日本一幼女に厳しいゲームから妹を救いたい 作::-)
この小説では果たしてどっちになるのか
暗い。
目を閉じても開いても、目の前に広がるのは変わらない真っ暗な光景。自分の姿すら闇に包まれたこの空間にいると、これが夢なのか現実なのかも分からない。
私は死んだのだろうか。
死んだ後の世界がこんな暗闇に包まれた世界だったなら、少し寂しいかな。でも私が一人ぼっちなら家族は誰も死んでいないはずと思えて、少し気が楽になる。
「……寒い」
しかしどこからか流れる冷たい風が頬を撫で、私は現実に引き戻された。思わず自分の肩を抱き震える。
生きてる。
果たしてそれが良い事なのかは疑問だけど、少なくとも「寒い」と思えるなら私はまだ死んではいないのだろう。
「もう死んだも同然だけどね」
家族を失った私に生きる意味なんてない。
お父さんもお母さんもことももポロも、みんな私のせいでいなくなった。だから私もみんなの所へ行こうとしたのに、あのお化けに邪魔されてしまった。
「よまわりさんを怒らせちゃったのかな」
一度気を失ってこの真っ暗な空間に連れてこられたおかげで、絶望感に支配されていた私の思考が幾分か落ち着きを取り戻している。
気を失う前に最後に見た光景。あれは間違いなくよまわりさんの袋だった。つまり、私はまたまんまとよまわりさんに連れ去られたという事か。
久しぶりと言えば久しぶり。しかし、どうしても腑に落ちない事が一つだけある。
よまわりさんはその名の通り、夜に出歩いている子供をさらってしまう。私を子供と判断したのは不服だけど、今は我慢。
問題は、まだ夜になっていないのに私がさらわれた事だ。
あの時はまだ夕日が沈み始めたばかりの時間帯で、夜と呼べるまではもう少し時間がかかる。なのに私はよまわりさんにさらわれてしまった。
「なんだかいつものよまわりさんじゃないみたい……」
よまわりさんは謎に包まれている。
一体どうやって生まれたのか、そもそも目的はなんなのか。他のお化けと違って、決して『自己』を表に出そうとはしない。
あの白い仮面の裏に素顔を隠し、夜のお巡りさんとして夜を彷徨う怪異。
なのに、そんな正体不明なはずのよまわりさんに何故か違和感を覚えてしまう。
「ここで首を傾げててもしょうがないよね」
いつまでもこの暗闇の空間──おそらくコンテナの中──にいる訳にも行かない。
風が漏れているなら、きっとどこかが外に繋がっているはず。少しの光も見逃さないようにフラフラとした足取りで周囲を見回す。
「あそこか」
少し遠くに見える一筋の光。
その光へ向かってゆっくりと歩きながら、私の頭の中はあの夜の事でいっぱいになっていた。
重たい扉を「ふんぬー!」と女の子として少しどうかと思える掛け声で開けると、美しい月明かりが眩しく飛び込んでくる。
「うっ、寒い……」
外は既に夜に包まれていた。
空を彩っていた夕焼けは影も無く、夜空に輝く大きな満月の周囲を小さな星が囲んでいる。
まだ季節は初夏と呼べるはずなのに異様に寒く、冷たい風が肌を撫でる度にぶるっと震えてしまう。
衣替えしたばかりの制服が忌々しい。
あの時の私に論理的思考をする余裕なんて無かったとはいえ、上着の一枚でも羽織ればよかったと今更ながら後悔する。
前回とは違い靴はまだ履いているだけマシかもしれないけれど。
「さて、ここからどうしようか……」
ぼんやりと周囲の景色を探りながら、私は力無くコンテナに寄りかかった。
周りには当然のように鉄パイプや廃材などが散乱し、目の前には大きな建物がそびえ立っている。月明かりに照らされた建物の群れは長年の劣化でどれも焦茶色に錆びていて、今にも崩れ落ちてしまいそうだった。
自然に囲まれたあの山道ではなく、人々から捨てられた人工物で囲まれた廃工場。同じ町でも真逆な景色が広がっていた。
出来ることならここから山道まで戻ってトンネルに向かいたいけれど、ここはよまわりさんの住処だ。
別に今更命が惜しいとは思わない。
でも、どうせ死ぬのなら家族と一緒に。そんなワガママ、最後ぐらいは言ってもいいよね。
「あはは……」
乾いた笑みが零れる。
結局そのワガママも叶いそうにない。工場という牢獄に囚われた私には夢のような話だ。
そのまま壁に背中を預けて目を閉じようとした時。
ゾッと背筋が震えた。
少し離れた位置にあるコンテナを横切った
思わず立ち上がってしまうほど強烈な気配を発している、地面を這う小さな影。
徐々にコンテナの影から出てきた
まるで焼死体から拝借したような焼け焦げたドス黒い手首。
五本の指を足のように蠢かせ、手の甲に一つしかない目玉をギョロギョロと動かしながら何かを探している様子だった。
忘れたくても忘れられない。
山の神の手下だ。
「なんでここに……」
山の神はよまわりさんと敵対しているはずだ。
以前よまわりさんがあの小さな手を蹴散らしているのを見た事があるし、私がトンネルの中に引きずり込まれそうになった時だって助けてくれた。
山の神がよまわりさんを「夜の王様気取り」と呼んだように、よまわりさんと対抗できる怪異なんて存在しない。
なのにあの手首は、そんなよまわりさんの住処に堂々と乗り込んできていた。
「私を探してるわけね……」
探し物なんて考えられるのはただ一つ。
最後に残した
しかし、それは私にとっても好都合だった。あの手首に連れて行かれればもしかしたら家族と再会できるのかもしれないし、私の最期の願いも叶うかもしれない。
「あはは……まさか自分からアイツのところに行く日が来るなんて──」
苦笑しながらコンテナの影から出ようとした時、それは襲ってきた。
「ッ!? う……アァ!?」
まるで眼球を素手で握られそのまま抉り出されるような感覚。
悲鳴もあげれず呼吸すらままならないほどの痛み。
これが山の神に贄として目をつけられた者が受ける呪い。
「痛い……痛いよ……こともぉ……」
無様に地面に倒れ込む姉の姿を見て、こともはどう思うだろうか。自業自得だと幻滅して愛想を尽かされるのかな。
なんて、こんな状況にも関わらず私の頭は余計な事を考えている。
──ことも……ことも……こともッ!
お母さんもポロも失ったあの日から、私に残されたたった一人の妹。
こともに会いたい。話したい。抱きしめたい。また料理を食べさせてあげたい。
──一人は嫌だ!
永遠に感じられるような時間を、気力のみでただひたすら耐える。やがて山の神もこれ以上は無駄だと悟ったのか、徐々に左目の痛みも引き始めた。
「うぅ……ケホッケホッ……」
いつの間にか止まっていた呼吸を整えながら、コンテナを背になんとか身を起こす。不幸中の幸いか、激しすぎた激痛のおかげで悲鳴をあげる事はなく、お化けたちに気付かれた様子はない。
「守ってくれた……訳じゃないよね……」
未だ鈍い頭痛が残る頭を振り払い、無意識のうちに手に握っていた物体に視線を落とした。
「でも、ありがとうございます、ムカデの神様」
かつてムカデ神社で頂いたお守り。
強く握りしめたせいでクシャクシャにはなってしまっているけれど、綺麗な赤色の布は夜の暗さでも輝いて見えた。
今となっては何も効力は無いそのお守りを半ば習慣のようにスカートのポケットに入れていたけれど、思わず取り出してしまったようだ。
でもそれを見つめていると、たとえ効果は無いと分かっていてもどこか安心感を感じてしまう。
「……あれ?」
しばらくお守りを眺めていると、ふと疑問に思ってしまった。
「
これは言うなれば予約のようなものだ。
私を生贄にするという山の神の明確な意思。
なら、なぜ山の神は私だけでなく他の家族にも呪いを掛けなかった?
お父さんもお母さんもこともも、誰一人私のように激痛に苦しんでいる様子は無かった。特にお母さんなんて一度経験している身で、昔ほどではないけれど精神状態だってまだ不安定。呪いを受けていれば一発で異変に気づけるはず。
しかし、私以外の家族は呪いを受けていない。
「山の神はこともたちを生贄にするつもりがない?」
初めから山の神は私一人を狙っていた。
だから私を山へ誘い込むために、あえて他の家族を連れて行った。私にとって『家族』が一番大事なのは山の神も知っているはず。狙うならそこが一番手っ取り早い。
つまり、私は危うく山の神の思惑通りにあの手首に自分を差し出す所だったというわけだ。
もしこの仮説が正しいのなら──。
「みんなは生きてる……!」
私の家族は山の神に生贄にはされていない。
つまり、みんな生きている。
──助けられる。
その考えに至った瞬間、私は跳ねるように立ち上がった。
可能性が一つでもあるのなら、今の私はそれに縋るしかない。なら、私が取るべき行動はたった一つ。
今度こそ家族を助ける事。
⭐︎
「とは言ったものの……」
決意を新たに進み始めた少女はしかし、どのようにしてよまわりさんの目を掻い潜って廃工場を脱出するかが見当も付かなかった。
よまわりさんは神出鬼没。時には建物の影から姿を現し、時にはなんと空から降ってくる。そして誘拐した子供を見つければ、決まってあのグロテスクな赤い姿になる。
大きな口。うねうねと動く四本足。
それらを駆使して追ってくるよまわりさんに容赦も慈悲もない。
廃工場の至る所に散らばる子供の遺留品らしき物がそれを物語っていた。
「どこだろう、ここ」
宛もなく廃工場を彷徨うともこの目には周りの建物が全て同じに見えていた。
通り過ぎるどの建物も窓はひび割れ、壁の塗装は剥がれ落ち、周囲にはゴミが散乱している。コンクリートの地面を突き破った雑草がモノトーンな色合いの廃工場に僅かながら感情を与えているものの、そのほとんどが殺風景な寂しい景色だった。
「あれは……」
しばらく歩き続けたともこの目に何かが映る。
建物の壁に立てかけられるように置かれていたそれは、一冊の手帳だった。普段なら目にも留まらないであろうそれに目を奪われた事を不思議に思い、彼女は首を傾げながらもそれを拾い上げた。
いくつもの付箋が挟まれ、使い込まれた様子の手帳。
それを手に取った瞬間、なぜ目を奪われたのかをともこは瞬時に理解した。
「ちょっと傷んでるけど
しかし、前述したようにここは廃工場。
よまわりさんに攫われない限りは誰も近づかない忘れ去られた場所だ。絵日記やスケッチブックといった子供の落とし物とは明らかに違うそれは、正体不明の怪異の住処という場所を差し引いても異質な雰囲気を醸し出していた。
気がつけばともこの手は手帳のページをめくっていた。
この町は異常だ。夜になると住民は消え、バケモノどもがそこら中をウロウロしてやがる。そしてこの町の住民はそれを見て見ぬふりをしている。百鬼夜行を毎晩行ってる町なんて聞いた事がない。
それはともこの町を訪れた人物の記録帳だった。
口調から男だと推測したともこは、その名も顔も知らぬ男に同情した。外の者からすれば、夜に魑魅魍魎が跋扈するこの町の夜はやはり異常に見えたらしい。
しばらくはこの男が出くわした怪異たちが鮮明に描写された記述が続き、中にはともこさえ遭遇した事がない怪異も含まれていた。
しかし、読み進めるにつれてともこの中でとある疑問が浮かんだ。
「なんでこの人は毎晩出歩いているの……?」
日付もつけられていたこの手帳の記録を読み解くと、毎晩のようにこの男は怪異が支配する夜の町へと飛び込んでいた。
ある夜は取り壊された商店街を通り。
またある夜は学校近くにある空き地にまで足を運んでいる。
ことものように明確な理由を持って夜廻りをするならまだしも、大人の男が同じように夜の町を徘徊するのはともこにとっては異様な光景だった。
異様な雰囲気の中手帳を読み続けていると、とある夜の記述が彼女の注意を引いた。
またあの女から連絡が来た。そろそろウンザリしてきた。アイツはやはり束縛が強すぎる。別れ話をしようにも癇癪を起こして暴れるから手が付けられない。どうにかしてあいつとの縁を切れないだろうか
縁切り。
その言葉を聞いた瞬間、重苦しい空気が彼女の息を詰まらせる。
必死になって調べて見つけたあの神社に願い事をしても、そんな俺を嘲笑うようにあの女がまた連絡をよこしてきやがった。あんなのに縋ったのに俺はまだこの女から逃げられないのか。勘弁してくれ。
手帳を握る手が少しずつ震える。
ついにあの女をどうすればいいのか分かった。アイツが俺の悩みを解決してくれたんだ。でもまずはアイツの望みを叶えてやらないと。
まずは一人。初めてなのに全然怖くなかった。アイツが励ましてくれれば、俺はなんだってできると思う。
二人目。アイツに順調だってほめられた。
三人目がおわった。アイツは次はあの女でいいよっていってくれたからたのしみだ。
ついにあのおんなをしまつできた。おれにつきまとうからこうなるんだ。あいつもよろこんでくれた。こんどはおれがあいつのねがいをかなえるばんだ。
みつけた
「ッ!?」
狂気に染まったその手帳に刻まれた、短すぎる最後の一文。
それが目に入った瞬間、まるで地響きのような音が廃工場全体まで響き渡り、ともこは思わず手帳を投げ捨ててしまった。
「なんなの……これ……」
恋人との関係に悩む男が徐々に正気を失い始める記録帳。
途中から現れた『アイツ』と呼ばれる存在。
そして男が言う『望み』。
それらが全て生々しくあの手帳に記されていた。
ドスン ドスン ドスン
投げ捨てられた手帳を呆然と見つめていると、先程感じた衝撃音が再び地響きと共に廃工場全体に響き渡った。
まるで砂で満たされた袋をぶつけ合ったかのような、どこか重厚感のある音。それが廃工場の奥から何度も発せられていた。
顔を引き攣らせていたともこも一旦手帳の事は片隅に追いやり、その音へ注意深く耳を傾ける。
視線を音がする方向へ向けると、一本の細道が姿を現した。
どうやら謎の音はその細道を抜けた先で発せられているらしい。
「ふぅ……」
ちらりと横目で最後に一度だけ手帳へ目を向けると、ともこは大きく息を吐いた。
今は臆している暇なんてない。脱出への手掛かりは一つでも探らなければならない。
そう自分に言い聞かせ、ともこはゆっくりと細道を歩き始めた。
ドスン ドスン ドスン
一歩、また一歩と近づく度に大きくなる衝突音。
細道を抜けた先はそれまでの入り組んだ道のりとはまた違う、少し開けた空間が広がっていた。恐る恐る出口に近づき、目だけを出して周囲を見渡した。
「ひっ……!」
細道を抜けた先。建物の影から顔を覗かせたともこは思わず息を呑んだ。
目の前でぶつかり合う二つの巨大な影。
一方は指を蜘蛛の脚のように使って地面を這い、手の甲に付いた一つ目で相手を睨みつけている大きな手首。文字通り、山の神の手先だ。
もう片方の影はまるで肉の塊に胎児のような小さな手足を生やしたグロテスクなナニカ。背中にある大きな口をこれでもかと開き、歯の隙間から覗く白い仮面で辛うじてその怪異がよまわりさんだと分かる。
そんな巨大な怪異が互いの体をぶつけ合って争っていた。
あの神出鬼没なよまわりさんにともこがここまで見つかることなく進み続けられた理由、そしてここまで
方や
何よりもともこの目を引いたのは、そんな二つの巨体がぶつかり合う奥に聳え立つ、彼女が探し求めていたこの廃工場の
「ここからじゃ逃げられない……」
ぶつかり合う巨体の奥に見える錆び付いたゲート。ようやく見えたこの牢獄の出口だったが、巨大な怪異二つの目を盗んでゲートまで走るのはあまりにも無謀だった。
ここが使えないのなら、他の出口を探すまで。
少女は踵を返し、ぶつかり合う二つの怪異の騒音を背に再び廃工場の奥へと進み始めた。
その背後を見つめる二つの視線に気がつく事もなく。
夜廻のトンネルの中で唐突に始まった怪獣大戦争に初見の時は苦笑した思い出
実際に目の当たりにするとかなり怖そうですが…