「ええか。よく見とくんやで龍星」
キー坊と龍星。二人は道場敷地内の庭に立っていた。
その庭に生えている一本の大樹に向かってキー坊は構えを取っている。
両手を握りしめて腰を深く落としている。一見すると祈りを捧げているようだ。
深い呼吸を繰り返し己の力を練り上げていくキー坊。
大きな力がキー坊の両手に集まってくるように見えた
「死地に陥れて、後、生く。これ即ち菩薩の境地なり!」
キー坊はそう言うやいなや大樹に向かって突進した。
己の両手を握りしめて突撃するキー坊の姿を見て龍星は思った。隙だらけだ。と
「灘神影流!菩薩拳!」
キー坊は突進の勢いを乗せて両手を大樹の幹に突き出し当てる。
ズズウンという重い音を立ててから数秒遅れて木の葉が舞い降りる
菩薩拳の凄まじい威力を木の葉が証明していた
そしてキー坊が幹から両手を引き抜くと幹には拳の跡が刻まれていた。
それはまるで座禅を組む菩薩を思わせる形を彷彿とさせた
「す、すごい威力ですね! 菩薩拳!」
龍星は驚嘆の声を上げる。
「せやろ。灘の切り札の一つや。決まればどんなやつでもワンパンKOや!」
キー坊は龍星に振り向き片手を掲げる。
「先生。でも一つ質問があるんですけど」
龍星が首をひねりキー坊に問う。
「おうなんや言うてみい」
「どうして技を打つ時に灘・真・神影流じゃなくて灘神影流って言ったんですか?」
「おおそれか」
龍星の疑問ももっともである。
「灘・真・神影流ってのは元々わいがやっていた灘神影流と、幽玄真影流ってとこを統一して新しく起こした流派なんや。そんで菩薩拳は灘神影流の技やったからな」
「でも統一したんなら灘・真・神影流って名乗ってもいいんじゃないですか?」
「……言いにくいねん」
「……」
二人の間に微妙な空気が広がる。
「それにクセになってんねん!ずっと灘神影流って言ってたんやしそう簡単に変えられへんねん!」
「えええ……」
開き直ったキー坊に対して困惑の表情を向ける龍星
「それより菩薩拳の修行や! 見て分かる通り菩薩拳は隙だらけのバクチ技や!外せば待っているのは敗北や!」
確かに菩薩拳は隙だらけの技だった。両手を握りしめて相手の懐に飛び込むという性質上どうしても相手の攻撃をかいくぐる必要がある。
そして菩薩拳はヒットポイントが少しでもズレれば威力が発揮できない。
絶大な威力と引き換えに死地へと飛び込むハイリスクな捨て身技であった。
龍星は菩薩拳の大きな威力を伺い知ることができたが、それでもリスクに見合う技とは到底思えなかった。
それでもキー坊を信じ菩薩拳の習得に全身全霊で望んだ。
最初は大樹への打ち込み。拳が裂け、傷つけようとも龍星は何度も繰り返した。
次にキー坊との組み手。
「そんなお粗末な打ち込みじゃ丸わかりじゃ! 三下のチンピラがドス持って突っ込んでるんじゃないんやで!」
何度もキー坊からカウンターを浴び、地面に伏せることになった。
「もう一度、お願いします!」
それでも龍星は何度も立ち上がりキー坊への組手を熱望した。
ドオオオン!
道場内に大きく鈍い音が響く。道場内には龍星とキー坊の二人のみ
キー坊の体に龍星の菩薩券が突き刺さっていた。
「やるやんけ……合格や!」
一筋の汗を垂らしながらキー坊は龍星に笑顔を向ける。
「ありがとう……ございます!」
笑顔を浮かべた龍星はその場で崩れ落ちて気絶してしまった。
「ふう…世話のかかるガキんちょや」
そんな龍星をキー坊は抱え上げ道場の隅へと寝かせる。
「いちちち。わざと食らってやったとはいえやっぱり痛いのう菩薩拳は」
キー坊は己の道着をまくって腹部を擦る。
そこには見事なまでの菩薩があった。
それは宮沢静虎、宮沢熹一が過去に作り出した菩薩と遜色ない出来栄えであった。
「今は休んどき龍星」
道場の隅で満足な表情を浮かべながら寝ている龍星に優しい笑顔を向けるキー坊
「明日は……本番やからな!」
キー坊の目に決意の火が灯る。