ダンジョンでアトランティスが続くのは間違っているだろうか? 作:食卓の英雄
今回は、怪物祭当日の朝のお話…。
――きっと、増長していたのだろう。いや、間違いなくしていた筈だ。常ならば笑い話にでも出来る道化のお話。だが、それは彼にとっては一生の恥であり、生まれ持った価値観を180度変えてしまうほどの騒動の始まりだったのだろう。
彼は生まれながらに王だった。素質が、という意味ではなく、その横暴な振る舞いが、だ。
粗暴で荒々しい彼ではあったが、人並みに、夢を追い求める少年の様な心を持っていた。その対象はある英雄の物語。ここまでは世界にごくありふれた話だろう。
『あなたは、彼の英雄の血筋を引いているでしょう』
それは彼の心を更に冒険へと誘う魔力を持っていた。そうだろう。幼い頃よりその物語を見て、彼の英雄へと思いを馳せ、その一説ごとに目を輝かせていた人物の子孫だというのだから。
そして彼の父が討たれたことを切っ掛けに始まった。彼の父を討った騎士が所持している剣こそが、己の憧れの名剣なのだから。
『俺は冒険者となり、必ずや父の敵を討ってみせよう!』
そう高らかに謳う彼の目は自信に溢れており、失敗などという疑問は一片すら抱いていなかった。
それからも男の冒険は続く。様々な英傑との出会い。精霊との邂逅。そして試練を打ち果たし手に入れた、憧れの英雄の無敵の鎧。
彼は強かった。並ぶものなど、それこそ国でも片手の数ほどしか居なかった程に強かった。だからこそ、彼は不帯剣の誓いを交して尚、斃れずに居た。
数多の死地を乗り越え、己の見聞を広げた。戦争にも参加したし、一時の逢瀬も楽しんだ。
――そして時は訪れた。
因縁の相手との対面、互いに譲れぬ誇り故の闘争。偉大なる祖先の後継足り得る最高の証。嘗て何度想起したことか数えられぬ絶世の名剣、不毀なる極剣。その為だけに一生続く枷を自らに賭し、それこそ人生全てを掛けた旅の終点であった。
両者互いに譲らず、明暗の分からない名試合。けれども、突如として相手が発狂。すべてを投げ出し去ってしまった。残されたのは夢想の剣、最高の誉れ。
――ああ、ここで間違ってしまったのだろうか。
男は迷わず手に取った。諌める騎士すら手に掛け、卑怯と罵倒される汚名すら脳裏から放り出し、夢見心地に、純粋な欲求から目を背けることが出来なかったのだ。
それからは呆気の無いものだ。魔法の鎧、栄光の剣、そして英雄の名馬。これを持って尚、完璧では無いと判断した。そしてその対象は英雄の盾を持っていた騎士に向いた。
勝負の結果として、彼は心の臓を穿かれて死んだ。
――慢心した。一言で言ってしまえば、これに尽きる。幾つもの戦いを経て、英雄の装備に身を包んだ彼は負けるはずがないと息巻いていた。それは実績から来るものでもあったのだが、あまりに致命的な見落としをしていたのだ。
『…カッ……はっ…!』
相対する騎士の魔剣はあらゆる守りを貫通する能力。英雄の鎧とて例外ではない。最後の力を振り絞り、頭蓋を割ることは出来たが、それだけ。刺し違える事も出来ず、血の海に溺れ伏す。
結局、男は栄光を手にする事も叶わず、その有り様から英雄の敵として、その物語の端役として世に知られることとなったのだった。
◆◆◆
(今のは……?)
時刻は早朝。まだ日も昇らない都市の一地区。黄昏の館の一室にてレフィーヤは目覚めた。
寝ている時にかいたと思わしき汗は、爽やかな目覚めを最悪なものへと変貌させた。全身に染みつく寝汗の量は、先程の夢が原因だろう。
(夢…?それにしては、あまりに実感が……)
そう理屈では考えるが、直感的に理解出来た。これはあの内気な青年の生前の出来事なのだろう、と。
夢の中の彼は、確かにレフィーヤの忌み嫌う粗暴な王であり、傲慢な冒険者であった。その印象を撤回する気はないし、むしろ事実として確認出来た。
ただ、(もしこれが自分なら――)彼の気持ちを自分へと置き換えて考える。
幼い頃よりよく知る英雄の血が己に流れていると知ったら、その栄光の証を正々堂々と己の力で手に入れることが出来たなら――。
きっと、自分はそれを誇るだろう。何せ、誰もが憧れる英雄の武具の正当な後継者として選ばれたと言うことなのだから。
そして、己以外に存在を認めればそれは面白くないに決まっている。今までの人生を投げ捨て、一生を掛けて求めた物が他人の手にあるのだから。
そして、形は違えど、似たような勝負事をして優劣を決めたい筈だ。何せ、その様な過去のない自分ですら同世代には負けたくない。ましてやあの様な実績をたった一人で成したのだからそれもある意味当然だ。
そして、最も求めていた物、史上の誉れ。星のように手が届かない物が、求めれば手に入る場所にあったのなら、もし、それが悪いことだと知っていても、己の欲望に打ち勝てるものなのか。
(――私は。私…は……)
きっと、葛藤して、悩みに悩んで、……結局の所、魔が差してしまうのだろう。
そして得てしまったそれは、天上にも昇る程の至福、憧れの力を得た万能感。
この様な失敗は、己もしたことがある。新しい魔法を覚えた時。器の昇華を行って、気が弾んでいた時。
結局は、偉大な先達や気の許せる仲間によって叩き直される事となった。きっと、この都市では誰もが通る道。だが、彼の喜びはそれとは比較にならない筈だ。
さて、増長した己には諌めてくれる人がいた。それは必ず自分より強く、経験も知識もあり、大派閥の一員としての責任があった。
――それが、彼には無かった。
諌めてくれる仲間が、彼より強い先達、気の許せる友人が、彼には居なかったのだ。
山吹色の妖精は、もしもの自分を見ている感覚だった。破滅へと向かって行くその姿は、客観的に見れば愚かだと映るだろう。だが、彼女は嗤わない。嘲笑うことなど、あって溜まるか。
(ああ…この人は――――)
「レフィーヤ!いつまで寝てるの!」
「へっ!?」
そこまで考えた所で、すぐ近くから声がかかる。同ルームの仲間だ。気づけば、完全な闇夜だった空は明かりが射し込み、かなりの時間が経過していたことが伺える。
狼狽えるレフィーヤに、ルームメイトは「朝食に遅れるよ〜」と言い残し、部屋を後にした。
慌てて身支度を済ませ、先の少女に続いて部屋を後にする……前に、振り返って彼の姿を目にする。
「あの……夢の事なんですけど」
そう言うと、彼は沈鬱な表情を浮かべる。
「あー、…見たっすか?俺の、生前の…」
気まずそうに顔を逸らし、あいも変わらず腰の低い彼の問いに、コクリ、と静かに頷く。
「……あれが、俺の全てっす。自分で何もかも出来ると思い込んで、散々やらかした挙げ句に慢心しまくって、英雄の武具まで持って無様に殺された、所詮端役に過ぎない、愚かな人間が…俺だ」
まとう雰囲気は、暗い。そんな彼にどう声をかければいいのか、まだ人生経験の浅いレフィーヤには分からなかった。出てくるのはどれも無難なものばかり。そんなありきたりな言葉が心に響くなどとは、到底思えなかった。
「………」「………」
暫し気まずい雰囲気が流れる。互いに押し黙り、二人の間には静寂が訪れる。
「「その…」」
「「あ、先に…」」
同時に切り出し、そして両者譲り合う。本質的な部分で似ているのだろう。結局、マンドリカルドの言葉が優先された。
「あー…。んんっ!マスター…その、あんま、気にしなくてもいいっすよ。もう済んだことだし、過去は変えられない。自分に対する後悔はそりゃあるが、それでも一応の折り合いはつけた。………それに、こんな俺には勿体ないくらいの最高の舞台があったからな」
彼の纏う暗い雰囲気は一変し、それを思い出すようにはにかむ。
「生前の冒険をも越える、壮大で短かったあの戦い。人の希望を見た。頼もしい仲間がいた。と、友達も…出来た。状況は絶望的だったし、世界の命運まで掛かってる。楽な事なんて無かった。…でも、やっと正しい冒険が出来た。あの力を、あんな状態でも、諦めずに進む強い意志を見た。…アイツには、ずるい事言ったが、……親友を守る為に命を賭けるのは、全く以て、悪くなかった」
誇らしげに笑うその顔は、夢で見た彼とは正反対の方向に輝いていた。
「…って、悪い。マスターの知らない事をぺちゃくちゃと。…ああくそ、最悪だ…。何が『悪くなかった』だ。あんな格好つけて…。恥ずかしい…」
先程の憑き物が落ちたような笑顔から一変、うじうじと恥じ入る彼が何だかおかしく思い、引き結ばれた口からは自然と笑みが溢れた。
「ふ、ふふっ…!」
「わ、笑うことないじゃないっすか!?」
「いえ、何だかおかしくて…!」
こうして、彼等の距離は確かに縮まった。親友とも、背を預けられるとも言えないが、一人の人間、一人の仲間として。確かに心にそう刻んだレフィーヤであった。
尚、今回のお陰でレフィーヤが貫かれる前にマンドリカルドがしっかり受け止め、見事食人花はレフィーヤに倒されましたとさ。
……またアイズの出番が減ってしまった。別にわざとそうしようとしてるわけじゃないのになぁ…。むしろ好きな方です。
ここまで読んでくれた方へ。この小説の文字数とテンポはどうでしょうか?
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文字数もテンポも丁度いい
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文字数はいいけどテンポが遅い
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文字数はいいけどテンポが早い
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テンポはいいけど文字数が多い
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テンポはいいけど文字数が少ない