「さて、薫ちゃんに家入れてもらったのはええけど、なぜか恭弥くんのクローゼットに隠れてた犯罪者への裁きを始めようと思います」
「思います」
「日葵からの裁き? ご褒美の間違いじゃないの? もっと日本語を勉強してきてから喋りかけてきてほしいわね」
「慈悲っていう言葉、光莉は知らんみたいやし必要もないみたいやな」
「は? ごめんなさい」
「慈悲が欲しいみたいだよ」
「本格的にやってまうか」
「こわ」
どうやら私は今日、日葵の部屋で本格的にやられてしまうらしい。私は何も悪いことをしていないのに。でも日葵に本格的にやられるなら本望みたいなところもある。
私が今こうしてどこから持ってきたのかもわからない縄に縛られて日葵と春乃の前にいるのは、私がつい昨日恭弥の部屋に入り、更にクローゼットに隠れていたからである。それでなぜ縛られなきゃいけないのかというと、この女の子たちは自分の好きな男の子のクローゼットに入った私を許せないというのだ。
「はぁ、私が恭弥のクローゼットに入って何かするとでも思うの?」
「恭弥くんってどんなパンツ持ってるん?」
「あいつ、種類によってちゃんと入れるところわけてたのよね。トランクスとボクサーパンツが半々くらいで、暗めの色が多かった気もする。ちなみにこれはくすねてきたパンツ」
「当たり前のように犯罪者宣言しとんな……」
「ひ、光莉。何枚かあるなら私が預かるよ? 光莉は何をするかわからないし」
「もうしたから意味ないわよ」
「おい」
私から恭弥の、いや私のパンツを奪い取り、紙に『死刑』と書いて私に貼りつけた。パンツを盗んで色々しただけにしては重すぎる罪だとは思わない?
「そもそも、なんで私が恭弥のクローゼットに入ってたってことがバレてるの?」
「千里から聞いたで」
「織部くんから聞いたよ」
「まぁあいつは普通に殺すから、私を死刑にするのはその後にしてくれない」
あのメス、面白いことになりそうだからって普通にチクりやがったな? だからあのメスはだめなのよ。いい人のフリしといて完全なクズなんだから。私みたいなファッションクズとは違う正真正銘のクズ。自分が面白けりゃ、恭弥が幸せならそれでいいみたいなイカレ野郎。いやイカレメス。
「ちょっと待ちなさい。恭弥のクローゼットに入っていたことを怒るなら、あんたたちもクローゼットに入ればいいじゃない。あいつならその程度で怒ることはないわよ。実際怒られなかったし」
「怒られへんかったらやってええってわけちゃうんやぞ」
「日葵は今薫ちゃんに恭弥が不在の時間を聞いてるところよ」
「ち、違うの! これはちょっと、その、薫ちゃんと二人きりで話したいことがあるからというかなんというかその、そういうそれじゃなくて」
「日葵も危険思想の持主やったとは……」
「驚きもなく片鱗しかなかったと思うけど」
私からすれば、日葵が変態チックであることなんて別に驚きも何もない。元々日葵が変態チックであることは想像していたし、そうだったらいいなぁって思ってたし、私が恭弥のことで相談に乗っていた時も「あ、こいつやべぇな」って何度か思ったことがあるし、ちょっと妄想が激しい可愛い女の子が日葵だ。だから、私の甘い誘惑に心が揺らいでも仕方がないことだと言える。
私の誘惑に耐えきれる春乃が異常なんだ。普通好きな男の子のクローゼットなんて入りたいと思わない? 思うでしょ。思わない方がおかしいのよ。だって好きな男の子で満たされるのよ? ほぼ子宮の中と同じよ? 好きな男の子のクローゼットは子宮なのよ?
は?
「というか、千里をまず殺すべきでしょ。千里は私がクローゼットに入るのを黙って見てたんだから。千里の立場を考えると止めるべきだと思わない?」
「千里は別の場所で捕獲してるから大丈夫やで」
「え?」
「春乃。あんたの手が早すぎてお仲間がびっくりしてるわよ」
「私の独断やからな。最近千里暴れすぎやし」
確かに。『僕一人仲間外れみたいで寂しい!』と言いつつ普通に干渉してきて普通に乱してくるし。そのくせ『僕は薫ちゃんとよろしくやっておくから』なんて平気な顔していちゃいちゃしだして。あいつは何度か痛い目に遭わせないとわからないんだろう。そして私は痛い目に遭わなくてもわかるから、どうか死刑はやめていただけないでしょうか。
「ねぇ春乃。好きな男の子のパンツが欲しいって思うのは悪いことなの? 至極当然のことじゃない? 好きな人のものが欲しいって思うことは、だめなことなの?」
「恭弥くんにばらすわ」
「やめなさい」
「やめなさいってことはあかんことってわかっとるんやんけ」
「ばらすっていうより、恭弥なら自分で気づくんじゃないかな。結構整理とかする人だし、数が減ってたらわかると思うけど」
「そんなわけないじゃない。そんなわけないじゃない」
「信じたくなくて二回同じこと言うてるやん」
だってさっきから足元に置いたスマホに『恭弥』っていう人から着信が来てるんだもん。私が知ってる限り恭弥って言う名前の知り合いは一人しかいない。普通なら喜ぶところだけど、今この状況じゃ喜べるわけもない。ここはスルーが得策だろう。
「もしもし?」
『あれ、春乃? 光莉はどこに転がってるんだ?』
「春乃には何勝手に電話出てんのよって言葉と、恭弥にはなんで私が物みたいに転がってる前提で話してんのよって言葉を送らせてもらうわ」
『お前が俺のパンツ盗んだからだろ』
「新しい言語で会話しようとしないでくれる?」
「純日本製やで」
そんなそんな。私が恭弥のパンツを盗んだなんて事実、さっき私が自白したけどないに決まってるじゃない。バカね。ほんとバカね。だって今恭弥のパンツを持ってるのは春乃で、私は恭弥のパンツを持ってないんだから。
立場逆転。これを決め手に有利をとる。
「恭弥、よく聞きなさい。実は春乃に頼まれてやったことなの。現に今春乃は恭弥のパンツを手にご満悦よ」
『日葵』
「光莉が恭弥のパンツを盗んで、それを春乃が咎めて取り上げたんだよ」
『ありがとう日葵。さぁ死んでくれ犯罪者』
「確かに、犯罪者がのうのうと生きてるって思ったら怖いものね」
「じゃあ光莉は死んだ方がええな」
「言われてるわよ恭弥」
『頼むから会話をしてくれないか?』
「通じてないだけで会話はしてるわよ」
「それって会話って言うのかな……?」
私が会話だって思っていれば会話なんだ。例え全部を適当に返してうやむやにしようとしていても、話をしているから会話。そもそも日本語の定義なんて時代が進むにつれて曖昧になっていくものだし、個々人がそれぞれの日本語に対して独自の解釈を持っていても何もおかしなことはない。日葵=全身セックス人間っていう日本語の定義も何もおかしくない。私は天才か?
「恭弥くん。とりあえず光莉が盗んだパンツは返すから安心してな」
『おう。それ履いて俺が妊娠しねぇか心配だけど』
「へぇ。千里が竿役だったんだ」
「色々想像した結果生生しい単語出すのやめろや。日葵が興味示してもうてるやろ」
「竿……つ、釣りのことかな?」
「おちんちんのことに決まってるじゃない」
『光莉。もう一度言ってくれ」
「じゃあまたな恭弥くん」
『あ、探さないでください』
私に卑猥な単語を二度も言わせようとしたことで、春乃が少し低い声を出して電話を切った。切り際に恭弥が逃亡の準備をした気がしたが、多分無駄に終わるだろう。逃げ出したとしても千里はなんとなく恭弥の居場所はわかるだろうし、私は春乃に首輪をつけられて「ほな恭弥くんのおるところに連れてってもらおか」と言われる。私がなんとなくで行った場所に高確率で恭弥がいるから。とんでもないな私。
「光莉。あんまり男の子の前でそんな言葉使うもんちゃうで?」
「喜ぶからいいじゃない。それにそんな卑猥な単語じゃないでしょ? ただの性器よ性器。ぶち込むかぶち込まれるかの話なんてしてないし、ただの名称が卑猥何てありえないわ」
「日葵」
「は? いやらしすぎでしょ。私を言葉だけで昇天させる気?」
「光莉ってかなり危ない人だよね」
どこが??? 私は日葵に対して膨大な愛を持っているだけだけど???
はぁ、日葵にはわからないんだろう。自分がどれだけセックスかってことが。私からすれば、日葵は千里と同じくらいセックスだ。それを自覚できていないなんて、千里より危ない。千里は自分がセックスだってことを理解してるけど、日葵は自分がセックスだってことを理解できていないから、他人からセックスだって思われてるってことを理解していないってことで、つまりそれはセックスだ。
うーん、マーベラス。
「光莉。頭が更におかしいフリしても解放せえへんで」
「私が元から頭がおかしいみたいな言い方しないでくれる?」
「おかしいよ」
「日葵からのシンプルおかしいよに対抗できる札があるなら見せてみぃや」
「殺しなさい」
潔く負けを認めた私は、春乃から『倫理観』という言葉についての論文提出を命じられた。そんな言葉あるわけないのに、バカじゃないの?