日本一幼女に厳しいゲームから妹を救いたい 作::-)
真新しいセーラー服に身を包みながら肩には愛用のウサギのポシェット……ではなく、普通にスクールバッグを掛けながら、私は自宅への帰路を進む。日中の喧騒とは離れた静かな住宅街にはおぼつかない足取りで歩く私の足音だけが響いていた。
心地良い春の風がここ数年間で少し伸びた髪を揺らし、私も大人になったんだなって実感する。小さい頃はあれほど広く感じた町も、今なら徐々に人が減っているこの町の寂しさにも気づける。
「忘れられてる……のかな。この町も」
人知れず呟いた言葉はそのまま虚空へと消える。
放課後ということもあって徐々に太陽が沈み始めてるけれど、この分なら暗くなる前には帰れそうだ。でも今日の晩御飯の買い物にも行かないといけないし、あまりのんびりは出来なさそう。ただでさえ私の歩く速度は遅いんだから。
少し歩くペースを速めようと一歩踏み出した時。
「あ、お姉ちゃん」
背後から私を呼ぶ声がする。
でも私をお姉ちゃんって呼んでくれる子なんて、一人しかいない。
「あら、ことも。今日はちょっと遅いのね。いつもならもう家にいるのに」
頭のリボンをぴょんぴょんと揺らしながら、私のたった一人の妹──こともがこちらに手を振っていた。
背中には私があげたウサギのポシェットではなく赤色のランドセルを背負ってる点から、どうやら私と同じく今から帰る所らしい。
私の問いに妹は思い出したように眉をひそめて腕を組む。プンスカという擬音が似合うぐらい不機嫌だった。でも妹がそれをやるとどうにも迫力が無くて、可愛らしさが先行してしまう。
「今日はお掃除当番だったの。でも私以外みんな遊び始めちゃって、全然終わらなかったの。嫌になっちゃうよ、もう! 早くポロの散歩に行きたいのに」
「あはは……それは災難ね。でも、そういう時はちゃんと注意しないとダメよ? 悪いことは悪いことって言ってあげないと」
「別にいいもん。お姉ちゃんと一緒に帰れたし」
軽やかにそう言うと、妹は私の肩にかかっていたスクールバッグを奪う。
「わっ、ことも! 急に取らないでよ。それにカバンぐらい持てるから」
「いいからいいから。お姉ちゃん、
悪戯が成功したように、妹は私から奪ったカバンを手に朗らかな笑みを浮かべる。
自分で言うのどうかと思うが、妹は優しい。
争いを好まずよく笑い、誰とも友好的に接して常に周囲を気にかけている。私に関しては今みたいに心配しすぎな面もあるけれど、妹の笑顔を見ると思わず許してしまう。
「ことも」
「うん? なに、お姉ちゃん?」
「ありがとう」
妹は一瞬キョトンとした表情をするも、すぐにまた花が咲いたような笑みを浮かべた。
「どういたしまして!」
私たち姉妹はそのまま、住宅街から顔を覗かせていた我が家へと足を運んだ。
⭐︎
──結局あの夜、私は気がつけば家の前で倒れていた。
右足をあらぬ方向に曲げ、腕の中にはいなくなっていたはずの妹。体は汗と泥に塗れていて、とてもではないけどまともな状態ではなかった。
その時ちょうどお父さんが呼んだ警察の人たちが来ていたらしく、私と妹はそのまま病院へ直行。妹はどこも怪我は無かったものの、予想通りというべきか、私の右足は折られていた。あんなに大きな手に掴まれたのに千切れなかっただけ運が良かったと思いたい。
そのあとは警察の人も来て色々と聞かれたけど、私の答えは「覚えてない」の一言。
山の神とかよまわりさんとか、どうせ言っても信じてもらえない。この町の大人は夜になると現れる怪異については知ってるはずなのに、知らないフリをしてる。知っているから夜は外に出ないのに、お化けなんているはずがないという矛盾。多分あの時の警察官も薄々察してたとは思うけれど、それを認めることは一生無いと思う。
そしてその時に聞かされたのが、お母さんが心の病気ということ。
難しい言葉を言われた気がするけれど、よくわからなかったからあまり覚えていない。
ただ覚えているのはお母さんは定期的に病院に通わないといけなくなったことと、あの夜のことを酷く気に病んでいるということ。
何より私を殺しかけた事がお母さんの心に重く伸し掛かっていた。
私は気にしてないって伝えたし、お父さんもお医者さんに心の病気の事を教えられて納得していた。こればっかりは家族全員で乗り越えないといけない。
──お母さんに首を絞められた時の光景を時々夢で見るようになっちゃったけど。
でもそんな些細な事なんて、お母さんが生きていてくれる喜びに比べればどうって事もない。
家族全員揃った。
ただそれでいい。
「わん!」
「ただいま、ポロ」
「ごめんねポロぉ、わたしお掃除当番で遅くなっちゃって──わぷっ、くすぐったいよポロー!」
玄関の前まで来たら、犬小屋からもふもふな白い犬が私たちを出迎えてくれた。
ポロもまた、あのあと我が家に来てくれた。というより、私が拾いに行った。
今はもう立派な成犬になって毎日こともと散歩している。たまに力が強すぎてこともが引きずられそうになってるけど。
お父さんも娘が突然犬を連れて帰ってきて驚いていたけど、「お母さんのためにもなる」と二つ返事で許してくれた。
そのおかげでポロは今も元気にふわふわした尻尾を振って私たちの友達でいてくれる。
「ただいま。ことも、帰ってきたらちゃんと手洗いとうがいを──」
「もう、知ってるよそれぐらい。それよりお姉ちゃん、段差気をつけてね。この前転んでたでしょ」
「え、なんで知ってるの?」
「えへへ、内緒」
あの夜折られた私の右足は未だに治っていない。
見た目上は何も問題はないらしい。お医者さんも骨は元通りになっていると言っていたし、落ちていた筋力も回復している。
なのに私は未だに右足の感覚がない。
まるで山の神に右足だけ連れて行かれたような感覚に、私は不快感を隠せない。結局あの山の神もただでは帰してくれないらしい。
でも山の神は本来なら左目を持っていくはずなのに、なぜ私の場合は右足になったんだろう? 流石の山の神もよまわりさんが来て焦ったのかもしれない。
「よまわりさん……」
あの夜私たちを助けてくれた、黒色のお化け。
結局なぜよまわりさんが私たちを助けてくれたのか、よく分かっていない。山の神と敵対していたよまわりさんがたまたま私たちを助けることになったのか、それとも何かの意思を持ってあのトンネルに来てくれたのか……。
でも、分かることは一つ。
よまわりさんは正体不明であるべき。だからよまわりさんについては深く考えないようにしている。
「ことも、ともこ、お帰りなさい」
「お母さん! 今日は病院はいいの?」
「うん、もうバッチリ! お医者さんにももうほとんど大丈夫って言われたわ」
遊んで欲しそうにこちらへ駆け寄ってくるポロを宥めて家に入ると、玄関先でお母さんが出迎えてくれた。
多少は顔色は悪いけど、確かに今日は調子が良いみたいだ。
私も靴を脱ぎ、こともの手を借りて段差を登り、お母さんの方へと歩み寄る。
「……足はまだ治らないみたいね」
「うん。でももう慣れたし、こともも手伝ってくれてるから大丈夫」
段差を登るのにも一苦労な私を見て、お母さんが悲しそうな表情を浮かべる。
「ごめんなさい、ともこ……あの時私が──」
「もうそれは無しって言ったでしょ、お母さん。誰のせいでもないもないんだから」
「あっ……そうね。あの時の私はどうかしてたんだと思う」
その手に赤いお守りを握りながら、お母さんは苦笑する。
お母さんはあの声が山の神だとは気づいていない。ただ、あの時のお母さんは正気じゃなかったのは本人も気づいているみたいで、今でもあの声が聞こえるんじゃないかと怯えている。
私があげたムカデの神社のお守りがしっかりと守ってくれているのか、今のところお母さんには何も起こっていない。
「それより、良かったら一緒に買い物に行かない? 今日はお父さんも早く帰ってくる日だし何かご馳走を作りたいの。せっかくだしポロも連れて行きましょうか!」
お母さんは私とこともを抱き寄せながら、楽しげに提案する。
お母さんの綺麗な髪が顔にかかって少しくすぐったい。
「お、お母さん! 私もう中学生なんだからやめてって……」
気持ち良さそうに目を細める妹とは対照的に、私は自分の顔が熱くなるのを感じた。妹はそんな私を見てまた笑う。
でも口ではこう言ってもお母さんを拒もうとしない自分の体に自分で呆れてしまう。大人になったんじゃないのか、私。
「母親にとって子供はどんなに大きくなっても子供のままなんだから、大人しく受け入れればよろしい。それに中学生なんてまだまだお子様よね、ことも?」
「そうだよお姉ちゃん。『ししゅんき』は子供の証だって学校の先生が言ってたよ?」
「そうやって難しい言葉を覚えて……!」
でもこうしてお母さんの腕の中にいるとどうしても思ってしまう。
やっぱりお母さんはとても暖かくて、気持ちがポカポカするんだって。
そしてこの気持ちを、
──私がしたことは無駄じゃなかった。
ようやくお母さんに解放されると、お母さんは後ろから買い物用の荷物を取りにいく。
私と妹もカバンを部屋の中に置きに行き、ついでにポロの散歩用のリードも取る。
「じゃあ、行きましょうか!」
お母さんのそんな号令と共に、私たち三人は歩き始める。
私の右手はポロのリードを握り、左手はこともの手を繋いでいる。そしてこともを挟む形で、お母さんもこともと手を繋いでいる。
足が悪い私に合わせてゆっくりとしか動けないけど、たまにはのんびり行くのも悪くない。
お母さんがいて、ポロがいて、こともがいる。
私が望んだ幸せの形が、今目の前に広がっている。
──やっと夜から帰ってこれたんだね、お姉ちゃん。
「え?」
妹のそんな呟きが聞こえた気がした。
思わずこともの方へと向くも、こともはこちらを見つめながら柔らかい笑みを浮かべているだけだった。
その笑みに、なぜか私の背筋が冷たくなった。
⭐︎
「──じゃないと、私のお姉ちゃんみたいになっちゃうよ」
氷の仮面を被ったような冷たい表情でそう告げることもに、ハルは思わず息を呑んだ。
「お姉ちゃんはね、忘れたくても忘れられないの。ずっと夜の中で生きてるの」
こともの姉──ともこ。
山の神に生贄として選ばれ、生き延びた少女。そして夜の怪異についても知っている、おそらく彼女たちの先駆者。
こともの姉についてハルが知っていることはそれだけだった。
しかしことものこの様子は、明らかに何か別の意味を含んでいる。
「わたし、実は知ってるの。わたしのお母さんが山の神に連れて行かれたこと」
「え!?」
姉ではなく母親が?
これまで知らなかった事実にハルは思わず目を見開かせる。
「お姉ちゃんを助ける時に声が聞こえたの。多分あれは山の神様の声だったと思うんだけど、その中に聞こえたの」
──色んな人が混ざり合った声の中にある、お母さんの声が。
それがつまり何を意味するのか。
共に『夜』を経験し、禁忌の神に触れた二人の少女たちにとっては、考えるまでもない。
「わたしのお母さんも山の神様に連れて行かれちゃって、お姉ちゃんはお母さんを助けるためにあのトンネルの向こう側に行った。そして──一人で帰ってきた」
「お姉ちゃんはお母さんを助けることが出来なかった。でもお姉ちゃんはそれでも必死になってわたしをここまで育ててくれた。本当は一番悲しいのはお姉ちゃんなのに」
「お姉ちゃんの心は夜に捕まってる。それを見ないようにするために、お姉ちゃんはお母さんの代わりになってくれたの。まるで『ごめんなさい』って言うみたいに」
その言葉を聞いたハルはただ呆然と立ち尽くしていた。
こともが語る姉の姿があまりにも重なっていたのだ。
あの夜が終わってからも毎晩のようにユイの事を探し続ける自分の姿に、ユイに許しを乞うように町を彷徨うハルの姿に。
「ハルはお姉ちゃんみたいになったらダメ。ハルにはハルの人生があるの。『夜』にずっと心を囚われてたら、そのユイって子も悲しいと思うよ?」
こともは不器用ながらハルに告げているのだ。
「前へ進め」と。
あまりにも遠回しな言い回しに乾いた笑みを浮かべるも、しかしハルにはどうしても聞かなければいけない事があった。
「こともちゃんはどうなの?」
「わたし?」
「こ、こともちゃんもその……囚われてたりしないの?」
「んー、わたしはどうかな……」
口許に手を当てながら考える素振りを見せることも。
しかし今までの会話から、ハルはこともが夜に囚われているとは思えなかった。彼女は自分に激励もしてくれたし、何より自分に起きた出来事にきっちりと折り合いを付けている様子だった。
しかしこともの返答はハルにとっては予想だにしていなかったものだった。
「囚われてるかな、ガッツリ」
「え?」
「むしろあえて囚われてるって言った方がいいかな」
言っている意味が分からなかった。
「だってお姉ちゃんが囚われてるのに、妹が囚われてないなんておかしいでしょ? 夜に囚われたお姉ちゃんは自分の全てを犠牲にしてわたしを育ててくれたの。『せいしゅん』とか『ともだち』とか、そういうのを全部犠牲にしてきたの。だからね──」
──妹のわたしも全部犠牲にしないと不公平でしょ?
ハルは思わずその場で座り込む。
まるでそれが当たり前と言わんばかりにそう告げることもが、ハルはたまらなく恐ろしかった。
せめて恍惚とした表情を浮かべていたり、歪んだ笑みを浮かべていたりすればまだ分かりやすかったかもしれない。
しかしこともは、あくまでこともだった。
歳不相応に落ち着いた雰囲気をまとった、ハルがよく知ることも。
そのこともの口から発せられるあまりにも歪んだ考え。
こともは「前へ進め」と言っているんじゃない。
「わたしみたいになるな」と、そう告げてるのだ。
「だからわたしはずっとお姉ちゃんの側にいる。絶対にお姉ちゃんを一人にさせない。させちゃいけないの」
「……それは違うよ、こともちゃん」
それでもハルは反論する。
自分を『夜』から救ってくれた友達を彼女は放っておけなかった。
「……そうかもね、ハル」
しかし、こともはハルの言葉を否定しない。
自分が歪んでいることなど、とうに自覚していたから。
「……もうそろそろ帰ろっか。ハルは明日引越しでしょ? 違う町に行っても元気でね。手紙も……ちゃんと書くから」
「待って、こともちゃん!」
懐中電灯を片手に山肌の一本道を戻り始めることもをハルは慌てて追いかける。
しかしハルがふらふらと立ち上がって山道を走り始めた頃には、すでにこともの姿は無かった。
「……こともちゃん」
あまりにも歪んだ妹の愛情。
そんなこともの姿が、ハルにはかつてのユイに見えた。
異形に変えられ、ずっと一緒にいようとハルの腕に赤い糸を巻き付けた、大切な親友。
しかしユイの歪みを救えたのは、ハルが彼女の親友だったから。
ならこともを救えるのは、彼女にとってその歪んだ愛情が向けられた対象。
「お願いします、お姉さん……」
顔も知らないこともの姉に向かって、ハルは静かに祈った。
夜廻編へ続く
いつからヤンデレタグが姉の方だと錯覚していた?
というわけでやばいのは姉ではなく妹の方でしたというオチ。実はこともが登場しているシーンでは常に姉の方を見つめていたという伏線といえば伏線がありました。
そしてチュートリアルが終わったので、いよいよハードモードになります。