「ここがワイの道場兼自宅や。まあ入り」
「お邪魔します」
龍星はキー坊の道場の外観を見回す。はっきりいって相当ボロな物件だ。
大きさは40平米はあろうか。その間取りのほとんどは道場部分で占められている。
住居部分はないに等しく。恐らくキー坊はほぼ道場部分で過ごしているであろうことが容易に想像できた。
そんなくたびれた道場の門戸には到底似つかわしくない程立派な「灘・真・神影流」の看板が掲げられている。
看板だけは常に磨いているのであろうか。新品のようにピカピカだった。
キー坊が龍星の足元に道着を放り投げる。
「これが道着や。制服乾かしたるから着替いいや」
「あ……いえ。何かストーブみたいのあればそこで座ってるんで……」
龍星は何か気まずそうな。バツが悪そうな表情を浮かべる。
「何言ってんねん。軽く洗って乾燥機に放り込めばすぐ乾くっちゅうねん。脱ぎいや」
「あ、あのやっぱ僕帰りますね。お邪魔しました」
そそくさと外へと歩き出そうとする龍星にキー坊が声を掛ける。
「アザならわかっとるで」
「え……?」
龍星は驚きの表情を浮かべキー坊を見やる。
「体にアザ、目一杯作っててそれを見られたくなかったんやろ」
「ど、どうして、わかったんですか?」
「んなもんひと目見ればわかるがな。こちとら道場主やぞ。」
キー坊は川で龍星と出会ったその瞬間に体が傷ついていることを察知していた。
佇まい、体の重心の動かし方に痛みからの『庇い』があった。
キー坊ならずとも一定の実力の格闘家ならば見抜けていただろう。
「ってわけで隠すのも意味なくなったわけやしホレ!着替えとき!サイズピッタシやから!」
「は、はい」
龍星は学生服の上を脱ぐ。学生服の上から現れたその体には痛々しいアザがいくつも刻み込まれていた。
「財布捨てたやつか」
キー坊は問う
「はい……」
「くっだらないことやる奴やのう!」
キー坊は怒りを露わにする。自分も過去にアザを作ったことは何度もある。
だがそれは父である宮沢 静虎(みやざわ せいこ)との修行でついたアザや好敵手との戦いで作ったアザである。
事実キー坊はそれらのアザを勲章のように思い。誇ってすらいた。
しかし龍星に刻み込まれていたアザは勲章でもなんでもない。弱者を蹂躙した証。忌むべき暴力の証そのものであった。
暴力と格闘技に一線を敷いているキー坊の最も嫌いなものだった
「なんや学校のいじめっ子か?」
「いえ……兄です。義理の兄です」
「あ、兄貴がこんなことやってくるんか⁉」
キー坊は驚いた。義理とは言え兄がこのような仕打ちを弟にするなどと到底信じられなかった。
父、静虎とその兄である鬼龍(きりゅう)の己の命と誇りを掛けた立ち会いとは全くの別物だと思えた。
「なんやそんなの兄貴やあらへん!殴り返したらええねん!」
「で、でも兄は空手をやっているんです。下手に反抗したらそれこそ……」
龍星はキー坊から目を逸らし怯えた表情で床を見つめる。
そんな龍星にキー坊はニヤリと笑いながらこう言った。
「龍星。ワイにええ考えがあるで」
「考え、ですか?」
「そうや。名付けて『ワイがお前をめっちゃ鍛えてその兄貴より強くなればいじめられなくなる作戦』や!」
自信満々に胸を張りながらドヤ顔を浮かべるキー坊を龍星は唖然とした表情で見つめていた。
「あ、あのキー坊さん」
「おうどないしたんや龍星」
「それは無理ですよ」
「無理?なんでや」
「だって兄は黒帯なんです。それに僕は今まで生きてて一度も格闘技を習ったこともない素人同然なんですよ⁉」
龍星の肩が細かく震えている。体ではなく心が壊されかけているほど追い詰められているのだ。
到底無理だと諦めきっている。そんな龍星の肩へキー坊が優しく手を添える。
「なあ龍星。川でお前をひと目見て思ったんや。アザのことちゃうぞ」
「……」
「お前には才能がある!空手の黒帯なんぞ屁でもないほどあっという間に俺が強くしたるわ!」
「そ、そんなこと出来るわけが……」
龍星がか細く答える。
「龍星。ワイを誰だと思っとるんや」
龍星は自分の肩に触れているキー坊の手が、熱した鉄になったのではないかと思うほどの熱さを持っていることに気づいた。
「え……?」
「ワイは灘・真・神影流初代当主宮沢熹一やで!」
キー坊はそんな自分の顔を親指で指し示しながら大きくウインクをする。
龍星はとても聡明な少年だった。普段の彼であれば到底信じられないような大言だ。
だけどキー坊のそんなあっけらかんとした、太陽のような顔を見て龍星は涙を流していた。
「お?お?お?どうしたんや龍星!あ、あれか!?肩のアザ触ってもうたか!?すまんな!」
肩の傷をうっかり触れてしまったと勘違いして取り乱すキー坊に龍星は泣き笑いを浮かべながらこう答えた。
「僕に格闘技を……灘・真・神影流を教えて下さい!先生!」