【本編完結】ただ、幼馴染とえっちがしたい   作:とりがら016

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第68話 もうちょっとだけ

 ついに、この日がきてしまった。

 

 薫ちゃんの部屋、僕と薫ちゃんの二人きり。年頃の男女二人が同じ部屋に二人きりなんてやることは決まっている。

 

 勉強。はークソクソ。こんな大事な子に手を出せるわけないでしょ親友の妹で本当に好きな子だよ? いくら僕が男らしくて性欲強いからって、考え無しに手を出すほどバカじゃない。というか、手を出した瞬間恭弥が薫ちゃんの変化を感じ取って僕を殺しに来るに決まっている。だから手なんて出せるはずもない。

 

 そんな妹ガチ勢のお兄さまは、自分に好意を寄せてくれている女の子三人と一緒に勉強会……まぁ勉強なんてしてないだろうけど、勉強会という名目で女の子の部屋にお邪魔しているところだ。羨ましいなんて思うことなかれ、どうせ追い詰められてぶるぶる震えるだけのドヘタレになってるだろう。ふふ、情けないやつだ。

 

「何笑ってるの?」

「いや、恭弥の現在を想像したらちょっとね」

「日葵ねーさんに朝日さんに岸さんだもんね。兄貴ヘタレだし、ひぃひぃ言ってそう」

「そういう薫ちゃんは積極的だね」

「……なに」

「なにも」

 

 隣に座っている薫ちゃんに笑いながら言うと、少し頬を赤くした薫ちゃんに睨まれてしまった。こんなに可愛らしくていい子とあのクズが兄妹なんて信じられない。夏野さんの妹だって言われたらしっくりくるけど……もしかして夏野さんの妹を拉致ったのか? ここの家族ならありそうだ。

 

「そういえば、最近どうなってるの? 兄貴の周り」

「どうなってると思う?」

「最近兄貴頭抱えてるから、日葵ねーさんと岸さんだけじゃなくて朝日さんも兄貴のこと好きなのかなーって思ってる」

「正解。流石恭弥の妹」

 

 これだけ兄のことを理解してくれている妹が世界のどこにいる? ここにいる。わぁ!

 それにしても、そうか。薫ちゃんの前で頭を抱えるくらい悩んでるのか。そりゃまぁ僕だってあの三人に好きになってもらえたらそうなる自信しかないけど、恭弥が薫ちゃんの前で参る様子を見せるなんて相当だ。恭弥は薫ちゃんの前では頼れる兄でいたいはずだから、本当に弱ってるところは見せないはずなのに。

 

 これは、うん。告白とか言ってる場合じゃないな。

 

「?」

 

 僕の視線を受けて、可愛らしく首を傾げる薫ちゃん。僕は今日、この子に告白するつもりだった。それはつまり、恭弥から少し離れることを意味する。僕が薫ちゃんと付き合ったってなったら、恭弥は僕に薫ちゃんを優先しろって言うに決まってるから。言う通りにしないと絶対ブチギレるし。

 

 ただ、恭弥の現状を考えると今ここで僕が離れるわけにはいかない。だって薫ちゃんの前で弱った姿を見せるくらい悩んでるなら、親友である僕が手を貸さないなんてそんな冗談ないだろう。

 

 なにより面白そうだ。

 

「薫ちゃん薫ちゃん。薫ちゃんはやっぱり、夏野さんがお姉さんになるのが一番?」

「ん-、どうだろ。私個人としてはやっぱり日葵ねーさんがいいけど、兄貴が選んだ人なら誰でも」

「なんで?」

「兄貴と仲良くなれるならいい人に決まってるから」

 

 大正解。

 

 というか、恭弥はいい人としか仲良くしないところもある。誰とでも普通に喋るけど、あんまり気持ちよくない人と付き合うと、自分の周りにいるいい人がいい気持ちにならないからっていう周り優先の考えで。まったく、見えないところでいい人ぶるんだから恭弥はずるい。

 

「千里ちゃんってさ、兄貴のこと好きだよね」

「うん? 好きだよ」

 

 好きじゃなきゃあんなクズと一緒にいないでしょ。いや、なんて言うんだろう。クズだけどクズじゃない、そんな魅力的なところが恭弥にはあるから。あと何より面白い。一緒にいて退屈しない。あんな人世界に二人といないでしょ。

 

 ……朝日さんがいたな。

 

「最初ね、千里ちゃん見た時びっくりしたんだ。すごく可愛い女の人連れてきたから、ついに日葵ねーさんを諦めたんだと思って」

「薫ちゃんが慌ててご両親に連絡して、ご両親が仕事を切り上げて急いで帰ってくる大騒ぎだったからね」

 

 あれは今でも忘れない。僕が初めて恭弥の家に来た時、ちょうど薫ちゃんがリビングから出てきたところで僕を見た瞬間目を見開いて、スマホを取り出したかと思うと「兄貴が日葵ねーさん以外の女の人を連れてきた!」とご両親に連絡。それから数十分で医者を連れたご両親が帰宅し、恭弥はめちゃくちゃ診察された。お義父さんは僕を見た時男だってわかったらしいけど、お義母さんと薫ちゃんは完全に僕のことを女の子だと思ってたし。慣れてるけど。

 

 とにかく、勢いが凄まじかった。恭弥の勢いをさらに増したような二人がご両親で、気が動転したらポンコツって言うところが似てしまった薫ちゃん。ご両親の前では恭弥が常識人に見えるっていうもはや異世界のような空間。こんなところ、一度知ったら離れられないに決まってる。沼だ沼。

 

「男だってわかってもまだ大騒ぎしてたしね」

「兄貴が友だち連れてくることなかったから。『薫に会わせたくない』って言ってたし」

「ふふ、僕は恭弥の信用を勝ち取ったってわけだね」

 

 よく殺されるけど。

 

「兄貴ね、家にいると千里がー千里がーって千里ちゃんの話ばっかりするんだよ? 付き合ってるって言われても疑問に思わないくらい千里ちゃんのことが好きなの」

「僕らは親友だからね」

「うん。だから私も千里ちゃんが好き」

「あはは。ありがとう」

「いや、ありがとうじゃなくて」

 

 ずい、と僕と体を重ねるように身を乗り出して、薫ちゃんが僕の目を真っすぐ見てくる。あれ、今どういう状況? どういう状態? 昔話に花を咲かせて和む雰囲気じゃなかったっけ。なんでこうなってるんだ?

 

「いや、待つんだ薫ちゃん」

「なにを」

「僕の予想ではもうすぐ恭弥から電話がくる」

「そんなわけ」

 

 瞬間、恭弥専用に設定している着信音。僕がそれを取り出すと同時に、薫ちゃんが僕から一瞬で離れていった。

 なんとなくかかってくる気がしてただけで本当にかかってくるとは思っていなかった僕は、親友のファインプレーに喜びつつそれを顔に出さないようにしながら電話に出る。

 

『千里、助けてくれ』

 

 まぁそうだろうなとは思った。今の恭弥の状況を考えると、僕に助けを求めてくることはわかってたから。仕方ないなぁこの親友は。

 

「もう、僕がいないと何もできないんだね」

 

 仕方ない親友め。そんなんだから僕と付き合ってるって噂が流れるんだぞ。だからあれは決して僕が女の子みたいだからじゃなくて、恭弥が悪い。

 

『あ、千里や。薫ちゃんおる?』

 

 やけに恭弥の近くから聞こえる岸さんの声にさては朝日さんが夏野さんに何かしてるところを、岸さんがちゃっかり恭弥の隣を取ったんだな? と思いつつ、僕から離れて不満そうにしている薫ちゃんを見て答える。

 

「恭弥から電話がかかってきて僕の隣から離れて行っちゃったけどちゃんといるよ」

『お前とは二度と口を利かない』

「うそだろ」

 

 本当に電話が切られ、直後に『覚悟しておけ』と恭弥からメッセージが届く。それに対し、僕は色んな意味を込めて『恭弥こそ』と返すと、めちゃめちゃに腹が立ったのか恭弥から僕の女装写真が送られてきた。なんだこの可愛い子。僕か。

 

「ごめんね薫ちゃん。恭弥と僕は縁が切れたかもしれない」

「一生ないと思うよ」

「僕もそう思う」

 

 恭弥は勢いだけで喋ることが多々ある。脊髄で喋ってると言っても過言じゃない。だから恭弥がノータイムで喋ったことは大体信じない方がいい。あとは長く付き合って、恭弥の声色からそれが本当かどうかを見極めることが必要だ。ちなみにさっきのは本気だった。

 

「兄貴タイミング悪い」

「むしろ恭弥にとってはよかったんじゃないかな」

「千里ちゃんにとっては?」

 

 僕にとっては、どうだろう。僕は今日告白するつもりできて、でも恭弥の現状を考えてやめておこうって決めたばかりだ。そこに薫ちゃんからの告白。

 

 簡単に言うと、僕は今恭弥をとるか薫ちゃんをとるかの二択を迫られている状態だ。さて困った。答えはすぐ決まったが、なんて言おうかすごく困る。

 

「ねぇ薫ちゃん。今すぐに答えなきゃだめ?」

「どうせ断るんでしょ」

「え」

 

 なんでわかったの、と聞こうとした。でも、今ここで僕がそれを聞くのはあまりにも無神経すぎる。そんなことないよって言うのも違うし、困った。僕は恭弥と朝日さんに比べて土壇場に強い方だけど、好きな子の前だとどうも弱い。

 

 恭弥に対してなら何でも言える。朝日さんに対しても何でも言える。何を言ったって二人は僕を嫌いにならないって信じてるから。

 

 でも、薫ちゃんに対しては臆病になってしまう。なんでかって、そりゃあ好きな子には嫌われたくないし、嫌いにならないって信じていても臆病になるのが人間ってものでしょ。僕らはクズはクズだけど、人の道から外れているわけじゃない。

 

「今、千里ちゃん兄貴のこと考えてる。今兄貴から離れたくないって」

「……」

「わかるよ。千里ちゃんの考えてることがわかるくらい、好きだから」

 

 死ぬほど嬉しいんですけどー!! と叫びたくなる僕の心を殴りつけ、薫ちゃんの言葉を待つ。こうしてみると、本当に薫ちゃんは夏野さんに似ている。どこまでもいい子で、相手のことを思いやれる。そして可愛い。

 

 もしかして、好きになる女の子まで親友と一緒なのかと心の中で苦笑していると、薫ちゃんがそのタイミングで綺麗な笑顔を僕に向けた。

 

「私は、兄貴の親友の千里ちゃんが好きだから。ちゃんと兄貴の親友やって、それから答え聞かせてね」

「僕が幸せにしてみせます」

「どっちを?」

「どっちも」

 

『おい千里。助けてくれ』

「二度と口利かないんじゃなかったの?」

『それでも出てくれるお前が好きだ』

「僕も好きじゃなきゃ出ないさ」

 

 またすごいタイミングでというか、恭弥からかかってきた電話を取る。薫ちゃんは、穏やかな笑顔のまま僕と、僕越しの恭弥を見ていた。

 

「女の子三人に囲まれた気分はどう?」

『千里の大切さを実感した』

「離れてても僕に逃げるくらいだからね。でもみんなはいい気しないんじゃない?」

『千里ならしゃあないな』

『千里なら仕方ないわね』

『うん。織部くんなら仕方ないよ』

『らしい』

「もしかして僕、恭弥の正妻か何かだと思われてる?」

『親友だろ』

「……わかってるじゃないか」

 

 恭弥だけじゃなくて、僕の周りの人みんな。

 

 僕が、恭弥の親友だって言ってくれるなら、もうちょっとだけ僕は恭弥の一番でいよう。恭弥が僕の一番でいよう。

 

 今日。僕は親友っていう称号に甘えて、好きな女の子を一度ふった。


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