ついにこの時がきたか、と唾を飲み込んだ。
校舎裏、秘密の話をするならここでというお決まりのポイントに、夏野さんと朝日さんはいた。それを二人から見えない、だけど声が聞こえる距離で僕と岸さんが盗み見ている。
なんで岸さんが。岸さんも一緒に聞くべきじゃないのかって、現状を知っている人がもしいれば言うかもしれない。でも、岸さんは大丈夫。
「いやぁー。やっと自覚したんか」
「ほんとに、苦労したよ。本来なら自分で気づいてもらえればよかったんだけど」
「気づかんというか、気づかんようにするやろ。そういう子やし」
岸さんはとっくに気づいていたからだ。思えば、朝日さんをちょくちょくつついたり、朝日さんに『気づけよ』のサインを岸さんは送っていたんだ。『本当に気づいてないのか』っていう意味を込めて。
「いや、ありがとうな千里。もしかしたら仲こじれてたかもせんのに」
「僕は朝日さんを信じただけだよ。朝日さんは、誰よりも優しいから」
「氷室くんに似てな」
「恭弥はクズだよ。まったく、僕がいないと女の子を泣かしちゃうところだったんだから」
その恭弥は、僕ら全員から『今日は用事がある』と言われた瞬間「寂しくないもんね!!!!!!」と言って井原くんと一緒に帰っていった。
最近、恭弥はよく声を掛けられる。それは僕ら五人が同じブレスレットをしていて、明らかに聖人である夏野さん、岸さんと仲良くしているからで、となれば恭弥も『クズ』という印象はあっても『大丈夫な人なのかな?』って思われるのが自然だ。
一度話しかけ、恭弥のことを知ればもうおしまい。沼にハマれば抜け出せない、そんなとんでもない人だから。
「お、そろそろ喋りそうやで」
「喋りだすの遅すぎだろクソヘタレめ」
「一番心無いんは千里やと思うねん」
それは言うな。
『日葵。あのね、話したいことがあるの』
『うん』
緊張する朝日さんと違って、夏野さんは堂々としていた。堂々としていて、いつもの優しくて可愛らしい夏野さんからは想像もつかない凛とした姿。朝日さんから何を言われるかわかっている。
「っていうわけじゃなくて、ただなんか真面目そうだから真面目にしてるだけに5千万」
「日葵って結構抜けとるからなぁ」
恭弥と一緒にいれば、夏野さんのことも大体わかる。夏野さんはしっかりしているように見えて抜けていて、抜けているかと思えばめちゃくちゃしっかりしていてカッコいい。僕をナンパから助けてくれた時がいい例だ。普段はおっとりぽわぽわ、締めるところは締めれるときは締める。
『えっと、その……ご、ご趣味は』
「光莉が緊張しすぎておもんないボケかましとる」
「朝日さんって恭弥と一緒で気が動転してるとポンコツだからね……」
ほんとによく似ている。僕が『出あう順番が違えば、夏野さんの位置に立っていたのは朝日さんだった』って言ったのは何も嘘じゃない。恭弥と朝日さんはよく似ているどころか違うところと言えば性別くらいで、生まれた時から一緒だったのかと疑うくらい息が合っている。恭弥に夏野さんっていう幼馴染がいなければ、朝日さんの一人勝ち……いや、まぁそれは岸さんにも言えることだけど。
『え、趣味? ん-。改めて聞かれるとすぐには思い浮かばないかも……』
「アホやなぁ日葵。かわいい」
「夏野さんは真面目だよね。恭弥なら『は? おもしろくねぇぞ。ウンコと一緒に脳みそも排便したのか?』くらい言うのに」
「好きになる要素どこにあるん?」
「僕が君たちに聞きたいよ」
「千里も似たようなもんやろ」
言い返せないので、夏野さんと朝日さんの会話に集中するフリをして逃げた。岸さんが頭を撫でてくるが、僕は二人の会話に集中しているので気づかないというフリをしておこう。
『そ、そう。……いや、違うの。したいのはこんな話じゃなくて、ひ……』
『ひ?』
朝日さんは一瞬黙って、勢いよく首を横に振る。胸も揺れる。そして朝日さんは覚悟を決めた表情で夏野さんを見て、言った。
『恭弥のことなの』
『恭弥のこと? なになに? あれ? 今恭弥って言った?』
「ひぃ」
「あはは。日葵の嫉妬は私のと違ってナチュラル嫉妬やからなぁ……」
夏野さんがにっこり笑って、朝日さんの方へ一歩踏み出す。それでも朝日さんは逃げずに、夏野さんの目を見て二本の足でしっかり立っていた。
すごい。僕なら絶対に逃げ出すのに。普段優しくて聖人な夏野さんが怒るとめちゃくちゃ怖いんだ。「もう、ぷんぷん!」って怒ってくれるならどれだけ楽なことか。恭弥はその怒り方が好きだよって言ってみようかな?
『日葵。今まで黙っててごめんね。私──』
『そっか』
朝日さんの言葉を遮って、夏野さんが眉尻を下げて呟いた。思わず僕と岸さんは顔を見合わせて、また二人の方を見る。
『好きなんだね。恭弥のこと』
ちょっと、意外だった。夏野さんは恭弥のことが大好きで、恭弥のことってなると目の前が見えなくなるくらいだと思っていたから。
……いや、意外でもないか。
「やっぱ親友やねんなぁ」
「だね」
羨ましそうにする岸さんに気づかないフリをして、静かに笑う。『親友』なんて、それこそありふれた言葉で当てはめようと思えば誰にでも当てはめられるものだけど、これほど胸を張って『親友』だと言える人はいないと思う。僕にとっても、朝日さんにとっても。
『え、あれ、怒らない、の?』
『ん-ん。織部くんも言ってたし、好きじゃないっていうのはほんとかなって思ってたけど、気づいてないだけなんだろうなってなんとなくわかってたし』
「千里何言うたん?」
「親友を信じてあげて、みたいなことを」
「ほーん。ええやつのフリしたってこと?」
「何を。僕はいいやつだよ」
「ははは」
なんだその乾いた笑い。僕はいいやつだぞ。身内に対してだけ。恭弥のため以外なら波風立てない解決策を用意できる有能だぞ。
なるほど、クズか。
『それに、恭弥は誰のものでもないから。
『……』
『正直ね、嬉しいなって思ってる。光莉と同じ人を好きになれるって素敵なことだなって』
「千里」
「負けた。夏野さんの前で自分のことがいい人だなんて誰が言えるんだ?」
なんだあの聖人。可愛くて聖人。無敵かよ。今までのこと考えたら「裏切ったんだね」って言って険悪になってもおかしくないのに。
ほんと、綺麗な人ばっかりだ。
『で、でも、私。日葵に協力するって言ってあいつに近づいて、あいつに惚れちゃって、そんなの最低じゃない!』
『最低じゃないよ』
泣きそうになっていた朝日さんを優しく抱きしめて、夏野さんがゆっくり頭を撫でる。いつもの朝日さんなら大喜びして叫びながら裸でリンボーダンスしそうになるくらいのことだけど、流石の朝日さんでも時と場合は弁えるみたいで、少し肩を震わせただけだった。
『恭弥だもん。好きになっちゃうのは仕方ないよ』
「……なんというか、その、うーん、どうなんだろうね」
「私の方がわかってるっていう牽制なんか、ただ単純に聖人なんか」
恭弥のことに関しては暴走気味になるからもしかしたら牽制かもしれないけど、多分違う。
だって、僕はあんなに優しい顔する人を見たことがない。
『……何それ。私のことが恭弥のこと知ってますよーって意味?』
『ん-? どうだろ。えへへ。情けない話だけど、私まだ緊張して恭弥とうまく喋れないし、光莉や春乃みたいに積極的にいけないし、恭弥のことはなんとなくわかるってだけで、ほんとに理解できてるのは光莉なんじゃないかなって思ってる』
むすっとした声で言う朝日さんに、夏野さんは変わらず優しく語り掛ける。残酷というかなんというか。朝日さんからすれば「裏切ったな!」って言われた方が楽だったろうに。クズでおかしいように見せかけて、誰より女の子な朝日さんだから。
『光莉は、恭弥のどんなところが好き?』
『ぇ』
「岸さんは?」
「筋通ったところ、気持ちいいところ、おもろいところ……んー、いっぱい?」
は? なんだこの可愛い人は。僕に薫ちゃんがいなかったら猛アタックしてフラれてメスにされるところだった。
朝日さんが夏野さんの腕の中で真っ赤になってもじもじしている。朝日さん、ずっとあぁしてればめちゃくちゃ可愛いんだけどなぁ。いつも可愛いけど、ほら、ぶっ飛ぶことが多いから朝日さんの魅力を最大限に理解できている人はすごく少ないと思う。
『言わなきゃだめ?』
『言うまではなしませーん』
「あかん、可愛い。千里、あの二人持って帰ってもええ?」
「恭弥に聞いて」
「じゃあ私が氷室くんに持って帰ってもらお」
「エッッッッッロ」
エロすぎて危うくエッロって言うところだった。危ない。岸さんなら笑ってくれるだろうけど、流石に女の子に対してハッキリ言うことじゃないからね。ところで岸さん、すごく笑ってるけどどうしたんだろう。
『えっと……うん。ぜんぶ、かも』
「わかる」
「千里。それ私が言わなあかんセリフなんやけど」
結局恭弥って、仲良くなったら全部魅力的に見えるんだよね。本当に人を傷つけるようなことは言わないし、ちゃんと相手のことをしっかり考えて、ギリギリのラインを攻めてくる。ギリギリを攻める時点で人間として終わってるかと思う人もいるかもしれないけど、僕にはそれすら魅力的に見える。きっと朝日さんも同じなんだろう。
『私も、ぜんぶ好き。カッコいいところも、頭がいいところも、何でもできるところも、えっちなところも、優しいところも、何にも考えてないように見えて、実は真面目なところも、ぜんぶ。だからね』
夏野さんはそこで言葉を切って、朝日さんを優しく見つめた後僕らの方を、正確には岸さんを見た。
「ごめんね。負けないよ、光莉、春乃」
「バレてたか!!!!!」
岸さんが飛び出して、夏野さんと朝日さんに飛びついた。朝日さんが「え、春乃!?」とびっくりして、今までのことが聞かれていたことに気づき更に真っ赤になる。
……正直僕も数に入れられるかと思ってドキドキしていた。そうだよね。流石にこの場面でそれはないよね。
「うーん、ちょっと寂しいなぁ」
当然、僕の言葉は誰にも聞こえておらず、女の子三人は仲良くきゃっきゃっ騒いでいた。