日本一幼女に厳しいゲームから妹を救いたい 作::-)
書いてる途中で気づいた、「そもそも六歳児がどうやって一歳児を抱えて山から降りるんだ?」という疑問。でも夜廻の世界の幼女は自分より大きい岩でお墓作ったり自分より大きい脚立を片腕で軽々と持ち上げたりするので大丈夫ということにしといてください
走る。
山肌に沿って整えられた一本道の山道を、ただひたすら走る。
ここには初めて来たはずなのに、私の記憶の中には当たり前のようにこの場所が描かれていた。まるで画用紙に絵の具をそのまま溢してしまったような歪な記憶だけど、それでも私の頭はこの場所を覚えている。
一歩、また一歩と近づく度に空気が肌寒くなる。
まだ夏なのに、ここだけはまるで冬みたいに冷たい。
「ことも……!」
それでも私は走り続ける。
山道も越え古びた道路も通り過ぎると、私の目の前に大きなトンネルが現れた。
ブロックで作られた大きなトンネルはそれ自体がまるで大きなお化けの口に見えて、まるで私を飲み込もうと待ち構えているみたいだった。中から吹く湿った風はお化けの吐息で、美味しそうなご飯が目の前に現れて興奮してるのか、風の勢いが強まる。
私にとっては全てを喪った場所で、失敗の場所。
かつての私がお母さんを見捨てた場所。
それが今度はこともになろうとしている。
──そんなことダメだ。絶対に許さない。
そう思ってるのに。
「うぅ……」
私の両足は一歩も前に進もうとしない。
今まさに妹があの化け物に怖い目に遭わされてるかもしれないのに、私の体は震えるだけで言うことを聞かない。
覚悟はとっくにしてるつもりだった。でもいざ目の前にあの場所が現れたら、息が詰まって心臓の鼓動が一気に早くなる。
あの恐ろしい風貌の神様がその大きな手をこちらに伸ばす姿、恐怖に歪むお母さんの表情、そして二人が闇の奥へと消える光景。
怖い。その全部が怖い。
「やっぱり私は臆病者だ……」
この期に及んでも自分の命が惜しいのかと、自分自身を軽蔑してしまう。でもどれだけ進めって言っても、体は本能に従うように動こうとしない。
せっかくここまで来たのに。
でも今の私には何もない。
お守りもお母さんに渡してしまったし、今の私を護るものは何もない。
そんな状態で助けに行っても、結局はかつての私の繰り返しになるんじゃないかって、それが堪らなく恐ろしい。
目の前で家族が連れていかれる絶望なんてもう二度と感じたくない。でもここで進まないと、結局家族を喪ってしまう。
私はどうしたらいいのか分からない。
「誰か……助けて……」
結局助けを求めてしまう自分に嫌気がさす。
でも今の私は一人だ。お父さんもお母さんもいない。
──わん!
だから今聞こえた声も、私の幻聴のはずだった。
──わん!わん!わん!
でも、その鳴き声はどんどん大きくなって、同時に何かが背後から走ってくる音が聞こえる。
学校の近くでよく見た犬のお化けかと一瞬身構えるも、すぐにそれが違うと分かった。
私はこの鳴き声を知っている。
私にとって……いや、私たち姉妹にとって、大切な家族。
どんな時も私と妹を守ってくれて、いつでも私たちのそばにいてくれたかけがえのない友達。
「ポロぉ!」
「わん!」
真っ白でふわふわな毛にピンと立った二つの耳と、もふもふな尻尾。記憶よりは少し小さくなってるけど、間違いなくポロだった。
尻尾を勢いよく振りながら、まっすぐこちらを見つめている。
でも、どうしてここにポロがいるの?
確かに私はお母さんがいなくなった日にポロを拾ったけれど、この山道じゃなくてここを抜けた先にある空き地で拾ったはず。
思えば、お母さんの時もそうだった。
私はこの夜の記憶を持っているはずなのに、記憶とは違うことが何度も起きている。それも、私がタイムスリップしたその日から。
もしかして私という存在自体が未来を変えてる?
「わん!」
混乱する私を見かねてか、ポロが吠える。
私が構ってあげないと拗ねるのは変わらないらしい。
「ごめんね、ポロ」
しかし、頭を撫でようとポロに近づくと、ポロは大きく頭を揺らしてそれを避けた。
「え?」
キョトンと固まる私に、ポロは姿勢を低くして唸る。
こちらを睨みつけるように威嚇するポロに、私は思わず一歩後ずさってしまった。
初めて会った時ですら懐いてくれたポロが威嚇するところなんて、初めて見た……。
「ポロ……?」
「ウゥゥゥ……ワン!」
ポロは戸惑う私の言葉を遮るように、声を荒げる。
でもその視線からは敵意は感じなかった。
まるで私を……叱ってる?
「もしかしてポロ、怒ってるの?」
私の問いにポロは答えない。
でも唸り声をやめ、ゆっくりとその場に座り込む。まるで私の次の言葉を待つように、二つの綺麗な瞳がジッとこちらを見つめている。
叱り方まで飼い主に似るんだなって、私は思わず苦笑する。
「ごめんね、ポロ。そうだよね、こんなところで怖がってちゃお姉ちゃん失格だもんね」
でもそれだけで私は勇気を貰った気がした。
ポロはその言葉を聞けて満足したのか、立ち上がると尻尾をこれでもかと振りながら駆け寄ってくる。
私はその毛玉を全身で受け止めた。
「わぷっ。くすぐったいよポロ」
もふもふな毛並み、暖かい体、そして少し手荒いペロペロ。
何もかもが、あの時のままのポロだった。
「ポロ、私行ってくるよ。絶対にこともを助けてくるからね」
ポロの頭をゴシゴシと撫でて立ち上がる。
トンネルの入り口に向かって歩き出すと、ポロは私のすぐ隣にくっつく。この時代だとまだポロとは会ったばかりなのに、その姿はまるでずっと一緒に私たち姉妹と暮らしてきたあの時のポロがそのまま帰ってきたみたいだった。
「もしかしてついてきてくれるの?」
ポロは何も言わず、まっすぐトンネルを見つめながら私の隣を歩く。
「……ありがとう、ポロ」
そんな心強い味方の背中を優しく撫でると、私も同じように暗闇が広がるトンネルの入り口を見つめる。
もう体の震えは止まっていた。
⭐︎
どんなに時間が経っても、どんなに時間が経って
左右を古びた祠で囲まれた一本道を歩いていると、目の前から巨大な手が迫ってくる。手の甲の目玉がギョロリとこちらを睨みつけてくるその手は間違いなくあの山の神の手。お母さんを連れて行った元凶だ。
でもこちらに襲い掛かろうとした巨大な手も、ポロが吠えると消えてしまう。
途中で山の神の手先である小さな手も行く手を阻もうとしてきたけど、やはりポロが吠えるとそれらも蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
ずっと思っていたことだけど、ポロには怪異をやっつける力がある。
両親がいない私たちが家にいる時、頻繁に禍々しい気配が辺りに浮かぶ時があった。今思うと、あれはもしかしたら山の神が次の
だから私たち姉妹があそこまで長く平和に暮らせたのも、きっとポロのおかげだったに違いない。
「わん!わん!」
ポロが吠えて、また一つ手が消える。
トンネルを抜け、林を抜け、階段を登る。
一歩ずつ石段を登るにつれ、山から発せられる風も強くなる。この先にあの山の神がいるはずだ。
もうあの大きな手は現れなくなった。きっと山の神ももう無駄だと思ったのだろう。つまり、あの神社で直接待つという事。
でも私に恐怖心は無かった。
ポロが隣にいてくれるだけで、私に勇気をくれる。
「今度こそ、みんなで帰るんだ」
かつて心に誓ったことを、また口に出す。
そうすればなんだか力が湧いてくる気がした。
一体何個目になるか分からない鳥居をくぐった時、目の前にそれが広がっていた。
一目見て、ムカデの神社とは全然違うなと思った。
泥に汚されて埃だらけのおやしろ
雑草まみれの石畳
朽ち果てたお賽銭箱
忘れられた神社が、私の前に現れた。
境内の中は荒れ放題で誰も手入れする人もいなくて、誰もお参りする人がいないんだなって、少し寂しい気持ちになった。
そしてそんな境内の中央で寝ている──一人ぼっちの赤ん坊。
「ことも!」
思わず叫ぶ。
やっぱりこともはここにいたんだ。そしてまだ生贄にされてないんだ。
焦る気持ちを抑え込んで、私はこともへと駆け寄る。
ポロの吠える声と私の足音だけが、この寂しい神社に木霊する。
眠っていることもはこのドロドロとした空気を発する神社には似つかわしくないような、驚くほど穏やかな表情をしていた。それは私が抱き上げても変わらず、抱かれた安心感でむしろ眠りが深くなった気すらした。
「こんな時にのんきなんだから……」
それにしても、妹はこんなに重かったのか。
小さくなった体で抱っこすると改めて感じる、命の重み。妹はちゃんと生きているんだという安心感が私の心を落ち着かせた。
後は帰るだけだ。
「ポロ、帰ろ。あれ、ポロ?」
自分の身長とそう変わらない妹の大きさに四苦八苦しながらも、なんとかポロの方へと向き直る。
しかしポロは、おやしろの方に向かって何度も吠えている。いくら私が行こうって言っても聞かなくて、まるで何かを必死に追い払おうとしてるような。
そして、私は気づいてしまった。
おやしろの中から徐々に大きくなるその『悪意』に。
「……あぁ……」
それを見てしまったことに私は後悔した。
おやしろの中から姿を現したのは、大きな顔だった。
目も鼻も口も無く、代わりにそれらがあるべき場所には大きな空洞が空いている。顔の輪郭を象っているのは、青白い肌をした無数の人間の体。くねくねと蠢くそれらはぎっしりと詰められ、一つの顔を形成している。そして何より目立つのは、左目の空洞の奥から覗くいくつもの瞳。それらが全て、恨めしそうに私を睨みつけている。
見間違えるはずがない。忘れるはずがない。
私から全てを奪った山の神だ。
「ポロッ! もういいから、逃げて!」
言うが否や、私はあの化け物に目も暮れず神社を飛び出した。横目で見ると、ポロもしっかりとついてきてくれている。背後からはあの悪意も一緒に。
目を合わせてはいけない。
こともが私を助けてくれた時の話は聞いている。あの神様と目が合った時、こともはあの神様の世界に連れて行かれてしまった。ムカデの神様のお守りの力でその時は倒したらしいけれど、今の私はお守りを持っていない。だからあの世界に連れて行かれたらおしまいだと思う。
必死になって石段を駆け降りる。
頭の中では、同じようにお母さんと一緒にこの場所から逃げた光景が蘇る。
『お、お母さん、追いかけてきたよ!』
『見てはダメ! とにかく走って逃げなさい!』
歩くのもやっとのお母さんを支えながら逃げたあの夜。
歩くこともできないこともを抱きながら逃げる今。
その全てが重なり合って、どっちが現実なのかが曖昧になる。
『ひぃ……』
背後から迫る異形の顔と無数の手に悲鳴をあげるかつての私。
「わん!」
そんな私に吠えるポロ……今のポロ? 昔のポロ?
もう分からない。
『トンネルが見えてきたよ、お母さん! もうすぐだよ!』
体力はもうとっくに限界だった。
ムカデの神社までお守りを取りに行って、お母さんがおかしくなって、こともを助けに山の神社まで来た。足がガクガク震える理由が恐怖だけじゃないのは、もうとっくに気づいてる。
それでも私は走り続ける。
お母さんを助けるためにずっと走り続けた、あの夜みたいに。
トンネルの中までたどり着くと、中はやっぱり真っ暗。両手が塞がっている私には懐中電灯をつける余裕がない。
『出口までまっすぐだから、早く行こうお母さん!』
やめて。その記憶を見せないで。
でも、トンネルの中を歩くにつれ、その記憶はどんどん濃くなっていく。
『あと少し……あともう少し……』
すぐ先にはトンネルの出口と月明かりが見える。
あともう少し。あとちょっとで家に帰れる。
なのに私の記憶は、それを許そうとしてくれない。
『あっ……!』
「あっ……!」
まさに月明かりへ一歩踏み出そうとした瞬間、記憶の中の私が足を取られて転倒する。それとまったく同じように、私自身も地面に倒れ込んでしまった。
『結局お前は同じだ、あの時と』
頭の中でよく分からない声が響く。
聞いているだけで耳障りで鳥肌が立つぐらい気分が悪いのに、耳を傾けてしまいたくなるほど押し寄せてくる安心感。
この人になら全てを委ねてしまってもいいって、そう思ってしまうほど。
『またそうやってお前は家族を見捨てて自分一人で逃げようとするんだ』
『お前があの時手を伸ばさなかったからお前の母親は死んだんだ』
『次は大切な妹の番か? 妹は自分の目を犠牲にしてまで助けてくれたのに』
『お前は卑怯者だ。いつもそうやって自分が助かろうとしてる。今回も、
『でも大丈夫。
『人の子よ、もう何も心配する事はない。だからさぁ、おいで。妹と一緒にこっちへおいで』
「うるさい」
そんな甘美な誘いを、一言で切り捨てる。
「何が大丈夫よ、何が幸せになろうよ! あなたの言葉なんて絶対に信じない! 私は生きる! こともと一緒に生きるの!」
隣で山の神に向かって勇ましく吠えているポロを横目に、私は山の神を睨みつけた。
そして私の右足を掴んでいる大きな手を、自由になっている左足で何度も蹴る。
私は帰るって決めたんだ。
お母さんと再会した時、決めたんだ。
今度こそみんなで帰るって。
だからあなたのところなんて絶対に行かない。
『────!』
山の神はそれ以上言葉を語らず、絶叫する。
私の足を握る力がさらに強くなる。
「ッ……!」
痛い。
骨が軋み、足が今にも取れてしまいそうだった。
それでも、腕の中で泣き声をあげている妹のためにも帰らないといけない。
「ごめんねことも……起こしちゃったかな……」
激痛で脂汗が噴き出るも、それでもなんとかこともをあやそうとつい優しい声をかけてしまう。
怖いよね、うるさいよね、ごめんね。
でも、あと少しで帰れるから。
「うっ……いい加減離してよッ……!」
しかし、私の足を握りしめる手の力は増すばかり。徐々に体もトンネルの奥へと引っ張られ始める。お母さんの時のように一気に連れて行かれないのは、多分ポロがいてくれているから。
やっぱりポロは、私たち姉妹を助けてくれている。
「せめて……こともだけでも……」
でもズルズルとゆっくりと、しかし確実に私の体はトンネルの奥へと戻されていく。
せめて妹だけでも、とこともの体をトンネルの外に押し出そうかと考えた時。
ゴキッ
「ッ!?」
まるで大木が折れるような音と共に、右足に激痛が走る。たまらず声にもならない悲鳴を上げ、私は思わず腕の中のこともを強く抱きしめてしまう。
今の音が何を意味するかなんて、見なくてもわかる。
あまりの激痛に思考が鈍くなり、徐々に意識が遠のき始める。
ダメだ。ここで気を失ったらもう帰れなくなる。
「こともと……一緒に……帰るの……」
それまでずっと山の神に吠えてくれていたポロも私の様子がおかしい事に気づいたのか、吠えるのをやめて私のシャツを口で咥えて引っ張ろうとしている。
でも、そんな行為も焼け石に水。
ズルズルと力を失った私の体はトンネルの奥へと引きずられていく。
ズズズ ズル ズリ ズリ
──何かが聞こえる。
ズルズル ズリ
──何かを引きずるような。
ズ ズズ ズリ
──音が目の前で止まった。
「よまわり……さん……」
朦朧とする意識の中で私が最後に見たのは、無機質な白い仮面がこちらを覗き込む姿だった。
⭐︎
少女の意識が闇に落ちた瞬間。
──グルン。
少女の前に現れた黒い異形が、その体をひっくり返した。
あらわになるのは、まさに赤い肉塊と呼びべき醜悪な姿。大きな口が背中を真っ二つに割り、その中央には辛うじて本来の姿の名残として白い仮面が顔を覗かせている。
胎児のように短い両手足を動かし、その異形──よまわりさんは、咆哮と共にその体を山の神に叩きつけた。
その巨体に似合わない俊敏さで突撃するよまわりさんに、たちまち山の神は後退を余儀なくされる。
少女の右足を掴んでいた腕もそれに釣られるように足を解放する。
あらぬ方向に曲がった少女の痛々しい足を見てか、よまわりさんはさらに大きく絶叫する。
しばしの睨み合い。
方や憎悪と怒りを剥き出しにした肉塊の異形と、方や数多の人間を生贄としてその身に取り込んだ異形の神。
この異形同士の争いは──背後から差し込む微かな太陽の光により終わりを告げる。
『────!』
恨めしそうに太陽の光を睨みつけると、山の神はトンネルの奥へと姿を消した。
後に残された肉塊の異形はしばらく立ち尽くすと、やがてグルンともう一度その身体をひっくり返した。
少女の前に現れた時と同じ黒色の姿に戻ったよまわりさんは何事も無かったかのようにその体を少女の方へと引きずる。
「わん!」
その隣で、黒い体とは対照的な白色の小さな犬がそんなよまわりさんを歓迎するように吠える。
本来なら怪異を遠ざける存在のその犬は
残された黒色の異形は身体から伸びた同じ色の触手を使い、まるで赤ん坊を抱くように少女を抱き上げる。気を失っているはずの少女はそれでも、腕の中のいる妹を離そうとしない。
子供とは思えない執念。
しかしその執念が、結果的にこの状況を生み出した。それが感情を写さない無機質な白い仮面に伝わったかは定かではないが、よまわりさんはブルっと一度体を震わせる。
「…………」
そしてそんな姉に抱かれた妹は、その小さな目を開かせてじっとよまわりさんを見つめていた。
まるで何かを伝えようとしているような目線に、よまわりさんは何も答えない。
幼い姉妹を丁寧にその身体に背負った白色の袋に入れると、そのままよまわりさんはズルズルと歩き始めた。
──よまわりさんは夜のおまわりさん
──夜に寝ないで出かけている悪い子をさらってしまう
──でも、だからなのか
──よまわりさんは、迷子になっている子の味方なのだ
タイムスリップから妹救出まで全て一夜で起こったという事実。
でも原作夜廻も全て一夜の出来事だったのでこの作品も章ごとに一夜でまとめるつもりでした。そのせいでかなり無理がある展開にはなってしまいましたが…
次回、エピローグと夜廻編に突入
一応深夜廻編まで続けるつもりですが、それまでに作者の体力が持つか…