「田舎に畑を持っているマキマさんの友達」の話 作:ティラミス
日が傾いてきた頃に今日の畑仕事を終え、シャワーを浴びて着替え、日が落ちて夕食の支度を始めるまで、コーヒーを啜りながら本を読む。いつも通りの、静かで穏やかな私の日常。邪魔をするものは何もない、ささやかな私の日常。
ページをめくっていると、窓の外から甲高い悲鳴が聞こえてきた。外に出ると、道で悪魔が身をかがめるヒトに襲いかかっていた。悪魔――事物を恐れる人間の心が具現化した、ヒトを喰らう怪物。こんな田舎町で悪魔を見かけるのは実に久しぶりだ。これは見たところ「ナスの悪魔」だろうか。3メートルくらいの紫の胴体、ヒトの手みたいな四本の脚、ぱっくり裂けた大きな口、口から次々と吐き出される緑の卵、割れた卵から現れる、親そっくりの怪物。悪魔を放っておいて、他の悪魔やデビルハンターを呼ばれるのも面倒だ。私は悪魔を殺して家に戻った。
再び読書を再開し、リラックスしてページをめくる。と思いきや、今度は野太い咆哮が窓を鳴らした。外に出ると、黒い巨体が猛然と地を揺らしながら駆けて吠えたけっていた。――これは「熊の悪魔」だろうか。こんな田舎町で一日に二回も悪魔を見るなんてことはまず無いけれど、普通の熊は背丈が十メートルもないし、二足歩行もしないし眼が八つもないし口が三つもないし火も噴かないから、これは悪魔なのだろう。恐る恐る視線を移すと、幸い私の畑はまだ踏み荒らされていない。私はほっとして悪魔を殺し、家に戻った。
私はゆったりとページをめくる。いつも通りの穏やかな日常。これを邪魔だてするものは何もない。
そのとき、家の呼び鈴が鳴る音がした。ぞっと不吉な予感にとらわれた。我が家の呼び鈴を鳴らす町の人はいない。そして今の季節は秋だ。
逡巡しているうちにも再びチャイムが鳴り、私は諦めの境地で扉を開けた。私の平和な日常を鼻で笑って粉々にできるものが、この国にいるとすれば――
「久しぶり。また道に悪魔の死体を放っておいちゃダメだよ」
――いるとすれば、こいつくらいのものだ。若い女性の皮を被ったこいつ。名はマキマ。
長い赤髪は編まれて背中に流れている。ワイシャツにネクタイを締め、パンツスーツと革靴を履き、分厚い無骨なコートを羽織る――ところが服装に反して、仕事帰りのサラリーマンという雰囲気はあまり感じられない。こんな田舎町でなく都会の雑踏に紛れていたとしても、サラリーマンの役を演ずる女優と形容しても、まだ違和感が残るかもしれない。つまりマキマは端的に言ってしまえば、あまりに美しかった。
マキマの外見にこれ以上何か余分に説明を加える必要があるとすれば、それは「眼」だった。マキマの眼は異常だった。金色の虹彩に、真紅の三重の円が浮かぶ。通常のヒトの
それなのに、この不気味な眼はむしろ、マキマの完璧に均整のとれた風貌を、いっそう人間離れした超然としたものとして引き立てていた。
まあ、実際ヒトじゃなくて悪魔なんだけど。それも、とてもとても強く厄介な悪魔。
「……まさかマキマの飼ってた悪魔じゃないよね?それか、公安で飼うつもりだったわけじゃないよね?そうだったら、退治しちゃってごめん」
「違うよ、あまり使い物にならなそうだったし。話が通じなそうだから、公安で生け捕りにするわけにもいかないかな」
マキマは気軽な調子で言う。
「……それで、今年も手伝いに来てくれたの?もう夜になるし今日は仕事終わったけど、泊まってくつもり?ご飯はこれからだから、二人分作れるけれど」
私は聞きながらも、農作業を手伝いに来たわけではないのだろうとは分かっていた。私服でなく制服姿だし、ほとんど手ぶらだし。何かろくでもないことを言われそうだ。私は覚悟しながら自分の能力を研ぎ澄ませ始める。
案の定、マキマは「今日は泊まりに来たわけじゃないよ。今から用があってね――」と答え、いったん言葉を切った。
「――地獄まで■■■■■■■
「嫌だ。独りでやってよ」
私は即答する。地獄なんてもう二度と行きたくないし、そんなおっかない存在と関わりたいとも思わない。他の恐ろしい悪魔も湧いてくるに違いない。私が頷くとは思っていなかったのだろう、マキマは微笑んで再び口を開いた。
「じゃあ、また公安に戻って仕事手伝ってよ。『銃の悪魔』のせいで最近は悪魔が増えて大変なんだ。東京で仕事してくれれば、デビルハンターも市民も犠牲をぐっと減らせる」
「面倒臭い。それにヒトの犠牲なんてどうでも良い癖に」
私はここの静かな暮らしが気に入ってるのだ。ごみごみした東京に今更戻りたくはない。にべもない私の返事を聞いてもマキマは口元の笑みを崩さなかったが、その眼が禍々しく光った。
「これは命令です。ついて来ると言いなさい」
「嫌だ。独りにして」
マキマの「支配」を、私はすんでのところで能力を発動してかわす。本気で「支配」しようとしてくるのは相変わらずだが、前に会ったときよりもさらに強くなってる。冷や汗が背中を伝う。私がマキマに「支配」されるのも時間の問題かもしれない。
能力が不発に終わったのに、マキマは相変わらず微笑んだままなのが不気味だった。
「相変わらず言うことを聞かないんだね。公安だとそんな悪魔がどうなるかって、忘れたわけじゃないよね」
いつの間にかマキマの背後に悪魔がいくつも現れていることに気づいた。とても強そうな悪魔がいくつもいくつも。嘘だろ。こいつ、さらに手持ちを増やしてる。……今のマキマと本気で戦って何秒間生き延びることができるだろうか?今更私が邪魔になったのだろうか?さっきの誘いが最後通牒だったのか?私は本気で焦り始める。今日死ぬ覚悟はしていなかった。
しかし、私の凍り付いた表情を見て満足したのか、マキマが攻撃してくる気配はなかった。そしてうっとりした表情を浮かべ――マキマがそんな顔をするのはほとんど見たことない――空を見つめた。
「今はもう行くけど、死ななかったら一泊するからよろしくね。しばらく有休を取ってるんだ」
宙に開いた裂け目に呑まれ、マキマと背後の悪魔達は掻き消えた。私は安堵の溜息を漏らしてしばらく立ち尽くした。あの悪魔どもは大体死ぬだろうけど、マキマはどうせ戻ってくるだろう。それまでに少し部屋を片付けておかなければ。
……マキマは「支配の悪魔」だ。「支配」を恐れるヒトの普遍的な心を拠り所とする、とても格の高い悪魔。ヒトは「支配」を恐れる一方で、「支配」がヒトの本質の一つでもあるからこそマキマはヒトそっくりの体を持っているし、ヒトは支配することと同じくらい支配されることもこよなく愛するからこそ、マキマは美貌を持って生まれついている。
その「支配の悪魔」の能力は、「格下」の相手を意のままに支配できるという、とんでもないもの。だからマキマは沢山の悪魔を従えているし、倒した悪魔の能力だって沢山ストックしてる。たぶんマキマより格下の私がなんとかマキマの「支配」に抵抗できているのは、ひとえに私の能力によるものだ。まあ、「支配」されなかったところであいつに勝てる望みは薄いのだけど。高位の悪魔特有のわけわからない力も色々と持っているし、他者に自分の死やダメージだって押し付けられるし。
国や世界も支配できそうな能力を持っているそのくせ、公安に勤める一介の公務員として人間社会の歯車として働いてるのだから不気味としか言いようがない。いや、もう今の公安は実質的にはマキマのものになってるのかもしれないけど。
……そんなマキマのあれこれをなんで私が知ってるのかというと、現世で何十年も、遡って地獄にいた頃からマキマを見ているからだ。
なんで地獄にいたのかというと、私もマキマと同じく、ヒトにあまりに近い体を持って生まれてきてしまった悪魔だからだ――「孤独の悪魔」という名の悪魔だからだ。
●
「地獄」とは、わけのわからない景色のもとで、おぞましい悪魔がうじゃうじゃ蠢いていて、四六時中お互い殺し合って、強者が弱者を喰らう、まさに地獄みたいな世界の事だ。
そんな地獄で生き延びるうえで、「孤独の悪魔」に生まれついたことは本当に幸いだった(悪魔はどいつも名前を持って生まれてくるし、どいつも生まれたときから自分の名前を知っている)。
悪魔は基本的に、その名が人間から強く恐れられるほど、長く恐れられるほど、広く恐れられるほど、格が高く強い。つまり「孤独の悪魔」は、大抵の悪魔よりはずっと強かった。「コーヒーの悪魔」なんかに生まれていなくてつくづく良かった。
「孤独の悪魔」としての能力も実に便利だった。私は自分や他の対象を「孤立」させる――空間的にも精神的にも――ことができる。自分を「孤立」させておけば大抵の悪魔には気づかれないし、気づかれたとしても大抵の悪魔の攻撃はガードできる。相手をしばらく「孤立」させておけば、大抵の悪魔は殺せる(どの悪魔も生物のように呼吸をするのかよく分からないし、地獄の空気は現世の空気と違うとは思うけれど)。
とはいえもちろん、上には上がいくらでもいる。私なんかとは比べるべくもない、強く恐ろしい悪魔達も地獄には沢山いた。一度も死んだことがないような、あるいはほとんど死んだことがないような悪魔達だ。奴らには私の能力がほとんど効かなくて身を護る手段も攻撃する手段もないし、奴らは訳の分からない力で理不尽に死を与えてくる。
だから地獄ではそんな悪魔に気づかれないように、常に身を縮めてひっそりと生きて行かねばならなかった。しかしそれでも運悪く出くわしてしまうこともある。「火の悪魔」や「海の悪魔」や「冬の悪魔」を皮切りに、身の毛もよだつ「苦痛の悪魔」に「飢饉の悪魔」に「虚無の悪魔」、「喪失の悪魔」に「暃々の悪魔」に「老いの悪魔」、思い出したくもない「闇の悪魔」に「人の悪魔」に「彁の悪魔」、極めつけはなんといっても「死の悪魔」――。
……思い返しても、我ながらよく生き延びることができたものだ。奴らから死に物狂いで、ほとんど死にかけながら必死に逃げた思い出は、未だに強い恐怖とともに刻まれている。
私はそうやって長い間――現世の時間に直すとどのくらいだろう?数十年、数百年、もしかして数千年だろうか?――延々と悪魔どもから逃げ隠れ、悪魔どもを殺し喰らう、地獄みたいな生活を送っていた。
そんなある日(もちろん地獄には日なんてなくて、言葉の綾だ)、「蝗の悪魔」と「血の悪魔」と「暴力の悪魔」、非常に強大な悪魔たちが死闘を繰り広げている光景に出くわし、そっと無事に通り過ぎた日のこと。
私は人みたいな悪魔に出会った。赤い髪に、禍々しい眼を持つ、美しい少女。地獄に似つかわしくない、全く場違いな、美しい悪魔。少女は巨大な悪魔の死骸に座って足を組んでいた。
多くの悪魔はヒトっぽい身体のパーツを持っているし、ヒトに近い姿を持つ悪魔もいくらかいるけれど、ここまでヒトそっくりの悪魔にお目にかかるのは――私自身とか「死の悪魔」を除けば――初めてだった(このときの私はまだヒトを見たことはなかったが、悪魔は生まれつきヒトとはどういうものかを知っているのだ)。私は目を見張った。
少女は薄く笑って、私を見おろしながら問いかけた。禍々しい眼が光る。
「……珍しいね。悪魔っぽくない見た目だ。キミの名前は?なんて悪魔?」
「……そっちこそ、何の悪魔?」
少女は驚いた顔をして、しばらく押し黙った。再び私の眼をまっすぐ見つめ口を開いた。
「名前を教えろ。命令に従え」
「嫌だ。独りにして」
何かが私の心に入ってくるひどく嫌な感覚がし、私は反射的にガードを張った。どうしてこんなに近づくまで気づけなかったのか――こいつはとてもとても強い悪魔だ。命辛々逃げなければならないような悪魔だ。
少女は後ろを向いて声を張った。
「かかれ」
少女の背後で扉がいくつも現れて開き、有象無象の悪魔が現れた。
悪魔が徒党を組んだり、より強い悪魔に服従することはそう珍しくはない。しかし、ここまで多くの悪魔を従えている悪魔は初めて見た(それだけの力を持つおっかない悪魔は大抵、命乞いなんて聞かずに視界に入る悪魔は皆殺しにして独りで佇んでいるものだからだ)。
悪魔どもが私に殺到する。私は自分を「孤立」させて攻撃をやり過ごしつつ、見てて不快な悪魔はいくつか殺した。数秒経つと、少女が「やめなさい」と命令し、悪魔どもは私から離れて消え失せた。
少女は再び微笑んだ。
「面白い力だね。私は『支配の悪魔』。キミは?」
「……『孤独の悪魔』」
これだけの力を持つ悪魔が普通に会話を投げかけてくるということに、私はなおさらぞっとした。
「そうなんだ。――私にはひとつ夢があってね。地獄にいたままじゃ出来ることも限られるから、今から現世に行って力をつけてこようと決めたんだ。キミも人間みたいな姿をしてるけど、今すぐにでも現世に行きたいんじゃないかな?」
「……死ななくても現世に行けるの?」
私は思わず訊き返した。
もちろん私は地獄から今すぐにでも逃げ出したかった。ヒトみたいな身体に生まれたせいでヒトに感覚が近いのか、ほとんどの悪魔の姿は気色が悪くて仕方がなかったし、悪魔の肉だって吐き気がする味だった。うんざりだった。もちろん死んでしまえば地獄から逃げられる。悪魔はその名が恐れられる限り、地獄と現世で輪廻転生を繰り返すからだ。とはいっても、「私」とは別の「孤独の悪魔」が生まれるだけで、この「私」は死んでしまえば終わりだ(じっさい私は、前世ではどんな「孤独の悪魔」だったのか全く覚えていない。もしかしたら前世なんてなくて私が初代「孤独の悪魔」だったのかもしれないけど)。だから私は死にたくはなかった。
「『地獄の悪魔』に頼めば、送ってくれるんだ」
少女はあっさり答える。「地獄の悪魔」なんて悪魔は初めて聞いた。少女は実に気軽に言うが、他の悪魔がこぞって現世に送ってもらおうとしないあたり、どうせその「地獄の悪魔」に頼むとロクでもない代償を要求されるのだろう。
「私にかしずくような弱い悪魔を連れて行ってもしょうがないし、私一人で行こうと思っていたけどね。キミは中々強くて使えそうだ。キミも一緒に来る?」
少女は口元をつり上げる。実に魅力的な提案だ。しかし。
「…………対価があるなら、あなたと契約をするなら断る。自分で方法を探す」
しかし、後ろ髪を引かれながらも、私は声を絞り出す。悪魔が無償の善意を施すわけがない。悪魔は飽くまで「悪魔」だ。おまけにこいつは「支配」の悪魔だ。甘言に惹かれたが最後、搾りつくされるに決まっている。
「『地獄の悪魔』は途方もない代償を払わないと言うことを聞いてくれないよ。自分自身を捧げるとかね。私はこの悪魔に契約させるけど、キミにはその方法は難しいんじゃないかな」
少女は意地悪な顔をして言う。
「……放っておいてよ」
私は悪魔の誘惑を振り払うべく、背を向けて足早に歩き出す。私は独りで自由に生きたいのだ。せっかく現世に行っても、この悪魔にずっと首輪を繋がれるなら、地獄にいる方がいくらかマシかもしれない。
「――じゃあ、対価は要らない」
しかし、少し歩くと背後から声がかかった。私は振り向く。少女は首を斜めに傾けながら、思案の表情を浮かべていた。
「せっかく話が通じそうなのに、キミの力をみすみす見逃すのは私の得にならない。ついでに連れて行くよ。契約じゃなくて、借りということにしよう。私が困ったときに助けてくれればそれで良いよ。困ったときはお互いに助け合おう」
私は拍子抜けした。
「……そんなの、悪魔っぽくない。私が無視するかもしれないのに」
「現世に行くから、ちょっとはヒトっぽい振舞いもしないとね。それにキミは多分、自分で思ってるよりずっと人間っぽいからね。いつかキミは必ず借りを返すよ」
そして少女は私の返事を待たずに、腰掛けていた悪魔の死骸から飛び降りると、悪魔の死骸に手を当てて呟いた。
「地獄の悪魔よ。私のすべてを捧げます。なのでどうか、私達を無事に現世にお送りください」
マキマが口ずさむとともに、マキマが座っていた悪魔の死骸も――死骸だと思っていたが、まだ生きていたようだ――弱弱しく声を出した。頭上から、巨大な白い六本指の手が降りてきた。気が付くと、私の目の前には初めて見る景色が広がっていた。
青い空、白い雲、緑の山、あぜ道を歩く人――。おぞましい悪魔の姿は見えない。ぞくぞくする嫌な雰囲気も感じない。血と死の匂いもない。
「地獄じゃない……綺麗……」
美しい景色。美しい景色――!心から落ち着いて、視覚にも聴覚にも嗅覚にも快い景色に包まれるのは生まれて初めてだ。涙が溢れてきた。ここで平和に自由に生きるぞ。私は決意を固めた。
●
このときの私達は現世についても人間についてもほとんど全く知らなかったけれど、私達が降り立った地は「日本」と呼ばれる「国」の中心に近い「町」だとかそんなことも知らなかったけれど、それでも生きて行くには特に不自由しなかった。「支配の悪魔」と「孤独の悪魔」にとって、人々の余計な干渉や詮索を防ぎつつ、家や食べ物を無償で提供してもらうのは訳もなかった。ただの傍迷惑な寄生虫ではあったけど、人間様をとって食ったりしないし、悪魔にしては十分無害なほうと言って良いだろう(私たちは他の悪魔のように、ヒトを食いたいとは思わなかった。人間の食事を摂るのが性に合っていた。他の悪魔のように、ヒトを殺したい痛めつけたいとも思わなかった。ヒトなんてどうでも良いというのが正直なところだった)。むしろ悪魔が出たらさっさと退治してたし、おつりだって来るかもしれない。
そんなわけで私は独りで日がな散歩をして美しい新鮮な景色を眺めたり、家でごろごろしたり、美味しいご飯を食べてぐっすり眠る、現世の生活を気ままに堪能していた。「支配の悪魔」は情報を集めようとしたり色々動いていたみたいだけど、私はのんびり暮らせればそれで十分だった。
しかしその生活は長くは続かなかった。
「『支配の悪魔』と『孤独の悪魔』だな。お前達の力は強力だ。お国が欲しがっているし、放置しておくのも危険すぎる」
ある日私と「支配の悪魔」は、気が付けば拘束されて地べたに転がされ、軍人に軍刀を向けられていた。……気が付けばだ。直前の記憶がまるでない。軍刀だって、私の能力を使えば簡単に防げるはずなのに、このときの私は簡単に防げるということすら忘れていた。
人間達が悪魔を狩るのは知っていたけれど、はた目にはただの人間に過ぎずヒトを喰ったりもしない私が狙われるとは思っていなかったし、人間達に狩られるほど弱いとも思ってはいなかった。
軍人の冷たい声が響く。
「お前たちの選択肢は二つ。ここで悪魔として私に狩られるか、私の部下として私のように国に飼われるか。後者なら餌も寝床も与えられる」
私は軍人に顔を向ける。軍人だというのに女のように見えた。この国の多くの人間は黒髪だけれど、この軍人は肩まで銀色の髪が伸びている。
そして眼は異常だった。白目も黒目もなく、青い靄が渦巻いている。私はようやく気付く。こいつはヒトの匂いがしない。私とマキマみたいな、ヒトそっくりの身体を持つ悪魔だ。そのうえ、私とマキマを難なく制圧できるだけの、とんでもなく強い悪魔。
「なんで、女の人が軍に……いや、女の見た目をした悪魔が、軍人の顔をしていられるの」
「せっかく人間に友好的な悪魔は、わざわざ処分するより都合の良い使い道がいくらでもあるからだ。こうやって人間様のために悪魔を狩らせるとかの使い道が」
そして悪魔は口元を歪める。
「それに私は『忘却の悪魔』だから、多少のことはいくらでも誤魔化せる。大方の人間は、私が悪魔であることは知らない。お前たちも私に付く限りは、悪魔でなく最大限ヒトとして扱われると保証しよう」
「……そんなの、反則じゃあない。記憶を消してなんでもなかったことにできるなんて」
私は呆然として呟く。忘却の悪魔――なんとも厄介な響きの悪魔に捕まってしまったものだ。ヒトは忘れることを、忘れられることを強く恐れる。ヒトが死を恐れる理由だって、部分的には忘却の恐怖が含まれるだろう。だからこそヒトは記録を沢山残すし、誰かの記憶に残るべく人生の足跡を懸命に刻む。
「私は人や悪魔の記憶や意思を消せるだけだ。起きたことや存在そのものを消せるわけじゃない。そんな、■■■■■■のような悪魔の手にあまる力は持っていない。――それで、返事は」
「……従う、『忘却の悪魔』様に」
私は頷くしかなかった。ここで死ぬのは嫌だ。この悪魔に服従して今の暮らしを捨てるのはとても嫌だけれど、死ぬよりはマシだ。この悪魔がそこまで悪い悪魔でないことを祈るしかない。いつかは自由になるチャンスもあるだろう。
「セツナと呼べ。私のヒトとしての名だ」
そしてセツナと名乗った悪魔は「支配の悪魔」に顔を向けた。
「……………………セツナ様に従い……ます」
苦渋の表情で――後にも先にも「支配の悪魔」のこんな表情を私が見たのはこのときだけだ――「支配の悪魔」は呟いた。誰かの支配下に置かれるのは「支配の悪魔」にとってはさぞ屈辱だろう。しかし「支配」の能力は「忘却」相手には分が悪すぎるし、どちらにせよこのとき「支配の悪魔」は自分の能力の使い方さえ「忘却」させられている。この選択をとるしかなかったのだろう。
「よし。ではついて来い。さっそく明日からはヒトのふりして生きるための知識を、軍で生きるための知識を詰め込むことにする」
私達の拘束を解いて歩き始めたセツナは、ふと立ち止まって振り返った。
「いや、まだ名前を聞いていなかったな。『支配の悪魔』と呼ぶわけにもいかない。名は何だ?望みがなければ私が与えよう」
「…………マキマ。私の名は、マキマ」
「支配の悪魔」は――マキマはそう答えた。
●
私とマキマは、翌日からセツナの直属の部下として軍に所属することになった。
悪魔はふつうヒトを喰うし、悪魔はふつうヒトよりだいぶ強いし、物理法則なんてお構いなしの能力を使う。だから国は、人間に割と友好的な(もちろん悪魔基準でだが)悪魔とか強くて割と話の通じそうな悪魔とかを探して捕まえて人間達と契約させることで、その人間達に悪魔を狩らせることで、なんとか悪魔に対抗していたのだ。私達は、そういった国のために働く悪魔として国に鎖をかけられたのだった。
ただし私はヒトに近い体を持っているからか、他の色んな悪魔とは違ってあまりヒトと契約するのは向かなかった。一度にせいぜい一人か二人としか契約できないし、貸せる力も私が使える力のほんの一部分だし、ヒトに力を貸している間は消耗してしょうがない。
むしろ私の役目は、私自身が前線に出て悪魔と戦うことだった。ヒトとは違って、すぐ死なないし力も使い放題だし(悪魔と契約して悪魔の力を使うヒトは、その代償を払わなければならない)、ふつうの悪魔とは違ってヒトを殺したいとも喰らいたいとも思わない。我ながら実に便利な道具だったろう。
軍に囚われたままの身分は歯痒かったが、弱い悪魔を殺しているだけで美味しいご飯と温かい寝床が得られたし、セツナやマキマを除けば他者と関わる必要もなかったし、セツナは割と自由な時間を与えてくれたし、セツナには敵いようがないので、私は反抗しようとも逃げ出そうとも思わなかった。……そもそも仮にセツナに反旗を翻そうとしても、その意思さえ「忘却」させられただろう(マキマはもしかしたらセツナに「支配」を試みたかもしれないが、自分自身にも「忘却」を使えるセツナには無意味だったろう)。
セツナには、空いた時間を縫って、ヒトの体で戦う訓練も施された。地獄にいた頃は能力に頼っているだけだったけれど、ヒトの体の上手な動かし方も身につけろとのことだった(能力の効かないような悪魔相手には、格闘の腕を磨いたところで意味がないと思ったが、口には出さなかった)。セツナは強力な「忘却」の力を除いても、単純に格闘も強かった。セツナと相対するときは、自分の能力の使い方も能力を使おうとする意志も忘れ、ただセツナに良いようにぼこぼこにされた。
それから、ヒトの社会で生きるための沢山の知識も教えられた。本の読み方も教えてくれた。私は本の虜になった。本。孤独な生活をさらに楽しくするためのなんて素晴らしい発明をヒトはしてくれたものだ。映画というのも私の気に入った。マキマは特に映画を好んだようだった。
しかし、やがて世界を巻き込んだ戦争が始まり、国内の悪魔を狩るだけでは済まなくなった。悪魔や悪魔と契約するデビルハンター達が軍に置かれるのは、当然、人智を越えた悪魔の力が大きな軍事力になるからだ。戦争が始まれば当然、その力は敵国へと向けられる。
もちろん、あまり多くのデビルハンターを戦場に出すわけにもいかない。戦争で人々の恐怖が高まれば悪魔が国内にうじゃうじゃ出現するようになるし、そもそもヒトが悪魔と契約したところで近代戦で役に立てるような能力も多くはない。
だからどの国も、むしろ悪魔そのものを他国に積極的に送り込んだ。話の通じなそうな悪魔や弱そうな悪魔なら殺し、そうでないなら生け捕りにして、兵士たちと契約させるか、あるいは直接戦場や他国の本土に送り込む。捕まった悪魔としても、他の土地に行けば好きなだけヒトを喰らって良いと言われれば、積極的に協力する。そんなわけで私は、敵国の兵士や悪魔を殺し捕まえ送り込む、大忙しの日々を送った。セツナと一緒に工作活動やら諜報活動やらをすることもあった(「忘却」と「孤独」の力はその種の活動にうってつけだった)。悪魔に生まれたのは幸いだった。戦争でどれだけのヒトの命を直接的間接的に奪おうとも、罪悪感に押しつぶされるなんてことはなかったから。「孤独の悪魔」に生まれたのは幸いだった。大抵の悪魔は敵ではなかったから。
自分で言うのもなんだけれど、私達はべらぼうに強力な兵器だった(ただしセツナの力もあってほとんど誰にも暗躍は知られなかった。ヒトの恐怖が力になる悪魔は
第二次世界大戦は、無数の近代兵器と無数の悪魔が飛び交う、まさに地獄みたいな泥沼の戦争だった。戦場の悲惨さは言うに及ばず、戦線の有利不利にかかわらず、どの国も湧きだす悪魔や外国から送られる悪魔やらで、本土の民間人の犠牲も悲惨なものだった。
そうして戦争が長引くうち、私やマキマも気を引き締めないと身が危ないような、地獄にいた頃を思い出す、強くおぞましい悪魔があちこちに現れ始めた。また、「
・悪魔およびデビルハンターの歴史やマキマの人生は原作でぼかされているが、「『支配の悪魔』が『マキマ』の姿で(地獄か現世に)転生したのは、(前世の記憶が無いならば)第二次世界大戦より前」であること、「『支配の悪魔=マキマ』は国に育てられていた」こと、「『支配の悪魔=マキマ』の暗躍や目的の一部は、米国大統領やドイツなどに認知されていた(台詞からは、チェンソーを利用したマキマの野望は比較的長いスパンで計画されていたように解釈できる?)」ことは明らかになっている。
・「闇の悪魔」と戦闘が成立するレベルであり、三騎士(戦争・飢饉・死?)と同格であるとすると、「支配の悪魔」も「超越者」である可能性がある。一方で、はるか昔から『支配の悪魔=マキマ』が日本に飼われていたとすると、計画を実現させるまでいささか長すぎるような印象も受けるし、マキマの人格が現世で数百年数千年生きてるほどには老成してない印象も受ける。
・そこでこの二次創作では「地獄で生まれ(なにかの弾みで二回は転生していたか、一度も死なずずっと地獄にいた)、チェンソーの活躍を見、戦前に初めて地獄から現世に移動し、国に捕われ、自分の力の効かない悪魔に首を抑えられデビルハンターとして活動する中で、じわじわ影響力を強めていった」設定にした。マキマが悪魔である事実は一握りの人物しか知らない(一巻でマキマを呼び出している上層部などは知らない)。「マキマを恐れさせ大きくしたのは我々人類の歴史に他ならない」という大統領の発言は前世までの「支配の悪魔」も込みと解釈。
・恐らくデンジ父の死の直前(どんなに早くとも第二次世界大戦以降)に行われた「チェンソーvs三騎士+武器の悪魔(or武器人間)」には弓矢の悪魔(orクァンシ)などは参加していなかったと解釈。
(「彼らの中にいる武器の悪魔達」というセリフと「武器人間が食われて名が失われた」事実からは、武器の悪魔と武器人間のどちらが戦闘に参加していたのかはっきりしないが、いずれにしても、心臓だけになる前の弓矢の悪魔がいたとしたら「クァンシが最初のデビルハンター」であることが不自然になるし、クァンシが参加していたとしたらそれを覚えていないのは(食われた際に記憶を失ったのでなければ)不自然である)
マキマさんに匹敵させようとするとチート厨二オリキャラになるのが難しすぎる