【本編完結】ただ、幼馴染とえっちがしたい   作:とりがら016

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第73話 ナイスプレイ

 負けないよと宣言したものの、勇気が出ない。

 

 夏休み初日。お祭りがあと一週間とちょっと。私としては、恭弥ともうちょっと距離を縮めたいなーなんて思ったり思わなかったりしてるわけで、つまり、その、お祭りの前に、恭弥と二人きりでデートしたいなぁなんて思い続けて恭弥に何も連絡できないまま今日。

 

 恭弥にとってもらったぬいぐるみを抱いて、ぽふんとベッドにダイブした。

 

 ほんとにまずい。光莉も春乃も積極的だし、元々恭弥と普通に話せてたからこのままじゃどんどん差をつけられる。春乃のことも名前で呼ぶようになったし、恭弥見るからにどぎまぎしてるし、そこが可愛いんだけど私以外にどぎまぎしてると嫉妬しちゃう。

 光莉は前よりボディタッチは少なくなったけどやっぱり距離が近いし、春乃は多分計算で恭弥をどぎまぎさせてるし、ほんとに危ない。私の方がずっと恭弥と一緒にいたのに、いつの間にか空気になってる気がする。この前の文化祭のやつも全然喋れなかったし……。というかなんか恭弥と光莉が中心になって、しかもなぜか私もメインキャストになったし……。

 

 うだうだ考えても仕方ない。待っていても好きな人が振り向いてくれるとは限らない。どころか、恭弥の周りには素敵な女の子がいっぱいいるからこのままじゃ負けちゃう。

 

 意を決してスマホを握り、電話をかけた。短いコール音の後に『もしもし』と言う可愛らしい声が聞こえる。

 

「織部くん、相談があるの!」

『君は僕を殺したいの?』

 

 なんで? と聞くと、織部くんは『いや、いいんだ』と言ってから、いつものファミレスに集合することになった。

 

 

 

 

 

 夏野さんは僕を殺したいのだろうか。

 

 僕と夏野さんが二人きりで話していると、夏野さんのことが大好きな二人に見つけられて必ず僕が殺される。どこから嗅ぎ付けてるのかは知らないけど、多分恭弥のことだから「なんかそんな気がした」って言って僕のことを見つけるし、朝日さんも「なんかそんな気がした」って言って夏野さんのことを見つけるんだろう。あの親友どもめ。僕のことを理解してくれてるみたいで嬉しいじゃないか。

 

 殺されるのに嬉しい訳ねぇだろゴミが。中立でみんなをサポートする僕の気持ちにもなれよ。

 

「あ、ごめん織部くん。待った?」

「そういうデートっぽいセリフは恭弥のためにとっておいたら?」

「もう、照れさせようとしてるんでしょ」

 

 先にファミレスに入って待っていると、ほどなくして夏野さんがやってきた。涼し気な恰好ながらも肌の露出は最低限。清楚で可憐っていう言葉がよく似合う。

 夏野さんをからかうと、少し口の先を尖らせて頬をうっすらピンクに染めながら僕の対面に座った。夏野さんと薫ちゃんって似てるところあるから、少しドキッとしてしまうのは許してほしい。

 

「ふふん。織部くんいっつもからかってくるから、もう慣れちゃいました」

「ちょっとほっぺピンクになってるよ」

「いじわる」

 

 誰か助けてくれ。朝日さんと岸さんみたいに時折見せる可愛さでもなく、真正面からの怒涛の可愛さ。薫ちゃんと一緒だ。今僕は可愛さに殴りつけられてノックアウトしそうになっている。僕がポーカーフェイス上手でよかった。

 

「どうしたの織部くん。調子悪いの?」

 

 ポーカーフェイスが上手なはずだから、夏野さんから何か言われた気がしたけど気のせいだろう。

 

 店員さんに適当に注文し、アイスコーヒーとアイスココアが届き、アイスコーヒーが夏野さんの前に、アイスココアが僕の前に置かれ、店員さんが去っていったところでお互いの飲み物を交換。あの店員許さねぇ。僕がアイスコーヒーよりもアイスココア飲むように見えたのか?

 

「織部くんは嫌だろうけど、織部くんの方が可愛いって言われてるみたいでちょっとショックだなぁ」

「どっちが可愛いっていうよりも、どっちが大人っぽいかってことだと思うよ」

「わ、じゃあ私大人っぽく見えるってこと?」

「認めたくないけど、少なくとも僕といたらそう見えるんじゃないかな」

「やった! 嬉しい」

 

 なんだこの純粋な人は??? いつも恭弥と一緒にいるせいか、クズで薄汚れた僕の心にめちゃくちゃダメージがくる。この世界がファンタジーなら夏野さんは絶対賢者か勇者だ。そして僕ら三人は勇者によって屠られるに違いない。僕以外の二人が誰かは言うまでもないだろう。

 

「それで、相談って恭弥のことだよね?」

「……うん。ごめんね? 自分から直接は勇気出なくて」

「にしても奥手過ぎない? 朝日さんと岸さんを見なよ。僕が女の子で恭弥のことが好きだったらもう諦めてるレベルですごいじゃん」

「織部くんが女の子だったらもう付き合ってると思う」

「おい。正直がいつも美徳になるとは限らないんだぞ?」

 

 大体、僕がもし女の子だったとしたら恭弥は絶対気を遣う。そもそも僕が男で女の子みたいな容姿だったから恭弥が話しかけてきたんだから、僕が女の子だったら今みたいな関係になってない可能性すらある。

 

最悪じゃんそれ。男でよかった。

 

「具体的な相談内容は? 大方夏祭り前に恭弥とデートしておきたいってところだろうけど」

「なんでわかるの?」

「恭弥と一緒で夏野さんはわかりやすいんだよ」

「恭弥と一緒かぁ。えへへ」

 

 えへへじゃねぇよ。可愛いかよ。それを恭弥の前でいつもやればいいのに……いや、結構やってるか。でも薄いんだよなぁ。夏野さんが薄いというか、朝日さんと岸さんが濃すぎるんだけど。だってクズな割に乙女とイケメンだけどしっかり女の子だよ? 夏野さんは言ってしまえば普通の可愛い女の子だ。めちゃくちゃいい人で可愛いけど、強烈な個性がない。だからあんまり印象に残らないというか、アピールが足りないんじゃないかなぁって思ってしまうんだろう。

 

 恭弥にとってはそこにいるだけでアピールになるんだけど、夏野さんがそれに気づくわけもないしなぁ。やっぱりデートするっていうのが一番になるのか。

 

「普通に誘おうとしても勇気出ないんだよね?」

「メッセージ送ったら、待ってる時間ドキドキして死んじゃいそうだし……」

 

 恭弥はすぐにメッセージを見て「なんて返そう。なんて返せばいいと思う?」って僕に聞いてきて、結構な時間待たせてしまうだろうから夏野さんは死ぬ。今の恭弥は色々めんどくさいこと考えるだろうし、返事まで結構時間が空くのは確実だ。

 

「それに、もし断られたらって思ったら不安になっちゃって」

「絶対断らないよ。家族が病院に運ばれたとかがない限り」

「そうかなぁ」

 

 夏野さんは、自信がなさすぎる。鏡を見て自分のことを可愛いと思ったことがないんだろうか。ないんだとしたら全人類に喧嘩を売ってるのと同じだ。そんな容姿をしていて可愛いと思ったことがないって、嫌味じゃなくても嫌味に聞こえる。ちなみに僕は自分のことを可愛いとしか思えない。畜生が。

 

 でも、好きな人に対して臆病になってしまうのはわかる。恭弥もそうだったし、やはり幼馴染だからか、恭弥と夏野さんはちょくちょく似ているところがある。恭弥も普段自分のことをイケメンだとか頭がいいだとか言っているくせに、夏野さんに対してだけはすごい臆病だ。めんどくせぇなこいつら。

 

「こんなこというのもなんだけど、恭弥は一緒にいたいと思う人間以外とは付き合わないよ。だから友だちが少ないんだけど、例えば井原くんに誘われたら一緒に遊ぶだろうし、普段一緒にいる人の誘いを断ることなんて絶対ない。そこは自信持っていいよ」

「……ありがとう。優しいんだね、織部くん」

「ふっ、惚れた?」

「あー。薫ちゃんがいるのにそういうこと言っちゃだめだよ」

「あの、正論で殴りつけてくるのはやめてください」

 

 何も言えなくなるんで。

 気まずさで縮こまる僕を見て、夏野さんは「冗談ってわかってるよ」とおしとやかに笑った。夏野さんのことだから本気で咎めたんだと思った。あ、冗談でもだめ? はい。肝に銘じます。

 

「うーん、メッセージがドキドキするなら電話にすれば?」

「で、でんわ!? だめだめ、だって恭弥の声が耳元でなんて」

「スピーカーにすれば?」

「へぇ!? だめだめ恭弥の声が部屋中になんて」

「外でスピーカーにしたら?」

「やだ! 会話内容聞かれちゃうもん!」

「帰るわ」

「わーまってまってごめん!」

 

立ち上がって帰ろうとする僕の腕を掴んで「帰らないで!」と縋りつく夏野さん。画が非常に危ないので慌てて「わかった、わかったから!」と言って元の場所に戻る。危なかった。あのままじゃ彼女を捨てようとしている彼女と間違われるところだった。二重に間違えてんじゃねぇぞカスが。

 

「あのね夏野さん。君がこのまま直接アプローチできないなら、朝日さんか岸さんに恭弥をとられちゃうよ?」

「光莉か春乃か織部くんに……」

「僕を登場人物に入れるのはやめてもらおうか」

 

 夏野さんはいじるというより本気でそう思っていそうだから怖い。僕はこんな見た目でもちゃんと女の子が好きだし、男は恋愛対象に入らない。男から見た僕が恋愛対象に入るかどうかは別の話だけど。

 

「恥ずかしいのもわかるけど、ちゃんとアプローチしなきゃ。恭弥とデートしたくないわけじゃないんでしょ?」

「したい」

「じゃあ電話しよう。どうせ恭弥のことだから暇してるよ」

 

 もしかしたら朝日さんか岸さんと一緒にいるかもしれないから、それもよくないのかもしれない。邪魔をしたって形になるしね。

 

「ほんとにするの……?」

「うん。思い立ったが吉日だよ。ってそうか、僕の前じゃ恥ずかしい?」

「ちょっと恥ずかしいかも」

「それじゃあこういうのはどうだろう」

 

 自分の居場所を知らせるように手をあげると、その人は僕たちの方へ歩いてきた。入れ替わるように僕は立ち上がって、その人の肩を押す。

 

「夏野さんが話あるんだってさ。聞いてあげてよ」

「は? おい千里、俺お前と遊ぶんだと思ってラフな格好してきちまったんだけど」

「大丈夫、カッコいいよ」

 

 この場に現れた恭弥を見て、目を丸くして口をぱくぱくさせる夏野さんに笑って「頑張って」と言ってからその場を去る。ふっ、我ながらスマートだぜ。僕がいいやつ過ぎて困る。


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