日本一幼女に厳しいゲームから妹を救いたい 作::-)
姉妹だからお下がりとかもあげてるよねという勝手なイメージ。
今の自分の状況を理解した時から、私がやるべきことはたった一つ。
今度こそ家族を守ること。
だからそのためならなんだってするつもりだし自分がどうなろうと関係ない。今度こそ誰も犠牲にさせない、ただその一心で。
なのに。
「ほーらこともー! お姉ちゃんだよー!」
赤ちゃんのこともを前にして私は今後の予定どころか作戦の一つも立てることが出来ずにいた。
腕を広げて待つ私の元へ、よろよろと覚束ないながらも満面の笑みで歩み寄る妹があまりにも愛らしい。
そして私の元へたどり着くと、その体をぎゅーっと抱きしめてあげる。モチっとした頬は触ればプニプニとした弾力があって、まるでお菓子みたいだ。
あの大人びた妹の無邪気な笑顔なんてもう見れないと思ってたのに。たとえこれが物心つく前でも素直に嬉しい。
「ともこもすっかりお姉ちゃんねー。一人で寝るって言い出した時はすぐ音をあげると思ったのに」
お母さんも感慨深そうに私たちの様子を見守っている。
確かこともが生まれてしばらくした時だっただろうか、私が一人部屋になったのは。カッコいいお姉ちゃんになるために背伸びしてただけなのに、結局毎晩お化けが出るかもって怯えながら布団に包まっていた記憶がある。まぁ、そのすぐ後に本物のお化けたちに追い回されることになるなんて私自身も夢にも思ってなかったけれど。
「せっかくの夏休みなんだから、ともこも遠慮せず友達と遊んできていいのよ?」
「大丈夫。それにこともと遊んでるのも楽しいし」
「まったくもう……こともも最近ともこにベッタリだし、仲良し姉妹だって喜ぶべきかな……?」
少し心配そうに言うお母さんに、私はなんとも無いと見せるように六歳の体で精一杯こともを抱っこする。
そう、今は夏休み真っ只中の八月だ。
そしてお母さんがいなくなったのも、八月。
つまり山の神は今月中に絶対なんらかの形で仕掛けてくる。実際に攫われたあの日は、晩御飯の買い物に出かけた帰り道に山の神の手先が現れた。つまり、対象に生贄に選ばれたことを示すためにそれ以前にお母さんに
子供だった私はまったく気づかなかったけど、今なら分かるはずだ。
だから私はこともと遊びながらも、普段は注意深くお母さんの様子を見ている。
「ふふふ、こともも上手に歩けるようになったわねー。また大きくなったら一緒に公園で遊びましょうねー」
しかし今日一日お母さんを観察しても、特に変わった様子を見せる気配は無かった。今も優しい笑みを浮かべながらこともの頬を突いている。
もしかしてまだ山の神に狙われていないのかな?
でも私が選ばれた時は、攫われたあの夜の何日も前から左目に激痛が走っていた。それこそ真夜中に叩き起こされるレベルの。
なのにお母さんはいつも変わらないお母さん。
「どういうことなの……?」
私の記憶違い?
いや、そんなはずがない。私たち家族がめちゃくちゃにされたあの夜を私が間違えるはずがない。
きっと何か見逃しているはずだ。そう自分に言い聞かせて、私はお母さんから意識を外さない。
「……ん? どうかしたの、ともこ?」
「お母さん、どこか具合悪いところない?」
じっと見つめる私を見て、お母さんはキョトンと首を傾げた。
そんなお母さんに私は単刀直入に聞いてみた。できれば目が痛いなんて言ってくれれば助かるけど、やはりと言うべきかお母さんは首を振る。
「なんともないよ。お母さん、すっごく元気!」
グッと両腕を掲げるお母さんに、私はさらに畳み掛けるように聞く。
「ほんとに本当? どこか痛いところないの?」
「ほんとに本当だってば。どうしたの急に?」
「……ううん。なんでもない」
ここまで聞いてもそう言うなら、本当に何も無いみたいだ。
それなら山の神に狙われてない事になって私は喜ぶべきなのに、なぜか釈然としない。
モヤモヤした感情が私の中で渦巻く。
もしかしてこのお母さんはいなくならないんじゃ、と思ってしまうほど。
「ふぁぁ……おーい、もうそろそろ寝る時間だぞ」
隣でテレビを見ていたお父さんが電源を切ると、それを合図に私たちも切り上げてぞろぞろと二階へと上がる。
私も階段を登り、自分の部屋の扉を開ける。
「おやすみ、ともこ」
「おやすみ、お母さん、お父さん」
おやすみなんて言ってくれる人、もうこともしかいないと思ってた。
そのたった一言だけで嬉しくなってしまう自分の単純さに呆れながらも、私は自室に入ってドアを閉める。
そのままベッドに入る──ことはなく、そのまま机の前に座ってランプを灯す。
取り出すのは日記帳と鉛筆。しかし、素直に日記を書くというわけでは無い。
お母さんに変わった様子は無し
山の神にまだ狙われてない?
引き続き要注意
書くのは今日の記録。
少しの変化も見逃さないために、私は毎日の記録帳を書くことにした。
しかしそこまで書いて、私は頭を抱えた。
結局今日はお母さんのおかしなところは何も見つけられなかった。
記憶と同じ優しいお母さんに私は喜ぶべきなのに、その記憶自体が本当に合っているとのかすら心配になってくる。
それでも、まだ何かできることがあるはずだ。
「備えあれば憂いなし、だもんね」
まだ時間はある。
日記を畳むと、私は見覚えのあるウサギのポシェットを手に取った。
⭐︎
「この町の夜は変わらないなぁ」
懐中電灯を片手に走りながら、私は感慨深く呟いた。
背後には私の後を追うように
一歩踏み出す度にスカートのポケットに入れた小石がカチカチと響く。夜になると無人のゴーストタウンになるこの町では、そんな音すらもお化けに聞かれそうな気がした。
「あはは、お化けだけにゴーストタウンってことかな……」
私の軽口にも背後の影は特に反応も示さず、変わらない呻き声を上げながら追ってくるだけだった。
腕が無く、黒いシミのような体の上から白い絵の具で描いたような顔。その歪んだ両目からは例えようも無い『怒り』が私に向けられている。
このお化けは、私が大きい時も小さい時もこうして『怒り』を向けてくる。その姿が、まるで今の私みたいに見えた。
山の神に『怒り』を向ける私と、生きた人に『怒り』を向ける影。
妹に言われた「お化けみたいだよ」という言葉も、あながち間違いでも無さそうだ。
でも残念ながら私はその怒りに応えてあげる事ができない。
ガシャン
近くにあった立て看板の後ろに飛び込むと、私は息を殺す。
さっきまで聞こえていたポケットの中の小石のジャラジャラという音も、必死に逃げる私の足音も聞こえない、完璧な静寂。なのに心臓だけは鼓動が次第に早くなってきて、それがお化けに聞こえそうで余計に怖くなる。
しばらく隠れていると、先程まで感じていた私を探す禍々しい気配が消える。
ゆっくりと看板の後ろから出てみると、あの影は姿を消していた。
「ハァ……ハァ……」
肩で息をしながら、私は未だに高鳴り続ける心臓をどうにか落ち着ける。
やっぱりこの六歳の体は思った以上に体力が無さそうだ。お化け一人から逃げるだけでこんなに疲れるなんて。
でも、逃げながらも私はちゃんと目的地に向かって走っていた。
私の目の前に飛び込んできたのは、一本の踏切。
線路は錆びつき信号も割れている、私が生まれるずっと前から使われなくなった線路だ。
ここを渡れば目的地まであと少しだ。
「よいしょ……」
線路の窪みに足を取られないように注意しながら、ゆっくりと通り抜ける。そしてちょうど線路の中心まで来た時に──私は自分の耳を疑った。
カンカンカンカンカン
「え?」
唐突に甲高い警告音と共に、遮断機のバーが道を塞ぐように降りる。
壊れているはずの信号もなぜか交互に赤色に点滅していて、薄暗い夜の町を僅かに照らす。
突然の出来事に私は思わず足を止めてしまった。
「な、なんで……」
この線路はもう使われていないはずなのに。
そもそもこんな時間に電車が走るわけがない。
しかし遮断機が降りたということは、つまり──
「ひっ……!」
電車が来る。
視線を線路の先に向けると、私は思わず悲鳴を漏らした。
線路のずっと奥から電車が走ってきている。電気は全て消され、車体が真っ暗なのになぜかその細部まで細かく見えてしまう。
茶色く錆びついた正面には所々赤黒いシミがベッタリと付けられていて、なのに運転席には誰もいない。
無人で動く幽霊列車が真っ直ぐこちらに向かっていた。
早く逃げないと……!
「きゃっ!?」
でも慌てて走り出そうとした瞬間、私の足に何かが引っかかり思わず転んでしまう。
ちゃんと気をつけてたのに、どうして。
「ッ!?」
視線を足元に向けると、私は思わず声にもならない悲鳴を上げる。
──腕だ。
何者かの青い白い腕が、私の足首を掴んでいる。
その腕の主に向けて懐中電灯を照らした瞬間、私は自分の軽率な行動を後悔した。
──た゛す゛け゛て゛
女の人だった。
頭からおびただしい量の血を流し、血走った目は剥き出しになってこちらを睨みつけている。青白い肌とは対照的な赤黒い血に染まった顔。
そして何より、この人には下半身が無かった。
まるでそこだけ消しゴムで消してしまったみたいに、女の人は半分だけ消えていた。
そんなおぞましいお化けが、私の足を掴んでいる。
「い、いや! 離して!」
このままでは電車に轢かれる。
必死になって腕を振り解こうとするも、恐怖で体が上手く動かない。何より私の足を掴む女の人の力が強くて、いくら暴れても離れそうになかった。
そしてその間にも電車は確実にこちらに近づいてきている。
──い゛た゛い゛ と゛う゛し゛て゛
「お願い……! 許して……!」
カンカンカンという信号の音が、まるでカウントダウンのように聞こえた。
嫌だ。死にたくない。
しかし恐怖で震える私を嘲笑うように、お化けは徐々に私の足から腰へと、ゆっくりと這い寄ってくる。
その二本の腕は私の両肩を掴むと、そのまま地面に押し倒される。
これでもう逃げられない。
──つ゛か゛ま゛え゛た゛
女が笑う。
三日月のように釣り上げられた口には、赤黒く染まった歯が見えた。
そしてすぐ真横では、鉄と鉄が擦れ合う耳障りな音が鳴り響く。
「あぁ……」
目の前に鉄の塊が飛び込んでくる。
恐怖のあまり、私は目を瞑った。
……。
……。
……あれ?
いくら待っても衝撃が来ない。
恐る恐る目を開けると、キラキラと輝く星が夜空を彩っていて安心感を与えてくれる。
あの恐ろしい女のお化けもボロボロの電車もいない。
慌てて懐中電灯で辺りを照らすも、そこには壊れた信号と開かれた遮断機があるだけで、静寂が支配していた。
さっきの光景は幻だったのだろうか。
でも、アレは幻にしてはあまりにも──。
「ひっ……!」
でも懐中電灯の光を自分の足に向けた時、アレは幻なんかじゃないと嫌でも思い知らされた。
赤黒い手形がくっきりと足首に付けられている。
脳裏にあの女の人の恐ろしい形相が浮かぶ。
結局あの女もあの幽霊電車も、この町にいるお化けの中の一人だったのかな。
「でもあの女の人、私を捕まえた時凄く嬉しくしそうにしてたなぁ……」
まるで新しい友達ができたみたいな、無邪気な笑顔。
あの笑顔を思い出すと、怖さよりも先に悲しさを感じる。
「あの女の人も寂しかったのかな……」
誰が言ったか、自殺した人の幽霊は一生死んだ時の行動を繰り返すらしい。
あの女の人はこの踏み切りで死んだのかもしれない。
そして毎晩あんな風に電車に轢かれる。
きっとそれはたまらなく痛くて、寂しい想いに違いない。
「ごめんなさい。でも私にはどうしてもやらなきゃいけないことがあるの」
名前も知らない女の人に謝ると、私は懐中電灯を拾いよろよろと歩き始めた。
もう恐怖心は消えていた。
⭐︎
「うっ、ぐっ……うぅ……」
少女が夜の町へ繰り出している裏で、その人物は独り静かに痛みに悶えていた。
大量の脂汗を顔に浮かべ、しかしそれでも最愛の我が子を起こさぬよう声を押し殺しながら、その人物は必死に耐えていた。歯を食いしばり、口の中に血が滲むのもお構いなく悲鳴を飲み込む。
しばらくして痛みが引くと、彼女はぐったりと壁を背に座り込んだ。
「ハァ……ハァ……我慢してたつもりなのに……ともこにはバレちゃったかな……」
その人物──件のともこの母親は、
我が子の前では弱いところは見せたく無い。
その一心で日中は痛みに耐えれるが、夜が深くなるにつれ痛みが増す左目に流石に堪えていた。どうにも寝る前に娘に問いただされた事が気になる。察しの良い長女にはもしかしたら気付かれたかもしれない。
「どれぐらい続くのやら……一度病院に行った方がいいのかな……」
だが病院に行ったところで出される診断はおそらく、「原因不明」の四文字。病院に行って娘を心配させるぐらいならと、彼女はひたすら耐える選択をした。
そもそもこの原因不明の痛みに、彼女は心当たりがあった。
『大丈夫。こっちにおいで。そうすれば、その痛みからも解放される』
彼女の頭の中に響く、禍々しくも甘美な、矛盾した声。
それが優しく彼女を呼びかけていた。
この左目の痛みが始まった時から聞こえるようになった、頭の中の声。痛みが始まると決まってこの声が語りかけてくるため、彼女はこの声が元凶だと勝手に予測を付けていた。
つまりこの声の主が諦めるまで、自分の痛みは続くのだと。
声を無視する母親にお構いなしに、声は語り続ける。
『家族みんなでこっちに来たらいい。そうすれば何も心配はいらない。君と夫は二人で仲良く暮らせて、娘二人を愛することができる。もう夜のお化けに怖がったりする必要はないんだ。だからさぁ、こっちにおいで。大丈夫だから』
あまりにも魅力的な提案。
子を持った親ならば必ず願う、我が子の幸せ。それを与えようという声の主の提案は、気を抜けばそのまま身を委ねそうなほどに彼女の精神を侵す。
しかし彼女は首を振った。
その提案を受け入れれば我が子の未来を奪うことになる、と。
「……うるさい。こともが起きちゃうでしょ」
自分の頭の中だけの声と分かっていながらも、気丈にそう告げる。
彼女の言葉に声の主が従ったかどうかは定かではないが、それでも不思議と声はもう聞こえなくなった。
少なくとも、今夜は。
「ことも……ともこ……」
愛おしそうに布団で眠る赤ん坊を撫でると、涙を呑む。
二人の愛娘の事を思えば、耐えられる。それが母親だ。
聞こえなくなった頭の声の主にそう宣言し、彼女は再び布団を被った。
その光景を見つめる、白い仮面を被った異形に気づく事もなく。
幽霊「ぐへへ、新鮮な幼女が来たからビビらせるか」
なんて思ってたりはしません。
小説版で母親の声を使ってこともを誘惑したり、甘い誘い文句で男の精神を乗っ取ったりと夜廻のラスボスは深夜廻のラスボスとは違う意味で恐ろしいですね。漢字を使って話しているのもどこか理性を感じられて、それが余計に巧妙に感じます。