「日葵ねーさんは奥手すぎ」
「そ、そんなことないもん」
日葵ねーさんにしがみついて離れようとしなかった光莉さんを春乃さんが気絶させ、引きずって部屋から出て行って。私と日葵ねーさんは同じベッドに入って、向かい合って寝ていた。同じベッドで寝てたら女の私でもドキッてしちゃうくらい可愛くて素敵な女の子である日葵ねーさんは、押せば絶対に振り向くどころか応えてくれるのに、恥ずかしがり屋すぎて奥手すぎて恋愛下手。
うちのヘタレの兄貴にも言えることだけど、お互いを触れちゃいけない何かだと思ってる節もある。昔はあんなに仲良かったのに……。
「昔の方が積極的だったよ。さりげなく兄貴の手握ったり」
「あ、あの頃は恭弥すごくふらふらしてたから、仕方なくで……」
「昼寝してる時こっそりキスしようとして、気配を察知して兄貴が起きたり」
「ほ、ほら。そういうのに興味が出るお年頃ってあるでしょ?」
「兄貴に抱き着こうとして、カバディだと勘違いした兄貴に避けられ……あれ、もしかして兄貴が悪い?」
「私もそんな気がしてきた……」
乙女の純情を弄んだ上、日葵ねーさんに女性を意識するようになったから距離をとる。なんて自分勝手なんだ。こんな可愛い日葵ねーさんを放置するなんて……おかげで兄貴に変な気を遣った私も日葵ねーさんに会えなかったし。
寂しかったんだぞとアピールするためにベッドの中で手を握って胸に頭でぐりぐりする。こうすると日葵ねーさんはとろけた表情になって可愛がってくれる。大体の年上はこれでいちころだと兄貴が言っていた。多分あれは自分に実践してほしいからだと思う。
「私は日葵ねーさんを応援してるから。夏祭り頑張ってね」
「……うん、ありがとね。薫ちゃんも頑張って!」
「私は千里ちゃんが役目終わるまで頑張らなくていいの」
「役目?」
「兄貴の親友をまっとうするらしいよ」
ほんとばか。私が相手じゃなかったら愛想つかしてたよ。女の子よりも親友を優先するなんて……なんで許してるんだろう。兄貴を認めてくれる人、仲良くしてくれる人っていう好みのタイプが悪いんだ。でも仕方ないと思う。あの兄貴は絶対干渉してくるし、そうなると兄貴とうまくやれる人じゃないと私の彼氏にはなれない。ほんと厄介だなあの兄貴。
「ふーん。薫ちゃんより恭弥を優先するんだ」
「ほら。今ちょっと兄貴の周りややこしいことになってるでしょ」
「ややこしいこと?」
「ちなみに日葵ねーさんは当事者だよ」
「……ごめんなさい」
小さく頭を下げた日葵ねーさんの頭を撫でて、「よかろう」と許してあげる。これは兄貴が悪いんだし、日葵ねーさんは何も……まぁ早めにアプローチしてればこんなことにはならなかったけど、悪くない。むしろ光莉さんと春乃さんがおかしいんだ。あんな兄貴のことを好きになってくれるなんてありえない。人生に一度のモテ期が今きてるんだろう。
「ねぇ薫ちゃん。薫ちゃんはお兄ちゃんの彼女さんには誰がなってほしい?」
「お兄ちゃんっていうのやめて」
「可愛いのに……」
「もう中学生だし」
まったく失礼である。大体、いくら可愛く見えたって中学生が『お兄ちゃん』なんて恥ずかしいことこの上ない。私は人並みに羞恥心があるんだ。兄貴とは違う。そもそも私が『お兄ちゃん』って言うのは似合わないし……兄貴は喜ぶだろうけど。
「一番は日葵ねーさんだよ。一番好きだもん」
「自分の感情を抜きにすると?」
「一番合うのは光莉さんで、性格的に何の問題も起こらなさそうなのが春乃さん。日葵ねーさんはふつう」
「うっ」
涙目になった日葵ねーさんを抱き寄せて、背中をぽんぽん叩いてあげる。
日葵ねーさんも自分でわかってたと思う。光莉さんが一番兄貴と合っていて、春乃さんはカッコいいし頭がいいからずっと円満でいれそうだけど、自分は何もない。ただ幼馴染ってだけで、ずっと好きだっただけ。でもそれが大きいと私は思う。どんなに波長が合う人でも、どんなにいい未来を築ける人でも、想い続けてきた時間と熱には勝て……ないかもしれない、から。
「日葵ねーさんは極端に自己評価低いし、すぐ自己嫌悪に陥るし、兄貴にいっぱい迷惑をかけると思う。光莉さんは基本的に自己評価高いし、春乃さんは賢いからそういうところ絶対に見せないし、何か不満があったらすぐに言えちゃうし、この中で一番めんどくさいって思われるのは日葵ねーさんだね」
「うええぇぇぇ……」
「何回か千里ちゃんに助けられたことあるでしょ。千里ちゃんそういうとこ絶対気づくから」
「貶された上に惚気られたぁ……」
「でも一番応援してるの」
私が心配なのは、光莉さんは兄貴と思考回路がほぼ同じだから落ちるときは二人でどこまでも落ちる。春乃さんはすぐに軌道修正できる人だから、落ちるとしても面白ければいいと思って一緒に落ちる。
でも、日葵ねーさんは普通だから。兄貴の家族としては、日葵ねーさんが一番安心できる。合う合わないも考えていない。だって、昔からお互いがお互いのこと好きなんだからそんなこと考える必要まったくない。
それが『相手のことを好きじゃなきゃいけない』っていう変な感情だったなら別だけど。
「自分のないものに惹かれるって言うしね」
「私が持ってるものなんて、恭弥なら絶対持ってるよ……」
「そんなことない」
普通さ、謙虚さ、可愛さ、御淑やかさ、社交性、優しさ、その他諸々。兄貴が持っていないものを一番持っているのは日葵ねーさんだ。
……こう考えてみると、日葵ねーさんって中身は普通、いや普通というには優しすぎるけど、いつものメンバーの中ではかなり普通なのに、なんでこんなに可愛く見えるんだろう。普通だからだろうか。光莉さんがクズ:可愛さ=7:3で、春乃さんがイケメン:可愛さ=7:3でやっているのに対し、日葵ねーさんは可愛さ:10だからだろうか。なるほど。そりゃ可愛いわけだ。
私も日葵ねーさんのこと好きすぎない?
「うー、ねぇねぇ薫ちゃん。夏祭りどうしたらいいと思う? どうやったら恭弥、私のこと好きになってくれるかなぁ」
「も」
「も?」
もう好きだよと言おうとした口を急いで閉じて、気にしないでと首を横に振る。兄貴とか千里ちゃんとか光莉さんとかならめちゃくちゃ追及してくるところを、日葵ねーさんはいい人だから「そう?」と引き下がってくれる。まったく、あの三人も日葵ねーさんを見習え。
「普通に楽しめばいいと思うよ。肩肘張っちゃうとろくなことにならないから。兄貴も日葵ねーさんも。日葵ねーさんはただでさえ普段からポンコツなのに」
「ぽ、ポンコツじゃないもん!」
「ちょっとマシな気が動転してるときの兄貴と同じくらいだよ」
「相当だ……」
「相当だよ」
二人とも緊張してたらとんでもないことになると思う。一切喋れなくなって、少しでも肩が触れ合おうものなら二人してびっくりして、屋台を一つ潰すくらいの大暴れは確実にする。兄貴なんか邪念を鎮めるために射的で全景品倒すか、金魚すくいで金魚という金魚をすくいまくるか、どちらにせよ商売を潰すことは間違いない。私も射的と金魚すくいやりたいからそれは阻止しなければ。
「たのしもーってくらいの気持ちで十分だと思うよ。好きになってほしいとか、緊張するようなこと考えなくていいの」
「でも好きになってもらいたいし……」
「日葵ねーさんはいつも通りが一番可愛いの! 変なことして空回りして台無しにしたくないでしょ?」
「したくないです……」
「じゃあ普通に楽しも。兄貴って初心だから、女の子と出かけるってなったら絶対緊張してるだろうし」
「私がしっかりしてないといけないってことだね」
「そーそー」
兄貴なんてヘタレで男らしくないどうしようもない人なんだから、余裕を持ってリードしてあげないと緊張してとんでもないことになる。それに、お互いそれぞれの自然なところを見て好きになったはずだから、今更着飾ったって……それはそれで二人ともお互いを褒め合うだろうけど。お互いがお互いを無条件で好きだし。なんで付き合ってないんだろほんと。お互い奥手すぎる。明治時代の恋愛でももっと進んでるよ。
「私も、なんとか日葵ねーさんと兄貴が二人きりでいられるようにするから。光莉さんが乱入しないように」
「わ、私はみんなでお祭り回るのもいいと思うけど……」
「逃げようとしてる」
「うっ、ごめんなさい……」
「どうせ光莉さんと春乃さんに『負けないよ』とか宣言しちゃったりしたんでしょ? それならチャンスはモノにしないと」
「聞いてたの!?」
「大体想像つくの。兄貴と一緒でわかりやすいから」
「恭弥と一緒……えへへ」
おいおい。可愛いじゃん。これを常に兄貴の前で出せるようになれば、いくらヘタレの兄貴と言えど距離は縮まるのになぁ。
なんにせよ、勝負は夏祭り。ここで何か仕掛けなきゃ、光莉さんと春乃さんに置いて行かれてしまう。誰と一緒になっても幸せになれるだろうけど、私はやっぱり日葵ねーさんに頑張ってほしい。
「……ゆ、浴衣とか着ていったら気合い入りすぎって思われて引かれないかな。ねぇ、どう思う? 着ていっていいと思う?」
「大丈夫かなぁ……」
これ以上言ってもわからなさそうなので、日葵ねーさんに背を向けて寝てやった。ふん。少しは自分で考えなさい。