「ごくり。これがみんなが入ったお湯か」
「そうやってお前が変なことすると思って入りに来てやったぞ」
「わっ!」
お風呂。千里の番になってさぁ俺は何をしようと思ったところ、「そういえば女の子四人が入ったお湯があるんだよな……」と気づき、万が一千里が変なことをしないように見張りに来た。ら、俺が入った瞬間に胸と股間を隠した。あ。やばい。
「恭弥、もしかして僕に変なことしにきたんじゃないんだろうな!」
「待て! 確かに俺は今お前に性的興奮を覚えたが、決してそういうつもりできたんじゃない!」
「だったら前隠してくれ! 男同士でもそれ見せるのは嫌、って、うわ、でか……」
「おっきぃ……って言ってくれ」
「くたばってくれ」
シャンプーのボトルをフルスイング。そのまま俺を風呂から押し出して、完全に締め切られてしまった。全裸のまま脱衣所に転がって、どうしようかと顎に手を添える。
一度脱いだ服をまた着るのはなんかばっちくて嫌だし、どうせ脱いじゃったならこのまま待とう。千里の入浴をすりガラス越しに見てたら時間なんてすぐに過ぎるだろ。
なんて、今までの俺ならそうやってバカみたいにまたトラブルを起こしていたが、今の俺は違う。ふふふ、一度着た服をもう一度着るのが嫌なら持ってきた着替えに着替えればいいんだ。それで万事解決。
「着替え忘れた……」
つまり俺は全裸のまま二階に上がり、着替えを持ってこなければならないということ。クソ、なんていうことだ。千里が残り湯をすすり散らかさないようにと慌てて風呂に突入したのがマズかった。
全員の位置を把握しよう。千里は風呂、他四人はリビング、のはず。そして二階に上がるにはリビングの前を通らないといけない。でも全力で走ったら全裸ってことはバレなくね? 俺足速いし。なんだ。簡単じゃん。
思ったよりも簡単にいきそうだと安心した俺は脱衣所の扉を開けた。春乃がいた。扉を閉めた。
なんてこった……! よりによって動体視力、反射神経、周辺視野、その他運動能力において最高値をたたき出す春乃に出くわすなんて! 絶対見られた! 俺は見られて喜ぶタイプの変態じゃないのに! 多分。悪くないとは思ってる。
『恭弥くん、何してるん?』
「いや、気にしないでくれ」
『や、千里が今お風呂入ってるのに全裸で脱衣所におったら気にするやろ』
「ちなみに俺は脱いでいない」
『私の目から逃れられると思ってん?』
「バトル漫画かよ」
しかし、そうか。見られたか。いや、でも下は見られていない可能性がある。俺の肌色率の高さをぱっと見で判断して全裸って決めつけたのかもしれない。だって俺開いて春乃を見てすぐに閉めたし。
『ん-、まぁ恭弥くんのことやからやましいことはないんやろ? 何しに行こうとしとったん?』
「あぁ。着替えを忘れてな。取りに行こうと思ってたんだ」
『脱衣所から薫ちゃん呼んだらよかったんちゃう?』
「今千里が入ってるのになんで俺が脱衣所にいるんだってなるだろ?」
『それもそか。じゃあ私が取りに行こか?』
「お、サンキュー。じゃあ適当に俺の部屋あさって持ってきてくれ」
『おっけー』
ふぅ。これで一安心だぜ。
……いやまて。春乃が俺の部屋をあさって着替えを持ってきてくれるってことは、俺のパンツも春乃が持ってくるってことで、つまり俺がどんなパンツを持ってるか知られるってこと。やばい。それは恥ずかしい。でも今俺がここにいることがバレるわけにはいかない。もしかしたら『千里と一緒にお風呂に入ろうとしたド変態』と勘違いされるかもしれない。
けど、ここは走って二階に上がって、春乃を止めるしかない。そして俺の裸を見ないようにしてもらいながらリビングに戻ってもらうしかない。
そうと決まればいざ出陣! 脱衣所のドアを開けた。光莉がいた。脱衣所のドアを閉めた。
『あんた意外とおっきいのね』
「ちょっと小さく『きゃっ』って言ったの聞こえたぞ」
『忘れさせてあげましょうか?』
「楽しい思い出だけはどうか壊さないでくれ」
なんでいるの? 今千里が入ってるから? 千里が風呂に入ってるからそれによってあふれ出る特殊なフェロモンに引き寄せられてきてるの? じゃあ薫がこないとおかしいだろ。薫がいてくれたら一番だったのに。別に俺の全裸見ても何も思わないだろうし、いろいろ察して「着替え持ってきたらいいんだね」って言ってくれるはずだ。じゃあそもそも春乃に「薫呼んできて」って言えばよかったじゃん。アホ。
『千里を襲おうとしてたの? ほどほどにしなさいよ』
「正直アリだけどやらねぇよ」
『……私も混ぜてもらってもいい?』
「お前は本気でやめてくれ。冗談じゃすまなくなるだろ」
『千里相手でも冗談じゃすまないっていうか千里相手の方が冗談じゃすまないでしょ』
「確かに」
いや、そうなったらどっちも冗談で済ませるつもりはないけど。あ、変なこと考えないようにしよう。今自分が全裸だってことを忘れるな。もし万が一みんなの前に出ることがあって、その時にそびえ立ってたら最悪だ。みんな一生目を合わせてくれなくなるに違いない。
『あ、春乃。どこ行ってた、の、よ……』
「? おいどうした光莉。ちょっと様子が」
『う、ウワー!! 春乃が恭弥の着替え持ってにやにやしてるー!!』
『ちゃ、ちゃうんや! ちゃうねんてこれは! ほら、私いつもにこにこしてるやん!』
『いーや私にはわかるわ! あんた今いやらしいこと考えてたでしょ! 恭弥の着替え持っていやらしいこと考えてたでしょ! ふん、変態の目を甘く見ないことね!』
『くっ、ところで光莉。その扉の向こうに全裸の恭弥くんがおるで』
『さっき見たわよ。想像通りだったから別に思うことはないわ』
『普段想像してるんや』
『ウワー!!!!!!』
光莉が倒れた音のしばらく後に脱衣所のドアが少し開き、綺麗な手の上に乗った俺の着替えが差し出された。さっきの会話を聞いてちょっと変な気持ちになりながらそれを受け取ると、手をひらひら振って引っ込んだ。
「……大丈夫かなぁ」
めちゃくちゃ大声で騒いでたけど。日葵と薫にも聞こえてたよなぁ、あれ。
「何があったのか、説明してくれる?」
日葵ねーさんがブチギレた。原因はわかり切っていて、さっき聞こえてきた兄貴の着替えがどうこうの話だろう。それでなんでブチギレるか。兄貴の着替えを勝手にとったから、光莉さんが兄貴の裸を想像したことがあるとか、別にそういうのじゃなくて、ただ単純に兄貴の裸を見たであろう光莉さんと春乃さんが羨ましいからだと思う。日葵ねーさんって聖人のフリしてるただのいい人で、普通にえっちなこと考える女の子だし。
「はい! 春乃が恭弥の着替えに顔擦りつけて『えへへ。ここに恭弥くんの細胞が』ってにやついてました!」
「せめて『これが恭弥くんのにおい』みたいな可愛らしい感じにせえや。細胞フェチって聞いたことあんのか?」
「は? 人の服のにおいかぐのが可愛らしいわけないでしょ。犯罪者よ犯罪者。男でも女でも関係ないわ」
「光莉。これ私の髪留め」
「スゥゥゥゥゥゥゥゥーーーー」
「ここに犯罪者がおるな」
反射的ににおいを嗅いでしまった光莉さんが正気に戻り、数回こっそり嗅いでから日葵ねーさんに髪留めを返す。髪留めを渡されただけで脳が壊れて嗅ぐだけの変態マシーンになるんだから、光莉さんは本当に日葵ねーさんが好きなんだろう。好きの形はちょっと歪んでるけど、日葵ねーさんが相手なら無理もない。
「春乃はなんで恭弥の着替え持ってたの?」
「恭弥くんから着替え持ってきてって頼まれてん」
「なんで恭弥は脱いでたの?」
「知らん。多分千里と一緒に入ろうとしたんちゃう?」
「なるほどね……じゃあ春乃、もう一つ聞くね? 春乃はなんで脱衣所に行ったの?」
ぴりっと張り詰める空気。お互いの目を見る日葵ねーさんと春乃さん。暇になったのか私を軽々しく持ち上げて膝の上に乗せて撫でまわしてくる光莉さん。ちょ、やめて、空気読ん、は? 胸でか。
「あの時点で春乃が脱衣所に行く理由はないはずでしょ? 恭弥からスマホで連絡きたならわかるけど、それなら薫ちゃんに連絡するはず。しかも、そもそも恭弥はスマホを置いて行ってる。なんで脱衣所に行ったの?」
「……恭弥くんが脱衣所に向かうのを見て、頃合いを見て脱衣所に行きました」
「それは、恭弥の裸を見れるかもしれないから? 頃合いを見て?」
「いやぁ? そんなんちゃうよ? ただ出てくるの遅いなーって思っただけで、ほんまに、そんなやましい気持ちは一切」
「ないって言いきれる?」
「正直ありました……」
「そもそも恭弥が脱衣所に行ったことに気づいたなら、その時に声かけるもんね。その時は織部くんが入ってたんだから」
「もうやめて……私が浅ましかったんや……」
「……私も見たかったのに!!」
ほら。日葵ねーさんはそういう人なの。むっつりすけべというやつだ。ブチギレ、というよりはただ羨ましかった、という方が正しいかもしれない。兄貴って妹の私から見てもいい体してるなーって思うし、兄貴のことが好きならその裸を見てドキドキしたいっていうのもわからなくはない。私も、千里ちゃんのは見たいし。
「春乃と光莉ばっかりずるい! 私とそういうハプニングほとんどないのにー!」
「私のは狙いに行ったとこあるしなぁ。光莉は別やけど」
「わ、わた、わたわたしも狙いに行ったわよ」
「光莉さん『きゃっ』って言ってた」
「ありゃりゃー薫ちゃん聞こえてたのー? 可愛いわねぇうふふふふふふふふ」
後ろから抱きしめられて、私の頬に頬ずりしながら横腹を揉んでくる。普通にセクハラ。くすぐったいし! ……ここに千里ちゃんがいなくてよかった。女の子しかいないならいいけど、千里ちゃんに見られたら流石に恥ずかしいい。
「あー! 薫ちゃんに頬ずりしていいのは私だけなのに!」
「薫ちゃんは誰のものでもないわ。おかしなこと言うわね」
「恭弥の裸見たし普段想像して興奮してるくせに!」
「はぁ!!!?? 私がいつ恭弥の裸想像して興奮してるって!? そんなことするくらいなら日葵の裸想像して大興奮するわよ!!」
「私が守ったるからな」
春乃さんが騎士のように日葵ねーさんを背に庇い、光莉さんと対峙した。光莉さんは「薫ちゃん、何かおかしなこと言ったの?」と聞いてきた。いや、あなたあなた。