気付いたら周りが百合色になってた 作:まもなう(旧ノリあき)
初めて見たときは、猫みたいだなぁと思った。
いつもぼやっと窓の外を見てる。挨拶だってしない。足音を立てない歩き。
気づいたら教室に居て、退屈そうにしていた。
大切に伸ばしているというよりは、切るのが面倒だから、といった印象を受ける黒い髪。
勿体ないなぁと思っていた。
その日は全くの偶然だった。
「好きです!付き合ってください!」
何となく屋上で昼食を食べたくなって、折角だからと一番高いところを陣取った。2年生の春も始まったばかりで、日差しも程々に温かくて過ごしやすい。
まさか、そんなタイミングで告白現場に居合わせることになるとは思っても見なかった。
男子の声には聞き覚えがあった。前に男にしてあげた亮介くんだ。あたしと致したことでどうやら自信をつけたのか、比較的背の小さい女の子にアタックしていた。
人の告白現場に偶然居合わせるなんて、とその時は少しドキドキもしていた。あたしは健全な女子校生なので、色恋の話なんて出されたら飛びついてしまう悲しい嵯峨なのだ。
「……どうして、私を好きになったの?」
こっちは、聞き覚えの無い声だった。クールな印象を受ける、でも幼さも残る可愛らしい声。声色は不愛想で無機質。何と言うかこの時点で、亮介君には厳しい戦いじゃないかなと思い始めた。
でもその黒髪には見覚えがあった。いつも教室でつまらなそうにしてる、あの猫さんだ。
「そっか……でも、ごめんなさい。恋愛なんてわからないし、誰とも付き合う気がないから」
(あちゃー)
何とか頑張った亮介君も、このお断りは覆せないだろう。取り付く島もないとはこの事だ。ただ、諦めがよく潔かったのはポイントが高いぞ亮介君。成長を感じてお姉さんは嬉しい。
「ねぇ」
あえなく玉砕した亮介くんを、つまらなそうに見送る猫さんに声をかけたのは、興味が沸いたからだった。
あたしが見てきた女の子たちと、明らかに違う雰囲気。恋愛を「わからない、要らない」と言った彼女は、自分の興味を引くのに十分だった。
或いは、憐みからだったかもしれない。いや、元気づけようとしたのかも?
兎に角、この日の天気や季節に全く似つかわしくない表情をしている彼女を見て、思わず声をかけた。それが、全部の始まりだったのだ。
「弁当、先に受け取っておいて」
誘ったのはあたしだけど、まさか提案に乗ってくるとは思わなかった。
てっきり本当の猫のように手を差し伸べるだけ逃げるかと思えば、素直に無警戒に近づいてきた。
流石に身体能力は本物の猫ちゃん程はなかったけど、足取りは軽かった。
「……いい景色だわ」
受け止めたときに感じたのは、小ささだった。
身長は目算で155cmないぐらい。女子でも低い方で、衝撃も小さく軽かった。
その無気力さに見合うように恐怖心もないのか、ふらっと立ち上がった時はひやっとした。いつ突風が来るかもわからないのに茫然と立つ彼女は、自殺志願者かと思った。
今思い返しても、とてもひやひやする場面だ。怪我や事故がなくてよかったと思う。あたしはファインプレーをしたのだ。
「おー、かわいそうにねぇ」
彼女のこれまでの話を聞いて、思わず小さな体を抱きしめたいと思った。
人間というのは千差万別で、でもこの時期の男子なんて所詮大体がお猿さんだ。彼女欲しい、ヤりたい、そんなものだ。
そこに相手を思いやる余裕なんてそうはない。自分で一杯いっぱいだから、女の子が気持ちいいかなんて二の次だ。経験が浅ければ、特に。
恐らく彼女は男の中でも特大級のはずれを引いたんだろう。あたしなら何とか手綱を握れるだろうけど、慣れていないこの子には無理だったんだな。
当時の情景を浮かばせて沈む声を聞いて、無性に癒したくなったのは仕方がないことだと思う。気づいていないようだけど、微かに体が震えてもいたから、尚更。
だから、力を抜いてあたしに体を預けてくれた時は安堵したし、心を開いてくれたと思って嬉しくもなった。
あたしが男の子に自信をつけてあげて回っているのには、そういった理由もあった。
自分に自信が持てなくて、一歩を踏み出せない子を放っておけなくて手を焼いてあげる。塞ぎ込んでいる誰かを、手を引いて立ち上がらせてあげる。痛みに耐えている誰かを、癒してあげる。とんだ上から目線だ。
でも、そうやって誰かの力になれることを、あたしは望んでいたんだと思う。こんなあたしでも、誰かの役に立てるならこんなに嬉しいことはないから。
だからこの猫さんに手を差し伸べたのも、きっとそんな理由もあったんだろうと思う。今となっては「癒してあげる」なんてちゃんちゃらおかしいけど。絶対あたしの方が癒されてる。
しかも実際には猫どころか、とても人懐っこいわんこちゃんだったしね。
「ふふ」
後ろから抱き着いても逃げるどころか押し付けてくる彼女は昨日までの、或いはさっきまでの印象とはまるで違っていた。
きっと、誰かに甘えたかったんじゃないかなぁ。一度懐に入ってしまえば飼い慣らされたチーターのように甘々で、なんと優しくあたしの頭を撫でてくるほどだ。その手は私より小さくて、年下の子によしよしされているみたいでむず痒かった。
この時に見せてくれた可憐な笑みが、決定的だったと思う。
下らないやり取りをしていた最中に見せた、表情の乏しかった今までとは違う柔らかい笑顔。不覚にも、あたしの中にときめくものがあった。
あたしは可愛いものには目がなく、当然可愛い女の子だって好きだ。中学までは休み時間にしょっちゅう女の子にくっついていた過去がある。
高校生に上がって精神年齢が上がると、大人になったのか変な目で見られるのか、そういった機会は乏しくなっていった。そうして気付けば、唯一の友人を残して私の周りには女の子はいなくなった。しかも、その友人は全然学校に来ない。
「また、頼んでもいい?」
だから、彼女からお願いを聞いた時は渡りに船だった。最近余り摂取できていなかった可愛い女の子成分を、人の目を気にせず堪能できる。
それに、この時の期待を隠せない杏の顔があまりにも可愛くて、すぐ快諾した。
OKを貰った後の安堵する杏もこれまた可愛くて、あたしの脳内アルバムに大切に保存した。
これからちょくちょく甘えてくれるのかな、なんて軽く考えていたりした。
「牧原にぴったりだ、かわいい」
だから、名前を褒めてくれるだけでこんなにも嬉しくて。
「……ねぇ、しても、いい?」
「……うん。わたしも、したい」
こんなにもずるずると嵌って、もう杏のことしか考えられなくなってしまうなんて、思っていなかったのだ。
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