剣道美少女の代わりにボコボコにされるオリ主くん 作:カネナリ#2560
あれは嘘だ(カス野郎)
ここ1ヶ月アホみたいに忙しかったんや
許してクレメンス
──7/14 2:50p.m. 京都府釈迦岳山村落
澄み渡る青空の下、男二人は連れだってアスファルトの上を歩いている。照り付ける太陽は容赦なく体温を上げ、樹林によって増した湿気が纏わりつく。スーツの中は汗でグチョグチョだ。
「クソあちいなあ、おい。なーんで電車が通ってないんですかね」
「悪態ついても電車は来ないですよ。そもそもバスを逃したのは警部が遅刻したからじゃないですか。そこのところ反省してください」
「そうは言ってもね
ぐちぐちと言い争いながらもその歩みは目的地に向かって確りと進めている。双方共に精神的に怠いだけのようだ。身体的には余裕なのだろう。
永遠に続くかと思われた坂道を上りきったところ、突如として平坦な土地が現れた。その数十メートル先に集合した民家が見える。山の麓にある開拓済みの小さな村だ。
「はあ~。やっと着いたか」
「なに座り込んでるですか。さっさと行きますよ」
「そもそもさあ。オレたちってなんでこんなところに来てるんですかね」
「あんたが持ってきた仕事だろうが! ……はあ、まったく。書簡を届けるんでしょう。重要なものだから慎重に扱えって言ったじゃあないですか」
「警察官になって郵便局の真似事ですか。やるせないねぇ」
「その冗談クソほども笑えないのでやめてもらって良いですか? ……それで、これ何の書簡なんですか。うちにくる程度のものですから、そこまで重要じゃないんでしょう?」
「そうだと良いんだがねぇ。送り主がうちの当主様なんだよなぁ……。ろくなこと起きなさそうでマジ怠い」
御大層な茶封筒には
これだけで警察からの依頼ではなく千葉家由来の仕事だと判別がついた。あらゆる業界のトップが委任している形でだ。相当重要な仕事なのだろう。よりによって一番だらしのない長男が引き受けたとは世も末だ。
千葉寿和は父千葉丈一郎からその書簡を受け渡された。仕事を押し付けられたとも言える。千葉寿和は父の千葉丈一郎が京沢才治に会うのを酷く恐れていたように思えて仕方がなかった。その事実が千葉寿和のやる気を損なわせているのかもしれない。
「千葉家由来の仕事ですか。それってつまり自分とは無関係の仕事ってことですよね……。マジでふざけんなよあんた」
「いででで!! おい! 耳を引っ張んな!!」
千葉寿和の気は進まないが、付き合わされている部下からしたら堪ったもんじゃない。面倒なことなど速く済ませて速やかに帰宅したい稲垣は、己の上司を引きずって歩みを速めた。
そうしてようやく目的地へ辿り着いた。平屋の大きい家だ。木製で手作りだと一目でわかる表札に京沢才治と書かれている。その下にも誰かの名前があったようだが削られて読めない。誰か出家でもしたのだろうか。もういないことが読み取れる。
千葉寿和はどことなく千葉家の住まいに似ているなと思った。それもそうだろう。この家は千葉家が建てたものだから。
「ほら、さっさと終わらせてきて下さい」
「……やだ。行きたくねえ。絶対なんかあるもん」
「……」
ぐずり出した千葉寿和に付き合ってらんねえと思ったのか、稲垣は書簡を引ったくって門の奥に消えていった。出来る部下である。
「んじゃ、頑張ってね~稲垣くん。オレはここで待ってるからさ」
後方から聞こえてくるクソ上司の呑気な声に血管がぶちギレそうになる稲垣であった。
「(自分は一体何をやっているのだろうか)」
稲垣は度重なる心労から思わずため息をこぼした。ひょんな所縁から千葉寿和の部下をやっている稲垣だが、時々、本当にごく稀に、やり直したいと思うことがある。
稲垣は千葉寿和のことを昔から不真面目な人間だとは知っていたが、ここまで酷いとは思ってもいなかったようだ。なまじ剣を握っている時は真人間であり、稲垣が普段から見ていたのはそんな千葉寿和だ。その印象が強かったのだろう。署の中で上司として紹介された時、腑抜けきった姿に驚いたものだ。
千葉寿和の部下となってから半年間、何の仕事もしないまま暇な日々を過ごしていたところ、やっときた仕事は本業ではなく千葉家のお使いだ。しかも稲垣はその手伝いを知らされずにやらされていた。警察としてはただのサボりになり勿論手当てなんて出ない。これには稲垣もキレて良いだろう。
複雑な心境のなか指先は迷いなくインターホンを押し込んだ。少しミシッとなったが問題なくチャイムが鳴り響く。しかし、待てども聞こえてくるはずの足音はなく、人の気配は皆無であった。
「(留守か? 面倒な)」
すると右方よりカン、コンと乾いた音が聞こえてくる。稲垣はその音にどこか懐かしさを感じた。庭に誰か居るのだろうかと思った稲垣は許可も得ずに敷地へ侵入する。狭い道を通り角を曲がると開けた場所に出た。
広く平坦な池の上に大きな岩がまばらに、そして自然に違和感なく置かれている。幾本かの橋が渡され庭の美しさを中心から眺めることが出来るだろう。池に放されている鯉が優雅に漂う姿を観賞するのも一興だ。慎ましやかな木々や草花が全体を自然の領域に仕立て上げている。
見事な日本庭園だ。遠目でもよく手入れがなされていることがよくわかる。腕の良い庭師がいるようだ。
初めてまともな日本庭園を見た稲垣は、日本人の性かちょっぴり感動している。稲垣は都市に住む一般的な警察官だ。ちゃんとした庭園をその目で直接見る機会はあまりなかった。千葉家にも庭園はあるがこれに比べれば大したものではない。それ故の感動だ。
目を奪われていた稲垣だったが、耳をつんざく奇っ怪な音によって掻き乱される。意識がそちらへ向いた。発生源は道場であった。最近出来たばかりと感じさせる真新しさがある道場だ。開かれた扉の先に対峙する親子の姿が見える。
壮年の男と少年だ。男は胴着や籠手などを着込んでいるのに対し、少年は何も防具を身に付けていない。あるのは傷んでヨレヨレになった服一着だ。それらが事件性を醸し出している。
虐待の場面に出くわしたが、問題なのは男が魔法を使用していることだ。木刀に纏わせたその魔法がどんな魔法なのかは稲垣には分からないが、殺意と共に振るうそれは明らかに人を殺す目的のものだ。
その一振は魔法でも使ったのか少年自身の手によって防がれた。安堵するも次の瞬間には少年が死ぬかもしれないと稲垣に焦りを募らせた。そして稲垣はその残虐な行為を止めようと警察官御用達の
若い稲垣には報連相の重要性をあまり理解していなかった。警察官として致命的ではあるが、人を助けるためにいち早く行動したと考えれば一応の合理性は存在する。少年だけでなく稲垣自身も死ぬ最悪の事態を引き起こさない限りはだが。
「そこを動くな!」
制止の声を上げ脅しとして銃口を向ける。威嚇射撃として屋根の一部を吹っ飛ばせば教科書通りだと誉められるだろう。こんな状況でやるのは少し間抜けだが。
少年は手を止めての稲垣の方を見たが、壮年の男は見向きもしない。その様子に稲垣は男がまるで状況を把握する必要がないように思えた。
「殺傷性ランクB相当の魔法行使を確認した! 大人しく身柄を拘束され連行されよ! 抵抗するなら撃つ!」
かつて鏡の前で幾度も練習した定型文を一つも間違えることなく発した。練習の成果が出たようだ。喜ばしいことである。だが、そんな脅し文句で大人しくなるような人間なら事件を起こすことはない。男は聞く耳持たずといった風に稲垣を完全に無視し、少年への攻撃を再開した。
稲垣も止まるとは思っていなかったが、国家権力であるこちらに意識を割くはずだと考えていた。男の動きを牽制しつつ少年の逃げる隙を作ろうと画策していたのだ。そんな策略など、奇襲をしなかった時点で破綻していたのだが、戦場を知らない稲垣では気づくことすら出来ない。
稲垣は自身の計画が崩れ、一瞬だが判断が遅れてしまった。その一瞬の隙は男の凶行を見過ごすことになる。男の手が少年の首へ向かうのを、稲垣はただ見ているだけしか出来なかった。
その手はまたもや少年自身によって防がれた。CADを媒介しない初めて見るタイプの魔法だ。親子で使えているということはBS魔法なのだろう。同じ系統の魔法のようだが、互いが反発し効力を潰し合っている。
稲垣は未だ何も出来ていないことを自覚し、更に焦りを募らせる。
稲垣は衝動のままに引き金を引いた。魔法式のダイアルを確認することなく何度も引いたのだ。銃口より放たれた魔法は相手に衝撃を与える代物だ。そしてこのデバイスに刻まれた魔法の中で一番火力のあるものだ。勿論想子の消費量は非常に多い。
稲垣はその事に気づかず何度も引き金を引いた。何らかの作用か稲垣の精神が乱れている。光の弾丸が放たれる度に稲垣の想子はごっそりと消費されていく。それに伴い稲垣は重病にかかっているかのような症状をだし始める。しかし、稲垣自身にその自覚はまるでない。正常な判断能力が欠如しているようだ。
稲垣は優秀な警察官だ。人命救助にあたり最適な行動や、戦う上での効率的な魔法の運用や戦い方が頭に無いわけではない。平生の稲垣であれば千葉寿和を呼んで陽動させた後、壮年の男の背後に回り込み一撃で殺そうとするだろう。
だが、ここは戦場であり命の奪い合いが起きているのだ。場に漂う緊張感が、未熟な稲垣の心を高揚させたのだ。
稲垣は自身の限界がくるまで何発も打ち続けた。たった一発でも当たれば成人男性すら死ぬ可能性のあるものを十数発もだ。想子切れの症状が稲垣の意識を蝕んでいく。視界が霞み足腰が立たなくなる。決死の覚悟で放った弾丸は親子のキャッチボールにされていたが、それを目にしなかったのは幸いと呼ぶべきか。
稲垣の行動は紛れもなく失策である。男だけでなく少年すら殺していた未来もあった。なんと短慮で愚かな選択よ。国民を守る警察官としてあるまじき人間だ。当然報いを受けるべきだろう。
一瞬のことであった。稲垣の視界は白い光で埋め尽くされ、強烈な衝撃と共に吹き飛ばされた。稲垣の脇腹を通過していったのは破片だ。稲垣が放った衝撃が込められた弾丸、その破片だ。
稲垣の弾丸は少年の衝撃波によって粉々にされ、散弾銃のように吹っ飛んだのだ。その一欠片が運悪く稲垣に被弾した。それだけである。
背中を削る砂利が稲垣にやられてしまったことを自覚させる。そして何をされたのか理解することもなく稲垣の意識は途絶えたのだった。
***
石垣に背を預けていた千葉寿和は奇っ怪な音が耳に入った瞬間身を屈めた。未だ経験したことの無い死の恐怖が千葉寿和をそうさせたのだ。その音が屋敷から聞こえてきたと理解した時、最初に思い浮かんだのが稲垣の安否であった。一人で行かせたことに後悔するが、一刻も速く援護せねばと思い石垣を一足で跳び越える。
「なんだこりゃあ。どうなってやがる」
目についたのは半壊した道場だ。屋根は殆ど無く雨樋が壁にへばりついている程度だ。壁も穴だらけでいつ崩壊してもおかしくない。隕石でも落ちてきたのかと疑うほどの惨状であった。その近くに稲垣が倒れているのを発見した。赤い血溜まりの中で。
「おい、稲垣。なんだこの状況は! 一体何があった!!」
駆けつけたが助からないと千葉寿和は一目で分かった。出血量が明らかに致死量を越えている。呼吸は僅かで脈は途切れかけだ。生きてはいるが死は間近だろう。そう理解していながらも千葉寿和は稲垣を助命しようと試みる。自身の袖を引き裂き包帯代わりにして傷口を縛り付け止血を行った。
「クソ!! 血が止まらねえ!!」
千葉寿和は止血の仕方なんて知りもしない。応急手当の研修をサボっていたからだ。そのツケが回ってきたのだ。真面目に受けていれば何かが変わったかもしれないのに。過去の行いが可能性をことごとく潰していく。後悔させる暇もなく。
ギシッ、と木の軋む音が聞こえた。そちらに目を向けた千葉寿和は、粉煙の中から何者かが這い上がってくるのを見た。
傷んで色素の薄くなった黒髪は風がないのにも関わらずゆらゆらと蠢いている。髪に隠れた双眸は見えはしないが、強烈な視線から確実に千葉寿和を見ていると断言できるだろう。くたびれた服から出ている、人のものとは思えぬほどに透き通り、一度も日に晒していないような白い肌は女性かと見まごうほどに艶やかで美しい。
千葉寿和が恐怖を感じたのはその白く美しい肌だ。傷どころか埃一つすらついていない。傷んだ髪にも、くたびれた服にも、この粉煙立ち込める惨状で有ってはならない筈の清潔感が有った。異常なまでの違和感が千葉寿和を襲う。
「(なんだ、この威圧感は。思わずぶるっちまった。……だがよ、ここで逃げるわけにはいかねぇ)」
千葉寿和は一歩前へ出た。気持ち的には今すぐ逃げ出したいが、稲垣を放っておけないのだろう。稲垣を助けるためにこの惨状を引き起こしたであろう張本人と対峙したのだ。とんでもない化物がいると伝言だけでも本部に送るべきだろうが、そんな隙を見せたら送る言葉は一文字だけで終わるだろう。
生きて帰るには戦いを制し生を獲得しなければならない。刀を構えようと利き手を肩に伸ばすも手は虚空を切るのみだ。
「(くそったれ! すぐに終わると思って刀は置いてきたんだった! とんだ誤算だな、おい!)」
少年がフラフラとした足取りで扉であった穴から出てくる。千葉寿和は覚悟を決めなければいけなかった。今、この場で死ぬ覚悟を。
「(オレに出来るのか? 刀のねえオレによ! いや、やるしかねえ!)」
千葉寿和は無意識のうちに自身へありったけの自己加速魔法をかけた。本来魔法は同時に発動させるのは難しく、重ねがけするのも魔法が干渉し打ち消し会うため利に叶わない。だが、決死の覚悟が千葉寿和の脳のリミッターを外したのだろう、出来る筈もない魔法行使を平然とやってのけた。元々高かった身体能力が飛躍的に向上していく。
加速した脳が意識を鋭敏化させ世界が遅くなった。普段の半分ほどの速さだ。ズレた時間軸のなかで千葉寿和は少年の一挙一動を注視した。少年の始動を見逃さないように。
しかしながら、千葉寿和は姿を注視しただけであり、気配を探ることはしなかった。もし気配も探っていれば見ているものは実体のないただの残像だと分かっただろう。残像は少年の通った軌跡をなぞるだけであり、本体は千葉寿和の背後で稲垣を観察中だ。
残像は加速した世界の中でゆっくりと動く。何をするのでもなくただ悠然と千葉寿和に向かって歩みを進める。千葉寿和は後ろ手にCADを握り締めた。稲垣から離れたときに拾ったものだ。距離はさほど離れておらず既に拳銃の間合いに入っている。しかし刀しか握ってこなかった千葉寿和にとって銃の取り扱いなど専門外であり、近距離であっても外す可能性があった。
素人でも銃弾を確実に当てるやり方がある。銃口を直接宛がえるのだ。超至近距離であれば今の千葉寿和ならば外すことはない。それでは銃の特性が台無しではあるが千葉寿和が欲したのは相手を確実に殺す方法であり、自身の命など考慮に入れていない。自身がどうなろうと目の前の化物を殺す、そんな覚悟が千葉寿和にあった。
「(さあ来やがれ。オレの間合いに入って来い。一歩でも入った瞬間、てめえがやった稲垣のCADでぶっ殺してやる)」
残像は千葉寿和の間合いに入る直前、大きく一歩踏み込み忽然とその姿を消した。千葉寿和の目では追いきれなくなっただけの話だが、目論見が外れた千葉寿和は慌てふためく。
背後よりジャリッと砂利を踏む音が聞こえた。その時千葉寿和は少年が歩いているのにも関わらず砂利を踏む音がなかったことに気づいた。少年は砂利の上を音を消した上で千葉寿和に視認出来ないほどの速さで動いたのだ。
「(畜生! いつの間に背後に!! せめて稲垣だけでも!」
そこに居るであろう少年に銃口を向けようと千葉寿和は振り向いた。千葉寿和が目にしたのは少年が稲垣の包帯を取り払い傷口に手を当てているところだった。
「なッ。お前何をして……!?」
少年の手は傷口に触れているのにも関わらず、その手は白いままだ。少年の手は次第に不可思議な光に包まれていく。
流れ出た鮮血は重力に逆らってウネウネと蠢き、傷口に戻っていった。傷口から出た血はまるで血管がそこにあるかのように空を走り向かい側の傷口に入っていく。数多にわたる血の道筋はそこにかつてあった血管を示しているのだろう。血のうねりは脈動すら感じさせる。
少年の手はより一層輝き、いくつかの間の後消え失せた。処置が終わったのだろう。少年は稲垣の元を離れ千葉寿和の横をガシャガシャと砂利を蹴散らしながら通り過ぎていった。
千葉寿和には少年を気にしている余裕を失った。もしくは少年に敵意がないことに気づいたのだ。なんにせよ千葉寿和の注意は稲垣の傷口に向いた。
千葉寿和は稲垣の傍に近寄り膝をついて、恐る恐る傷口へ手を伸ばした。何も感触はないが皮膚があるであろう所から手が動かなくなった。透明の膜があるようだ。それが血の管を繋げ皮膚すらも形成していると思われる。血は完全に止まっており、流れて辺りを赤く染めていた血も何故か元に戻っていった。青ざめていた稲垣の顔も血色が良くなっている。
千葉寿和が理解できたのは稲垣が今ここで死ぬ未来は無くなったことだけだ。肋骨の一部が覗いているが生きているのは生きているのだ。如何様な力がこれを為しているのか、それを千葉寿和が知るには理解の範疇を越えていた。千葉寿和は理解できぬことに恐怖を感じたが、稲垣を助けた力にそんな思いを抱くのは礼に欠けると思い、無理矢理にだが霧散させた。よって千葉寿和に残るのは感謝の念だけだ。これを伝えねばと千葉寿和は少年の方へ顔を向けた。
少年は屋敷の方の縁側に腰かけていた。感情を浮かべていないその顔では何を考えているか推察することも出来やしない。空を眺めて一体何を思い浮かべているのだろうか。何も考えていなさそうだ。
「稲垣を救ってくれたようだな。状況がどうあれお前さんはコイツにとって命の恩人だ。コイツの代わりに感謝しよう」
千葉寿和はそうは言うものの少年に対する警戒心は解けずにいた。頭では敵ではないと認識しているが、生物の根本的な本能が少年に怯えているのだ。生物にとって、或いは人間にとって未知の脅威ほど恐ろしいものはないのだから、こうなってしまっても仕方がないだろう。
「ああ……。まあ、別に気にせずともよい。その者がそうなったのも自分とは無関係ではないからな。……もっとも、余計な首を突っ込んできたのもその者だ。大人しくしていれば痛い目を見ずに済んだものを。自業自得というやつだな」
少年はそんな千葉寿和の心境を知ってか知らずか空を見上げたまま適当に返答をする。少々浮世離れした口調は投げやりなものであり、稲垣の事など心底どうでも良いと思っていそうだ。千葉寿和はそんな少年の様子に不愉快だと思うが、子供の言うことだと大人の矜持で堪えてみせた。
「稲垣は今回が初めての実戦なんでね。大方焦ってサイオン弾を誤爆させたんだろ? オレもしょっちゅうやったからな。ま、コイツの事は置いといてだ。
……お前さん、何者だ。この家には大人一人しか住んでねえと聞いている。この村には子供が居ないっていうのも聞いてんだよ。お前さんが誰なのか教えてくれるとお兄さん助かるんだがね」
視線が千葉寿和を射抜いた。底冷えするかのような凍てつく視線に晒された千葉寿和は竦み上がってしまう。だが堪えた。少年の言葉を聞くべきだと、千葉寿和は思ったからだ。
「ふむ。其方ではそうなっておるのか。いやはや、予想していたとは言え、なんともまあ……」
「へぇ、予想ってなんだい? お兄さん気になるなあ」
千葉寿和は震える唇を必死に紡いで言葉を発した。こんな状況でも口調は変わることはない。稲垣には不評である自身の口調もたまには役に立つものだ。
「いや、なに。部外者に語るようなモノじゃあないさ。そこの倒れている男を連れてとっとと帰るが良い。長居はあまり推奨せんぞ」
「なんだ。警察が居られると困ることでもあるのかい?」
「いいや。自分は困らんさ。困るのは自分以外の人間だ。そうだな……、お前さんと先程までお前さんらを監視していた臆病者との利害が食い違うことだろう。お前さんら警察と臆病者の上の奴らとは仲が悪いみたいだからな。事態が悪化する前に帰った方が賢明だと自分は思うがね」
少年はあくまで自分は無関係だというスタンスをとった。実際に少年のような子供には無関係の話だ。醜く穢れきった大人の思惑など幼い少年に知りようがないのだから。
「ならとっとと帰った方が良さそうだねえ。(監視……政府の人間か? オレらを見張ってたつうことは……、狙いはあの書簡か。不都合な事が書いてあるようには思えなかったが、まあそれなりの理由があるんだろうよ。
んで、肝心の書簡はと……)」
千葉寿和は辺りを見渡した。特に稲垣が倒れている周辺を念入りにだ。しかし、お目当てのものは何処にもなかった。
「(無えな。何処にも見当たらねえ。坊主は監視していたと言っていたな。もう持ち去られたか、或いは……)」
「探し物は既に臆病者が持ち去りおったわ。……腫れ物でも触るかのようにな。
中身の無い封筒に価値があったのか分からぬが、見ている側からすれば中々に滑稽であったぞ」
少年の言動は千葉寿和の内面を見透かしているように感じられる。事実、少年は千葉寿和の思考を手に取るように理解していた。もっとも、よく見える眼で得た情報が判断材料として優秀であっただけだが、ここで重要なのは千葉寿和が言い当てられて動揺することだ。
千葉寿和は目の前の齢が10かそこらの少年が、長年の経験を積んだ狡猾なる人物に思えて仕方がなかった。実際には年齢も精神性も見た目相応のソレであるが、錯覚したのだからしょうがないだろう。
封筒の中には何も入っていない事は確かである。それを少年がどの様にして知り得たかは考える必要など無い。考えるだけ無駄だ。
さて、肝心の中身は今現在千葉寿和のポケットの中でくしゃくしゃになっている。朝方の事だが、寝惚けていた千葉寿和が自分への書類だと勘違いして封を切りその中身を見ていたのだ。
堅苦しい文体を目にして、あ……やべ、と自分が仕出かした大変なことをどう言い訳をしようと悩んでいたのも束の間。中々来ない千葉寿和にしびれを切らした稲垣が突撃し、突然の来訪に慌てた千葉寿和は手に持っていた物をポケットに突っ込んでしまった。そしてそのまま取り出す機会が訪れること無く現在に至る。
どれもこれも相談させる隙を与えなかった稲垣が悪い。千葉寿和は稲垣に全責任を擦り付けた。理不尽にも程があるが抗議する者は眠ったままだ。
「大事なモンが重要そうに見えるもんに入っていると思ったら大間違いだぜ? そういうもんは肌身離さず持っておくのがセオリーってもんさ」
「なればわざわざ口に出さずとも良いだろうに。ほれ、奴ら目の色を変えおったぞ」
「んあ? そりゃあどういう……」
ゾクリ、と千葉寿和の背に死の恐怖という悪寒が蝕む。先程の意味不明な恐怖ではなく経験が山ほどある、言ってしまえば慣れきったものだ。
刃渡りの小さい暗器による首筋への一閃。千葉寿和は背後を見てもいないし風を切る音も聞こえていない。ただ経験則からくる直感のみでそう断定したのだ。
平生の千葉寿和であればこうはいかなかっただろう。気づくこと無くそのまま首を断たれ絶命していたはずだ。だが、襲撃に気づき撃退できるのは感覚が鋭敏となっている今だからこその芸当だ。
千葉寿和はすぐさま身を屈めると頭上をナイフが過ぎ去っていく。数本の髪がハラリと空を舞うのを尻目に屈んだ状態から後ろ蹴りを放った。胴体に決まった確かな感触が靴越しに伝わってくる。
衝撃に後退るであろう敵に振り向きながら片手で銃口を向ける。だが敵は後退ることなく千葉寿和が所持する唯一の武器である銃を蹴り飛ばした。堪らず手を離した銃は少年の足元に飛んでいく。
銃で戦うには対象とある程度の距離が必要だ。障害物に身を隠せると尚良い。だがしかし千葉寿和にとってそんなことなどどうでも良い。千葉寿和が嫌ったのは稲垣が人質にとられることなのだから、そんな気を起こされる前に一発で仕留める必要があった。
敵は至近距離で武器を失った千葉寿和をほくそ笑んでいる。完全なる隙だ。あとはその無防備な顔面に鍛えぬいた拳をぶちかますだけだ。
「おラァ!!」
正確無比のアッパーが顎を打ち抜く。ぶっ飛ばされた敵は砂利の上を滑っていき稲垣の近くで止まった。身動きしていないので脳震盪でも起こしたのだろう。取り敢えず気絶していると判断して注意を周囲に向ける。背筋の悪寒は未だ健在だ。千葉寿和の命を脅かさんとする輩が虎視眈々と狙いを定めているのだ。
膠着状態が数十秒続き千葉寿和は相手はすぐに襲ってこないと判断した。取り敢えず人質になる可能性の高い稲垣を保護することにした。抱えながら戦い、かつ無事に済ますのは少々苦しい。だが冴え渡る感覚がそれを可能にするだろう。
千葉寿和は警戒しながらも稲垣の元に行き、体を抱えようと手を伸ばした。それを待ってましたと言わんばかりに背筋にゾクリと一際強く悪寒が走った。いくつもの光弾が頭上より降り注ぐ。仲間諸とも千葉寿和を殺そうと。
時間かけた割に展開が無茶苦茶だぁ(白目)
これからもっと忙しくなるので続きはさらに時間かかると思われ
時間を、時間をクレェェ
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