【本編完結】ただ、幼馴染とえっちがしたい 作:とりがら016
「あそこに日葵がいるの見える?」
「おう」
「ちなみにどういう状態に見える?」
「テストができなくて屍になってる」
「つまりチャンスってことね」
「おい、腕捲りして何を企んでやがる」
三時間目までのテストが終わり、放課後。テスト期間はただただ成績をあげるためのボーナスタイムであり、午前で学校が終わる素晴らしい期間。俺にとってはそうだが、日葵にとってはそうではないらしく、テスト初日の今日、まったく手ごたえを感じず打ちひしがれていた。
「まぁ土曜は結局勉強できひんかったしなぁ」
「そもそも、学校でもないところで恭弥がいたら勉強できないに決まってるでしょ?」
「言っとくけど俺は一番勉強しようとしてたぞ」
「はぁ、誰? ちゃんと勉強しようとしなかったやつは」
「僕その場にいなかったけど朝日さんだと思うんだ」
「大正解や。クッキーあげる」
「わーい!」
個包装されたクッキーを岸から受け取った千里はすぐに包みを開け、両手で持ってもくもく食べ始めた。なんだお前その可愛い食べ方。途中で気づいて片手で持ってんじゃねぇぞ。お前がメスだってことはバレバレなんだから。
「どうせ四人でいやらしいことしてたんでしょ? これだから年頃の男女は。僕と薫ちゃんはちゃんと勉強してたっていうのに」
「そういえば千里。お前薫から告白されて断ったらしいな」
「朝日さん、岸さん。僕が逃げる時間を稼いでくれ」
「もう捕まってるから無理やで」
「諦めなさい」
千里の柔らかい手を掴み、にこにこ笑いながら睨みつける。
土曜日、日葵の家から帰ると薫から話があると言われ、これはお付き合いしますっていう報告か? と心の準備をしてから薫の部屋に行くと、『千里ちゃんに告白したんだけど、ふられちゃった』と薫に笑って言われた。
千里のことだから、何か事情があるんだと思う。でもそれは薫よりも大事なことなのか? この世に薫より大事なことが千里にはあると? 許せねぇよ千里。俺はお前なら薫を大事にしてくれると思ってたのに。
「君の怒りももっともだ。そりゃそうだよね。薫ちゃんのことが好きだって言っておきながらフるなんて、君にとっては万死に値することだろう。でも聞いてほしいんだ」
「うんうん、聞かせて? 織部くん」
「僕を殺せ」
「日葵がきた瞬間に諦めたわね」
「レベル1でラスボス2体倒せって言われてるようなもんやからなぁ」
薫ガチ勢の俺と日葵を前にして千里はすべてを諦め、膝をついた。本当の妹のように可愛がっている薫のことともなればテストのことなんてどうでもよくなったらしい。今度日葵が落ち込んでたら薫に『日葵ねーさん。がんばって』って言わせたらすぐに立ち直るんじゃないだろうか。
「ま、落ち着きなさい二人とも。千里と薫ちゃんが納得してるならいいじゃない。馬に蹴られて死にたくなかったらこれ以上首突っ込むのはやめといた方がいいわよ」
「え? 光莉って馬だったのか?」
「死ぬとか殺すとかで私を連想するな」
「蹴り殺されるってドキドキするよね」
「変態は黙っとこな」
床に膝をついたままの千里を岸が足で小突くと、千里は「あんっ」とえっちな声を出して体をビクつかせた。教室の外から「なんだ今のエロい声」「性的すぎる」「ちょっとトイレ行ってくるわ」という声が続々聞こえてくるほどいやらしい声を出した千里を見て、岸が腕を組んで首を捻った。
「どうしたの? 春乃」
「いや、もしかして私、千里に女の子として負けてへん?」
「おい、それは僕を女の子として扱ってなきゃおかしな日本語だぞ」
「確かに千里は性的だけど、岸のが十分女の子らしい。いいか? メスと女の子は違うんだよ」
「なんで話を進めるの?」
「そうそう。春乃ってみんなからカッコいいーとかイケメンーとか言われてるけど、ちゃんと女の子らしいし可愛いよ!」
「朝日さん。もしかして僕って無視されてる?」
「というかズルいのよね。普段カッコいいのにちゃんと女の子だから、余計可愛く見えるんだもの」
「無視してんじゃねぇよ牛女。脳みそ空っぽだからそんなにだらしない胸してるんだろうね。下品でとても見ていられないよ」
気づいたら千里が後ろのロッカーに頭を突っ込んで腕をだらんと垂らし、床に膝をつき、どう見ても後ろからお願いしますという体勢で沈黙していた。どうせ光莉に余計なこと言って制裁されたんだろう。微かに「無視しろよ……」という千里の声が聞こえる。
「なんやそんな褒めてもらったら照れるなぁ」
「ほら、そういう笑顔とか可愛いんだよ。普段カッコいい女の子の可愛らしい笑顔って男的にすげぇクる」
「私の笑い方はどう?」
「邪悪。あ、違うんです」
気づけば俺も千里の隣のロッカーに頭を突っ込んで、千里と同じ体勢になっていた。背中に感じる柔らかい感触は光莉の尻だろう。
「素直に褒めればよかったのに」
「いや千里、わかるだろ? 光莉相手ならなんか、言わなきゃって気持ちになるんだよ」
「わかるよ。だからつい僕も思ってることを言っちゃうんだ」
「思ってもないことを言いなさいよ」
「俺たちは正直だからな」
「椅子にされたいの?」
「もう椅子にしてるだろ」
クソ、光莉め。前椅子にされたときはなんとも思わなかった……わけじゃないけど、あの時よりドキドキする。俺を気遣ってかはわからないが、前と同じように接してくれるのはありがたい。でも、あんなこと言われて何も思わないほど俺は枯れてない。だから前と同じ距離感でこられるとちょっとドギマギしてしまう。
「もう、光莉? 恭弥を椅子にするのはダメだよ?」
「いや、まず暴力を咎めなあかんやろ。この三人はこういうもんやから別にええとは思うけど」
「よくない! 暴力反対!」
「あと千里は自分で抜け出せんのになんでまだ頭突っ込んでるん?」
「恭弥一人で頭を突っ込んでるのは可哀そうでしょ?」
「俺もう抜け出してるぞ」
「マジかよ」
喋る尻が千里へと進化し、千里を放置して元の席へと戻っていた俺たちのところに歩いてくる。「気づかなかった僕を間抜けだと笑うがいい」と言われたので日葵以外の三人で爆笑すると、千里は涙目になってぷるぷる震え、「しらない」とそっぽを向いた。可愛すぎか? こいつ。
「おいおい、拗ねるなよ千里。この前井原に聞いたいい情報をやるからさ」
「なに?」
「女子数人が千里のことが気になってるらしい」
「僕には薫ちゃんがいるからまったくいい情報じゃないね」
「ちなみに男と男の絡みが好きらしい」
「本当にいい情報じゃねぇじゃねぇか」
つまりそれは俺にとってもいい情報じゃないってことだ。まさに諸刃の剣。千里に追撃を仕掛けるために俺もダメージを負った。ふ、死ぬときは一緒だぜ。
でも実際、千里も人気はあると思う。女の子っぽいってことは少し男らしさを見せるだけでカッコよく見えるし、千里は優しいしいいやつだし、ゲスでクズでどうしようもないやつだが、仲良くなれば好きになってしまってもおかしくない。俺が女だったら間違いなく千里を選ぶと見せかけて一人で生きていく。
「でも、そんなん言うたら氷室くんも結構人気やで」
「最近私たちと仲良くしてるから、危険がない人間だってわかったんでしょうね」
「恭弥はずっといい人だったのに……」
「おいおい、ついにモテ期到来か?」
「あんたの普段の行動を教えてあげたら『やっぱり』って顔して去っていったわ」
「岸。この悪魔なんとかしてくれ」
「あれおもろかったなぁ」
「日葵。この悪魔二人なんとかしてくれ」
「あはは……」
「千里。この悪魔二人と天使を何とかしてくれ」
「犠牲者が増えるよりはいいと思うよ」
「俺に興味を持った人を犠牲者って呼ぶのはやめろ」
んなこと言ったらこの場にいる全員犠牲者じゃねぇか。おい岸、「犠牲者でーす」って言って笑うのやめろ。日葵が「ぎ、犠牲者です」って真似してブチクソ可愛いじゃねぇか。
ほんとに、なんで俺に興味を持ってくれるんだろう。確かに俺はカッコよくて頭がよくてなんでもできて素晴らしい男だが、そんなにいい人間じゃないのに。ただ男として頂点に君臨しているだけで、なにも大したことはない。
「でも実際さ。僕らが仲良くしてるのを見て『大丈夫かも』って言って近づこうとしてくる女の子なんてほんとに恭弥を好きじゃないんだから、別にいいんじゃない?」
「そうそう。結局、そういうやつって恭弥の外側だけ見てるのよ」
「私は内側も知って隣にいるのよっていうアピール? 大胆やなぁ光莉」
「そうよ。私はこいつの外側だけじゃなくて、内側も知って、自分で隣にいるって決めてここにいるの。ぽっと出のやつがきゃーきゃー騒いでんじゃないわよ」
「わ、私もずっと恭弥のいいとこ知ってたもん!」
「うん。氷室くんと一緒におると全然退屈せぇへんよな」
「千里。実はここは俺が世界で一人取り残されて、極限状態の中で見た妄想だったりしないか?」
「君一人が残るような世界ならもう終わってるからありえないよ」
確かに。俺って生命力強そうな感じがしてるけど、いつの間にか死んでそうだしな。新種の猛毒のダニに殺されてそう。そんでそれが原因でそのダニが「キョーヤ」って学名つけられそう。名誉なことじゃねぇか。
「ったく、そんな俺のことが大好きなお前らに免じて、俺からご褒美をやろう」
「え、なになに?」
目を輝かせてわくわくする日葵の前に、問題集と参考書を置いた。
日葵が死んだ。
「人殺し!」
「いや、同じ大学に行くなら結構ヤバいな、と思いまして……」
「でも日葵に問題集と参考書って、こめかみに銃口みたいなもんやで?」
こめかみに銃口突きつけられて死んでしまうなら、やっぱり大学のレベル下げようかな……。
でも、まだ二年生の夏だから諦めるには早い気もする。正直どこの大学に行ってもなんとかなるだろとは思っているが、学費諸々のことを考えるとやっぱりレベルは下げたくない。公立でできるだけ金がかからないところにいって、薫のためにうちのお金を残しておきたい。
「ちなみに、ご褒美っていうのは嘘じゃない。勉強を頑張ったら海が待っています」
「え?」
「薫がさ。また日葵と話せるようになったんだから、日葵と一緒に遊びたいんだってよ。勉強に関してはまぁ大丈夫だろ。俺の妹だし」
日葵の目に生気が戻る。日葵は目先に明確なご褒美が待っていると頑張れてしまう、可愛らしい性格の持ち主だ。その性格に薫が合わされば、そりゃやる気は出るだろう。
「あと『兄貴と仲良くしてくれてる人とも遊びたい』って言ってたね。まったく、ほんとにいい妹だよね。大好きだぜ」
「流石私の妹ね」
「流石私の妹やな」
「誘拐犯が二人いるじゃねぇか」
問題集と参考書を手にやる気に満ち溢れている日葵には、「これなら日葵ねーさんもやる気出るでしょ?」と言っていたのは黙っておこう。絶対傷つくから。