「ごくり。今薫ちゃんがお風呂に入ってるのか……」
「やんのか?」
「あ、いや、何もいやらしいことは想像してないよ? ほんとに」
お風呂の時間。じゃんけんの結果日葵と薫が一番最初に入ることになり、次に光莉と春乃、その次に千里、その次に俺だ。別に光莉と春乃も別々でいいと思ったんだが、光莉が「私が春乃と入ったら、日葵が嫉妬すると思わない?」という低脳を晒し、春乃がそれに付き合わされている。
ちなみに今光莉と春乃は、光莉がお風呂に突撃しようとしているのを春乃が必死に止めようとしてくれているところで、リビングには俺と千里しかいない。
「それにしてもさ。三ヶ月で大分周りの環境変わったよね」
「あ、そういえば三ヶ月しか経ってねぇのか。色々ありすぎてもう五年くらい一緒にいる気持ちだったわ」
そうか、そう言われればそうだな。春乃に至っては三ヶ月よりも短いし、そう考えるとめちゃくちゃな速度で仲良くなってるなぁ。光莉もそうだし、春乃もそうだし、つづちゃんとか井原とかゆりちゃんとか、一年の頃の俺じゃあ考えられないくらい交友関係が広がっている。ほら、俺って人を選ぶからさ。もちろん俺が選ぶ側。
「それで結局まだ本命は夏野さん?」
「あの、その話やめてくれませんか。するとしても二人きりのときに……」
「二人きりになったら君、僕を襲うでしょ」
「襲わねぇよ。なんか色々あって体重なったり抱きしめたりはするかもしんねぇけど」
「本当にやめてくれ。僕がうっかりメスになったらどうするつもりなんだ?」
「もうなってるものにはなれないだろ」
「言いやがったな」
俺を殴ろうとしてきた千里の手を掴み、その勢いを利用してこちら側に引き寄せながらくるっと回転させ、俺の胸に背を預けるように座らせる。そのまま暴れられないように右手で千里の両手首を拘束し、両脚を上から千里の股の間に入れて、脚も動かせないようにしっかりロック。
「わかったか?」
「僕は僕が情けない……」
手首を拘束され、股を開かされ、千里は自分が情けなくなって泣き出してしまった。制裁しようと思ったら一瞬で拘束されたんだもんな。可哀そうに。必死に力入れて抜け出そうとしても可愛いだけだしな。あれ、もしかしてこの場面の写真撮って売りだしたら億万長者になれるんじゃね? 女の子みたいな男の子って美形ってことだし、男にも女にも需要があるって最強だと思うんだよな。
「よし千里。俺のお小遣いになってくれ」
「何考えてんのよあんた」
「お前が何考えてんだよ」
千里を拘束しながら頼み込んだちょうどそのタイミングで光莉がリビングにやってきた。なぜか後ろ手に縛られて、足首も縛られてなんかちょっとえっちな感じになっている。
光莉は縛られた状態のままぴょんぴょん跳んでテーブルの方に来て、そっと座り込んだ。千里は揺れる胸に夢中だった。
「聞いてよ、ひどいと思わない? 私はちょっとお風呂に突撃して裸の日葵と薫ちゃんと絡み合いたかっただけなのに、春乃が私を床に張り倒した挙句縄を持ってきて縛り上げたのよ。ところで二人とも。私がこの状態のまま日葵の目の前に倒れて置いたら、日葵は触ってくれると思う?」
「お前が100%ひどい」
「ふむ、それは僕も触っていいってことかな?」
「今の録音したで」
「岸さん。ちょうど僕は君に人生を捧げたいと思っていたところなんだ」
「股開きながら言われても……」
縄を担いだ春乃も戻ってきて、光莉の隣に座る。なんか女の子が縄持ってるとドキドキしますね……。
「ねぇ春乃。なんで美少女である私が縛られてるのに、千里の方がエロく見えるの?」
「メスとしてのポテンシャルで大負けしてるんやろ。私も勝たれへんし」
「恭弥。試しに今千里にやってることを私にしてみてくれない?」
「普通に俺が興奮してしまうからお断りします」
「光莉今何言うた?」
「あの、その、同じ体勢になれば勝ち負けわかりやすいかと思って……」
「僕が縛られればいいんじゃない?」
「なんで千里は協力的やねん」
「勝てる勝負だからじゃねぇの?」
「多分春乃に縛ってもらえるからだと思うわよ」
「正解!」
「踏むぞコラ」
「え? ぜひお願いします」
千里は足を思い切り春乃に踏まれて絶叫した。多分踏んでもらいたかったのは顔だったんだろう。まさか純粋な暴力を振るわれるとは思いもしなかったに違いない。「足ある? まだ足ある?」と涙目になって俺を見てくるので、興奮しそうになったから千里を解放した。お前ほんとマズいって。
「てか女の子が男の子に軽々しくそういうことしてって言うたらあかんやろ?」
「でも男にメスとして負けてるって言われて納得できないでしょ!」
「千里は次元がちゃうから別に……」
「それもそうね」
「恭弥。今夜は君の腕の中で眠らせてくれ」
「泣くなよ……」
いつもは千里をいじる側の俺が思わず慰めてしまうほど悲しそうな目をしていた。そうだよな。女の子に女の子として負けるって言われたらショックだよな。でも安心しろ。メスとして負けてるってだけで別に女の子として負けてるってわけじゃないぞ。まったく、千里は女の子じゃないんだから、そこら辺勘違いしてるよな千里は。
「あがったよー、って、今どういう状況……?」
「多分光莉さんがお風呂に突撃しようとして、それを春乃さんが止めるために光莉さんを縛ったんだと思うよ。千里ちゃんが泣いてる理由はまぁその、メスどうこうのあれじゃない?」
「名探偵かよ」
「薫ちゃんが同じ学年やったらなぁ……」
「春乃の負担が減るものね。薫ちゃん一番まともだから」
「負担積極的に増やしてる光莉が言うんかそれ」
「増やしてるからといって縄で縛る実力行使はやめなさい」
「そうやないと止まらんからやろ」
春乃が縄を解き、「これが自由ね……」と光莉が呟いてから、日葵に対して「じゃあ春乃とお風呂行ってくるわね。春乃と! お風呂に!」と猛烈なアピールをかましたが、日葵は首を傾げて「? いってらっしゃい!」と爽やかに送り出した。リビングから出てすぐのところで嗚咽が聞こえたのは気のせいじゃないと思う。
しかし、風呂上がりっていいな。なんかこう、色気が増すというかなんというか、思わず「綺麗だな」って口走ってしまいそうになるというか、破壊力が割り増しされるというか。
「恭弥、どうしたの? じーっとこっち見て。……ちょっと恥ずかしい」
「あぁ、俺の目は俺とは別の意志を持ってるんだ。だから気にしないでくれ」
「余計気になると思うよ」
「日葵ねーさんが綺麗だから見惚れてたんじゃない?」
「あはは。そんなわけないよ」
といいつつ何かを期待するようにちらちら俺を見る日葵。可愛すぎて俺の細胞が大喜びしている。しかしここで認めてしまうと俺がものすごく恥ずかしいし、かといって否定すると日葵が悲しむ。つまり俺が恥ずかしくないように肯定するしかないってことだ。そんなことできるの? と思うことなかれ。俺は天才であり、未来の日本を背負って立とうとしたら全国民に批判される男である。つまりポテンシャルはあるけど認められない。悲しい。
「あぁ、正直ドキッてした。女の子の風呂上りって色っぽいよな」
「はぁ、ダメ男め」
「なんだと?」
千里に引き寄せられて、日葵と薫に聞こえないよう耳打ちされる。ちょ、顔近い。
「女の子を平等に扱うことは、女の子を傷つけないこととイコールにならないんだよ?」
「……」
「ちゃんと目の前にいる女の子を褒めてあげないと。思ったこと言うのは得意でしょ?」
「いや、でも、うーん」
「えぇ!? 夏野さんが綺麗すぎて見惚れてドキドキして仕方なかっただって!!!!???」
「やりやがったな」
日葵も「えぇ!?」ってびっくりしてるじゃねぇか。純粋なんだから騙すようなマネするんじゃねぇよ。何? じゃあ真実にすればいい? お前ほんといい性格してるよ。地獄に落ちろ。じゃあ君も地獄にきて? ふふ、仕方ないなぁ~。
「あー、その、なんだ。千里の言っていたことは事実であり事実じゃないというか……うん、綺麗で見惚れてた。ました。です」
「……ふ、ふーん」
「日葵ねーさんがのぼせました。顔がまっかです」
「そ、そー! のぼせちゃったの! 暑いね! 薫ちゃん」
「のぼせるほど入ってなかったよ」
「あの一瞬で敵に回る手法、見たことがあるな……」
「ちょくちょく俺たちがやってることだな」
一瞬味方について墓穴を掘らせ、敵に回る。これが追い詰める時に有効な手段の一つだ。ただ相手を間違えるとボコボコにされるのでやめておいた方がいい。俺たちはやめられないからボコボコにされるけど。
うーん、「日葵ねーさん可愛い」と言って日葵をよしよししている薫も可愛い。というかあの二人組み可愛すぎる。世界平和の象徴? この世の理の答え? この世のすべての概念を作りし者? 可愛いをぶち抜いてもはや神々しい。
「……恭弥。そういえば僕も夏野さんを姉さんって呼ぶべきかな」
「薫と結婚したとしても義理の姉ってことにはならないからやめとけ」
「でも夏野さんが期待した目でこっちを見てるよ」
「あいつ弟妹が欲しかったタイプだからな。でも同級生に姉さんって呼ばれるのはきついからやめとけ日葵」
「織部くん。恭弥のことお兄ちゃんって呼んでみて」
「なんで僕がそんなこと。何とか言ってやってよ、お兄ちゃん」
「お兄ちゃん大好きと言ってみてくれ」
「実の妹の前でよくやるね」
しまった。違うんだよ薫。俺は浮気してたわけじゃなくて、ただ千里の『お兄ちゃん』があまりにも可愛かったからつい頼んでしまっただけで、何もやましいことはなくて、ただ千里の『お兄ちゃん』が死ぬほど可愛かっただけなんだ!
言い逃れできねぇなこれ。
「ふん。そんなに千里ちゃんからのお兄ちゃん呼びが気に入ったなら、私は日葵ねーさんの妹になります」
「妹にします!」
「じゃあ僕も夏野さんのことをお姉ちゃんって呼べば全員家族になれるってことだね?」
「お前は時々ものすごく天才だよな。まかせた」
『私も家族になりたいわ!! 日葵お姉ちゃん!!』
「あいつなんで聞こえてんだ……?」
「夏野さんと薫ちゃんは寝る時武器を持っておいた方がいいかもしれない」
のちに、光莉はこの時のことを「なんかビビッときたのよね」と供述していた。俺も時々そういうことがあるので納得し、なぜか全員に化け物を見るような目で見られてしまった。やれやれ。俺たちくらいのレベルになると、常人には理解できないんだろうな。