「あれ、恭弥は食べないの?」
薫の口元にケーキを持っていって、「あーん」している日葵がふと、ケーキを食べていない俺に聞いてきた。節約のためにと自分の分は買わなかったが、やっぱり気にしてくれるんだ。恭弥嬉しい。
ただ、節約のためだけに買わなかったわけじゃない。俺がケーキを買ってきて、でも自分の分は買ってきてなくて、今日は薫の誕生日。申し訳なさを感じた薫は、俺に対して「あーん」をしてくれるはずというとんでもなく天才的な発想に基づいた革命的計画。歴史に名を遺すこと間違いなしだ。
「いや、俺は井原と一緒にちょっと食べたからな。大丈夫」
「もう、一人だけ食べてないのはみんな気を遣うんだよ。ほら、口開けて」
あーん。とやってきたのは可愛らしい笑顔でフォークに突き刺したチョコケーキを突き出す千里だった。お前何してくれてんの? 俺はお前じゃなくて薫に「あーん」ってしてもらいたかったんだよ。何迷いなく「あーん」してんだよ。男同士だぞ? でも男同士って気にならないくらい可愛いから食べちゃう。あーん。
「ふふ。おいしい?」
「んまい。サンキュー千里」
「……」
「光莉、全部食べてもうたな……」
あーんしている俺たちを見て、光莉は自分の皿の上を虚無の瞳で見つめていた。その皿の上には何も乗っておらず、同情するような視線を春乃が向けている。おいしくてすぐに食べちゃったんだよな。光莉のそういうとこ可愛いと思う。ほんとに。
「なんで私って食べ物に対して見境ないのかしら……」
「お昼も30皿ぐらい食べてたよね。地味に僕たちの方にお皿寄せて食べてないことにしようとしてたし」
「千里も『ここで全部払ってくれると男らしいわよね』っていう悪魔のささやきに乗せられて奢らされてたし」
「いやしい上にクズやん」
「三人でご飯食べに行ってたんだ」
「偶然会ってね。私、出かけると恭弥と会うこと多いのよね」
「マジで考えてることがほぼ同じなんだよな。ここまでいくと気色ワリィ」
「あら、こんな美少女と考えてることが同じなんて誇らしいと思わない?」
「気色ワリィって言ったのが聞こえなかったのか?」
「一度許してあげたのがわからなかったの?」
「考えてること同じなのが光栄すぎて、照れ隠ししちゃったんです」
危ない。薫の誕生日が俺の命日になるところだった。俺がすぐに謝ったからか、光莉は握りしめていた拳を開いて、俺の太ももをゆっくり撫でる。それはそれですごく怖いからやめていただきませんか。セクハラですよ? 何? 男の急所ってこの先にあるのよね、だって?
「なーなー、恭弥くん。私のケーキ食べたい?」
「恭弥は僕のケーキだけで十分だってさ」
「もぐもぐ」
「千里ちゃん、いいの? ほとんどあげちゃってるけど」
「朝日さんもそうだけど、黙って食べてるところが可愛くてつい」
「あんたバカじゃないの? 好きな子の前で他の女の子と褒めるんじゃないわよ」
「めっちゃ嬉しそうにしてるやん」
「光莉って仲良しの人からの褒め言葉に弱いから」
光莉と二人そろって「でへへ」と照れてしまった。よく考えたら「可愛い」って言ってくれたのは千里だから、男である俺は男に「可愛い」って言われたことに対して何らかの気持ち悪さを感じるのが普通なんだろうけど、全然嫌悪感がない。可愛い人が可愛いって言ったらそりゃ似合うに決まってるし違和感もなにもないしな。
正直なところ、光莉がおいしいものを食べているときはかなり可愛い。女性的というよりもほんわかするというか、にこにこしながらもぐもぐしてるから。食事のマナーで言えば薫に負けてしまうが、可愛さで言えば薫の勝利。あーあ。完全敗北しちゃった。でも仕方ないだろ。薫って小動物みたいにちみちみもくもく食べるんだから。日葵も薫の隣でだらしない顔してずっと見てるし。
「ん-、そか。おいしいしせっかく買ってきてくれたんやから食べてほしかったんやけど」
「じゃあ私が恭弥に食べさせてあげるわよ。私を挟んでだと食べさせにくいでしょうし」
「ほなどけや牛」
「……? あれ、今もしかしてすごい暴言吐かれた?」
「気にすんな。事実だし」
「あぁ。まぁ春乃なら私が牛に見えても仕方ないわね」
「ははは。搾りつくしたるわ」
「え、お願いします」
「光莉。多分えっちな意味じゃないよ」
「あまりにもイケメンで物を言わせない表情だったからつい……」
光莉越しだけど「搾りつくしたるわ」って春乃が言っているのを聞いてしまい、少し反応してしまう。いや、仕方ないと思うんだよ。別にいやらしいこと考えてたわけじゃないけど。日葵が光莉と春乃のやりとりを聞いてすぐに『えっちなこと』だと判断したことに興奮したわけでもないし、「搾りつくしたるわ」って聞いて千里が体を震わせたのがエロかったからってわけでもない。ただあの、その、あれですね。
「兄貴。兄貴の周りって下ネタ多いよね」
「す、薫ちゃん! 私は言ってないよ!」
「でもいち早く反応してるじゃん」
「……」
「は? 脳内ピンク日葵可愛すぎ。これは私とえっちなことしてもらうしかないわね」
「ピンクじゃないもん!」
「別に恥ずかしいことちゃうやろ? 高校生なんやからそういうこと知ってても考えててもおかしないって」
「えー、だって……」
日葵が恥ずかしそうにしながら俺をちらちら見てくる。あぁ、俺がいるから恥ずかしいって? なんだなんだ可愛いやつめ。一応千里も男なんだけどと思ったが、千里は男だけどメスだから別に恥ずかしくはないんだろう。もしかしたら女の子同士でも恥ずかしいのかもしれないが、俺にそういうことを聞かれるよりは断然マシなはずだ。
ここで日葵に対して「恥ずかしいやつだな」なんて言ったら日葵は顔を真っ赤にして逃げ出してしまう可能性があるので、スマートに肯定するべきだ。ふっ、俺がいい男すぎて俺自身が困っちまうぜ。
「俺はすごく興奮する。あぁ……」
「自分で失敗したと思って『あぁ……』って言ってんじゃないわよ」
「あーあ。日葵が顔真っ赤にして固まってもうた」
「女の子の前で猥談なんて最低だね。恭弥がそんな人だとは思わなかった」
「かちんこちんになっちゃった」
薫が固まった日葵をぺちぺち叩いている。可愛い。
しかししまった。思わず思ったことを言ってしまった。これだから嘘をつけないってのは困るんだよな。正直すぎるってのも考えものだ。隣で光莉が「でも仕方ないわよ。興奮するもの」と全然頼りにならないフォローをしてくれている。お前のフォローはまったく効果ないんだよ。だってフォローっていうよりただの共感だし。ただの変態の仲間入りだし。
ここはフォローの達人である千里に頼るしかない。アイコンタクトを送ると、「本当に君は僕がいないとだめだね」と呆れたように笑ってから口を開いた。
「夏野さん。そういうこと考えちゃうのは何も恥ずかしいことじゃないよ。岸さんも言ってたけど、普通のことなんだから」
「でも恭弥が興奮するって言った」
「恥ずかしい人間の言うことなんて気にしなくていいよ」
「おいまて。誰が恥ずかしい人間だって?」
「さっきドストレートに『興奮する』って言うたくせに、なんでまだ逃げられると思ってん?」
「そうよ。認めなさい」
「お前はこっち側だろうが」
春乃側にすり寄っていった光莉を引き寄せて肩を組む。これで逃げられねぇぞお前。お前と俺は同類だ。お前も日葵がいやらしいことを考えているっていう事実に興奮するどうしようもない恥ずかしいやつだ。一緒に地獄まで落ちようぜ。
「……ちょっと、いきなり抱き寄せたらおっぱいがぶるんってなって千里にいやらしい目で見られるからやめてくれない?」
「あぁ大丈夫。流石に薫ちゃんの前で朝日さんのおっぱいを見るなんてことはしないよ」
そう言っている千里の手からは血が流れていた。お前、そこまでして自制するなんて……どうしようもないやつだな。そうまでしないと自制できないクソ野郎。幻滅したぜ。
「いや日葵、ごめんな? さっきのは口が滑ったというかなんというか、光莉も何とか言ってやれ」
「なんとか」
「もう、そんな面白くないことしたらだめだぞ?」
「えへへ……」
「ぶっ殺すぞバカども」
「恭弥。春乃がブチギレたから私たちこれまでにしましょう」
「お互い命は惜しいもんな」
おでこを指でつん、とした瞬間に春乃からどころか日葵からも殺気を感じたので慌てて離れる。だめだ、不誠実だった。光莉とだと結構ノリでこういうことしちゃうから大分危険だ。光莉も俺のこと好きならもっと照れてもよくね? 抱き寄せられた瞬間「きゃっ」って言ってもよくね? 真っ先におっぱい見られる心配してる場合じゃないだろ。千里なら「わっ、もう、なに?」って微笑みながら言ってくれるぞ。
は? 付き合ってくれ。
「兄貴、そんな女の人にべたべた触っちゃだめ」
「確かにな。汚れちまうし」
「ノンデリカシー。私に汚いところなんて存在しないわ」
「なら確かめさせてもらうとしよう」
「千里。ちょっと出よか」
「あ、はい」
千里が俺を見て助けを求めながら春乃に連れられて行った。死んだわあいつ。薫がいなかったら春乃も許してたんだろうけど、薫の前だと流石にやりすぎだよなぁ。薫はまったく気にしてないって言いつつもやっぱりいい気持ちはしないだろうし。
……?
「薫、千里と二人きりのとき何してたんだ?」
「あ、私も気になってた! 織部くんがセクハラしてもあんまりむってしないし」
「ちょっと、日葵が恥ずかしがるのやめちゃったじゃない。もうちょっとだったのに」
「何がもうちょっとだったかは聞かないでおいてやるよ」
「……聞きたい?」
「お前さ、最低な場面でことごとくいいセリフ吐いてくるよな。いざそうなったとき撃つ弾なくなるぞ」
「そのときは銃で殴るのよ」
「男らしい……」
「二人とも。日葵ねーさんが放置されてむってしてるからやめてあげて」
「口を閉じてるってことはマウストゥマウスね? あかせあさい」
「舌だしながら任せなさいって言うなよ。差し込む気満々じゃねぇか」
「ちなみにちょっといちゃいちゃして満足してるだけだから、気にしないで」
「さて、千里を殺しに行くか」
「もう殺したで」
「ひぇ……」
手をパンパンと払いながら春乃が戻ってきて、俺の近くに千里が放り投げられた。あーあ、ボロボロになってすごくえっち。