日本一幼女に厳しいゲームから妹を救いたい 作::-)
ぷろろーぐ 〜 こうかい
「ピピピ」という電子音と共に、私は未だ眠気が残る目を擦りながら目を覚ました。
台所へと目を向けると、研がれたお米を溜め込んだ炊飯器が高らかにその存在を主張している。あんな物が目覚まし代わりなんて、と思わず苦笑してしまう。
次に窓から外の景色を確認すると、既に夕日は町の奥へと沈み全身を丸々と輝かせたお月様が顔を覗かせている。そして最後に視線を下に向けると、そこには私と比べて少し明るい茶色の髪にこれまた私とよく似た顔の少女──要するに私の妹が、私の膝を枕にあどけない表情を浮かべながら眠っていた。普段は着けている赤いリボンも今は外している。
「……ふふふ」
自然と笑みを溢してしまう。私の妹はやっぱり可愛い。
しかし、妹の心地良い体温を感じながらも私は「あちゃー」と頭を抱えた。どうやら妹を寝かしつけた時に一緒に寝落ちしてしまったらしい。
昨日の
閑話休題。
こんな時間までお昼寝をしてしまったということは、つまり誰も起こしてくれる人がいないという意味だ。
──そしてそれは同時に父の不在も意味していた。
思わず深いため息を零しそうになるが妹の前でそんな表情は見せたくはない。それにお父さんに関しては私自身も理解を示しているはずだ。
妹を守るためには私が大人でなくてはいけない。
沈んだ気分を一旦落ち着け、私は未だ眠り続ける妹を優しく揺すった。
「ことも、もう起きる時間よ。このままじゃご飯食べれないよ?」
そう呼びかけると、妹は「うーん……」と声を漏らしながら身を起こした。
寝起きの妹はとてもポワポワしていて、小柄な体格も相まってぎゅーっと抱き締めたくなる可愛らしさがある。しかしここで妹の誘惑に負けてしまったらいよいよ晩ご飯の準備どころではなくなってしまう。ピクピクと震える体を押さえ込み、私は妹に微笑んだ。
「おはよう、ことも」
妹はそんな私を
「おはよう、お姉ちゃん」
私はそんな妹に救われた、情けない姉だ。
⭐︎
「お父さんは?」
「少し前に電話がかかってきてたみたいで、今日はもう帰れそうにないって。ごめんね、ことも……」
「お姉ちゃんのせいじゃないよ。それに、お父さんもお仕事が大変だからしょうがないよ」
食器を並べながらあっけらかんにそう告げる妹に、私は少しムッとしてしまう。
「でも、今日はこともの誕生日なのに……」
「お姉ちゃんの誕生日も帰ってこれなかったでしょ? なら、これで一緒だね。それにわたしはお姉ちゃんさえいてくれたら大丈夫」
子供なら誕生日は祝いたいと思うだろうに、妹は本当に気にしていない様子で鼻歌混じりにお箸やお椀を並べている。
妹は非常に大人びている。いや、達観していると言ってもいい。自分がどんな家庭環境に置かれているのか、まだ小学生のはずの妹は嫌というほど理解している。
そして何より、妹は強い。
怖がりで寂しがりやで泣き虫だった妹は、もう夜の闇に置いていかれてしまったみたいだ。
──それに比べて私は弱いまま。
まだ妹が言葉を話すことすら出来なかった昔、お母さんは攫われた。
犯人がただの悪い人間だったならまだ希望を持てた。警察がきっと犯人を捕まえて、お母さんを助けてくれたはずだ。でも現実は遥かに歪で奇怪だった。
お母さんは攫われたんじゃない。選ばれてしまったんだ。
今でもこの町を見下ろしている大きな山の中にいる、『神様』に。
いや、あれは神様と呼ぶことすらおこがましい。かつてこの町にあった商店街を守って下さったムカデの神様とは真逆の、人の欲望に狂わされた化け物。
お母さんはそんな化け物に生贄として選ばれ、私の目の前で連れ去られた。無数の手に引きずられ闇に消えていくお母さんの姿は、決して忘れることのない光景として私の記憶に刻まれている。
その時の私は今の妹よりも幼い、ただの子供だった。
それでも必死になってお母さんを探し、夜の闇に潜むおばけたちを掻い潜り、山の中に佇む廃れた神社の中で
沢山の人間の体で作られた顔。
無数の目玉がひしめく左目。
私より何倍も大きい二つの手。
そしてその化け物の目の前で倒れている──大好きな私のお母さん。
私は必死になってお母さんの手を引き、その神社から逃げ出した。
一緒に帰りたい。
またお父さんとお母さんと妹と、家族全員でご飯を食べてお出かけして、幸せな毎日が戻ってくる。
でも山の神はそれを嘲笑うかのように、途中で力尽きた私から再びお母さんを奪った。
手を伸ばせば助けられたかもしれない。もっと頑張れば一緒に帰れたかもしれない。でも私は背後に佇む化け物が堪らなく恐ろしくて、死という恐怖を初めて目の当たりにして……私はお母さんに背を向けてしまった。
『助けてッ! お母さんを見捨てないでッ!』
そんなお母さんの最期の言葉は聴こえないフリをした。
結局、私はお母さんを助けることができなかった。
途方に暮れる私はその帰り道、一匹の犬を拾った。それがお母さんに代わるように私と妹を守り続けてくれた大切な家族──ポロとの出会いだった。
お母さんがいなくなり私と妹を養うために単身赴任を繰り返す父も、その時から滅多に顔を見なくなった。それでも電話越しでは明るく振る舞い、年に数回返ってくる時は私と妹を精一杯愛してくれた。でもそんなお父さんも私たちが眠った後、いつもお母さんの仏壇の前で泣いている。お父さんのそんな姿を見てしまった私はどうしようもなく胸が張り裂けそうになった。
『わんっ!』
そんな時にも、ポロはいつだって私を助けてくれた。
ふわふわな体で私を包み込んでくれて、まるで「大丈夫だよ」って言うように私の顔を優しく舐めてくれた。何か怖いモノが近くにいた時は、ポロは勇ましく吠えてそのモノを追い払ってくれた。そんなポロが私も妹も大好きで、ポロさえいてくれれば大丈夫と思っていた。
でもその数年後。今から二年前、今度は私が山の神の贄に選ばれた。今まで私たちを守ってくれたポロが殺され、お母さんを奪ったあの忌々しい神社に連れ去られた私は、ただ死を待つことしかできなかった。
これは罰だと思った
あの時お母さんを見捨てた私への罰だと、そう自分に言い聞かせて。
でも妹はそんな私を助けにきてくれた。それはまるでお母さんを助けようとしたかつての私のようで──その瞳の強さはあの時の私とは比べ物にならないぐらい強かった。
夜を恐れた私と違い、夜はあの子を強くした。
そして妹はかつて失敗した私と違い、私を救い出すことに成功した。
その代償として左目を失いながら。
『一緒に帰ろ……お姉ちゃん……』
弾け飛んだ左目からおびただしい量の血を流しながらもそう告げる妹に、私は言葉を失った。
全部私のせいなのに。
あなたが母親の温もりを知らないのも、左目を失ったのも、ポロを亡くしてしまったのも、あの時お母さんを助けられなかった私のせいなのに。
なのに妹は残された右目で私を見つめながら、私に愛を向けてくれる。
そんな資格なんて私には無いのに。
結局、私は未だに妹に何も話せていない。
お母さんは行方不明なのではなく山の神に連れ去られたこと。その時、私はお母さんを見捨てたこと。そして私はその事実から目を背けていたこと。
怖い……のかもしれない。
大好きだったお母さんもポロもいなくなって、お父さんも帰ってこない。そんな私に唯一残っているのが妹だ。その妹すら失ってしまえば、私は狂ってしまうかもしれない。
──お母さんはお姉ちゃんのせいで死んだ。
──私はお姉ちゃんを助けたのに。
──お母さんの代わりにお姉ちゃんがいなくなれば良かったのに。
あの優しい妹がそんなことを思っても言うはずがないのに、私の頭は心ない言葉を幻聴する。
怖い。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
夜の闇よりも、よまわりさんよりも、山の神よりも。
妹に嫌われるのが怖い。
⭐︎
「お姉ちゃん?」
「ッ!? ど、どうしたのことも?」
「お姉ちゃん、大丈夫? さっきからボーッとしてて、まるでおばけみたいだったよ」
「ううん、なんでもないよ。それより、もう少しでできるからね」
いけない、またこうして悪い思考に陥ってしまうのは最近の悪い癖だ。
フライパンに魚の切り身を置きながら、苦笑する。
それにしても、「おばけみたい」か……。
未だに心が夜に囚われている私にはお似合いなのかもしれない。
それに、こうして焼き魚を作っている時はどうしても考えてしまう。この場に立って料理を作ってくれるのは本当はお母さんだったはずなのに。そして食卓には私と妹とお父さんが。
妹の好物である焼き魚は、私の得意料理でもある。でも妹はこれがお母さんから教わった料理だとすら知らない。
そもそも妹はお母さんのことをほとんど知らない。
一番知っているはずのお父さんは家にはいない。だから私が教えないといけないのに、私はお母さんのことを話せずにいる。そして妹もお母さんのことを聞いたりはしない。
空気を読んでいる。
まだ子供なのに。
「はい、召し上がれ。熱いからちゃんと気を付けて食べるのよ?」
「わぁ……頂きます!」
食卓に料理を並べ、私と妹は手を合わせた。
片目の妹は器用に箸を使って料理を口に運んでいる。初めは遠近感が掴めなくて私が食べさせてあげないといけなかったのに、今では一人でも問題なく生活できている。ほっとすると同時に、少し寂しい。
「あ、お姉ちゃん。実は昨日、友達ができたの」
「友達?」
残念ながら妹はクラスで浮いている。
以前から親がいないという点で話しかけづらい背景を持っていて、その上さらに左目までも失ったんだ。イジメられていないだけマシと思いたい。
そんな妹に友達ができたという朗報に私は笑みを浮かべずにはいられなかった。
でも、もしその子が妹に悪い遊びを教えたらどうしよう……そもそもその子はクラスメイト? 年上? 年下? もし妹を騙すようなことをしているなら今すぐにでも隣町の縁切りの神様にお願いして……。
「名前はハルっていって、私と同じぐらいの女の子。隣町に住んでる子なんだって。チャコって犬を連れてて、もふもふしてて可愛かったなー……」
「あ、そうなの。こともにも友達かぁ……ちゃんと仲良くしてあげてね?」
黒い感情は妹の言葉で一瞬で鎮火した。
同い年の女の子なら安心できる。それに犬を飼っている子に悪い人はいないのは世の中の法則の一つだ。でも、隣町の女の子なんていつの間に出会っていたんだろ?
「ことも、もしかして勝手に隣町に行った?」
怒るつもりはないけど、隣町に行くなら出来れば教えて欲しかった。
町にはおばけ以外にも危険が沢山ある。二年前の夜に出会った殺人犯こそその例の一つだ。お化けの対処はできても、幼い妹ではただの人間が一番の脅威になり得る。だからたとえどれだけ大人びていても、できれば一人で遠くには行って欲しくない。
でも、妹は慌ててそれを否定した。
「ち、違うよ! 最近の夜廻りでよくこっちの町に来てたから……ポロのお墓にも来てくれて、その時に名前を聞いたの」
「え、その子も夜に出歩いてるの?」
「うん」
「わざわざ隣町から?」
「うん。何か探してるみたいだけどあまり詳しくは知らない」
何やら訳ありのお友達ができたらしい。
妹の他にも夜出歩く子がいるなんて……違う意味で心配になってくる。
「でも、この夏が終わったらハルは引っ越しちゃうんだって。せっかく友達になれたのに……」
「ことも……」
妹の暗い表情に思わず私も表情を曇らせる。
「でも、引越し先の住所を教えて貰ったから手紙なら送れるって」
「なら、こともも漢字の勉強しないとね。ことも、算数は得意でも漢字はまだ苦手でしょ? ひらがなばっかでお手紙書いたらハルちゃんに笑われるよ?」
「うっ、でも……」
「夜廻なら大目に見てあげるけど、お馬鹿さんになるのは許しません」
「……はい」
じっと妹を見つめながらきっぱりそう告げると、ことももしゅんとしながらも頷いた。
あの夜が終わってから二年経った今でも妹は夜の町を出歩いている。
妹曰く、神社が取り壊されて力が弱まったムカデの神様の代わりに夜の町をパトロールしてるらしい。まるで夜のおまわりさんみたいだ。
「あれ、でもお姉ちゃんもこの前漢字のテストが悪くて電話でお父さんに──」
「さて、早く食べないとご飯冷めちゃうよ」
似たモノ姉妹、とどこかで顔も知らないハルちゃんが呆れたように呟くのが聞こえた気がする。
なんとか誤魔化そうと茶碗に手を伸ばすが、妹からのジトっとした視線が突き刺さる。
怒る時は相手をじっと見つめる。一体誰からそんなことを学んだのやら。
「お姉ちゃん」
「……はい、お姉ちゃんも一緒に勉強します」
妹には敵わない。
私は苦笑しながら、ご飯を口に運んだ。
⭐︎
他愛もない話をしながら晩御飯を食べ終えお風呂も済ませたら、妹は既に自室にいた。
寝るためのパジャマ──ではなく、私のお下がりの服に身を包み、背にはお気に入りのウサギのポシェット、トレードマークの赤いリボンも頭からぴょこっと生えている。そして左目には可愛らしい妹の姿とは不釣り合いな眼帯。そんな妹は机の前で座りながら懐中電灯の具合をチェックしている。
「ことも、今日も行くの?」
「うん。多分今日がハルと会える最後の日と思うから。友達だから見送ってあげないと」
「……分かった。でもちゃんと帰ってくるのよ? 特に
自分でも口うるさいなと思うぐらいそう念を押すと、妹はただ短く「うん」と頷いた。
すでに暗闇が支配しおばけが跋扈する夜の世界にこれから妹は行こうとしている。
私は大人としてそんな危ない行為をやめさせるべきなのに、あの夜からずっと続くそれを止める方法が分からない。
叱ってあげれば妹は行かないだろう。
でも、妹は守ろうとしてるんだ。自分に起きたことと同じような悲劇が別の誰かに起こらないように。夜の世界で誰かが困っていないか、妹は毎晩確認している。
そんな妹を止めることなんて私にはできない。
「ことも」
いよいよ懐中電灯を握って玄関へ向かう妹を私は呼び止めた。
「お姉ちゃん?」
首を傾げながらこちらを向く妹へ、私はリボンに巻かれた小さな箱を手渡した。怪訝そうにそれを受け取る妹に向かって私は精一杯の笑みを浮かべる。
「開けてみて」
言われるがままに妹はリボンを解き箱を開けると、その小さな目を大きく見開かせた。
その手に握られていたのは小さなお財布だった。もふもふとした真っ白な毛並みにピンと立った二つの耳、そして優しく見つめる二つの目。
それは私たち姉妹にとってかけがえのない家族で、忘れられない思い出。
「ポロ……」
「お誕生日おめでとう、ことも。大事にしてくれたら嬉し──」
言い終わる前にすでに妹はこちらに向かって突進してきた。
小柄な割に意外と力強い妹のタックルに私は思わず「ごふっ」と女の子がしちゃいけないうめき声を漏らしてしまう。
こともも気がついたら私より大きくなってるのかなぁ……。
「ありがとう……お姉ちゃん……」
そんな妹の頭を撫でながら、私も抱きしめ返す。
ここまで喜んでくれるなら頑張って内緒で作った甲斐があったというものだ。ポロもきっと天国で喜んでくれてる。
「気をつけて行ってきてね」
今の私にできるのはこれしかない。
何かお祝い事があれば出来る限り全部祝ってあげて、何か良いことをすればちゃんと褒めてあげる。
そんな当たり前のことしか私は妹にしてあげれない。
妹は力強く頷くと、そのまま部屋を出て行った。
トントンと靴を履く音と玄関の扉が開く音が、静かになった我が家の中で木霊する。
窓から外を覗くと、懐中電灯を片手に走り去る妹の姿が夜の闇へと消えていくのが見えた。
「……ふぅ」
一息つき、私はぼんやりと夜の景色を眺める。
後は妹の帰りを待つだけだ。
「ことも……」
結局あんな小さなお祝いしかできなかった。妹自身は喜んでいたけど、やっぱり自分の中では納得できない部分がある。
そもそも今日は妹の誕生日のためにお父さんが帰ってくるはずだったのに。それが急遽帰れなくなってまた二人きりの一日になったのに、妹は気にする様子すら見せていない。まるでそれが当然だと言わんばかりに。
親がいないことに疑問を抱いていない。
ある意味で妹は歪んでいるのかもしれない。
私は親がいるという日常を知っている。いや、知ってしまっている。だからこそ、今の妹の人生がどれほど歪んでいるのかを否が応でも見せつけられている。
本当に妹はこのままでいいのかな?
毎日にように夜廻りをして、夜の化け物たちの真っ只中に自らを放り込んで、妹は幸せなのかな?
もしかしたら、妹の幸せを奪ったのは私なのかもしれない。
あの時お母さんを助けられたら、妹は親の愛情を忘れなかったかもしれない。お父さんが毎晩泣かなかったかもしれない。
「──私が子供でいられたかもしれない」
自分で零した言葉に、私は思わず口を塞いだ。
私は今……何を言った?
「あぁ、ダメだなぁ……私はやっぱりダメなお姉ちゃんだよ、ことも……」
途端に涙で溢れる自分の両目を、私は堪え切ることが出来なかった。
「ごめんね、ことも……」
後悔してもしきれないとはよく言った。
二年前から……いや、お母さんがいなくなってから。
私はずっと後悔し続けているんだから。
⭐︎
泣き疲れ眠りに落ちた少女の下へ、異形が忍びよる。
黒々とした体の後ろでは大きな袋を背負い、顔には感情の読めない白い仮面。
涙の痕が残る少女の寝顔を、その異形はじっと見つめる。
夜がくる。
夜がきて、朝がきて、また夜がくる。
夜に囚われた少女たちをさらいに夜がくる。
今度こそ夜明けを見るために。
この小説のお姉ちゃんは原作より病んでます。
そもそも母親に続いて愛犬と妹の片目まで失ったのに病まない原作お姉ちゃんのメンタルが強すぎる……。
ちなみに誕生日とか年齢の設定は捏造です。幼女先輩は年齢不詳だからしょうがない