんて自分を納得させて、友だちとしてあいつの隣にいようと思った。自分が、傷つきた、く、ないから」
「うん」
なのに、なんで、今更。
「そんなこと、言わないでよ。やっと、やっと、
結婚まで想像できたのは、どこかでそうなったらいいなって思ってたから。『お互いいい相手がいなかったら』って思ったのは、『それ以外に勝ち目がない』って思ったから。
「あんた、何がしたいのよ。それがわかってて隣にいろって、私に氷室が好きだって自覚させて、それを諦めてあいつの隣に友だちとしていろってこと!?」
立ち上がって、織部くんを睨みつける。いつになく真剣な表情で、こうしていたら女の子だって言われることはないのにな、なんて思えるくらいカッコよく見えた。
自分を隠さず生きてる姿に、
「結局甘えたんだよ、朝日さんの優しさに。どっちに転んでも朝日さんは夏野さんのために恭弥の隣にいてくれるだろうなって。それに、きっと今動かないと未来の朝日さんが後悔する。僕だって、今ここで朝日さんにこのことを言わなかったことを後悔する。親友の恋路をかき混ぜないようにって、一人の女の子が傷つくことを認めたら……」
きっと恭弥は僕を許さない。
なんて、真剣な顔して、まるであいつのことならなんでもわかってますみたいな顔して、男前な顔してハッキリ言ったから、私は思わず笑ってしまった。
「あんた、最低のクズね。何がしたいのかさっぱりわかんない」
「はは。朝日さんもね」
「は?」
「『自分らしくが一番だろ。着飾らない自分が一番魅力的って相場は決まってんだよ』」
にやりと笑って、織部くんは立ち上がる。
はぁ、とため息を一つ。こいつと比べたら、私とあいつはマシな方だ。こいつが一番のクズ。自分勝手で自分のことしか考えない、でも他人を思いやって、人の気持ちを無視して他人にとっての最適解を弾き出す正真正銘のドクズ。
「これで私が塞ぎ込んだらどうするつもりだったのよ」
「そこは恭弥か夏野さんか岸さんが助けてくれるでしょ」
「丸投げね。男として恥ずかしくないの?」
「ははは。いや、これでも人を見る目には自信があるんだ」
「そう。見る目ないわよ」
「かもしれないね」
まずは、日葵に言おう。ごめんなさいって。今まで黙っててごめんなさいって。
「
「流石にそこはね。自分で蒔いた種だから。しっかりサポートするよ、
「気安く名前呼ぶんじゃないわよ」
怒りを込めてぶっ飛ばすと、千里は頬を抑えてほんとに訳が分からなさそうな顔をしていた。いい気味だ。
誰かにとってはわからないけど、私にとっては優しい
ジャンル:現代/恋愛