「互いに、礼!」
道場中央でキー坊と龍星は互いに礼をした。二人はすでに道着に着替えている。
「龍星。ワイはお前に灘.真.神影流を教えるつもりや」
「はい!先生!」
「いい返事や!」
キー坊は久しぶりの先生呼びに内心喜びに打ち震えていた。
新たに門派を立ち上げたときにやってきた門下生からの「先生」呼びの嵐には当初気恥ずかしさを覚えたものだ。
「龍星。兄貴にいじめられているお前がまず最初に覚えるべき技、何かわかるか?」
「ええと、古来より伝わる暗殺術なんですよね。灘.真.神影流は。それなら……」
キー坊からの問いに龍星は首をひねる。
「なんかこう、体のツボというか秘孔をついて爆発したりするような」
「アホか! どこぞの世紀末やあらへんしそんな技あるわけないやろ!」
「だったら手からエネルギーみたいのを出して……」
「50年早いわ! ワシでさえゾーンに入ってなきゃ出せないわ!」
「先生出せるんですか!?」
龍星の顔がパアッと明るくなる。
「厳密にはエネルギー波とかそんなんじゃないんやけどな。とにかくそういうSFチックなんは一旦頭から離れるんや!」
幻突。両手を後ろに組んだ状態で離れた相手に届くと言われている究極の当身技。
キー坊が数々の戦いを渡り歩いた末にたどり着いた境地である。
同じく幻突の使い手でもあり実の父でもある日下部覚悟との戦いでは幻突の打ち合いを制しキー坊が薄氷の勝利を得ていた。
そんな幻突だが、覚悟との勝負以来何故かうまく放つことが出来ず、一瞬の攻防が命取りになる真剣勝負においては全く頼りにならない死に技と化してしまっていた。
今のキー坊の戦いにおいて、幻突という選択肢は存在しなかった。
「それじゃあキックですか?足は手の何倍もの力があるっていいますし」
「ちゃうな。素人の蹴りなんざ打たないほうがマシレベルや」
「それならパンチですか。基本ですし」
「ちゃう。空手家相手に半端な突きはいい餌や」
格闘技を教えると言っておきながら蹴りも突きも教えてくれないとはどういうことなのだろうか。
龍星は困惑していた。
「じゃあ投げですか?」
「お前の体じゃ投げは無理やろ。相手はお前より体が出来上がってるんやろ?」
「では関節技」
「打撃にラッキーパンチはあっても関節にラッキーは存在せえへん! 素人は逆立ちしても勝てない世界や!」
「じゃあなんなんですか!?」
業を煮やした龍星は大きな声でキー坊に噛み付く。
「百聞は一見に敷かずっていうしな。おい龍星」
「はい?」
煮えきらない態度に不満の表情を浮かべる龍星。
そんな彼に向かってキー坊は手首を突き出し、こちらにクイクイっと曲げた。
俗に言う「かかってこい」の仕草だ。
「殴りかかってきてみ。蹴ってもええで」
「え?」
キー坊の発言の意図が読めない龍星は困惑を隠せずにいる。
「どした?殴られるのは慣れてても殴るのは慣れとらんか龍星ちゃんは。ガハハ」
そんな余裕綽々な態度のキー坊に龍星は
「なら手加減……しませんよ!」
返事を待たずに仕掛けた。
最初は左のストレートだ。腰も入っている。足腰の力が拳にきっちり乗っていた。
素人同士の喧嘩なら一撃で終わるであろう威力だ。
とても格闘技未経験とは思えないその鋭さにキー坊は喜びの笑みを浮かべる。
龍星のストレートに対してキー坊は避ける素振りすら見せなかった。棒立ちだった。
龍星は自分の拳がキー坊の頬に当たることを確信した。その直後である。
ぬるっ
何か油を塗りたくった生肉を滑らせたような感触が龍星の左手に走った。
その直後に龍星が見たのは無傷のキー坊の顔だった。
ヘラヘラと余裕の笑みを浮かべていた。
キー坊の頬に龍星のストレートは付き刺さっていなかったのだ。まるで自分の拳をキー坊の頭がすり抜けたような錯覚を龍星は覚えた。
「らあっ!」
しかし龍星は怯むことなく次の攻撃を繰り出す。
右のミドルキック。これもまとも脇腹に突き刺されば悶絶するレベルだろう。
「ほいっと」
突然右脛に激痛が走った。
キー坊の左膝が龍星の右脛に合わされていたのだ。
「ぐっ!」
痛みに怯むことなく龍星は左フックをボディに放つ。
「ほいほい」
今度は左拳に激痛が走る。今度はキー坊の右肘が龍星の拳を上から叩きおろしていた。
「がっ!」
「そこまでや!」
それでも攻撃を続けようとする龍星をキー坊が
手で制す。
「ありがとうございました……」
左拳を抑え、左足を引きずりながら龍星は苦悶の表情でキー坊に深々と頭を下げる。
「どうや? わかったか龍星。一番に覚えるべき技」
手足に走る痛みが収まってきた龍星は額に流れる汗を拭き、キー坊に顔を向ける。
「防御……受けですね!」
キー坊は龍星に向かって親指を大きく上げた。