TOUGH外伝 灘を継ぎし男   作:マグロよりサーモン

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最終話 灘の真髄

 キー坊に掴まれている飯田の手からギリギリという音が響いてくる。

「ほんま見境のないド外道やな飯田。格闘家の風上にも置けへんな」

 キー坊が飯田を見据える。

 

「へえ」

 飯田は手首を捻りキー坊の拘束から逃れバックステップで距離を取る。

 

「師が自分の弟子に何したって構わないでしょう。手出ししないでくださいよ」

 飯田は再び蛇のような笑みを浮かべる。

「お前はワイが普段ドブ川でさらってるドブ以下のカスやな!」

「ずいぶんひどいことを仰る」

 

 

 

「龍星、兄貴と一緒に離れとけ」

キー坊は飯田から目線を離さずに龍星に指示を飛ばす。

「は、はい!」

龍星は兄を抱え上げて道場の壁際へ寄る。

 

 

「兄さん!今救急を呼びますから!」

「いや……いい…俺なら……大丈夫だ。それより、彼の。宮沢さんの戦いを見届けるんだ龍星」

 陽一の口元から血が流れ落ちる。

「でも兄さん」

「見届けるんだ!」

「……」

 陽一の目を見た龍星はそれ以上何も言えなかった。陽一は最初に会った頃の兄の目をしていた。

 

 龍星はキー坊と飯田が向かい合う道場中央に向かい、正座を取った。

 師の立ち会いを見届けることを選択したのだ。

 

「それで宮沢さん。お互いの弟子がやり合った後はお楽しみって話でしたよね?」

 飯田はすでにフットワークを刻んでいる。

「そうや」

 対するキー坊はフットワークを刻まずアップライトに構えるだけだ。

「お楽しみってのは……こういうことですかね!?」

 

 言葉を言い終わる前に飯田が仕掛ける。飯田のステップインには音が一切生じていなかった。

 錯覚を覚えるような踏み込みだ。気づけば目の前にいるとさえ思ってしまう。そんな足さばきを飯田は習得していた。

 

「しぇあっ!」

 飯田の左抜き手がキー坊の喉に迫る。躊躇のない攻撃だ。力を込めても無駄な急所部分を抜き手で貫く。それが飯田の基本戦法だ。

 

「はっ!」

 キー坊はそれを横から手刀で撃ち落とす。抜き手を撃ち落とされようが飯田は二の矢三の矢を次々と繰り出す。

 

 だが飯田の抜き手はキー坊の体に届かない。難なく飯田の繰り出す抜き手を弾き、捌いていく。

 

「なんや芸のない奴やのう。抜き手はもう見飽きたで」

 キー坊が眠たそうな顔を飯田に向ける

 

「へえ。宮沢さん結構やるんですね。古武術なんてどれもインチキだと思ってましたよ」

 飯田の口が釣り上がる。

「そっちは大したことないけどな。バカの一つ覚えの抜き手だけやんけ」

 ヘラリと笑みを浮かべるキー坊

「そちらこそ灘なんとか流の技も出さずに基本の技しか使ってませんよね」

「使わせたければ使いたくなるようにさせてくれへんとなあ」

 

 二人は再び構えを取り直す。

 

「それじゃちょっと本気を出させていただきますよ宮沢さん!」

 飯田の音のしない踏み込みだ。それに合わせての左の抜き手だ。

 それをキー坊は右の手刀で撃ち落とそうとした。

 

その瞬間である。

「むっ!?」

 キー坊が驚嘆の声を上げる。

 その攻防の後にキー坊はバックステップで距離を取る。

 

 龍星は見た。

 飯田の抜き手を捌いたはずのキー坊の右手に切り傷がついていたことを。

 拳から血が滴り落ちていた。

 その様を見て飯田が再び蛇のように笑う。

 

「へえ。ちょっとはおもろいおもちゃ持っとるやん」

右手についた傷をチラリと見つめて笑顔を浮かべるキー坊。

「少しはやる気になりましたか?」

「少しはな」

 

「しゃあっ!」

再び飯田の抜き手がキー坊を襲う。キー坊が飯田の手刀を捌くとやはりその捌いた手に傷が負わされていた。

 

 飯田は抜き手を回転させながら放っていたのだ。キー坊の捌きが触れる瞬間に抜き手を高速で回転。回転する抜き手で迎撃していたのだ。

 迎撃不能の抜き手。これこそ飯田の真骨頂だった

 

「捌けるものなら捌いてみてくださいよ!」

 飯田のギアが上がる。

 捌きの影響が薄くなった抜き手はクリーンヒットはせずとも確実にキー坊の体を捉え始めていた。

 

ピッ

 

 キー坊の頬を飯田の抜き手がかすめ取る。その跡には赤い一文字が走っていた。

「せ、先生!」

 龍星はキー坊の身を案じた。捌くことのできない抜き手など自分ではどうしようもできない。お手上げだ。このままではキー坊の体が貫かれることも時間の問題だとも思われた。

 

「おもろいやんけ」

 キー坊は笑っていた。

「楽しんでいただいて何よりです」

飯田はキー坊の笑みを強がりの笑み。ブラフスマイルと見なした。

 

「捌きも弾きもガードも無効の抜き手とは三流空手家にしては大層なおもちゃや」

 飯田の抜き手をまだおもちゃ扱いするキー坊。

 

「ええで飯田。合格や。見せたろうやないか」

 キー坊が右足を前に。そして右肩も前に突き出す前傾姿勢を取った。今までには見たことのない構えだ。

 

「龍星ぇ!」

 キー坊が飯田から視線を逸らさずに龍星へ声を掛ける。

「は、はい!」

 龍星が返事をする。

「今からお前に灘の真髄を見せる!瞬き厳禁や!」

「はい!先生!」

 

「もういいですよ宮沢さん。あなたの強がりは見飽きました!」

 蛇の笑みを浮かびながらキー坊へ大きく踏み込む飯田

「もう死んでください!!!」

 回転する左抜き手だ。狙いは喉だった。早く真っ直ぐとキー坊の喉へと突き進む。

 当たれば死ぬ。そんな突きだった。

 

 その飯田の左突きに合わせてキー坊は右手を伸ばす。

「先生!」

 龍星が叫ぶ。捌きも弾きも効かない。

 そんなことはわかっているはずなのにどうして。龍星は困惑した。

 

 

「ぎゃあああああああああああっっ!」

 道場に叫び声が響く。まるで乾いた絹を裂いたかのような叫び声。

 声の主は飯田だった。その顔は苦痛に歪んでいた。あの蛇のような笑みは微塵も残っていなかった。

 

 対してキー坊は余裕の笑みを浮かべていた。

「ど、どうして」

 龍星は最初何がどうなっているか全くわからなかった。だが気づく。

 飯田の左手がキー坊の右手と密接に絡まり合っていることを

 

「灘神影流……指烈固め!」

 キー坊が飯田の指を密接に極めていた。

 飯田の薬指と人差し指はキー坊の中指と親指に抑え込まれありえない角度に曲がり切っている。

 いわばプロレスの四の字固めを指で再現しているかのような技だった。

 

 キー坊は飯田の抜き手に合わせて指を絡め取り、技をかけたのだ。

 伸ばしきった抜き手はキー坊にとっては極めてくださいと言わんばかりのカモであった。

 そして指烈固めは本来指にだけダメージがかかる技なのだが

 

 

「い、いぎぎ」

 飯田の顔から滝のような汗が流れ落ちる。苦痛による汗だ。とても指を極められているだけではありえない汗量だ。

 

「あ、あれは!?」

 龍星は気づいた。飯田の左肘と肩が外れていることに。

 指烈固めが決まった状態で飯田は抜き手を回転させてしまったのだ。

 極められている状態で無理やり起こした回転の力は己の肘と肩だけでなく神経までもボロボロに壊してしまったことだろう。

 

「見たか龍星」

「は、はい!す、すごいです先生!」

「龍星。格闘家が一番鍛えなきゃいけない所がどこかわかるか?」

「……」

「そこを鍛えないとこんな手首の先っちょだけ鍛えてイキがる三流の格闘家になってまう」

 

 キー坊は指烈固めを極めながら龍星に向かって話を続ける

 

「抜き身の刀のように力を振りかざすと周り回ってより大きな力になって帰ってきてまうんや。こんな風にな」

「力……」

「だからワシら格闘家はいの一番に鍛えるんや。ここをな」

キー坊は左手で自分の胸をコツンと叩く。

「わかりました先生!」

 龍星はキー坊の言葉を胸に大きく刻む。

 

「しいいいいいいいい!!」

 飯田が右の上段蹴りを放つ。尋常の立ち会いならばすでに勝負ありの重傷だ。

 アドレナリン、屈辱感、殺意、歪んだプライドが飯田に戦闘の継続を選択させた。

 

「せ、先生!」

 キー坊の側頭部に飯田の蹴りが迫る。

 すでにその時にはキー坊は指烈固めを外していた。

 大きくしゃがみ込みキー坊は飯田の蹴りをかわす。

 

「人を殺せるから人を活かせるんや!飯田!お前の行く道の先は己を含めた誰も彼をも巻き込む破滅や!」

 

 キー坊は水平蹴りを放ち飯田の軸足を。左足を狩る。

「ぐうう!」

 

 背中から床に叩きつけられる飯田。

 キー坊は間髪入れずに仰向けとなった飯田の右横へとポジショニングを取る。

 俗に言うサイドポジションの位置だ。

 柔道ならば袈裟(けさ)固めを狙える位置取りだ。

 だがキー坊が狙うのは袈裟固めではなかった。

 

 

 柔は袈裟を固めるが灘は襷(たすき)を固める。

 

「灘神影流……襷固め!!!」

「ぐうううううう!」

 

 キー坊と飯田の手足がもつれた糸のように複雑に、密接に絡み合っていた。

 右腕、左足が極まった状態で飯田の体は床のどこにも接着していなかった。

 極まりきっているジョイント部分に己の体重の全てがかかっていたのだ。

 

 左膝靭帯損傷、右肩関節亜脱臼、右手首捻挫。襷固めは飯田に甚大なダメージをもたらした。

 

「これが襷固めや!タコさんでも逃げられへんぞ!」

「ぐ、ぎゃああああああああああ!!あ、、、あ…」

 飯田のアドレナリンが切れた。泡を吹き白目を剥き、そして、落ちた。

 

「勝負、ありやなっと!」

 キー坊は少し手こずる様子を見せながら襷固めを解く。

「この技仕掛けるよりも解く方が難しいねん!でへへ」

 死闘を終えた直後だというのにキー坊は照れ笑いを浮かべていた。

 

「先生!」

龍星がキー坊に駆け寄る。

「おう龍星。お前も頑張ったな。兄貴と仲良くでけそうか?」

「はい!」

 龍星は満面の笑みをキー坊に見せた。そんな龍星を見てキー坊も笑顔を浮かべる

「見事な菩薩掌やったで龍星。おとんを思い出したわ」

「先生の父ですか」

 

「ああ。ワイの師匠や。今ではワイの方が強いんやけどもそれでも。菩薩掌だけはおとんよりうまくなれへん」

 キー坊は遠い目を浮かべながら父を思い出す。

「お前の放った菩薩掌はそんなおとんの菩薩掌とそっくりやったわ!」

「あ、ありがとうございます」

「ワイより強くなれるかはわからんけど菩薩掌だけはワイよりうまくなれると思うで!」

 

 キー坊は龍星に向かって親指を上げた。

「先生」

龍星はキー坊に問いかける。

 

「ん?なんや?」

「これからもご指導よろしくお願いします!」

龍星はキー坊に深々と頭を下げた。

そんな龍星の申し手をキー坊は

「何をそんなかしこまってんねん!当たり前や!ついてこいよ龍星!」

 笑顔で迎え入れた。

 

 

 

 

 

季節は秋。少し肌寒くなってきた頃合いだろうか。

龍星は軽いジョギングをしながら川辺を走る。

数ヶ月前に川辺で兄から抜き手をもらったことを龍星は思い出した。

だがそれも昔の話だ。陽一は憑き物が落ちたかのように穏やかになり

近所の空手クラブで白帯を指導している。

 

とても優しく丁寧な指導が評判となり

近所からも是非とも陽一に指導してほしいという親子が後を絶たないそうだった。

 

飯田はあの戦いの後に病院に搬送されたが入院中に突然姿を消した。

だが少なくとも左手で抜き手はおろか正拳を握ることもできないだろう。

 

 

「おはようございま~す」

 

龍星が道場に足を踏み入れる。龍星の眼前に飛び込んだのは土下座をしているキー坊だった。

 

「すんまへんすんまへん!竹下さん!ほんま後少し待ってください!」

「キー坊お前なあ。俺も上からケツ突き上げられてんだよ。せめて利息くらいは払えってよお」

 竹下がキー坊に困惑の表情を浮かべていた。

 

「おお龍星君か。まだこんなボロ道場に通ってたのか。やめたほうがいいぜえこんなやつのところ。兄貴の空手クラブにいっとけよお」

「いえ。僕はもうここって決めてますから」

 竹下の思わぬ気遣いに龍星は苦笑する。

 

「そうかあ。まあ道場潰れたら色々考えるといいぜ。おいキー坊。せめて利息分。利息分くらいは次には揃えとけよ!」

竹下がキー坊を怒鳴りながら道場を後にする。

「へえ!それはもうもちろん!竹下様!」

キー坊は土下座のまま竹下を送り出した。

 

「先生、相変わらずですね」

「しゃーないねん!みんな陽一の所に行ってまうんやから!」

 キー坊は涙を浮かべながら嘆きの声を上げる。

「そういえば先生。兄が先生の道場を支援したいって言ってるんですよ。支援。受けませんか?」

 

「それはいらん!ライバルから塩なんざ送ってもらいたないわ!」

 腕を組み毅然とした態度を取るキー坊。

 そんな意地張るからずっと貧乏なのでは、龍星はそう思っても口には出さなかった。

 

 

「ええと、わかりました先生。支援の話はまた追々ってことで」

「ええねん!自力でワイはこの灘・真・神影流を立て直すんやー!」

 キー坊は片手を大きく突き上げ気合を入れる。

 

「わ、わかりましたわかりましたから。それで今日のトレーニングはなんですか先生」

龍星の問いにキー坊はニカリと笑いながらこう答えた

「今日のトレーニングはな、なんと筋力増強、バランス感覚増強。更には金も入って飯も食えて地域貢献もできる一石五鳥のトレーニングや!」

 

 龍星は眉間に指を添えて困惑の表情を浮かべる

 

「それって先生もしかして……」

「梅さんとこでドブさらいや!」

「やっぱり…」

「ままま、ええやないか!いっぱい体動かして食う飯はうまいで!」

「はあ……」

「準備はええか龍星!? ほないくで!」

 

 キー坊は勢いよく道場の扉を開ける。まるで彼のやる気が乗り移ったかのように扉は大きな音を立てた。

 

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