日本一幼女に厳しいゲームから妹を救いたい 作::-)
物語の展開は浮かぶのに文章がまったくと言って良いほど浮かびません。つらいです…。
普段なら何気ないこの通学路も、今では果てしない道程に感じられた。
いつも無愛想な店主が営む駄菓子屋も、子供の頃は可愛がってくれた魚屋も。人の気配が一切しない寂れた町を一人で歩いていると、まるで私だけが違う世界に迷い込んでしまったように思えた。
信号の音も聞こえなければ、いつもは煩わしく感じるカラスの鳴き声すら聞こえない。コツコツと地面を叩くローファーの音だけが夕焼けに染まった茜色の空に響いては消えていく。
全てが
町の様子。いなくなった家族──左目の激痛。
まるで過去の映像をリアルタイムで映されているような既視感が襲いかかってくる。
そしてそれは同時に、深い絶望感を与えてきた。
「はは……どう足掻いても未来は変えられないって訳?」
誰に向けて言ったか分からない独り言が虚しく木霊する。
異常事態と呼べるような状況に陥っているのに、私の頭は妙に落ち着いていた。いつもなら取り乱して泣き叫んでいるかもしれないのに、今はただただ乾いた笑い声しか出ない。
いや、落ち着きと呼ぶのは卑怯な気がする。
諦めているんだ。
どう足掻いても
「あの時に死んでおけば良かったのかな……あはは」
脳裏に浮かぶのは六歳の夜。
幼い頃に戻っていた私は必死になってお母さんを助けようとしていた。夜の町を走り抜けてまでムカデの神社でお守り貰い、実の母に首を絞められ、山の神に右足を奪われたあの夜。
あの時お母さんの手で死んでいれば、一体どれほど良かったか。
でも、どれだけ後悔してももう遅い。
すでに歯車は狂ってしまった。
「ッ! 痛いなぁ……」
少しずつ夜に染められていく夕焼け。
それに呼応するかのように、左目の激痛もさらに増してくる。痛みで頭が狂いそうだけど、もしかしたら私の頭はすでに狂っているのかもしれない。
「お父さん、お母さん、ことも、ポロ……ごめんなさい……」
微かに残った理性がそんな言葉を吐き出す。
途端に私の目に枯れたはずの涙が溢れてきた。
「でも私頑張ったんだよ……? みんなを守りたくて……精一杯頑張ったのに……」
もがいて悩んで苦しみ続けた結果がこれだ。家族と一緒に幸せに暮らしたい、そんな人並みの願いはここまで難しいものなのだろうか。どうして私たちだけこんな目に遭うのだろうか。
耳元で山の神の嘲笑う声が聞こえる。
あの醜い顔を歪ませながら、絶望に泣く私を見下ろして笑っている。
けれど、私にはそれに怒りを抱く気力すらない。
ふらふらと町を歩く私の足取りは、自然と山へと向かっていた。
⭐︎
「じゃあね、ともこ! また来週!」
「うん、また来週学校でね」
クラスメイトと別れると、私はいつも通り校門を通り帰路へと着いた。中学に入ったんだしせっかくだから部活でも始めてみようかと思ったけど、
それに、今は家族と過ごしたいのが一番の理由だ。
「あ、お疲れ様、お姉ちゃん」
そんな家族の一人、妹のこともが背に赤いランドセルを背負いながら私を待っていた。
こともの学校とはそこそこ距離があるのに、妹はいつもこうして私を迎えにきてくれる。
普通は逆じゃないの?と思ったりもするけど……。
「こともこそお疲れ様。私になんて構わず友達と遊んできていいんだよ?」
それこそ、私なんかよりずっと優先するべきだ。
もうお父さんもお母さんもいるし、妹には私なんて気にせず沢山友達を作って沢山遊んで欲しい。例えば少し前に友達になったユイちゃんのような子と。
「別に大変じゃないよ? お姉ちゃんとポロと一緒に遊ぶ方が楽しいし」
しかし妹は特に気にした様子もなく、私の手を取って歩き始めた。
どうにも妹はあまり友達を作るのが好きじゃないみたいだった。いつも私と一緒にまっすぐ家に帰ってきて、ポロの散歩に出掛けたり私とおしゃべりしたりして過ごしている。ユイちゃんともあの夜以降は隣町なのもあってか遊んだりはせず、手紙を出し合う程度だ。
なんだか妹の将来が少し心配になってくるけれど、こればかりは性格の問題だから私も口うるさく言う事はできない。
苦笑を浮かべながら私の手を引く妹を眺めていると、正面を歩くクラスメイト二人が私たちに気づいて手を振った。
私も手を振り返すと、二人は私の隣に立っている妹に気づいたのか、目を輝かせながら歩み寄ってきた。
「あれ、もしかしてともこの妹さん? 可愛いー!」
「ほんと、なんだか抱きしめたくなっちゃうよねー! いいなー、私も妹欲しかったなぁー!」
「えへへ、でしょ? 私の妹は可愛いんだから」
「うぅ……」
正面から褒められる事に慣れていないのか、顔を赤くしながら私の後ろに隠れることも。そんな妹の珍しい姿が見れて私も思わず笑みを浮かべた。
私の妹は可愛い。
そのせいか、毎日私を迎えにきてくれる妹はうちのクラスではちょっとしたマスコットになっていた。
小柄な体型に可愛らしいリボン。そしてどこか小動物っぽさを兼ね備えた仕草。むしろ人気者にならない方がおかしい。
今もクラスメイト二人に頭を撫でられたり頬をムニムニされたりと愛でられていて目を回している。優しい妹はそんなクラスメイトたちを拒絶したりはせずされるがままだけど、そろそろ止めないとかわいそうだ。
「はい、そこまで。もうそろそろ離してあげて」
「えー、もう少しぐらい良いでしょー!」
「こともはうちの子だから。こればっかりは私の特権なの!」
見せつけるようにこともをぎゅっと抱きしめると、クラスメイトたちも渋々引き下がる。
人気者なのは良い事だけど、クラスメイトの何人かは私からこともを奪いそうな勢いで危ない。ことものお姉ちゃんは私一人だ。
「あはは、やっぱりともこには敵わないなー。妹さん、さっきより全然嬉しそうだもん」
先程とは違い朗らかな笑みを浮かべながら抱きしめられることもを見て、クラスメイトは悔しそうに呟く。
当たり前だ。私はことものお姉ちゃんなんだから。
「じゃあ、私たちはそろそろ行くね。バイバイともこ、こともちゃん!」
今日のところは諦めたのか、二人のクラスメイトはそのまま手を振りながら去っていった。でもあの表情を見る限り、おそらく明日も再挑戦してくる。
懲りない奴らよ。
「お姉ちゃん、苦しいよー」
「あ、ごめんねことも」
こともを取られまいと抱きしめていたせいか、いつもより力が入ってしまっていたようだ。慌ててこともから離れ、手を握る。最近少しスキンシップが多い気がするけど、こともも嫌がったりしないからまだいいよね……?
でも、いつかこともに反抗期が来て「お姉ちゃんなんて嫌い!」なんて言われた日にはどうしよう……泣くのは確定しているとして、ちゃんんと立ち直れるかな? 反抗期が来るという事は妹が順調に大きくなってくれている意味だから喜ばないといけないけど、こんなに優しい妹が酷い事を言うなんて想像ができない。
「大きくなれれば、か……」
最近どうしても考えてしまう、『いつか』。
こともが中学生になって、高校生になって、順調に人生を歩んでくれる未来。
現実逃避のように頭に浮かぶそれらがずっしりと重くのし掛かる。
私が守らないといけない未来。
それが姉としての私の義務。
「お姉ちゃん?」
「あぁ、ごめんねことも」
いつの間にか妹の手を握る力が強くなっていたようで、こともは首を傾げながらこちらを見上げていた。
なんでもないと首を振り、なんとか顔に笑みを貼り付ける。
「ことも、今日の晩御飯はお魚にしようね」
「やったー!」
大好物が食べられる事に妹はぴょんぴょんと跳ねて喜んでいる。跳ねるたびに頭のリボンもウサギの耳みたいに揺れていて、思わず再び抱きしめてしまいそうになるのを我慢する。このままじゃ一生帰れない。
「じゃあ、帰ったらすぐ買い物に行こっか。ポロの散歩も一緒に」
「うん!」
こういう時の妹は本当に年相応の女の子に見えて、夜の町で見る妹とはまるで別人のようだった。
でも妹のこんな姿を見ると、少しの間だけれど嫌な事を全て忘れられる。山の神もムカデ神社も取り壊される商店街も関係ない。
こんな幸せがずっと続けばいいのに。
⭐︎
「ただいま。お母さん、いるー?」
妹と一緒に家に帰ると、まずはお母さんを呼ぶ。
お母さんが精神を病んだあの夜からもう随分と経ったおかげで、今ではほとんど退院状態になっている。二日に一度は家に帰れているし、家にいる時は表情も晴れやかで健康そのもの。たまにポロのもふもふな体に顔を埋めている程度には精神的にも余裕ができているし、きっと完全に退院するのも近い。ちなみにポロのもふもふを枕にするのは私もよくやる。
今日はお母さんが家に帰れる日だから、最近は恒例となりつつあるポロも含めた三人の買い物に行きたい。
「……あれ、お母さん?」
しかし、お母さんからの返事がない。
いつもならリビングでテレビを見ていたり庭でポロと遊んでいたりするのに。返ってくるのは無人となった家の寂しげな静かさだけ。
「どこかに出かけたのかな?」
「そういえばポロもいないし、二人で散歩にでも出かけたのかもしれないね」
同じように首を傾げる妹。
お母さんだけでなく、普段は私たちを元気に出迎えてくれるポロも犬小屋にも家の中にもいない。二人そろって散歩にでも出かけたのだろうか。
お母さんは私たちが帰ってくる大体の時間を知っているはずだから、多分そろそろ戻ってくるはず。
ひとまずいつまでも玄関先で立っているわけにも行かないし、私とこともは靴を脱いで家へ上がった。
「あれ、でもポロのリードここにあるよ?」
「え? ほんとだ……」
こともの言葉に私は思わずぎょっとした。
リード無しで散歩に出かけた?
でもポロが一番懐いているのは嬉しい事に私だ。そんな私と散歩する時でもたまに気まぐれで違う方向へ歩こうとするせいでリードは必需品なのに、お母さんがそれを無しで出かけるなんて考えられない。
「お、お姉ちゃん!」
何か胸騒ぎがする。
その気持ちは妹の焦るような声でさらに増幅させられた。
ただの気のせいであって欲しい。お母さんとポロは本当にただ出かけているだけで、今こうして焦っている間に何気なく帰ってくると。
しかしその希望はこともが見せてくれた一枚のメモで容易く打ち砕かれた。
母より
テーブルの上に残された、たった一枚のメモ。
しかしその言葉は私の心をいとも簡単に抉り、握り潰した。
「なにこれ……お父さんがいなくなったってどういう……」
そんなはずがない。
私もことももお母さんも、一緒に朝ご飯を食べてから仕事へ向かったお父さんを見送ったはずだ。もうそんな歳じゃないって私が嫌がっても構わず頭を撫でてくれたあのお父さんが、いなくなった?
混乱する私を見かねてか、こともは他に何か残されていないかを確認している。
そして我が家に置かれた唯一の固定電話の伝言を流すと、否が応でも私は現実を突きつけられた。
『本日は出勤されていないようですが、このメッセージをお聞きになられた場合は直ちに折り返しのお電話を下さい』
お父さんの職場からの無情な知らせ。
しかしそれは現実逃避していた私の脳を揺さぶるには十分すぎる。
留守電が残されたのは午前九時頃。数時間も前にお父さんがいなくなって、お母さんがそんなお父さんを探しに出掛けて未だ帰ってきていない。
「なんで……なんで……どうして……」
そして一人留守番を任されたポロも、人知れずいなくなっている。
「まさか……」
私の中で浮かぶ受け入れ難い可能性。しかしあまりにも不自然な家族の消失がその
ついに山の神の逆襲が始まった。
しかし、私はそれを覚悟していたはずだ。ムカデ神社が破壊されたあの時から、この日が訪れる事が分かっていたはずだ。そのために私は必死に情報を集めて来るべき日に備えていたのに。
「うぁ……あぁ……」
でもあまりにも突然すぎて、私の頭はそれを理解する事を拒否している。
体の震えが止まらない。呼吸が定まらない。
体から心臓が飛び出しそうなほどの強烈な吐き気が襲いかかる。
いざその日が訪れると、体が言う事を聞かない。
「やめて……」
無人の棺に別れを告げたお母さんのお葬式。寂しそうに一人で遊ぶこともの姿。仏壇の前で涙を流すお父さんの背中。かつての世界の光景が走馬灯のように私の脳裏を駆け巡る。
それがまた始まろうとしている。
「お姉ちゃん」
そんな私を呼ぶ、幼くて大人びた声。
頭を抱える私を真正面から見つめる、二つのくりっとした瞳。こともは既に背中にウサギのポシェットを背負い、決意を固めていた。
その手には、かつて私があげた赤色のお守りが握られていた。
「わたし、みんなを探してくる」
本来なら私が担うべき役目を、妹のこともが背負おうとしている。
「イヤ……ダメ……行かないで……」
しかしそんな妹を、私は哀れにも呼び止めてしまった。
「大丈夫だよ、お姉ちゃん」
こともはまるで子供をあやすように私の頭を抱き抱えると、優しく頭を撫でてくれる。ムカデ神社の惨状を見たあの時のように、今の妹は私よりも遥かに気を強く持っている。
しかし、そんな妹の言葉に
「絶対帰ってくるから。お父さんもお母さんもポロも一緒に連れて帰ってきて、またみんなでご飯食べよ?」
「…………」
違う。
本当は呼び止めたい。
私が行かなければいけないのに。こともを──家族を守ると決めたはずの私が行かなければ意味がない。
なのに私の口は何も言葉を発する事なく、ただただ妹の言葉を受け入れてしまっている。
「行ってきます、お姉ちゃん」
待って。行かないで。
そんな事を言ったと思う。
でも気がつけばこともの姿はなく、私は呆然と玄関先で自分の膝を抱えていた。
「……きっと帰ってくるよね……こともなら大丈夫……絶対帰ってくるから……」
以前は山の神をやっつけて、ついこの前はコトワリ様からも逃げ切ったんだ。臆病者の私が外に出ても妹に迷惑をかけるだけだ。
だから私は妹を信じて帰りを待てばいい。
そしてその時に力いっぱい抱きしめて謝ればいい。こんな情けない姉でごめんなさい、と。
しかし待てども待てども。
空が茜色に染まっても。
こともは帰ってこなかった。
⭐︎
そして今、私は途方に暮れながら町を歩いている。
こともまでいなくなってしまった。私のせいで家族全員いなくなってしまった。
山の神はあまりにも残酷だった。
連れて行くなら私一人でいいのに、あえて私を残して残りの家族全員を連れていくなんて。
朦朧とする意識の中で、私は記憶を頼りに山を目指して歩いている。
きっとそこに行けば家族と再会できると思って。きっとそこに行けば全てが終わると思って。
「…………」
コツコツとローファーを鳴らしながら歩く。
その足音に混じって別の足音が聞こえてきた。
私が歩けばその足音も歩き、私が止まればその足音も一瞬遅れて止まる。まるで隠れているかのように、この静かな町に紛れる何かがいる。
誰かに着けられている。
その事実に気がついた途端、それまで朧げにしか見えていなかった周りの景色が途端に鮮明になる。防衛本能か何かだろうか、背後の気配に対して五感が過敏になっている。
示し合わせたように私の隣に置いてある掲示板が目に飛び込んできた。いくつかの町のお知らせの隣にデカデカと貼り付けてあったのは、一枚の注意書き。
『近辺で連続怪死事件発生中! 注意して行動するべし!』
そういえばお父さんが言っていた気がする。
ムカデ神社が荒らされた衝撃であまり頭には入っていなかったけれど、最近町では人が死んでいるというニュースが増えている。
全員が体のどこかしらを欠損した状態で発見されていて、中には頭が無くなっていた死体もあったとテレビで放送していた。
もしかして背後の気配がその事件の犯人なのだろうか。
「あなたが私の事を殺してくれるの? でもごめんね、私今から家族のところに行かないといけないの。だからあなたに殺される訳にはいかないの」
しかし、私の言葉に背後の気配は答えない。
先程から後を着けるだけで襲いかかってくる様子はないし、このままそっとしておいてくれると助かる。
一歩、また一歩と山へと近づく。
沈みゆく夕陽を背に、ようやくあの大きな一本道へと辿り着いた。
ここを進めば、やっと家族に会える。
待っててね、ことも。お姉ちゃんもすぐ行くから。
「──あぇ?」
突然目の前に広がる道が白で染まり、私は思わず間抜けな声を上げた。
前方を塞ぐ白は、どうやら何かの布らしかった。
そして、私はこの光景をどこかで見た事がある。慌ててもがこうとするも、既に全身が白い布──袋で包まれていて、身動き一つ取れなくなっている。
「待って! 私は家族の所に行かないといけないの!」
無様に泣き叫ぶも虚しく、徐々に意識が遠のき始める。
「お願い……離して……
まだ夜になっていないのにどうして。
そんな疑問を最後に、私の意識は暗転した。
加速するお姉ちゃんのトラウマ