【本編完結】ただ、幼馴染とえっちがしたい   作:とりがら016

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第9話 これくらいがちょうどいい

「……」

「……」

 

 俺たちはカラオケにきていた。昼食を食べ終わった後、朝日がカラオケに行こうと提案し、千里がそれに乗っかり、俺と日葵は流れでついていって、千里と朝日に任せていたら笑顔の二人に「じゃあ二人ずつ、違う部屋でね」と言われ、訳の分からないまま日葵とともに同じ部屋へ押し込まれた。

 当然、先に押し込まれたのであいつらがどの部屋にいるのかもわからない。逃げ出そうにも逃げ出せない。しかもめちゃくちゃ狭い部屋でソファも一つしかないから日葵がめちゃくちゃ近いし、なんだろう。あいつらは俺を殺したいのか?

 

「……」

「……」

 

 ダメだ、会話できない。飯食ってる時はぽつぽつ何か話してた気もするが何も覚えてないし、それにあの時はあいつらがいたからまだ緊張が和らいでた。

 でも今は完全に二人きり、しかも密室。そして距離がめちゃくちゃ近い。緊張でどうにかなりそうだ。これ以上どうにかなったら俺何も考えられないくらい頭おかしくなるんじゃねぇの? 元々頭おかしいんだし。

 

 どうしよう、歌うか? 何を? この地獄みたいな雰囲気で、何を歌うってんだ? ラブソングなんて歌おうもんなら俺は歌ってる途中に意識が飛んで、見たこともないひいじいちゃんひいばあちゃんの顔を拝めることだろう。つまり自殺だ。俺は自殺趣味なんてまったくないし、この先するつもりもない。

 

「……」

「……」

 

 お互い目を逸らして、ただ時が過ぎていく。あいつら、俺が一人で日葵と話せると思ったのか? そんな度胸あったらずっと日葵と仲良しこよしでやってるわ。あいつら俺のこと全然わかってない。ショックだ。あいつらとは今日限りで友だちをやめようと思う。

 

 とりあえずと充電器からとってテーブルの上に置かれたマイクがとても悲しそうな雰囲気で転がっている。人の声を届けるために生まれてきたこいつは、今この場においてただの置物になり下がった。だがこのゴールデンウィークという時期、こいつもめちゃくちゃ働いただろうからこんな時くらい休んでもいいだろう。俺は慈悲深い人間だ。決して歌う勇気がないからとかではなく、俺が慈悲深いがためにマイクを握らないだけである。

 

 なんて現実逃避してる場合じゃない。さっき千里に『助けて』ってメッセージ送ったら『頑張って』って返されたし、あいつら本当にこのまま二人でいさせる気だ。恐ろしいこと考えやがる、同じ人間とは思えない。

 

 一体どれくらい時間が経ったのかわからないくらい、俺たちは特に動くことなく、ただじっとしていた。

 

「──、」

 

 そんな空気を打ち破ったのは、辛うじて『音』と認識できるくらいの声で何かを言った、日葵だった。

 何を言ったのかまったく聞こえなかった。そもそも言葉だったのか今の? 俺が聞き逃しただけじゃないよな? 今日葵何も言ってなかったよな?

 でも、ここで何か返さないと今後一切喋れない可能性がある。ここはクールに聞き返そう。

 

「んぁ?」

 

 間抜けな声出しちゃった。なんだよ「んぁ?」って、寝起きかよ俺。いや、俺は寝起きいい方だからもうただの間抜けでしかない。クソ、いつものクールでカッコいい冷静な俺はどこに行ったんだ? 日葵の前じゃ全然冷静でいられない。

 

「え、と」

 

 服が引っ張られる感触。俺の服を引っ張るやつなんて、この空間に一人しかいない。

 見ると、日葵が俺の服をちょこん、と小さく引っ張っていた。

 そういえば、こいつは人の服を引っ張るクセがあったっけ。話を聞いてほしい時とか、構ってほしい時とか、遠慮がちに服の端をつまむんだ。

 

「カラオケ、久しぶりだね」

 

 久しぶり。カラオケにくるのが? 『久しぶりなんだよね』なら日葵だけのことを言ってることになるが、『久しぶりだね』となると、『俺とくるのが久しぶり』ってことか? そんな幸せなことあったっけ。

 

 あった。確かあれは──。

 

「薫と日葵の母さんで行ったときか。小学校の頃」

「そう。まだちっちゃい頃だから覚えてるか不安だったけど、そっか」

 

 そっか? 『不安だったけど』って言ったってことは、それに続く言葉は『覚えててくれたんだ』でいいのか? それとも『はぁ、やっぱ覚えてやがったかこいつ気持ち悪い』なのか? 2:8で後者の勝ち。俺の人生は終わった。

 

「久しぶりに会いたいな。薫ちゃん」

「あぁ、そういや薫も会いたがってたな」

 

 ぼそぼそと、お互いいつもの数倍小さい声で会話する。会話できてるだけで奇跡なんだから、声の大きさなんて二の次だ。今はとにかく話すことだけに集中する。

 緊張で変な汗が出てきた。俺変なにおいしてないよな? 変に思われてないよな? 千里と話すときなら当然、朝日と話す時にもそれほど気にしていない些細なことも、日葵と話している時は気になって仕方がない。

 

「ほんと? 嬉しい。……私と恭弥、全然喋らなくなっちゃったから、薫ちゃんとも全然会えてないんだよね」

「……もういつから喋ってないか覚えてねぇな」

 

 自然と、目が合った。ファミレスにいた時は逸らしたのに今は逸らすことができず、日葵の綺麗な目をじっと見つめる。

 モニターに流れているアーティストの声よりも、自分の心臓の音の方が大きく聞こえた。モニターに映るどんなアーティストよりも、日葵の声が綺麗に聞こえた。

 

「そう、だね。自然と。男の子と女の子だからって、自然と仲良くするのやめちゃって、そのまま」

「今思えばバカらしいよな。んなこと言ったら俺、今男と付き合ってるって勘違いされてんだぞ? そんなやつが性別気にするわけねぇのに」

「あ、そっか。ごめんね? 織部くんと付き合ってるのに、私と一緒なんて」

「それ、それなんだよ」

 

 緊張しながらも、気分が高揚しながらも、いつもの調子を取り戻していく。

 

「俺千里と付き合ってねぇんだって。あの日見たアレは勘違いなんだよ」

「うそ。あんなことしてて付き合ってないなんて信じないもん」

「いや、だから、詳しくは説明できねぇけど、とにかく付き合ってないんだ、俺たちは」

「肩掴んで、真剣な目で、え、えっちしたい、とか言ってたのに?」

「言ってたのにだ」

「織部くんを押し倒して、ぬ、脱がそうとしてたのに?」

「してたのにだ」

 

 懐かしい感覚だった。日葵と普通に話して、お互いの顔を見て。そういえばいつも距離は近かった気がする。周りにバカにされながらも、思春期に突入するのが遅かった俺は「友だちと仲良くて何が悪いんだ?」と一日中首を傾げていた。そして首を痛めた。

 

「まぁほら、俺頭おかしいだろ? んで気が動転すると更におかしくなるだろ? あれはそういうことだよ」

「確かにそうだけど」

 

 認めるのかよ。

 

「なんか、はっきりとは信じられないけど、信じる」

「え、マジ?」

「まじ」

 

 嘘だろ。あんな光景見て信じてくれるのか? 俺ってそんなに信用あったっけ? 犯罪者を除けばこの世で一番信用ならないやつだっていう自負があるのに、こんな簡単に信じてもらっていいのか?

 

「……ね、恭弥」

「ん?」

 

 返事をすると、日葵が顔を俯かせた。俺がイケメンすぎたからとか? いや、日葵からすれば俺の顔なんて生ゴミに等しいから、きっと耐えきれなくなったんだろう。かわいそうに俺。でも日葵が可愛いから許す。

 

「あの、ね。私ね。今、恭弥と話せて嬉しい」

「……」

 

 ……夢? 俺と話せて嬉しいって?

 いや、そうか。そりゃいくら俺だとはいえ、幼馴染は幼馴染。ずっと仲良くしてきたやつと話せなかったら寂しいに決まってる。これはそういうことだ。それ以外の何でもない。

 

「だからね。学校でも、話しかけていいかな?」

「……」

 

 おい、学校でも話しかけていいかな? って聞こえたぞ? ほんとに? 俺と? そりゃ俺も日葵と話したいけど、あまりにも俺に都合がよすぎておかしい。これもしかして、日葵も俺のこと好きなのか?

 勘違いするな。男はちょっと女の子に優しくされるだけで「俺のこと好きなのかな?」って勘違いしてしまうんだ。そうやって失敗を積み重ねる。俺はそんな非凡なやつらとは違う。

 

 そんな無駄なことを考えていると、くい、と俺の服の端を引っ張って日葵が少し顔を上げて俺を上目遣いで見た。

 

「……だめかな?」

「よろしくお願いします」

 

 果たしてこの世の中に『好きな女の子に服の端を引っ張られて上目遣いで見られ、だめかな?と聞かれてそれを断れる男』はいるのだろうか。いるはずがない。なぜならこれは男を殺す必殺技。いつの時代も変わらない、究極のリーサルウェポン。例え計算でやられていたとしても、好きな女の子からのこれには逆らえるはずがない。それに逆らう理由もない。

 

「そっか!」

 

 食い気味の「よろしくお願いします」に、日葵は笑顔を咲かせた。

 久しぶりに見た気がする。一年二年と同じクラスだったから、自分以外に向ける笑顔は何度か見ていたが、こうして自分に向けられる日葵の笑顔を見たのは、何年ぶりだろうか。

 

 小さい頃は思いもしなかった。こうして日葵に笑ってもらえることが、こんなに幸せなことだなんて。

 

「なんか、不思議な感じ。毎日見てたはずなのに、恭弥がおっきく見えるもん」

「近くで見る事なかったからな。それに男は中学高校のどっちかで急激にデカくなるもんだ。千里はそんなにだけど」

 

 あいつ160くらいしかねぇんじゃねぇの? 俺が183であいつが俺の胸あたりの身長しかないから、大体それくらいだ。あいつ見た感じ日葵と同じくらいだし。

 

「……やっぱり、恭弥って織部くんと仲いいよね。あんなに息の合ってる男友だち初めて見た」

「なんか波長合うんだよなぁ。マジであの高校にしてよかったわ。千里みたいなやつこの先二度と会えないだろ」

 

 ほんとは日葵が光生高校に行くって聞いたから光生高校に決めたんだけど。

 

「ふん、私には光莉がいるもん。光莉は可愛いし、カッコいいし、綺麗だし、いい子だし、運動神経いいし、頭いいし、いいとこ挙げたらキリがないんだから!」

「あ? 千里の方が完璧な親友に決まってんだろ。いいか、千里はあんなに可愛い見た目してるけど男らしくて、頭が回って、運動神経悪いかと思いきやそうでもなくて、何より一番に俺のことを考えてくれてる。あんな親友他にいねぇよ」

「光莉の方が完璧な親友です! 私が悩んでたらいつでも相談に乗ってくれるし、勉強いっつも見てくれるし、さらっと車道側歩いてくれるし、ドアはいつも開けてくれるし、階段とか上るときもいつも後ろにいてくれるし!」

 

 紳士すぎるだろ。なんかそれ親友ってよりカップルじゃね? 俺がなろうとしてるポジション既に埋まってね? 

 協力してくれているはずのやつが、最大のボスとして君臨していた。こいつはやばい。俺が告白したところで朝日と比べられて、「光莉の方がいい」って言われる未来が見えた。そして俺は学校中に『千里と付き合ってる』って勘違いされたまま、本当に千里と付き合うことになるんだ。

 いや、千里と一緒に風呂入ったことないし、あいつについてるかどうか確認したことはない。だから千里がまだ女の子である可能性は残されてる。確か六月に修学旅行があったから、その時がチャンスだ。

 

 なんのチャンスなんだ?

 

「はん。日葵も千里と話せばわかるさ。千里がどれだけ優れていて素晴らしい人間かをな」

「……そういえば恭弥って最近光莉と仲いいよね。もしかして、光莉のこと好きなの?」

「は? ないない。恐ろしいこと言うなって」

 

 俺が否定した瞬間、部屋のドアが開き、悪魔が襲来した。

 悪魔の名は朝日光莉。朝日は一直線に俺のところまで歩いてくると、俺の襟首をつかんで日葵から引きはがした。

 

「別に私もあんたに何か思ってるわけじゃないけど、即答はムカつくわ」

「落ち着け朝日! お前案外器小さいぞ!」

「落ち着いてほしいなら宥めなさいよ! なんで煽ってんのよ!」

「それは恭弥の性格がクソだからだよ。まったく、これだから親友の僕がついていないとダメなんだ」

「あとあんた織部くんのこと褒めすぎなのよ! 私の隣で嬉しそうにしてて鬱陶しかったんだから!」

「あれ、朝日さんもでしょ? 夏野さんに褒められてでれでれしてたくせに」

「え、そうなの?」

「ち、ちがっ、いや嬉しかったけど、でれでれなんか」

「嬉しい!」

「氷室。今日は気分がいいから見逃してあげるわ」

「俺お前とは一生の付き合いになる気がするわ」

 

 俺と日葵が作り上げていたいい雰囲気は乱入者とともにぶち壊れ、そのままの勢いで四人でカラオケを楽しんだ。

 今はこれくらいがちょうどいい。これくらいでいい。バカにされて、日葵の前でうまく笑えなくて、愛されてもいなくて。それくらいがちょうどいいんだ。

 

 こっから一歩ずつ進んでいこう。こいつらがいてくれるなら大丈夫だ。


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