剣道美少女の代わりにボコボコにされるオリ主くん   作:カネナリ#2560

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 皆さんお久し振り。前の投稿から5ヶ月も経ってるんですね(笑)。笑い事ではない。

 時間が跳びすぎて何が書きたかった忘れてしまった。メモしとけば良かったと後悔しながら必死に思い出して書いたとさ。


人を愛する人でなし。或いは自分を愛せぬ破綻者か

 道場が土埃を撒き散らし倒壊していく。かつての栄光は見るも無惨な姿に変わり果てた。縋り付く者のために存続していたそれは、今まさに役目を終えたのだ。

 彼は、京沢才治は瓦礫を蹴り跳ばし服に付いた土埃を叩いて落とした。悠々と歩みを進めるも、穢れに穢れたその様には誇りも尊厳も感じられない。少年は自身の目前で歩みを止めた京沢才治に対して、ただ憐れであると思うよりほかなかった。

 

「不思議なものですね、父よ。私は貴方の首を断ち斬った光景が確かなる記憶としてあるのです。心臓を刺し貫き五体を切り刻んで命の輝きが消え失せたのを、確りとこの眼で確認しているのです。

 しかし貴方は何故か存命し、自分の前に確かに立っています。これも自分が未熟である故に起きたことなのでしょうか」

 

「人を殺めた経験の無いお前に、私を殺せるわけが無かろう。例えその刃が私の首を捉えたとしても、私に届くことは決して無い」

 

 対峙する両者の間に剣呑な雰囲気は全く存在しない。至って普遍的である。尋ねられ教えられるその様はまるで親子の団欒(だんらん)のようだ。

 

「私はかつて一つの刀で幾つもの命を斬った。侵入者、反逆者、または敵対国の傭兵や兵士などの有象無象共。果てには一つの街すらも滅ぼした。私の目前に立ち阻んだ存在は例外無く私の手によって地に倒れ伏した。

 私の秘技は過去の斬撃を顕現する。その全ては担い手の経験に裏付けされる。ただ模倣しただけのお前では肉に触れることすら叶わん。だが魔法を斬った経験が私の魔法式と想子(サイオン)を傷付け、首から下における魔法行使が出来なくなったが些細な事だ」

 

 致命的では、とそう思った少年だが当の本人が涼しげな顔をしているのだ。そこは黙って頷くべきだろう。たかが魔法ごときが使えなくなるだけだ。気にかける必要などない。

 

「お前には魔法に関してのみ強大なる才能がある。私の行使する魔法の数々を、瞬く間に習得しているのがその証拠だ。だが、それに対して剣の才能は全く無い。凡人よりかは有るようだが、私からしてみればどちらも同じ塵の如く矮小なものだ」

 

「故に剣の修行をさせた、と。中々良い御趣味をお持ちのようで」

 

 少年の薄らとした笑みには心底軽蔑していることがうかがえる。表情というものはとても便利な物だ。こんなにも簡単に相手の心を傷付ける事が出来る。

 少年の侮蔑の言葉が気に障ったのか剣先が少年に向いた。だがその行動に付属するべき殺意や敵意が微塵も感じられない。

 

「最初こそお前の領分で戦ってやったが、これからはそうはいかん。容赦なく八つ裂きにしてやる。覚悟することだ」

 

 言葉こそ苛烈であるが抜け落ちた表情と声の覇気の無さがそれを台無しにしている。それはまさに演技慣れのしていない大根役者のようだ。

 

「そう怒らないで下さい。ちょっとした冗談ですよ。ただの木刀で自分を八つ裂きにしてくれる父よ。どうするのか見物ですけどね」

 

「たかが木刀と侮るなかれ。鉄を断つことこそ不可能だが、人の身ぐらいならば……」

 

 少年の背筋にヒヤリ、と悪寒が走った。相手は筋肉の始動すらしていないというのに、一体何をされるのだろうかと少年は思案するも、良からぬ事が起きようとしている事は確実だ。少年は我武者羅に右へ転げ回り、必死の思いで危険から遠ざかろうとした。

 激痛と共に血が撒き散らされる。少年の立っていた所には少年の左腕が落ちていた。綺麗な断面から巡っていた血液が止めどなく流れている。命は拾えたのだろう。方腕を代償として。

 

「斬ることは容易い」

 

 木刀を振り切った父親に少年は得たいの知れなさを感じた。こんな現象は初めての経験だからだ。予備動作すらなかったそれを避けれたのは、ひとえに少年の直感が優れていただけに過ぎない。

 

 少年はもう片方の手で傷口を押さえた。血は止まっている。あと数瞬もあれば新しい腕を生やせるだろう。だがそれを行うにはあまりにも時間がかかる。かかり過ぎる。生える頃には達磨になって地に転がっていることだろう。

 

「油断したな。お前の纏っているその力は確かに強靭だが、耐えきれないものなど幾らでもある。過信もまた経験不足からくる一つの未熟だ」

 

 木刀を一振し血を飛ばすような仕草をする。木刀には一滴も血がついていないのにも関わらず、そうするのが当たり前のように、或いはかつての記憶を呼び起こすようにそうした。その一振がどれ程の血を飛ばしてきたのか推し測ることは出来ない。

 その刀で幾つの命を吸ったのだろう。幾つの首を断ったのだろう。剣道における残心のように、京沢才治はその動作を習慣化していた。その刀に血がつかぬ程技量が高まっていても、それを止めなかった理由が確かに有るように思える。

 

「見ることにかまけて回避を怠ったな。私の斬撃を見切れると判断したのか知らないが、その驕りと侮りで方腕を失ったのだ。手数を減らすことが死に直結する事を、他でもないお前自身に身をもって教えたはずだ。

 次に私が斬撃を放ち、お前が大切に握っている玩具ごと斬り裂いたとしたら、お前は一体どうするつもりなのだ」

 

 少年は父親を見上げた。いつも通り冷徹な瞳で少年を見ている。そこに何らかの感情は全く無く、ただ何時でも始末できるように少年の挙動を観ていた。少なくとも血縁者である息子に向けるようなものではないだろう。

 それに対し少年はどこか呆れたような顔をしている。日常において知能が低い友人に対してしょうがねえな、と普段のように言ってそうな顔だ。命の危機に瀕しているとは到底思えない。

 

 父親の問の答えとして少年は引鉄を引いた。銃口を向ける必要は無い。座標は既に定めてある。

 CADに登録されている魔法式は十数個あるようだが、そのどれもがこの場において役に立ちそうにない。そこで少年は先程見た光弾の魔法式を書き込んで無理矢理発動させた。CADがキャパシーオーバーで悲鳴をあげるがそれでも発動はする。

 言わなくても分かると思うが、魔法行使における標準は銃口を向けずとも定めることは出来る。このCADを銃として扱っていた稲垣がそれを実行できるかは知らないが、少年としては出来て当然の事だ。

 

 一瞬の間のうちに作り出された十数もの光弾は、一つとして同じ軌道をなぞること無く京沢才治に迫る。光弾のその驚異的な貫通力は人を容易に死に至らせる危険なものだ。しかし京沢才治はにべもなく一瞥した後、それらを全て一閃でもって斬り払ってみせた。それが当然であるかのようにあっさりと。

 京沢才治の背後に小規模の爆発が幾つか起きる。背後からの爆風が京沢才治の薄汚れた髪をなびかせる。

 

「こんなものか……。お前の力は。少々、拍子抜けだな。これ以上の力は現状出すことは不可能か。ならば早々に終わらせてやろう。お前の無様さは見るも堪えん」

 

 驕り高ぶり少年を見下すその姿はまさに強者の姿だ。生きたければ懸命に足掻く事だなと嘯き木刀を握りしめている。

 

 こうして少年は窮地の最中に立たされた。左腕は未だ癒えず、精一杯放った奇襲じみた攻撃は敢えなく失敗に終わり、無理をさせたCADはあと一回でも使用すれば完全に破損するだろう。

 

 遠くから眺める千葉寿和は動くことが出来ない。なまじ武の才能を少なからず持ち合わせていたため、自身と京沢才治との間に大きな隔たりがあることを理解してしまったからだ。主武器である雷丸(いかずちまる)があったとしても戦いにすらならない。

 それに双方とも楽しそうに笑っているのだ。千葉寿和のような空気を読める良い男は、あそこに割り込むような無粋な真似はしないのだ。

 

 打つ手が無い、そんな状況であるにも関わらず少年は呆れた顔を止めない。口は硬く閉ざされているが、その顔が、瞳が、この闘争が児戯であると雄弁に語っている。その不遜で舐め腐った態度が京沢才治の神経を逆撫でにし、苛立ちを煽りに煽るのだ。

 

「なんだ、その目は。私を、馬鹿にしているのか……。

 巫山戯(ふざけ)るなよ小僧が!! 殺されたいのか!! 私にかかればお前ごとき、直ぐにでも首をはねることだって出来るのだぞ!!」

 

 京沢才治は激昂した。息子である少年に滅多に見せない感情をあるがままにさらけ出した。悲痛な叫びが悲惨な庭園にこだまする。真剣にやれ、と。

 少年はその訴えを鼻で笑った。

 

「なら自分を殺せば良いでしょう。後先の無い貴方の事だ。今ここで暴れることしか出来ないでしょうしね。

 逆にお尋ねしますが何故自分を生かしたままにしておられるのでしょうか。殺さない、などと腑抜けた返答は求めていませんよ。貴方は二度も自分を殺すと宣言なさりました。一度口から出た物が二度と戻る事はないと貴方でも分かるでしょう?」

 

 自身が下であることを理解しながらも、少年は京沢才治に巫山戯(ふざけ)ているのはお前だと豪語してみせた。こんな戦いは望んでいないと京沢才治は歯軋りをする。

 

「お前こそ。その言葉、撤回するなよ」

 

 京沢才治の持つ木刀の柄が、余りにもの怒りで増大した握力によってミシミシと悲鳴をあげる。

 

「ああ、そうですね。耳が通る今の内に忠告しておきましょう。貴方、自分に勝ちたいというならその場を動かない方が良いですよ。貴方は先の戦いで力を消耗していますのでね。このまま体を休めて力を取り戻せば、自分は勝つ術を永久に失うことになります。

 ですが、それを理解していながらも自分を殺したいと向かうのなら、せめてその木刀だけは使わないことを推奨しましょう。それで自分を殺そうとする限り、自分を殺すことなど不可能なのでね。いっそのこと殴殺した方が速いと思います」

 

「この場に及んで命乞いか……。どれ程戦いを愚弄すれば気が済むのだ!! もはや聞く耳持たん!! 死ぬが良い!!」

 

 京沢才治は上段の構えをとり、一歩踏み出した。十歩もの距離を一足で踏み越え少年の前に躍り出た。

 

 逆袈裟斬り。少年の左肩から右の腰にかけて斬り下ろす。

 

 逆風。少年の右腕を斬り上げる。

 

 袈裟斬り。少年の右肩から左の腰にかけて斬り下ろす。

 

 左薙ぎ。少年の体を上下に斬り別ける。

 

 真向斬り。少年の体を左右に斬り別ける。

 

 刺突。胸元に剣先を突きつけて少年の体を突き飛ばした。

 

 反応することは愚か視認することすら許さない高速の斬撃に、少年はなす術もなく全身を斬り刻まれた。幾ら修行を積もうと絶大なる才能の前には無力と化すのだ。少年が剣の戦いにおいて敗北を喫した理由はそれ一つに尽きる。

 

 京沢才治は強烈な虚無感に苛まれた。この騒ぎの事だ。連中は真実と虚偽を織り混ぜにした罪状でもって身柄を拘束するだろう。勝てないと理解しながらも、向かってくる愚か者どもの相手をする未来に憂鬱とする。

 こうなるのであれば魔法を少しでも教えておけば良かったと後悔した。自分の魔法をあまり伝授したくないが、こんな結末を迎えるよりかは遥かにマシになったはずだ。

 だが、もう過ぎたことだ。幾ら後悔しようと詮なきことよ。切り替えるべきだ。そう思い京沢才治はかつての幻影をなぞるべく木刀を振り上げようとし、木刀は地に突き刺さった。

 

「(何……。なんだ、コレは……!?)」

 

 何をしているのだと木刀を引き上げようと腕を動かす。しかし体は意思に反して木刀を更に地へ沈めた。何が起きているのか手元を見ようと顔を下げる。澄んだ青空が見えた。

 前方より発した砂利が擦れる音が京沢才治の鼓膜を刺激する。京沢才治は顔を下げて(顔を上げて)前方を見た。

 

 少年が着地をしていた。よろけながらも確かに地を踏み締めて立っている。斬り刻んだはずの体はバラバラになることなく健在だ。京沢才治が瞠目し体を硬直させた。

 

「(一体何が、……何が起きている!?)」

 

 そして少年は銃口を京沢才治に向けて躊躇いもなく引鉄を引いた。極大の衝撃弾が打ち出されるのと同時に、壊れかけのCADは多大な負荷に耐えきれず自壊し、筒に当たる部分が花を開くように広がった。

 壊れたCADを投げ捨てて、残った右腕に幾多もの魔法式を書き込みながら猛進する少年を、京沢才治は眺めることしか出来なかった。そして少年が衝撃弾を追い越したところで、ようやく自身が危機的状況にあることに気づくのだった。

 

 最早手遅れなところではあるが、何もせずに相手の術中に嵌まるのは京沢才治自身の沽券に障る。京沢才治は意識を加速させ、脳を弄り、自身に何が起きているのか、その仕組みは、ジンクスは何だと解き明かそうとした。

 全体として右は左に左は右に、上は下に下は上に、前は後ろに後ろは前に、曲げれば()()れば曲がる。だが奇妙なことに全ての指の関節、瞼、眼球、顎、舌、脳味噌そのものは正常なままだ。そのちぐはぐさが京沢才治を余計に混乱させている。

 京沢才治は巨大な衝撃弾と、それの左側から輝く右腕をぶち込もうとする少年を避けなければいけない。それも少年が手出し出来ない右側へ。具体的に言えば、腰を()に曲げ、右足首と右膝を曲げて(反らして)バネを作ったあと、それぞれを反らして(曲げて)前へ(後ろへ)一足跳びするだけだ。それだけやってようやく『前へ』一足踏めるのだ。

 人は歩くことや走ることを無意識に行っている。一歩踏み出すために、幾多もの筋肉が弛緩と収縮を起こし関節を稼働させている。全て無意識下において、だ。京沢才治はそれを意識して局所的に逆に動かした。歩くという行動を意識して行うのは非常に難しい。例え天性の才を持つ京沢才治であっても一瞬の間が必要な程に。

 

 腰を左へ向ける。体は右を向いた。

 右足首と右膝を反らす。体が前傾姿勢になった。

 さあ跳ぼう、とした時少年が右手を開いて、そして閉じた。京沢才治は体の中で『ナニか』が蠢き右足首に止まったと感じた。嫌悪感が吹き出し悪寒が走るも、後ろへ跳ぶという命令は既に下されている。撤回はもう不可能だ。

 

 斯くして後ろへ跳ぶ命令は『正常に』作動した。京沢才治の望むままに体は『後ろへ』跳んだのだ。

 体勢を崩し少年の前に躍り出るように背中から倒れ込む京沢才治の様はまさに格好の獲物。何の抵抗も許されることはない。

 

 少年の拳は京沢才治の左腹部に決まった。幾重にも強化を施された拳は、柔軟な筋肉を問答無用に押し込み鋼のような骨を易々と砕いた。

 

「う…ごばぁッ」

 

 砕けた骨が胃を傷つけたのか、京沢才治は内容物と共に真っ黒な血を吐き出した。だからと少年は攻撃を緩める事など一切しない。少年は拳を突き出して通りすぎようとする衝撃弾に京沢才治を押し付けた。途轍もない衝撃が空間を揺らし少年と京沢才治を吹き飛ばした。

 

 その衝撃は電撃すらも伴い京沢才治の体を焼き付くした。京沢才治の背は焼き爛れ、肉を焦がす匂いが少年の鼻腔を擽った。

 衝撃は京沢才治に触れていた少年にすら及び、手の骨を粉々に砕いてしまった。体越しで威力が削がれているのにこの強さだ。京沢才治の体は再起不能なほどに打ちのめされただろう。

 

「オ……ァ……、ごフッ」

 

 だがそれでも京沢才治は立ち上がった。満身創痍で血を体中から垂れ流し、変化する体の操作感を御して意地で立ち上がったのだ。

 

「まだだ、……まだ、戦いは終わってない」

 

 ガクガクと体を震えさせているのにも関わらず、少年へと向ける剣先はぶれずにいる。どれ程の意志が、力がその木刀に宿っているのだろう。京沢才治の戦いへの渇望は未だ途絶えずにその身を奮い起こしている。

 

「……憐れだ」

 

 その姿を見て少年は心中を吐露した。呆れた顔に少々の哀しみが混じる。

 

「本当に、貴方は憐れだ。何故そこまでして死に急ぐのです」

 

 少年は身を起こして京沢才治へ歩む。血の滴る右手に傷はもうない。京沢才治は歩み寄る少年を間合いに入った瞬間に斬れるように木刀を構え直した。

 

「父よ、何故気づかないのです。その木刀では自分の肉を断つ事は不可能なのに」

 

「私の、私の木刀がどうだと言うのだ。剣士は、どの様な武器であっても、相手を斬り伏せてこそ剣士となれるのだ。お前を斬れなかったのは、私の斬撃が甘かっただけの事よ」

 

「本当に見えてないようですね、その木刀の輝きが。よほど失った力が多いと見受けられます。いいでしょう、貴方がよく見えるようにしてあげましょう」

 

 京沢才治の中で『ナニか』が駆けずり回る。それらは京沢才治の神経を蹂躙しやがて木刀に集結した。木刀が輝きを放つ。

 

「ッ、これは……腕、だと!?」

 

 現れたのは右腕だった。年端のいかない小さな子供のものだ。それが木刀に宿っていた。奇っ怪な文字列と共に。

 

「はい、自分の腕です。先ほど斬られた時に憑けました。貴方、魔法弾を幾つか斬りましたよね。そのうちの幾つかに貴方の秘技を起動させる魔法式を組み込んでおいたのです。腕の存在を媒介にして秘技を発動させました。

 例え貴方が刃を通そうとも、その大本は自分の力、自分の経験からくるものです。貴方が言ったように人を斬ったことの無い自分では肉を断つことなど不可能なのです」

 

 ずけずけと講釈を垂れる少年に京沢才治は怒りを覚えるが、それよりも増していく疑念を優先した。

 

「ああ理解した。理解したとも。お前を斬れなかった事に関しては疑惑は無い。だが解せんな。あの時、私が魔法弾を斬り払ったその時に秘技が発動していたとすれば、お前を斬る時にはその効果は途切れていたはずだ。

 長年使っていたからこそ分かっているのだ。お前ごときの腕一本で術式を維持出来る力を賄えるはずがない」

 

「相変わらず目の悪いお人だ。自分の体が光っていることにすら気付いていない。父よ、そういうところが駄目なんですよ」

 

 京沢才治は目の端に光を捉えた。目を向けると伸ばした右肘部分が発光している。輝きは増していきやがて軽い破裂音を立てて爆発した。肘から先は木刀を握ったまま少年の足元へと落ちた。音の割には強い衝撃が京沢才治を地に叩きつけた。右腕の傷から流れる血は血塗れの体を更に血で濡らしていく。

 

「これ以上憑けておくと定着してしまうのでね。返してもらいますよ」

 

 少年は京沢才治の右腕を掴み取り、木刀を右腕が在った場所に近付けた。半透明の少年の右腕は在るべき姿を優先し、少年へ吸い込まれ元に戻った。

 塞がっていた傷口が盛り上がり骨が突出する。そこに筋組織が這いずり神経と血管が纏わり付く。真っ赤で繊維的な腕は、半透明の型に嵌まるように皮膚で押し込められ腕と相成った。

 少年は調子を確かめるように手の平を開き、そして硬く閉じた。

 

 別にわざわざ生やす必要は無い。落とした腕を拾ってきて押し当てればそれで解決するだろう。だが腕を生やす経験はとても得難いものだと考えた少年が生やすことにした。それだけである。

 京沢才治は右腕の傷を筋肉で締めて止血した。もっとも身体中穴だらけ故焼け石に水のようなものだが、やらないよりかは幾分かマシだ。現に死への時間は引き延ばされているのだから。

 

「この力はなんだ」

 

「貴方の力です」

 

 突如として会話が始まった。

 

「何時からだ」

 

「半年ほど前です」

 

 穏やかな時間が流れている。

 

「どうやって私に仕込んだ」

 

「稽古での接触時に流し込みました」

 

 それはかつての団欒を再現しているように。

 

「どのような術を使った」

 

「電気信号の書き換えと反転させる魔法です。未完成故粗が目立ちますが」

 

 二人は楽しげに語り合っている。

 

「そうか、そうか。私は半年も前から死んでいたということか。成る程な。全く気づかなかった」

 

「流し込む際に貴方も異物感を覚えたはずです。何かされたと探るべきなのに、貴方は怠けてそれを放棄しました。こうなったのは全て、貴方の不徳が致すところにあります」

 

 嗜める少年の声に京沢才治は困ったように笑みを浮かべる。少年がまだ幼い頃、母にいつも向けていたあの笑みと同じだった。少年の胸がざわつく。苛立つ。

 

「だが解せんな。何故お前は半年も私を生かし、今こうして話しているのだ。お前には私を殺す理由が山程あると自覚しているのだが」

 

「確かに貴方を恨んでいることを否定できません。子に向ける愛情は全て姉に注がれましたし、受け渡されたものと言えばこの身体と木刀ぐらいなものです。子の所持品の殆どが拾い物か盗った物とは、親としてどうかと思いますよ」

 

 少年の言葉に少し棘があったが、それでも恨みを抱いているようには到底思えない。

 

「それでも、そんな貴方を生かしているのは貴方が不憫に思ったからです。決して親への情けという生ぬるいものではありませんよ」

 

「憐れ……憐れか。先程も言われたな。私の何処に憐れむものがあったのだね」

 

「……自分が軍事の広告だと思っていたものは貴方の戦闘記録で、一国家を魔法で滅ぼした一部始終でした。そして自分はその姿に憧れこのような者に成りたいと貴方に告げました。そして貴方は酷く怒りました。自分が魔法に憧れたことに、ではなく、人を殺めることを望んだことに」

 

 語る少年の舌は熱く回り、語気が段々と強くなっていく。

 

「貴方は善良な人だ。貴方が語った武勇伝の全てを罪であると認識している。その業を他人にさせたくないという思いもある。そして何より、こんな監視だらけの地に自らの意思で住んでいる。これ以上動かないために。命を奪わないように。この薄汚れた地に骨を埋めるつもりでいる。

 献身的で酷く愚か。為すこと全てが裏目に出て動くことをすら儘ならない。国に託せば愛国心を利用され敵対国の罪無き人々を虐殺した。全て全てが空回り。挙げ句の果てに自らの首を絞めて動きを止めた。そんな貴方が不憫と言わずに何と言おうか」 

 

「……そのデータは全て隠しておいたはずだが」

 

「自分が見つけれないとでも?」

 

 その言葉に京沢才治は閉口とする。昔から妙な賢明さを見せていた少年のことだ。うっかり盗み見ていてもおかしくはあるまい。

 京沢才治は意志を定めた。ひたすらに隠していた自身の心情を吐露することに。

 

「……昔は良かったものだ。国の為、人の為、何よりも自分の為に戦えていた。

 それなのに! それをッ!! 何処の者と知れんクズ共が穢しやがった!!

 ……それを抑止出来なかった愚かな私は、軍の上層部連中が邪魔だと思っていた国を滅ぼした。騙した奴らが悪いと同士に慰められたことがある。だが手に掛けたのは私だ。浅はかで智慮を持たぬ私だった。

 自責の念に囚われた私は自身の命を断とうとし、その時妻に、お前の母に出会ったのだ」

 

「……貴方が死にたがっていたのは知っていました。母と姉が此処を去ったのも、貴方が姉を自身を破る刃にする目論見を母が見破ったからです。

 母は心の機敏に鋭い以外は至って普通の女性だった。そんな母がどうやって貴方の自殺願望を抑えていたのか、心情に疎い自分には検討もつきません」

 

「妻は……随分とお節介な人間であったよ。幼い頃に、ほんの一時学び舎を共にしただけの浅い関係なのに、私の自殺を命懸けで止めて見せたのだ。その行動の理由は最後まで話してくれなかったがな。

 自殺を辞めた理由、か。……妻がな、私が自身を責める度に言うのだよ。私の為に尽力した人を思い出せ、と。その言葉を聞く度に、私を手助けしたばかりに殺されてしまった友人が、同士が、その顔を覗かせるのだ。皆、国の為に生きた尊き者達であった。自身で命を断つことは、その者達の顔に泥を塗るのと同じこと。それに気付いてからは、自殺の一手は私から消滅した。私にも恥じという感情が有ったのだ」

 

 京沢才治は一度言葉を切り、深く息を吸った。呼吸が上手くいかない様子だ。

 

「争いを忌避するようになった私は、監視される生活を条件に軍を去ることが出来た。監視員に一般市民である妻が紛れ込んでいた事には心底驚いたが、そんなことは些細な事よ。

 妻の巧みな話術と私を死なすまいとする真摯な心意気に情を絆された私は、彼女を娶って子を成した。その後はお前の知っての通り、あの娘を引き連れて消えた。私が席を外した一瞬の間に。驚くほどの手際の良さだった。

 あの時から三年間、お前の相手をしていたのも全て妻の思惑通りなのだろうな」

 

 過去を見るその瞳が遠く離れていく。瞳孔が弛み光が失せていく。全身から力が抜けていき締め付けていた傷口から血が噴出し返す。京沢才治はまさに死に体であった。

 

京沢唯一(きょうざわただひと)、それがお前の名だ。ただ一つの才能しか持たぬと見放したお前が、私を破る唯一(ゆいいつ)の力となるとは皮肉なものだ。

 願わくは剣によって終わりたかったが、まあ、こんな最期も……悪くは無い、か」

 

 そうして京沢才治は満足気に息を引き取った。京沢才治は何一つとして自身の責務を果たせていない。罪を清算するどころか重ねては罪科を重くしている。

 だがそれでも、自身の苦難で満ちた人生に終止符を打つことを何よりも慶びとしたのだ。

 

 当然、そんな無責任な行動は赦されざる蛮行である。それを最も嫌う少年の前にして見過ごされる訳が無い。

 

「何故寝ようとする。さっさと起きろ」

 

「へぶぁッ!!」

 

 思わず、といった風貌で少年は京沢才治の頭を蹴り跳ばした。これには京沢才治もびっくりして跳ね起きてしまった。

 

「えッ!? そこは死なせるところじゃないの!?」

 

 遠くの方で千葉寿和が何か喚いている。見せ物ではないのだかな。

 

「父よ、一つ言わせてもらおう。死への逃避は最も罪深い恥さらしの行動だ。殺戮にどれ程気を病んだのか、自分には知ったことではないが、やった張本人がそれでは死した者の面目が立たんだろう。

 貴方を恨んで復讐を果たさんが為に生きている人間が、貴方が死んでいると知った時どうするつもりだ。個人への恨みが国へ傾き、何の罪もない善良なる人々が傷付くことになる。そうならないために貴方は矢面に立ち、全ての恨み辛みを受け止めるべきだ」

 

「だが、私は……」

 

「甘えるんじゃない。戦え。罪を清算しろ」

 

 少年は苛立ち気にそう言いはなった。叱責を受けた京沢才治は苦しげに顔を伏した。自身の犯した罪科に直面することを恐れ、目を背けたのだ。何と情けない。

 

「それは……勝者としての命令か」

 

「……ええ。ええ、そうですとも。自分は貴方に勝ちました。敗者は勝者に従わなければならない、でしたっけ。貴方に教わった事は。そしてその後付け加えましたよね。従わない愚か者が多すぎると。貴方はどちらでしょう」

 

「……敗者は、勝者に、従わなければならない。そうだ、確かにそうだ。従う他有るまい」

 

 少年は京沢才治に切断面を向けて右腕を出した。起き上がった京沢才治は切り口を合わせる。少年は京沢才治の体内に有る力を使い、傷を全て癒してみせた。

 

「何時か必ず、復讐者は来る。全くもってその通りだ。失念、という奴なのだろうな。盲目が過ぎたようだ。

 復讐者が私を滅ぼすその日まで、待とう。その間は人命を尊び、無辜の民を救い、国を守護しよう。罪滅ぼしになるのなら、喜んで」

 

「貴方を縛る物は貴方自身です。翔ぼうと思えば幾らでも翔んでいける筈です。ここを経つのなら母の元にも行ってあげて欲しい。追われる身で、かなり厳しい状況に有るでしょう。助けが必要です」

 

「嗚呼、そうだな。会って謝ってくるさ。毒にしかならん奴らを滅ぼしてから行くつもりだ。ではな。何時か何処かで会おうぞ」

 

 京沢才治は光の粒子となってこの場を去った。遠くより怒号と悲鳴、何らかの爆発音が響いてくる。有言実行だな。

 

 少年が半壊した塀の向こうを眺めていると、千葉寿和が歩み寄り話しかけてきた。

 

「良いのか行かせて。一緒に居たかったんだろ?」

 

「何故そう思った」

 

 千葉寿和は言い淀み、数瞬の悩みの後に口を開けた。

 

「だってよお、お前さん。泣いてんじゃねえか。悲しいんだろ?」

 

「悲しみ? いいや、違う。断じて否だ。この涙は喜びからくるものだよ。あの人の本当の姿を見れた。何と喜ばしいことか。涙も出るだろう。子というものは、格好いい父が大好きなのさ」

 

 次に会うときもまた、格好いい父で在るよう願おう。

 

 




 当初殺す筈だった父親が生きてるけど、まっいいか。良い感じに原作を変えれそう。変えれるかはさておき。
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