休日。休日である。俺が「今更周りなんて気にしねぇよ」と言った割には突き刺さる好奇の視線にビクビクする必要がない休日。あのつづちゃんとかいうちっこい悪魔、俺が千里と付き合ってないって知ってても思う存分ネタにしやがるし。いや、俺がしろって言ったんだけど。
ともあれ、今日はそんな必要がまったくない。いつも通り千里が家にきて、遊んで、一日を過ごして終わるだけの平和な日。来週いよいよ日葵と千里とついでに朝日と遊ぶ日を控えているのが悩みの種だが、気にしていたって仕方がない。今この瞬間、一瞬一瞬を大事に生きよう。
ベッドから起き上がり、自室からでる。俺の家は二階建ての3LDKで、二階に俺と妹の部屋、ベランダがあり、一階に夫婦の寝室がある。
ちなみに日葵の家はここから100メートルくらい行ったところにあり、千里は俺の家にくるとき、時々日葵と会うらしい。死ね。
俺の休日は朝八時に起床するところから始まり、一階に降りて顔を洗い、歯を磨き、優雅な朝食をとる。休日はだらけるのが一番だというやつがいるが、こういうところで健康的な生活をすることによって、男ってやつは磨かれていくんだ。
いつものように朝八時に起きた俺は階段を下りて洗面所へ向かった。すると、妹の
「おはよう薫」
「おはよー。相変わらず性格に似合わず規則正しいね」
「どこがだ。俺は性格も生活も規則正しいだろ」
「は? アホじゃん」
俺の休日、というより毎日は妹の罵声を浴びることから始まると言っても過言ではない。俺と薫は起きるタイミングも洗面所に行くタイミングも大体被り、だからこそ俺の一日初めの会話は決まって薫とだ。
世の妹と仲が悪い兄貴諸君、羨ましいだろう? 俺は可愛い妹と毎日喋れるんだ。大体罵倒だけど。
顔を洗って歯を磨き、リビングへ向かう。ありがたいことに母はいつも早起きしてくれて、家族全員分の朝食を用意してくれている。母親の鑑だ。俺は将来絶対に両親を楽させると誓っている。うまくいけば。
リビングにはすでに俺以外の家族が集まっており、俺が座るのを待ってくれていた。待たせるのも悪いのですぐに座り、母さんの「いただきます」に続いて父さん、俺、薫の三人で「いただきます」と手を合わせ、朝食を食べ始めた。
我が家の朝食は和食。白いご飯に味噌汁に魚の切り身。ちなみに俺は味がわからない男だから焼き魚を食べても種類がわからない。舌がバカと言えば聞こえは悪いが、俺は何でもおいしいと思える贅沢な舌だと思っている。
あぁ、なんと幸せな一日だろう。好奇の視線に晒されることなく、おいしい朝食を食べ、優雅な一日を過ごす。俺はきっと神に恵まれているに違いない。
「あ、恭弥。先生から聞いたんだけど、千里ちゃんと付き合ってるんだって?」
神は死んだ。
冷静に振舞い、箸を静かに置く。手を付けようとしていたお魚が「食べてくれないの?」と語り掛けてきているようだった。すまない。俺は平和な日常に突如として舞い降りてきた極大の核爆弾を処理しなければならない。その時まで待ってくれ。
「はは、母さん。何言ってるんだ? 俺が千里と? そんなことありえないだろ。なぁ薫、父さん」
「千里ちゃんなら不思議でもないけど」
「千里くんだもんなぁ。いや、役割的に千里ちゃんの方がいいのか?」
「役割とか生々しいこと言ってんじゃねぇよクソ親父」
薫と父さんは納得の表情で頷いていた。どころか「やっとか」と呆れた顔すらしている。いや、現代日本に置いて男と男が付き合うことに抵抗ないのは大変すばらしいことだけど、もっと動揺するとかないの?
「兄貴、逆の立場で考えてみて」
「何を」
「あたしの兄貴はほぼ毎日女の子みたいに可愛い男の子を連れてきて、お互いを親友だと認め合ってて、家族以上に通じ合ってて、やけに距離が近い。これで不思議に思えると思う?」
「付き合ってるじゃん」
「付き合ってるよ。兄貴と千里ちゃんは」
なんだ、俺と千里は付き合ってたのか。それなら別に騒ぎ立てる必要もないだろう。俺と千里が付き合ってなかったら訂正する必要があったが、周りも認めているなら落ち着いて朝食を食べて、いつも通りの一日を過ごそう。
そうしてぽつぽつ会話しつつ朝食を食べていると、スマホに一件メッセージが届いた。
「悪い、千里からだ」
「千里ちゃんなら仕方ないわね」
「あんま待たせちゃだめだよ」
「相手を安心させるのも男の甲斐性だからな」
「わかってるっての」
一言断りを入れてメッセージを見ると、『親から付き合ってるの? って聞かれたけど、僕たち付き合ってたんだっけ?』とメッセージがきていた。それに『今更何言ってんだ? 俺たち付き合ってるだろ』と返すと、『そうだよね。ごめん、変なこと言って』と返ってきて、そこでメッセージは途絶えた。
千里の親にも話が行ってるのか。まったく、生徒が付き合ってるとかそんなデリケートな話、生徒の許可もとらずに親に言うなよ。絶対担任だな。あの年中タバコ吸いまくってて渋いイケメンの適当な教師。名前なんだっけ。女子生徒にそこそこ人気だから忌々しくて覚えてねぇや。
「そういや今日の昼千里くるから」
「いちいち言わなくていいわよ。ご飯も五人分用意してるから」
「そうだよ。お母さん兄貴のせいで一人分多く用意するのくせになっちゃったんだからね」
「まぁ飯食う時の人数は多ければ多いほどうまいからな」
食べ終わって食器を片付けながら言うと、それが当然のことかのように返される。そういえば千里と親友になってからうちにこなかった日なんて数えられるくらいしかないもんな。そりゃそうなるか。
千里がくるまで暇なのでランニングに出て、帰ってシャワーを浴びて、薫の愚痴に付き合う。何? 男に言い寄られてる? なら兄貴に俺がいるって言っとけ。大体のやつは諦めてくれる。クソと義兄弟になるのは嫌だろうからな。
そんなこんなで、スマホに『もうすぐつくよ』というメッセージが届き、玄関へ向かう。靴を履いてドアを開けると、インターホンを押そうとしている千里の姿があった。
「よう」
「よっ」
お互い軽く手をあげて挨拶し、千里を家へ迎える。「ただ……お邪魔します」と言ったのが聞こえていたのか、母さんがキッチンから「ただいまでいいのよー」と家中に響く無駄にデカい声で言った。
それに頬を赤くした千里が、「ほんとにご飯頂いていいの?」と遠慮がちに聞いてくるので、「俺とお前の仲だろ」とイケメンスマイルで返す。今更遠慮することないだろ。休日家にきたら大体一緒に食べてるんだから。
「あ、千里ちゃん。こんにちは」
「こんにちは、薫ちゃん。あとちゃんづけはやめてね?」
「じゃああたしにもちゃんづけやめて」
「そんなこと言っても、前呼び捨てにしたらすごい恥ずかしそうだったから」
「……なんか呼び捨てにされたら千里ちゃんが『男!』って感じがして恥ずかしかったんだもん」
二階から降りてきた薫が千里に気づき、ぺこりと頭を下げる。千里は薫のことを本当の妹のように可愛がってくれていて、薫も千里に懐いているが、なんとなく怪しい感じがする。少し何かあれば、薫が千里のことを好きになるような……。
まぁでも、千里なら薫を任せても安心だろう。リーサルウェポンの『兄貴が俺』も通用しないし、文句のつけどころがない。
「千里と義兄弟か。悪くないな」
「その場合どっちが弟になるんだろうね?」
「兄貴は兄貴っぽいけど、しっかりしてるのは千里ちゃんだよね」
「は? 俺のどこがしっかりしてないって言うんだ?」
「生活はともかく、性格」
「話にならねぇな。千里、手洗ってこい」
「話にならないのは君の性格だよ」
追い打ちをかけるな。
先に薫とリビングに入り、自分の場所に座って千里を待つ。リビングには既に父さんがいて、今か今かとご飯を楽しみに待っていた。このおっさん、母さんのご飯が世界で一番うまいと豪語している妻大好き人間である。ちなみに父さんも俺と同じく味がわからない人間なので、『料理を作った人が誰か』というのが判断基準になっている。
テーブルの上に並べられているのは、金に輝くオムライス。千里が言っていたが、「君が味のわからない人間だってことがもったいないくらいおいしい」と母さんの料理をべた褒めしていたので、千里がくると母さんは料理にちょっと気合いを入れる。いいかっこしぃなんだ、うちの母さんは。
母さんも座って少し後、千里がリビングに入ってきた。
「おばさん、おじさん、お邪魔してます」
「あらいいのよお姉さんなんて。ねぇあなた?」
「ははは。世界で一番尊敬しているカッコいいお兄さんなんて、千里くんは口がうまいな」
「兄貴の幸せな頭って、間違いなく遺伝だよね」
「俺はあそこまでひどくない」
「あれくらいひどいと思うよ」
俺の隣に座りながら、さらっと俺の両親を『ひどい』と認めてみせる千里。そんなことを言われても気を悪くするような両親ではないので、「確かに、恭弥の頭はひどいわよねぇ」「あぁ、ひどい」と仲良く夫婦で笑い合っていた。
虐待か?
「それじゃ、冷めないうちに、いただきます」
『いただきます』
うちの家族はテーブルマナーが非常にいい。父さんと母さんはそれぞれの両親に『どこへ出しても恥ずかしくないように』と叩きこまれたらしく、俺と薫はそんな両親の姿を見て自然と覚えた。ちなみに千里は最初からマナーがよかった。
「それにしても、まさか二人が付き合うなんてねぇ」
「僕もびっくりしてます。まさか恭弥となんて」
「そうだよなぁ。俺日葵が好きだったのに」
「ほんとにね。いっつも日葵ねーさんのことばっか喋ってたのに」
「ははは。日葵ちゃんのことほんとに好きだもんなぁ、恭弥は」
ははは。と笑い合いながら違和感を覚えた。家族全員、そして千里も違和感を覚えたらしく、全員食事の手が止まる。
始まりは、母さんからだった。
「……恭弥、日葵ちゃんのことが好きだったわよね」
「兄貴、日葵ねーさんのことめちゃくちゃ好きだよね?」
「恭弥、日葵ちゃんが好きで好きでたまらないんだよな?」
「恭弥、僕たちって付き合ってたっけ?」
「……」
家族から『俺が日葵を好きだ』ということを再確認され、千里と目を合わせた。そしてお互い同時にスマホを見て、朝送りあったメッセージを見る。
もう一度目を合わせてから、同時に叫んだ。
「「俺(僕)たち付き合ってねぇよ!!!!!!」」
お互い同じ場所に、同じ力でスマホを放り投げる。なんだあれ、なんだあのメッセージ。あれ送ったの本当に俺か? あれ送ってきたの本当に千里か? なんでどっちも受け入れてるんだ? 受け入れすぎてもう昼だぞ。どんだけ時間かけたノリツッコミだよ!
「そう、そう! あまりにも恭弥と千里ちゃんが付き合ってるっていうのが自然すぎたから受け入れちゃったけど、恭弥日葵ちゃんのこと大好きじゃない!」
「兄貴が日葵ねーさん以外と付き合うなんてありえないもんね。びっくりした。あまりにも違和感がないから」
「危なかった。父さん、千里ちゃんとの明るい家族計画を立ててたぞ。もう少しで家を買うところだった」
「僕もあっさり家族に受け入れられたから『ほんとにそうなんじゃないかな?』って思っちゃったよ! 最悪だ! 完全に恭弥に毒された!」
「俺のせいじゃねぇだろ! 大体、あっさり受け入れる家族の方に問題がある! その受け入れてしまった原因はなんだ? 俺と千里が仲良すぎたからだ! つまり千里が悪い!」
「その論法でいくなら君も悪いだろ! クソ、姉さんに『私が叔母になれないのはちょっと寂しいけど』って悲しそうな顔させちゃったじゃないか!」
「もしかして薫も寂しかったのか? ごめん! 俺が勘違いしてすぐに訂正できなくて!」
「兄貴の遺伝子って最悪じゃない?」
「それはつまり両親の遺伝子もってことになるから、お前の遺伝子も最悪だぞ」
薫はショックを受けたのか持っていたスプーンを落とし、父さんと母さんの顔を交互に見た後テーブルに突っ伏した。兄貴は妹に勝てないもんだが、時に兄貴は妹を完膚なきまでに負かす力を持っている。俺の才能が怖い。
家族は俺が日葵のことを好きだってことを知っている。小さい頃いつも一緒にいて、あの頃純粋だった俺は「将来日葵とけっこんする!」と可愛らしく騒いでおり、疎遠になってからも俺が日葵の話ばかりするので、家族の間でそれは常識となっていた。
その常識を脅かしたのが千里という存在である。まさか俺自身も『千里と付き合っていること』に違和感を持たないなんて、結構学校での視線がダメージになっていたのかもしれない。
「千里、もっと男らしくなってくれないか?」
「なれたらなってるよ!」
本当に悲しそうな顔をして叫んだ千里に謝って、いつも通り一日を遊んで過ごす。
でもよかった。うっかり日葵の前で「俺たち付き合ってます」なんて言うことがあったら最悪だった。来週はこんなことがないようにしよう。